レポート

2021.11.08

共創の場としてのイノベーションセンターを!

WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS vol.5

2021年9月16日・17日にコクヨが開催した『WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS』から、JX金属株式会社の山岡利至氏が登壇した「共創の場としてのイノベーションセンターを!」のセミナーの様子をレポート。本社移転と同時に『SQUARE LAB(スクエアラボ)』を立ち上げた同社の、オープンイノベーションへの取り組みや働き方の変化について、また共創の場の効果や今後の展望についてコクヨのコンサルタント齋藤と語り合った。

登壇者

■山岡利至氏(JX金属株式会社 技術本部技術戦略部 オープンイノベーション担当課長)

モデレーター:齋藤敦子(コクヨ株式会社 シニアリサーチャー コンサルタント)




一社単独のイノベーションには限界があり、
組織を越えた対話・連携を行う共創の場が不可欠に

セミナーの冒頭では、コクヨの齋藤が「なぜ今、共創の場やイノベーションが求められているのか」という背景について解説。

齋藤:「2030年に向け、世界はSDGsやESG、循環型社会など、より広い社会課題の解決を目指しています。そうしたなか、一社単独のイノベーションには限界があり、組織内外の壁やセクターを越えた対話、連携、そして共創の場が不可欠になっています。これからは産官学民でアイデアを出し合い、持続可能で豊かな暮らしを創出していく必要があるのです」

「これまでの企業は自前主義で、研究開発も自社内で行い、商品やサービス、社員の働き方も画一的でした。その背景には、モノをたくさんつくって、たくさん売って、たくさん消費するという消費型社会があったと思います。」

「しかしそれが、地球資源の限界や市場の飽和など、企業を取り巻く環境が変わったことにより、モノやサービスをつくる側と使う側がお互いに共創する必要が生まれました。生活を豊かにするためには、一方向でモノやサービスを提供する時代ではなくなったのです」

「大事なのは、これからはヒトの時代だということ。モノありきではなく、人間以外の生物も含めて、生命体がどう豊かになるか。そのためには、暮らしはどうあるべきか、事業はどうあるべきか。目的を明確にして、パーパスドリブンで考えてイノベーションを起こすことが重要です」

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こうした背景を受け、「どのようにしたら異なる分野・価値観の人同士が新しい価値を共創できるかが課題であり、そのためのオープンイノベーションの場について今日は考えていきたい」と齋藤。オープンイノベーションの3つの場について、こう続けた。

齋藤:「オープンイノベーションの場には、問いを立てる場であるフューチャーセンター、解決策を共創する場であるイノベーションセンター、日常の文脈のなかで試す場であるリビングラボの3つがあります」

「企業がイノベーションに取り組む際は、自社の技術やリソースを活用しながら外部との共創によるイノベーションを推進するイノベーションセンターが有効ですが、JX金属さんの『SQUARE LAB』は、イノベーションセンターにとどまらない意味合いをもつ場だと感じています」

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出展:(一社)Future Center Alliance Japan




社会に新たな価値を生み出し続けるために本社を移転し、
技術に触れる場として『SQUARE LAB』を開設

続いて、JX金属の山岡氏が同社の事業や近年の動向を紹介し、『SQUARE LAB』の概要や設立の経緯について説明した。

山岡:「弊社では、先端素材と資源循環でSDGsの実現に貢献するというビジョンのもと、銅を主とした非鉄金属について、鉱山開発から製錬、先端材料の製造、さらに使用済みのものを回収してリサイクルするところまで一貫して事業を行っています」

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山岡:「2019年には、変化の激しい社会で生き残るために『技術立脚型企業への転身」という長期ビジョンを発表。コア技術をベースに、社会に対して新たな価値を生み出し続けようという方針を打ち出しました。
そして、この方針に基づき、2020年6月に本社を移転。『生産性を高める場』『技術に触れる場』『人と人をつなぐ場』という3つのコンセプトで、組織と人材を育む新しいオフィスを構築しました」

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山岡:「『生産性を高める』の観点では、仕事内容に合わせて働く場所・時間・方法を従業員一人ひとりが自律的に選ぶ働き方ABW(Activity Based Working)を導入。部署やチーム単位のグループアドレス制を採用し、心理的なつながりも重視しました。
また、『人と人をつなぐ場』の観点では、12階のフロアの半分をラウンジにし、飲食や打ち合わせ、イベントなどいろんな人が多様な用途に使用できる場所、気軽に集える場所を設けました。そして、『技術に触れる場』として設けたのが、『SQUARE LAB』です」

「『SQUARE LAB』のコンセプトは、共創。お客さまやグループ従業員、スタートアップ、大学、研究機関、行政など社内外のさまざまな組織や人と、未来社会に向けた創造的な対話を重ね、持続可能な循環型社会の実現に貢献することをめざしています」

「『SQUARE LAB』は自社のコア技術や製品の機能を体感してもらうショールームの『ギャラリー(Gallery)』と、イベントやワークショップなどができる共創・学びの場の『アリーナ(Arena)』の2つのエリアからなり、共創のプラットフォームと位置づけています」

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社内外で企業や製品に対する理解と交流が
深まることで、共創のベースが構築される

セミナー後半は、『SQUARE LAB』のプロジェクトに企画から携わった山岡氏と齋藤による対談形式で行われた。

齋藤:「『SQUARE LAB』をつくる以前は、どのような課題を感じていたのでしょうか?」

山岡:「お客さまや外部の方々に我々の技術や製品を説明するにあたり、資料だけではなかなか実感をもって理解していただけない、という課題がありました。『SQUARE LAB』で実際に製品を見て機能を知って体験していただくことで、当社や製品に対する理解を深めていただきやすくなったと感じています」

齋藤:「『SQUARE LAB』では環境リサイクル事業のことも紹介されていますが、近年は新たに採掘される銅よりも循環する銅の方が増えているんですよね。素材メーカーの事業がこの数年で大きく変化していることを実感しました。『SQUARE LAB』をつくったことで、社員には変化は見られましたか?」

山岡:「はい。自分たちが働く会社が何をつくってどう社会に役立っているのか、社員自身がいまいち理解できていなかった面が少なからずありました。
『SQUARE LAB』の存在により自社への理解が深まったというのは、社内的にも大きな意味のあることだと思います。社員が自分の会社について楽しそうに語れるようになるというのも、目標の一つなんです」

齋藤:「『SQUARE LAB』はギャラリーとアリーナというスペースで構成されていますが、その隣はガラス貼りで社員が飲食や仕事ができるラウンジがつながっているんですよね。外部との結節点が物理的につながっているのも大きな魅力だと感じます」

山岡:「今はコロナ禍で難しいのですが、ギャラリーを見ていただいた方々と、アリーナでディスカッションして、最後はラウンジでお酒を片手に"ちょい飲み"しながら交流を深める...というのが一連のスペースでできるんです」

齋藤:「ちょい飲み、は御社のコミュニケーション活性化のしかけなんですよね。。感染状況が落ち着いていた時期は、社員による自発的な交流会もされていたそうで、コロナ禍が早く収束することを願うばかりですね」




『SQUARE LAB』のオープンで、
社員の自社に対する理解が深まり意識も変わる

齋藤:「一般社団法人Future Center Alliance Japanが2018年に行った調査では、企業の約半数がイノベーションに取り組んでいると答えています。企業規模に関わらず、クローズドからオープン、ソーシャルまでさまざまですが、イノベーションに取り組む企業は増えています」

「私が注目しているのが、イノベーションに取り組む企業の方が(そうでない企業よりも)、社員が将来性を実感している、ということです。つまり、共創の場をつくる効果の一つが、社員の意識の変化であると言えると思います。場がある会社と場がない会社では、社員の会社に対する危機感も変わってくるかもしれません」

「もう一つ、同法人が2021年に行った調査では、『コロナ禍において場の存在価値や重要性が増した』と考える組織が、国内で6割以上、海外で8割以上にも上っています。コロナ禍のような予測不能なことが突然起こるかもしれないなか、イノベーションの場、共創の場の必要性がさらに高まっているのではないでしょうか」

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齋藤:「共創には、Purpose(目的)、Place(場)、Passion(意思)が必要です。全員が自律的に働くというのは容易なことではありませんが、生産性を高める、技術に触れる、人と人をつなぐという新しいオフィスや『SQUARE LAB』の存在は、必ず社員の変化につながると思います。実際、どのような変化が起きていますか?」

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山岡:「コロナ禍のなか、気軽に外部の方を呼べない状況ではあるのですが、本社にお越しくださった方には『SQUARE LAB』をご案内しています。経営層も、自社の技術や製品を外部の方にぜひ見ていただきたいという積極的な姿勢に変わってきたと思います。
また、社員向けの解説つきの見学会なども実施しており、社員のマインドセットにも役立っていると感じます」

齋藤:「コロナ禍のなかでの本社移転やABWの導入でしたが、混乱はありませんでしたか?」

山岡:「コロナ禍前からICTツールの整備に取組み、どこでも仕事ができるようにしていたので、在宅ワークになっても大きな混乱はありませんでした。
一方、リモートワークが長引くと、やっぱりリアルが重要だよねという声も出てきています。『隣に同僚がいたらパッと話してすぐに解決できるのにな』、『ラボにあの人を呼んで話してもらったら面白そうなのにな』とか。
人とのつながりやコミュニケーションを大事にするという意識は、以前に増して強くなったと感じます。状況が落ち着いたら、リアルな部分を強化したいです」




共創の場づくりに大事なのは、ベースとなる
コンセプトや目的をしっかり固めること

ここからは、視聴者からのご質問に対して、山岡氏に回答していただいた。

Q:「『SQUARE LAB』がもたらすエンゲージメントを実感されたケースがあれば教えてください」

山岡:「一見、その技術や製品とはつながりがなさそうな社外の方から、『これ知っています』と言われて共通項が見つかったり、『これってどうなんですか?』と深掘りする質問をいただいたりすることがあり、意外なところでつながるんだと実感しました。今後もこういうケースは増えていくと思います」

Q:「なかなか(決まった相手との)共同研究の域を越えられません。共創においては、どういった役職の人がキーマンになりやすいでしょうか?」

山岡:「これは私たちも苦労しているところですが、何のための共創なのか、目的とゴールを明確にすることで見えてくるのではないかと思います。あとは、決定権のある人をどう説得するか、ですよね。やりながら考えていくしかないのかなと思っています」


最後に、齋藤から「共創の場をつくってみたい企業へのメッセージ」を求められた山岡氏は、こう締めくくった。

山岡:「(共創の場をつくって)何がしたいのか、が重要です。私たちの場合は、『社会に向けて新しい価値を生み出し続けていきたい』というコンセプトがあって、そのためにはどういう場が必要か...と考えていきました。あとはやりながら考え、変えていけばいいと思います。
最初から満点なんてことはないですし、我々も展示内容などは適宜改善しています。まずはベースとなるコンセプトや目的をしっかり固めること。これに尽きると思います」



【図版出典】「共創の場としてのイノベーションセンターを! 国内外の先進事例に学ぶ成功する場のデザインとしくみづくり」セミナー投影資料

文/笹原風花