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「リスク」と「リターン」に続く第三の評価軸、インパクト投資とは
トレンドワード:インパクト投資

世界で投資の市場規模が年々増加し、注目を集めている「インパクト投資」。ESG投資との違いや事例、日本国内の状況などについて解説する。
利益とインパクトの両方を追求するインパクト投資
インパクト投資とは、投資として一定の投資収益確保を図るのと同時に、「社会的・環境的効果(インパクト)」を生み出すことも意図する投資のこと。従来は「リスク」と「リターン」で価値判断が下されてきましたが、「インパクト」を3つ目の評価軸として取り入れた投資であり、事業や活動の成果として生み出されるインパクトを把握し、社会的なリターンと財務的なリターンの両立をめざす投資を指します。 2007年にアメリカのロックフェラー財団が初めてこの言葉を使いました。その後GSGインパクトなどの国際的ネットワークが構築され、投資やビジネスでのインパクトを考慮するよう推進しています。 2024年のインパクト投資残高は世界全体で約235兆円(1兆5710億ドル)※1と年々増加。日本国内では約17兆3000億円※2と規模感としてはまだ大きくありませんが、前年比150%と年々拡大しています。
インパクト投資が注目されている背景として、気候変動や貧困など社会的課題の深刻化や、SDGsの浸透によって投資家の意識が変化し、「利益」と「社会貢献」を両立させる概念が一般化してきたことなどが挙げられます。
出典: 「インパクト投資に向けた提言書2019」(第2章 p.11)
インパクト投資の4つの構成要素
インパクト投資であるかは次の4つの構成要素を満たしているかをもとに判断されます。
意図があること(Intentionality)
投資を通じて実現しようとする社会・環境的効果が明確であること。投資先の企業は、その目標達成に向けた事業戦略を具体的に示したうえで、その事業戦略が目指す効果の実現にどのように貢献するのか、その妥当性を投資家や金融機関に理解してもらう必要があります。
財務的リターンを目指すこと(Financial Returns)
投資先の企業は社会・環境的インパクトに加えて、財務的なリターンも同時に追求することを意味しています。
広範なアセットクラスを含むこと(Range of asset classes)
インパクト投資では、国内外の株式や債券などの投資、融資、リースなどの財務的なリターンを求める金融取引が対象となります。財務的なリターンをめざさない寄付や補助金、助成金などは対象に含まれません。
インパクト評価を行うこと(Impact Measurement)
投資による「効果」を何に置くか定め、定量的または定性的に測定・管理する必要があります。投資の実施後も継続して確認し、その成果に基づいて投資戦略のマネジメントが行われることが重要です。 よく似たものにESG投資があり、サステナビリティの実現やレスポンシビリティを追求しながら財務的なリターンを求める投資手法であるところは共通しています。ESG投資が、サステナビリティへの取り組みによって企業価値が上がることで、投資リターンを得ることを目論む投資手法なのに対して、インパクト投資は、社会課題解決に向けたインパクトを実現するという「意図」を持って投資を行う点と、その効果測定と管理を行うことが必須になっている点に違いがあります。
インパクト投資の主な分野
インパクト投資が行われる投資先には、脱炭素、生物多様性、ダイバーシティ、再生可能エネルギー分野、医療・ヘルスケア、教育、少子高齢化対策など、幅広い分野の社会課題が含まれます。 投資主体は金融機関や年金基金、保険会社、ベンチャーキャピタル、アセットオーナー、金融機関、プライベートエクイティファンド、財団、個人投資家など、対象を限定していません。
インパクト投資の事例
インパクト投資をおこなう企業と、社会的・環境的インパクトと財務的リターンの両立をめざしインパクト投資を受けている企業の事例を紹介します。
五常・アンド・カンパニー
日本で2014年に設立。途上国の低所得者層や中小企業向けにマイクロファイナンスを提供し、金融アクセスの改善や女性のエンパワーメントに取り組んでいます。2024年時点での融資顧客数は240万人を超え、インパクト指標として掲げる「農村部の顧客割合」は86%、「女性の顧客割合」は96%となっています。
Zipline
ルワンダで2016年に設立。アフリカで医薬品をドローンで届ける事業を展開。コロナ禍ではワクチン配送にも貢献。すでに医療用品や農産物などを140万回以上配達、1億マイル以上を排出ガスゼロで自律走行し、新しい物流システムを構築。サービスを提供する病院での妊産婦死亡率減少、ワクチン接種範囲の拡大、農業生産性の向上など、さまざまなインパクトを生み出しています。
Andela
ナイジェリアで2014年に設立。アフリカやラテンアメリカなど135か国以上のソフトウェア開発者やデジタル人材と先進国の企業をつなぎ、新興国の雇用創出に貢献。優れた人材に適切な価格の仕事を提供し、機会創出とAI時代のビジネスへの貢献をめざしています。Chan Zuckerberg Initiativeやソフトバンクグループなどから出資を受け、2021年にはユニコーン企業の地位を獲得。
日本国内でのインパクト投資の状況
アメリカやEUの動きに対して日本は出遅れていましたが、2022年に政府が発表し、2024年に改定版が出された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」や「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針 2022)」でもインパクト投資の推進が明記され、政策的重要性も高まり始めています。 国内のインパクト投資額は2022年時点の3兆8500億円から2024年には17兆3000億円と年々増加。具体的には三井住友銀行や第一生命保険などの金融機関や保険会社、大学や財団などが投資元として出資しているほか、個人投資家向けのインパクト投資を手掛ける投資信託も登場しています。
インパクト投資の課題と展望
日本国内のインパクト投資の課題として「インパクト投資拡大に向けた提言書2019」では、「認知と理解の不足」「社会的基盤の不足」「プレーヤーの不足」という3つの不足が挙げられています。具体的には金融機関や投資家のグローバルな流れの変化に対する認知や理解、インパクト評価手法の未確立、制度的整備や資本市場への組み込み、投資先やその発掘・育成の担い手、金融商品を設計できる担い手などの不足を解消する必要があります。 また、社会課題は長期的スパンでのインパクトをめざすことが多いため、投資回収までに時間がかかることも障壁となります。 しかし、すでに社会課題とビジネスのつながりは強くなり、すでに財務状況だけでは企業価値を計れなくなってきています。また、人的資本の情報開示が義務化され、若者を中心に社会的意義のある仕事かどうかを重視する流れは加速しています。 社会的・環境的インパクトを踏まえた投資は投資家に必要なコミットメントであり、インパクトを意識した経営を行うことはブランドの向上や経営の安定にもつながるというグローバルな潮流は今後も続くことが見込まれます。インパクト測定・マネジメントルールが確立され、今後さらに社会全体で関心が広がっていくことが期待されます。