仕事のプロ

2025.05.21

「説得」ではなく「納得」。自分のキャリアを自分で決めるための対話を

キャリアを考える:キャリア面談をするマネージャーの心得

企業で働く場合、社員のキャリア形成のためにさまざまなサポートが用意されていることが多い。その一つがキャリア面談だ。自分がこれから先どのような道を進んでいきたいのか考える重要な機会だが、マネージャーのスキル不足からうまく機能していないケースも多い。キャリアを考える連載第13回目は、キャリア面談でマネージャーはどう振舞えばいいのか、コクヨのキャリアコンサルタントの吉澤利純が解説する。

「話を聴いてもらいたい」といわれる関係性構築から

キャリア面談とは上司や人事担当者と1対1で中長期的なキャリア形成について話し合い、めざす自分の姿をあきらかにして実現の方法を見つけるための対話です。会社によっては1on1の目的のひとつに位置づける場合もあるようですが、いずれにしてもマネージャーにとって部下の自律的キャリア形成を支援する重要な機会です。

キャリア面談で何を話すべきか、何を言ってはいけないかという以前に、マネージャーがまず取り組むべきはメンバーとの心理的安全性をつくることです。メンバーからすると上司と部下の関係だからといって、上司からいきなり今後のキャリアについて話そうと言われても抵抗感があるもの。中長期的な目標を語ることは、緊急性は高くないけれど重要度の高い、つまり話すのに心理的ハードルが高い内容です。そのため、「この人になら自分のWILLを話してもいい、聴いてもらいたい」と思える関係性をつくるところから始めることが大切です。

そのうえで、キャリアについて対話をする際には、ジェネレーションで括らず、個人を見ることが大切です。世代的に大きく隔たりのある若者とは価値観も考え方も違う場合もありますが、彼らは彼らでしっかり考えていると感じます。マネージャーが自分の中に固定観念を持っていると、そちらに誘導しようとしてしまいがちなので、先入観を持たずフラットに聴くことが重要です。

キャリア面談は、メンバーとの大切な「対話」なので万能なマニュアルがあるわけではありません。この人の場合はこういう言い方が伝わりやすい、この人はここまで踏み込んだ話をしても大丈夫、など相手によって対話の仕方は異なります。日頃から関係性を築き、相手の価値観や心地よい関わり方を知ってからキャリアの話を始めた方がいいのには、そうした理由もあります。




キャリア面談に向けて心のコンディションづくりを

よく「傾聴が大事」と言われますが、話を聴けていない人ほど「自分は聴けている」と思い込みがち。大切なのは、受容した上で問いを立てることで対話を深めていくことです。傾聴だと言って、黙って話を聞いてさえいればいいというものではなく、相手の話をしっかり聴いていれば、自然と問いは生まれるはずです。「どうしてそう思ったのか?」「過去にもそういう経験はあったのか?」など、もっと話してもらうための投げかけをしていくといいです。
こうした対話では、マネージャーは「答える」のではなく「応える」というスタンスでいることが大切です。自分の価値観や経験に当てはめようとせず、部下自身が自分の意思で決めていくための問いかけや、内側にある思いを言語化するサポートをしてあげましょう。

そのためにも、キャリア面談に向けての準備として大切なのは、マネージャー自身の心のコンディションを整えること。忙しくてバタバタしている時やイライラしている時は、ゆっくり人の話を聴いたり、オープンな状態で話すのは難しいはずです。相手に心を開いてもらい、本音を語ってもらうには、まずこちらが、メンバーの話をしっかりと聴ける、受容できる状態であること。メンバーがどんな話をしてきても落ち着いて受け止めることができる、静かな心の状態をつくることが大切です。




「会社」として「個人」としての両方の想いを伝える

面談においては相手に感情移入しすぎる、または客観的になりすぎる、というような偏った対応は避けるべきです。例えば部下から転職の相談をされた場合、マネージャーの立場では、組織戦略上今抜けられたら困るという事情はある。けれど、一個人としては挑戦したいなら背中を押してあげたいという思いがあるとしたら、その両面を伝えていいと思います。会社としてはあなたにこんな期待を持っているので辞められたら困ると言わざるを得ない、でも決心したのであれば、個人としては応援したい。もし自分があなたと同じ立場になったならばこんなふうに考えて、こんな行動をとるかな・・・。このように自分自身の考えをフラットに伝えることも、最終的に部下が自分で考えてキャリアを決めるための判断材料になるはずです。

私自身、管理職になりたての頃に、部下に他部署との合同プロジェクト参画依頼の話が持ち上がったのを「うちのチームは今、案件を多く抱えていてプロジェクトに時間を割いている場合ではない。案件推進業務に専念してもらいたい」と、その時の自分の感情のままに止めてしまったことを未だに後悔しています。部下にとっても「やりたかったことができなかった」と上司を批判する、そのような関係になるのはお互いにとって不幸なことです。マネージャーは、多くの経験をしてきたことによって見える世界が広がったのであれば、その知見を若い世代がやりたいこと、挑戦してみたいことに役立てられるといいですね。

メンバーにとって上司とのキャリア面談を終えて「聴いてもらってスッキリした」という状態だけが成功というわけではありません。これまで自分では考えたこともなかった観点を上司が話したことで、逆になんだかモヤモヤする...という結果になったとしても、一方的に話を聴くだけではなく、上司からも気づいたことや思うことを部下に対して率直に話すことで価値のある対話だったと言えるでしょう。

最終的にキャリアについて「説得」するのではなく「納得」した状態をめざすべきです。そのためにも、キャリア面談でお互いが壁打ちをしながら、相手の考えが及んでいなかった観点があれば補い、必要なものを全部並べた状態で意思決定するためのサポートができるといいですね。




吉澤 利純(Yoshizawa Toshizumi)



コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント
1級ファイリング・デザイナー/オフィスセキュリティコーディネーター ストア事業、営業、新規事業企画部門を経てワークスタイルコンサルティング部門に所属。 主に、ナレッジシェアリング構築のコンサルティング、オフィス構築、運用改善コンサルティングを担当し、お客様の働き方改革をサポート。

連載監修/河内律子(コクヨ キャリアコンサルタント)
ライター/中原絵里子