組織の力

2024.03.05

NTT西日本がオープンイノベーション施設を無料で提供する理由〈前編〉

横の多様性は最大限広げ、縦の多様性は理念への共感に限定

NTT西日本が運営する、大阪城からほど近い京橋にあるオープンイノベーション施設、「QUINTBRIDGE(クイントブリッジ)」。社会を変えたいという志を持つ会員同士が自由に共創し、アイデアや技術を持ち寄って実社会での活用を実現させる場だ。会費もイベント利用料もすべて無料という驚きの運営スタイルで異彩を放つQUINTBRIDGE設立の背景やねらいについて、NTT西日本イノベーション戦略室の下川哲平氏にお話を伺った。
右から)坂本(コクヨ)・下川さん・栗木(コクヨ)

人材育成の手段として
他流試合に取り組める共創施設を開設

――QUINTBRIDGEはもともとどういった背景でつくられたのでしょうか?


NTT西日本の本社ビルが京橋に移転するに伴って、敷地内に「新研修棟」を開設することになりました。QUINTBRIDGEがある場所にはもともと研修棟があったのですが、この研修棟が老朽化のため建て替えられることになったのです。
人材育成を目的とした建物ですので、管轄は総務人事です。その手段として「オープンイノベーション」に取り組む、つまりイノベーションを興すために社外の人材との他流試合に取り組むことで人材育成につなげようというねらいです。
その実現のため、社外のコミュニティでも活動しているような外部との交流が得意な人材を集めてプロジェクトが発足。社内だけでなく外部と混ざり合える施設の検討が始まりました。


1_org_179_01.jpg QUINTBRIGEの入り口からの眺め。


――そうして2022年3月にオープンしたわけですが、まずはQUINTBRIDGEの施設概要を教えていただけますか。


QUINTBRIDGEは3階建ての構成で、1階のコンセプトは「新たな出会いフロア」。最大200名のイベントが開催できるメインステージを中心としたワンフロアの共創スペースです。高低差でスペースをゆるやかに仕切っているので、他の人の視線は気にならないけれどステージも見やすい設計になっています。

本物の上質感を出すため、仕切りだけでなく一部床にも本物のレンガを敷き詰めていますが、仕切りは重厚感が出すぎないように真ん中をくり抜いてあります。旧電電公社がレンガ造りだったことにインスパイアされているんですよ。


1_org_179_02.jpg 適度に遮蔽しながらもつながりを感じられるよう、レンガの形には細かい工夫が施されている。

1階のイスやテーブルは一部旧本社ビルから持ちこんでリペアしたものもあります。テーブルの表面をよく見ると、かつての電話帳(タウンページ)を溶かしたものが素材として使われているのがわかります。従業員食堂や役員食堂のイスも足を切ってアップサイクル。ランプシェードにはかつてのLANケーブルの中をほぐして組み込んであります。
こうしたマテリアルの共創も遊び心の一つです。また、あえて最新のオフィスチェアなど座り心地のよいものを置かないことで、「立ち上がって混ざろう、参加しよう」というメッセージも込めています。



左)電話帳を素材としたテーブルはよく見ると電話番号の一部が確認できる。
右)カラフルなLANケーブルが美しいランプシェード。


1階にあるカフェは、実は一番リピーターを創出しているスペース。週に一度、QUINTBRIDGEの運営スタッフが「コーヒーミートアップ」を開催し、フロアにいる会員に声をかけて回って対話への参加を促しています。異業種の方と交流してみたいと思っていてもなかなかきっかけがつかめない方も一定数いらっしゃるので、こうしてスタッフから仕掛けることもあります。

イベントスペースで開催されるのはすべてオープンイベントで、たまたまカフェにコーヒーを買いに来た人がついでに参加するのもOK。イベントで作成したグラレコも、誰でも見られるように一定期間展示されています。

2階は「アイデア実現フロア」で、1階で出会ったメンバーがアイデアを形にしていくための場所。モノづくりスペースやプロジェクトルーム、映像配信ルームやキッチンスペースなどがあります。カーテンや金網などでゆるやかにスペースを仕切り、集中しやすいけれど適度に開いた空間にすることで、偶発的な出会いが生まれやすいようにしています。唯一予約制のボックス席も、籠りすぎないようにあえて最大2時間までの利用と制限しています。

イベントは2階フロアでも開催できます。1階より天井が低く一体感を得やすいので、熱量高くインタラクティブなイベントをしたい場合は2階の方がオススメです。


1_org_179_04.jpg 全体がシルバー系の色味で統一された2階フロア。奥には簡単キッチンも併設されている。

3階は「事業拡大フロア」で、入居者専用フロアです。生まれた事業をここから拡大するための事業拠点で、テナントオフィスのほかにミーティングスペースやリラックススペースなどがあります。



QUINTBRIDGEの理念「Self-as-We」を会員それぞれが作品にしたアート展示と企画者であるイノベーション戦略室の浦狩亜紀さん。



開設1年8か月でのべ利用者数13万人超
共創を生み出す人材の多様性

――先ほど施設の管轄は人事と言われていましたが、運営はどのような体制でされているのですか?


運営は、施設管理や社員育成を担う総務人事部、施策や方向性を考えるイノベーション戦略室、我々と一緒に場の運営やイベント企画、コミュニケーター業務をしてくれる委託会社で一体感をもって実施しています。年に1、2回程度合宿をするなど、この場所をどう運営していくとよいかを話し合うと同時に、会員の声も積極的に取り入れることで自然と変化し続けています。

運営スキルを上げるため、上長からは「仕事に関係なくてもいいから、バイネームでどんどん外でインフルエンサー活動していこう」と背中を押されています。また、全国の様々な共創施設を行脚して手法を学ぶと同時に関係性をつくることも私たちのミッションであり、エコシステムを生み出す手法の1つだと考えています。


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――開設1年8か月ですでに登録会員数16,000人、パートナー企業が1100組織、のべ利用者数は13万人を超えていると聞きました。運営側としてはどのような方に会員になってもらいたいと考えているのでしょうか?


多様性といってもどこを多様にするかを重要視していて、我々は横の多様性、つまりデモグラフィックダイバーシティ(性別・国籍・年齢といった属性の多様性)を最大限拡げるため、業種や業界、規模などは問いません。ただし縦の多様性、つまりタスクの多様性は「社会課題を解決するために"わたしたち"でオープンイノベーションにチャレンジする」という目的がある方だけに限定しています。企業には様々な側面がありますが、ここに来るときはGiver(与える人)の面を見せてほしい。だから商品の販売や営業行為、自分たちの顧客のためだけのイベント開催といった利用はお断りしています。

また、Give and Given(まず与えることで巡り巡って不確実に起こる利益を期待する志向性)の関係性をつくるためには、まず我々がGiver(与える人)である必要があります。QUINTBRIDGEを共創するための場所として地域社会に無料で提供することはその意思表示でもあります。我々がGiverになることで「Self-as-We」というコンセプトを自信をもって貫いていますし、会員のみなさまには、アセットを持ち寄って交流や共創をしてくださいとしっかりお願いしています。



――多様な人が集まっているとのことですが、「0→1」を生み出すアート思考やデザイン思考で展開する"起承"人材と、生まれたアイデアをサイエンス思考でリスクを取り除いてオペレーションを回していく"転結"人材のバランスで見るとどうですか? 
NTT西日本の社員の方には"転結"に秀でている人材が多いように思いますが。


イノベーションにはどちらの人材も必要です。確かにNTT西日本にはオペレーションに長けた人材が多いですが、このQUINTBRIDGEの目的の一つが「他流試合を通して人材を育成する」である通り、社員には"転結"の人も、この場での出会いを通して"起承"にも挑戦してもらいたいと思っています。QUINTBRIDGEの運営サイドにも両方のタイプの人材がそろっているんですよ。



――"起承"で起こしたことをきちんと"転結"させていくことが必要なので、どちらの人材もいることでうまく合致していけそうですね。



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後編では、QUINTBRIDGEでイノベーションを起こしていく仕掛けについて、引き続きお話を伺っていく。




QUINTBRIDGE

思いと思いが、出会う場所。世の中をもっと良くしたい、と考える企業・スタートアップ・学生・自治体などが、立場にとらわれず交流するオープンイノベーション施設。志を持つ会員同士が自由に共創し、実社会での活用をめざす。

文/中原恵理子 撮影/石河正武