組織の力

2024.03.07

NTT西日本がオープンイノベーション施設を無料で提供する理由〈後編〉

課題を真ん中に、問いとソリューションを持つプレイヤーを集める

NTT西日本が運営するオープンイノベーション施設、「QUINTBRIDGE(クイントブリッジ)」。開所1年8か月で13万人を超える利用者数をどうつなげ、イノベーションを仕掛けているのか。コストをかけてでも運営することで得られるものは。引き続きNTT西日本イノベーション戦略室の下川哲平氏にお話を伺った。

課題を真ん中に据え、プレイヤーが
周りを囲む構図での社会課題解決

――ここまでQUINTBRIDGEのハード面について伺ってきましたが、デモグラフィックダイバーシティ(性別・国籍・年齢といった属性の多様性)を最大限拡げつつ、社会課題の解決に思いのある部分は共通した人同士を、どのような仕掛けでつなげようとされているのでしょうか。


メインはQUINTBRIDGEで開催されるイベントと交流会です。年間400回ペースで開催しており、その約8割が会員の主催企画や会員からの持ち込みをきっかけとした共催企画です。

ほかにも、事業共創を加速させるための「学ぶ」「繋がる」「共創する」という3つの軸でのプログラムを実施しています。
そのうちの一つが「Future-Build」という未来共創プログラムです。NTT西日本も一会員企業として、当社と一緒に社会課題の解決や未来社会の創造に挑戦し、Well-Beingな社会を実現するための共創パートナーを募集し、イチからビジネスを創るプログラムを開催しています。


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――一般的なイノベーション施設と、QUINTBRIDGEとのイノベーションの起こし方やスタンスの違いは、どういうところにあるのでしょうか。


こちらの図を見ていただくのがわかりやすいと思います。一般的なイノベーション施設では「我々の抱えるこういうビジネス課題の解決に、一緒に取り組んでくれる会社はありませんか」と呼びかけて仲間を募る形ですよね。だから中心に自社があって、そこに矢印が向かっている。

一方、QUINTBRIDGEで挑戦する「わたしたち」の社会課題解決の構図では、真ん中には誰も座っていません。真ん中には解決すべき課題やビジネスの目的があって、「この課題を一緒に考えてくれる人はいませんか」という投げかけに応じて集まってきた多種多様なプレイヤーが周りにいて、周りから真ん中に矢印が向かっている構図です。NTT西日本も周りにいるプレイヤーの一つに過ぎません。


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――海外ではパブリックがやっている仕事で、これは本来国や自治体がやるべきモデルだと思うのですが、これを営利団体であるNTT西日本が取り組んでいることに重要な意味がありそうですね。プレイヤーとして自治体も巻き込んでいたりするのですか?


自治体には積極的に会員になっていただいています。この構図ではソリューションを持っているプレイヤーだけでなく、問いを持っているプレイヤーがいることが重要です。そのため、多くの自治体が会員として参画してくれている意味は大きいと感じています。自治体ピッチ(自治体が集まって地域の課題発表するミートアップイベント)は毎回参加者も多く、非常に盛り上がります。


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――NTT西日本と言えば地域活性化に以前から力を入れている印象がありますが、QUINTBRIDGEを地域との共創にもつなげたいという意図はありますか?


QUINTBRIDGEの名前の由来は「Quintillion(百京)」と「Bridge(橋)」の掛け合わせ、つまり「百京橋」。京橋の地から100の新規事業を創成する架け橋になりたいという意味があり、「京橋」という街との共創を大切にしています。NTT西日本は西日本のあまねく地域を盛り上げていくのが使命だと思っています。

かつては敷地周りを塀で囲み、守衛門で入退出を管理していた社屋でしたが、今は街にひらき街とつながり、街の人たちと一緒にイノベーションが生まれる京橋にしていこうと取り組んでいます。

それを受けて、ある飲食店のオーナーが「イベントと交流会でつながりができても、その後さらに交流を深められる場所がない。だからその役割を自分が引き受ける。そうすればもっとイノベーションが進むはずだから」と店舗を共創の場として活用する提案してくださっています。これはとても面白い現象で、QUINTBRIDGEが敷地内の建物の中だけではなくなり、境界が街にしみ出していっているわけです。

ここからさらに発展して、リビングラボのような場所が街のあちこちに出来ると面白いなと考えています。京橋には大企業の集積地であるOBP(大阪ビジネスパーク)もありますから、一緒にここを「イノベーションの生まれる街」に進化させていけたらいいですね。




QUINTBRIDGEがNTT西日本にもたらす3つのメリット

――これだけの施設をつくって運営するとなると相当コストもかかっていると思いますが、会費は取らず無料での利用にされています。QUINTBRIDGEによってNTT西日本が得られるメリットにはどんなものがあるのでしょうか。


QUINTBRIDGEを運営するうえでのねらいや、当社が得られるメリットには大きく3つあります。

1つ目は、QUINTBRIDGEが研修施設として設立された背景からもわかる通り、人材育成です。この施設を利用するにはNTT西日本の社員も会員になる必要があるのですが、会員全体のうち社員は約3割程度です。社外のさまざまな人との他流試合を通じて、人材育成につなげること。これは施設を管轄している人事のミッションです。

2つ目は、NTT西日本の新規事業開発です。一般的なイノベーションセンターのように、NTT西日本が中心になっている構図で一緒に共創したい相手を募集すると、ビジネスの確度は上がりますが、通信会社と一緒に何かやりたい会社ばかりが集まってしまいます。通信の領域にしばられてしまうと5年後10年後に向けた新しい事業の創造にはつながりません。
QUINTBRIDGEではNTT西日本も一会員ではありますが、プラットフォーマーとして1100を超える多種多様な法人を抱えていて、いつでもつながれる状況でもあります。また、年間約400回開催しているイベントも、8割が持ち込みによるものです。すべて自前で実施するとしたら相当なコストがかかりますが、「ぜひここでイベントを開催したい」とさまざまな企画が持ち込まれて数か月先まで埋まっている状況なのは非常にありがたいことです。 我々イノベーション戦略室は、新しい事業の可能性が生まれ続けるエコシステムを形成することがミッションなので、この環境をどう生かしていけばよいのか考え続けているところです。



左)月のイベントが書かれたボード。内容に合わせて「学ぶ・つながる・共創する」の3つのテーマで色分けされている。
右)直近イベントのグラフィックレコーディングが誰でも見られるように展示されている。


3つ目は、この活動自体がブランディングになっていることです。有望スタートアップ企業が選ぶ「イノベーティブ大企業ランキング」」で以前は80位ぐらいだったのが、2023年には28位まで上昇しました。ここまで順位がジャンプアップしている企業は他にありません。また、転職に応募してくる属性が変化してきていて、「QUINTBRIDGEを運営している会社だからNTT西日本に入りたい」とイノベーティブな人材の応募が増えてきています。これはお金に代えられるものではない非常に大きな価値です。




QUINTBRIDGEに熱をつくり、
社員が場に集まる目的を生み出す

――現在感じている課題感や、今後こうしていきたいという展望を聞かせてください。


QUINTBRIDGEは、会員登録もイベント参加も、利用はすべて無料。真ん中に課題や目的を置いて「わたしたちの課題」の解決に挑戦することでイノベーションを起こすという新しいモデルです。この形があり得るのだということが認知されてくると、追従してくる事業者も出てくるかもしれません。その中でさらに先を行く施設をつくっていきたいと思っています。

QUINTBRIDGEの目的の一つである人材育成という観点では、いずれ30ある支店のメンバーも巻き込んでいく必要があるのですが、まずはリアルなこの場での熱をつくって段階的に広げていきたいと考えています。
現状NTT西日本では在宅勤務が中心ですが、目的があれば場に集まってくるはずです。外の人ばかり集まる施設ではなく、社内の知見をつなぐことも今後のテーマのひとつだと考えています。ですからQUINTBRIDGEに集まる目的をつくって社員に発信することにも取り組んでいくつもりです。

また、現状の会員にはスタートアップの方が多く、大企業の方や自治体の方もそれなりにいらっしゃいます。横の多様性で現状足りていないと感じているプレイヤーは中小企業の方です。京橋に限らず大阪は中小企業が非常に多い地域ですから、もっと巻き込んでいきたいと考えています。QUINTBRIDGEに来れば新しいつながりをつくることができて、一緒に未来の仕事のことを考えることができる。そう感じてもらえる場になれるようにこれからも試行錯誤していきたいですね。




QUINTBRIDGE

思いと思いが、出会う場所。世の中をもっと良くしたい、と考える企業・スタートアップ・学生・自治体などが、立場にとらわれず交流するオープンイノベーション施設。志を持つ会員同士が自由に共創し、実社会での活用をめざす。

文/中原絵里子 撮影/石河正武