ビジネスに役立つ哲学

2022.02.01

信頼について

ビジネスに役立つ哲学12:信頼関係の築くには

相手との信頼関係がビジネスを円滑にする、とよく言うが、信頼関係を築くのはそう簡単なことではない。信頼関係は双方で築くもので、一方的に望んでも無理だからだ。ではどうすればいいのだろうか…。

「信頼関係を築くこと」について、フランスの3人の哲学者の「考え方」を紹介しよう。もし、彼らが「誰かの信頼を得るため」に奮闘する、現代に生きる私たちにメッセージを送るとしたら、きっとこんな言葉をかけてくれるはずだ。
※「ビジネスに役立つ哲学」の連載では、作家でありモラリストでもある大竹稽氏が、フランスの哲学者になりきって、現代の迷い、悩めるワーカーにメッセージを送ります。


信頼を築くには、まずは謙虚でありましょう


3_phi_001_04.pngあなたは、人間関係には「信頼」が大切だと考えていることでしょう。そして、この「信頼」は容易には築けないことを、経験から知っているのではないでしょうか。

そんなあなたには、初めに伝えておかなければなりません。あなたが考えている以上に、信頼を築くことは難しいものです。信頼というものに絶対的な価値をおき、かつ、永続的な信頼関係を望んでいるのなら、ほとんど不可能だと言ってよいでしょう。

なぜなら、人間には自我があるからなのです。結局は、人間は自分のことだけしか考えられないのです。人間が本質的にもつこの欠陥はごまかせません。だから、絶対の信頼など、人間には不可能なのです。どんな聖職者でも哲学者でも、そんなことは不可能なのです。

かといって、信頼など諦めてしまえと言っているのではありません。人間の偉大さとは、己の無力を知り、そのうえで謙虚であろうとする点にあるからです。

単純なことです。「信頼」を築くには、まずは謙虚でありましょう。

謙虚である人物は、自分を偽りません。自分か不完全であること、自分にはできないことがあることを、すっぱり認めてしまいましょう。

そうでなければ、どれほどあなたが「自分を信頼してくれ」と求めたところで、相手の信頼は得られません。信頼とは、押しつけるものではありません。傲慢ワンマンな上司が、権勢を頼みに「自分を信頼しろ」と命じたところで、周りの反応は推して知るべしでしょう。(パスカル)





信頼関係は礼節から始まる
あなたができる最高の笑顔で、相手を迎えようじゃないか


3_phi_001_05.png「信頼とは身体的なものである」あなたはこの一文をどのように理解するだろうか? 私の答えを読む前に、しばし考えてみてほしい。

信頼というものを、言葉だけで考えていないだろうか? 言葉だけの理解は、あなたをさらに迷路に追い込むこともある。特に「信頼」はそういうものだ。

「あなたの目の前にいる人の手を握ってみよう」と言われたらどうだろうか。

赤の他人の手を握ることは、ほぼ不可能だろう。では、会社の同僚ではどうだろうか? それも簡単ではないはずだ。同僚だとしても、あなたと馬が合わない人、もしくは、敵かもしれないからだ。では、友人ならどうだろうか? 友人の手であれば握れる人も多いだろう。

相手の手を握る握手とは、そもそも武器を持っていないことを示す行為だったことを知っている人も多いだろう。つまり、今は親愛や友好の表現となっている握手とは、そもそも礼節の一つなのだ。

信頼関係は礼節から始まる。礼節の語源には「滑らかさ」という意味がある。つまり、礼節とは人間関係を滑らかにするものなのだ。信頼は、まずここから始めないと話にならない。

人間関係というものを、身体的なイメージで捉え直してみよう。
体がこわばったり、汗ばんだりするようでは、信頼は築けない。だが、私たちは、礼節によって体のこわばりは克服できるのだ。

あなたが信頼を築きたい相手を、あなたができる最高の笑顔で迎えようじゃないか。そして、快活な声で相手に近づき、しっかり握手をするんだ。

「人見知りだからできない」などという問題ではないんだ。これは、意志の問題なのだ。 君に向けられる信頼は、君の日々の意志への報酬だと思えばいい。
まずは、スマイルから始めよう。(アラン)





自分を偽っていないだろうか?
まずは、自分自身との信頼関係を取り戻す


3_phi_001_02.png「人間は多かれ少なかれ何らかの『偽装』をしている」と言うと、「自分は絶対、偽装なんてしていない」と反論するかもしれない。

それが本当なら素晴らしい。だが、「絶対に...」といっている今のあなたの姿こそが、欠点を隠していたり取り繕ったりしているのではないだろうか。

あまりにも他人に対して偽装することに慣れてしまった結果、自分が偽装していることに気づかなくなってしまった人たちがいることを、まず忠告しておこう。

さて、信頼も同じように偽装の可能性がある。信頼しているフリをして、自分の利益になることを求めている人間に出会ったことはなかっただろうか?

例えば、腹を割って意見交換をしようというケースはどうだろう。意見を求めるものは、相手を信頼しているように見えるが、実はただ自分の考えを承認させようとしているだけかもしれない。意見をする方も、相手から示された信頼に応えようとしているようでいて、実は、自分の利益や虚栄を満たそうとしているのかもしれない。
しかも、自分では気づかないうちに。

これほどまでに自己偽装とは手強いものなのだ。
もしあなたが、同僚や上司部下との信頼関係を求めているのなら、信頼関係を求める前にすることがある。

「自分を偽っていないだろうか?」と自問自答する。 他人よりもまず、自分自身との信頼関係を取り戻そうではないか。(ラ・ロシュフコー)




大竹 稽 (Ootake Kei)

教育者、哲学者。1970年愛知県生まれ 旭丘高校から東京大学理科三類に入学。五年後、医学と決別。大手予備校に勤務しながら子供たちと哲学対話を始める。三十代後半で、再度、東京大学大学院に入学し、フランス思想を研究した。専門は、カミュ、サルトル、バタイユら実存の思想家、バルトやデリダらの構造主義者、そしてモンテーニュやパスカルらのモラリスト。編著書『60分でわかるカミュのペスト』『超訳モンテーニュ』『賢者の智慧の書』など多数。東京都港区や浅草で作文教室や哲学教室を開いている。
大竹稽HP https://kei-ohtake.com/
思考塾HP https://shikoujuku.jp/

イラスト/ちぎらはるな