組織の力

2018.12.14

「ポートフォリオ・マネジャー」が最強のチームを育てる〈後編〉

メンバーの内発的動機に働きかける

ビジネススピードが加速する現代において、多様性に富むメンバーが集まったチームを束ねる「ポートフォリオ・マネジャー」の重要性は増すばかりだ。では、具体的にどのようなノウハウをもってチームの生産性を上げていけばよいのか。グーグルやモルガン・スタンレーといったグローバル企業において人材開発に携わり、自らも株式会社プロノイア・グループをという人材・組織開発を専門とする会社を経営する形でチームビルディングを日々行うピョートル・フェリクス・グジバチ氏にお聞きした。

目標に向けてやるべきことを
メンバー自身の力で気づかせる

グーグルでは、2009年に行われたマネジャーの役割や仕事に関する1万人規模の調査「プロジェクト・オキシジェン」の結果から、チームのパフォーマンスを高めるマネジャーの8つの特性を明らかにしている。「ポートフォリオ・マネジャー」の資質としてピョートル氏が重要だと考えているのが「よいコーチであること」だという。

「私が出会った女性マネジャーはいずれも、グーグルが明らかにした8つの特性を見事に備えていました。なかでも2人に共通していたのが、コーチング力が卓越していることでした。コーチングとは命令ではもちろんなく、建設的なコミュニケーションです。彼女たちはメンバーの目指す方向性やチームとして目指すビジョンを把握し、『どうすればその目標に近づけるか』をメンバーに自己認識させる力を持っていました。しかも彼女たちは人間性にも優れており、私とフラットな関係性をつくってくれて、自分自身の悩みを相談してくれることもありました。つまり、人間性とマネジメント力のバランスが絶妙だったのです」



性善説に基づいて
メンバーの意図を引き出す

マネジャーの特性としてもう一つ大切なのは、「メンバーの意図を考えること」だという。そこにはピョートル氏の性善説信仰があった。
「私自身は、人間はみな根本的には肯定的な意図から行動していると信じています。ただし、過去のトラウマから承認欲求が強すぎたり、他人を信じることができずに嘘をついたりと、意図は正しくても手法が間違っていることは多々あります。ですからリーダーは、ワン・オン・ワン(1対1で行うミーティング)などを活用して、そのメンバーがどんな意図から行動しているかを深く考え、本人の価値観や信条、ビジョン、悩みなどを引き出すべきだと思います」


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日本のマネジャーは、メンバーとのミーティングにおいても「このプロジェクトはどうなっているの?」といったタスクベースの会話に終始することが多い。「確かに事実確認も大切ですが、それだけではよいチームはつくれません」とピョートル氏は説明する。
「心理的安全性の高いチームをつくろうとするなら、まずはメンバーを道具としてではなく、一人の人間としてみることが絶対条件です。ですからマネジャーは、その人がどんな意図で行動しているのかを、常に考える必要があるのです」



フィードバックと「フィードフォワード」の
繰り返しが次をつくる

では生産性の高いチームをつくっていくために、マネジャーはどんな仕事のやり方を取り入れながらチームを育てていくべきなのだろうか。ピョートル氏が強調するのはプロセスを何回も確認し合いながら仕事を進めていくことだ。その手法をピョートル氏は「フィードフォワード」という言葉を使って説明する。
「仕事の後にはフィードバックを行うのが一般的ですが、フィードバックの内容は次に活かさなければ意味がありません。ですから私の会社では、例えば月1回ずつ『Mirai Forum』というイベントを行っていくプロセスの中で、イベントの翌日にすぐレビューをして、うまくいったところや今後の改善点、自分の失敗などを共有します。そのレビューを活かして、『今度はどうしたらいいだろう?』と考えます。そしてそこで出てきたポイントを話して止まるのではなく、次のイベントに活かすためのフィードバックとフィードフォワードを繰り返します。このサイクルによって、仕事の質を高速で上げていくことができるのです」

さらにイベントの最中にも、臨機応変に対応を変えていく。「フィードフォワード→イベント中に状況を見ながら行動→フィードバック」と回していくことが大切だという。だからこそマネジャーは、普段からメンバーの人間性に知悉し、状況が刻々と変わってもメンバーの特性に応じたコーチングでチームを生産性の高い方向に導いていくことができるのだ。



過去の習慣に定着せずに、
「アンラーン」のサイクルでマネジャー自ら新しい行動を起こす

そしてマネジャーにもう一つ求められている重要なアクションとして、ピョートル氏は「アンラーン(Unlearn)」(時代遅れのやり方を忘れること)を挙げる。私たちは、専門知識やスキルをどんどんインプットしていくラーン(Learn)に注力しがちだが、チームとしての生産性を広い視点から考えたときに、ラーンに劣らず重要なのがアンラーンだというのだ。
「習慣や常識は、時代の流れと共に必ず古くなっていきます。しかし日本では特に、古くて不要なものを手放さずに守る傾向があります。例えばランチの時間は12時から1時までと決まっている企業は未だに多いですが、リーダーが30分ずらして出かけ、すいた店でランチを楽しんできたらどうでしょう。リーダーの行動に意味があると感じれば、メンバーもそれに倣うはずです。古い常識や習慣をリーダーが自ら手放していくことで、チームの生産性は必ず上がっていくと私は信じています」

ピョートル氏が提案するマネジャー像は、日本でみられるマネジャーのあり方とはかなり違う面も大きい。いきなりポートフォリオ・マネジャーになるのは難しくても、「メンバーの人間性を見て意図を考える」「フィードバックを次に活かすしくみをつくる」など取り入れやすい手法はいくつもある。少しずつでもチームのあり方を見直していけば、思いがけない成果を生み出せるかもしれない。


ピョートル・フェリクス・グジバチ(Piotr Feliks Grzywacz)

ポーランド生まれ。2000年に来日後、モルガン・スタンレーなどを経て、グーグルのアジア・パシフィック地域における人材開発と組織開発、リーダーシップ開発分野で活躍。2015年に株式会社プロノイア・グループ株式会社を設立し、企業がイノベーションを起こすための組織文化変革に向けてコンサルティングを行う。『世界最高のチーム』(朝日新聞出版)や『日本人の知らない会議の鉄則』(ダイヤモンド社)、『Google流 疲れない働き方』(SBクリエイティブ)など著書多数。

文/横堀夏代 撮影/荒川潤