組織の力

2023.07.25

集う・体験する・交わる場で、社外との共創を

住友化学「SYNERGYCA(シナジカ)共創ラウンジ」

2021年12月、住友化学(株)が本社移転を機にオープンさせたのが、「SYNERGYCA(シナジカ)共創ラウンジ」。社外の人や組織と交流し、新たな価値創造につながるアイデアや気づきを生み出すための場だ。どのような背景やコンセプトで作られたのか、どのように運用しているのか、住友化学 技術・研究企画部 担当部長 企業共創企画、技術企画SYNERGYCA共創ラウンジ ダイレクターのクナップ カルロス氏に、外部パートナーとしてSYNERGYCAの構築に携わったコクヨの齋藤がお話しを伺った。



社外の人と交流し、新たな価値創造に
つながるアイデアや気づきを生み出す

――まずは、「SYNERGYCA 共創ラウンジ」とはどのような場所なのか、お聞かせください。

住友化学グループとしては初となる、社外の人との交流・共創の場です。「シナジー」と化学の「カ」からなる「SYNERGYCA(シナジカ)」という名称、『世界を化える話をしよう』というキャッチフレーズには、社外の人と一緒に化学反応を起こせるような場にしたいという想いを込めています。約3万4千人いるグループ社員の誰もが利用でき、社外の人を招待することができます。

施設内には「集う」「体験する」「交わる」の3つのエリアがあります。「集う」は顔合わせの場、アイスブレイクの場です。続く「体験する」では、住友化学グループの歴史、国内外の拠点、技術、製品などについて、五感を通して体験的に知っていただきます。VR体験やCGアニメーションを用いた解説など最新のデジタル技術を活用したコンテンツで、網羅性よりも面白さやワクワク感に重きを置いています。
というのも、この場では、自社の製品や技術の素晴らしさよりも、住友化学グループの技術やイノベーション、共創への熱意を伝えたいから。それを感じ取っていただき、じゃあ何か一緒にやりましょう...と「交わる」に向けて交流とコミュニケーションを活性化していく仕掛けでもあるのです。

「交わる」は、外の人と中(住友化学グループ)の人がセッションを行う場です。机やイスのレイアウトは自由に変えることができ、デジタルホワイトボードや大型モニターなども備えており、用途に合わせて活用できます。セッションについては固定のプログラムがあるわけではなく、目指すアウトプットに合わせてその都度プログラムを考案します。
例えば、プロのファシリテーターなどもチームとしてサポートし、その他にもさまざまなツールを活用してベストなセッションになるよう努めています。オフィスとは異なるクリエイティブな空間のなか、フラットでオープンな議論が行われることをねらっています。

「集う」「体験する」「交わる」を通して、社外の人と交流し、住友化学のことを知ってもらい、新たな価値創造につながるアイデアや気づきを生み出す。SYNERGYCA 共創ラウンジは、そんな場になっています。

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多様な背景をもつ社員を集めた
ワークショップで、社内のニーズを探る

――私自身も「SYNERGYCA 共創ラウンジ」立ち上げプロジェクトに携わらせていただきましたが、この場所をつくった背景や経緯についてお聞かせください。

社内では以前から社外の人との交流スペースの必要性が話題に上がっており、本社移転を機に、そのような場をつくろうというプロジェクトが始動しました。最初は「社外の人との交流の場」が具体的にどのような場なのか未定で、まずは社内のニーズを洗い出すことから始めました。というのも、場だけをつくっても、それが社員の求めるものでなければ有効に使われないからです。

私たちが行ったのが、性別、年齢、部署・部門などにおいて多様なバックグラウンドをもつ20人ほどの社員を集め、コクヨさんが設計、運用とファシリテーションをしたワークショップです。そもそも社外の人との交流の場は必要なのか、必要なのであればどのような機能が求められるかを議論していきました。そこで一つ挙がってきたのが、自社について外部の人にわかりやすく説明できる機能が欲しい、という声でした。
住友化学という会社が何をしているのか、どんなものをつくりどんなポテンシャルがあるのかが、外から、つまり、お客さんから見えにくい...という課題があり、それを解決するための機能が欲しいということでした。またもう一つ、社外の人とフラットかつオープンに議論できる場があればいい、という声もありました。

こうした意見を踏まえて、住友化学のことを、体験を通して知ってもらう場、リラックスした雰囲気のなか、人々が集い、交わり、新たな価値創造につながるアイデアや気づきを生み出す共創の場にしようという方向性が決まりました。ちなみに、ワークショップは約半年の間に10回ほど実施しました。まさにコロナ禍に突入した時期で、1、2回目のみ対面であとはオンラインだったのですが、コクヨさんの上手な運用とファシリテーションもあり、そのような状況下でもメンバーたちも次第に主体的に議論に参加するようになったのが印象的でした。

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SYNERGYCAのプロジェクト自体が共創。
社内外のメンバーが対等な立場で意見を交わし合う

――多様な背景をもつ社員の意見からニーズを拾い、どのような場にしていくのかというコンセプトから議論されたのですね。その後は、どのようにつくっていかれたのでしょうか?

SYNERGYCAの立ち上げプロジェクト自体が、まさに多様な人や組織による共創といえるものでした。私たち、そしてコクヨさんを中心に、クリエイター、設計者、デザイナー、デジタル技術者など、社内外のさまざまなステークホルダーが一つのチームになり、共通言語がないなか模索しながら話し合いを重ねました。
お互いに苦労した点はあったと思いますが、それを乗り越えてこその共創です。SYNERGYCAは、みんなのアイデアがいろいろなところに活かされている、そんなプロジェクトです。

――何かを決める際に、クナップさんが「どう思いますか?」と社外のメンバーに意見を求めていた姿が印象的です。

所属に関係なく、プロジェクトチームのメンバーとして、お互いに対等な立場でいろいろな観点から意見を交わし合い、決めていくことが大事だと考えています。住友化学のメンバーは、プロジェクトチームと社内とをつなぐことに注力しました。
例えば、クリエイターの言葉をそのまま社内の人に伝えてもうまく伝わらないので、みんながわかる言語に置き換えて伝えるようにしました。また、社内の情報やニーズを吸い上げる必要もあったので、経営陣、中間層、若手と幅広い部署の人と対話を重ね、「情報・意見・提案」の3つの流れがスムーズになるよう努めました。社内への共有・報告のタイミングも重要で、早すぎても遅すぎてもうまくいかないので、そこは気を遣いましたね。

――ミュージアムでもショールームでもない、集う・体験する・交わる場から、共創を興していくために、どのような工夫をされましたか?

一つは、「体験する」において、コンテンツを目的にしないことです。伝えたいのは私たちの共創への熱意や大事にしてきたことであり、その技術とイノベーションに対する意欲が伝わるように意識しました。
また、技術とイノベーションを軸に据え、わかりやすく伝えつつも、専門性の高さは維持するようにも努めました。
もう一つは、「交わる」における、運用面の設計です。コンテンツがある程度固まってからは、共創のパターンを想定し、ファシリテーションなどのシミュレーションを重ね、必要なハードを洗い出し、再びシミュレーションをする...ということを繰り返しながら設計していきました。

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運用は順調。SYNERGYCAでのセッションが
新たな共創につながる

――2021年12月、コロナ禍のなかでのオープンでしたが、SYNERGYCAに対する社内・社外の反応はいかがでしたか?

うれしいことに、最初から社員が積極的に使ってくれました。初期の頃は短い見学が多かったのですが、3〜4ヶ月後にはディスカッションをしたいという声が増えてきて、当初のねらいだった「交流・議論・共創」という目的のための利用者が増えました。来訪者には、民間企業のほか大学関係者や政府関係者などさまざまな方がいらっしゃいます。

また、並行してグループ社員向けの見学会も行い、SYNERGYCAに対する理解を促進していきました。実際に体験してみなければ、ここで自分は何ができるか、どう使えばいいのかを考えることはできないので、より多くの社員に体験してほしいと思っています。最近では「SYNERGYCAがなかったときは皆さん(社外の人との交流を)どうしていたんですか?」と聞かれることもあるくらい、社内にも広く浸透しています。

SYNERGYCAの第一のミッションは社外との共創ですが、最近では社内やグループ会社同士のディスカッションなどにも積極的に活用しており、社内外のハブになる存在になってきています。

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――具体的にどのような共創が生まれているのでしょうか?

例えば、SYNERGYCAでのセッションが事業化につながった事例があります。当社では扱っていない材料を扱っている企業との協業において、互いに材料の研究を進めてはいるものの、イマイチ相手の温度感がわからない...という状況が続いていました。そこで、SYNERGYCAで議論してみようということになり、いわゆる普通の会議とは違うラフな雰囲気のなかセッションを行いました。セッションを通してお互いへの理解が深まり、材料についての新しい観点への気づきも得られ、どこでどのように材料を活用できるかいろいろなアイデアも出て、それを機に連携が強まり、具体的な共同開発アイテムに結びついたのです。

また、住友化学ではカーボンニュートラルの実現に向けて重点的に取り組んでおり、SYNERGYCAにて異業界・異業種の企業との継続的な議論を進めてきました。自動車、鉄鋼、材料などのメーカーが抱えるカーボンニュートラルに関する課題や技術について意見や情報を交わし合い、一緒に何ができるかをディスカッションしています。こうしたセッションを複数の企業と行っており、既存の製品や材料の新しい展開や、将来に向けての議論が進んでいます。SYNERGYCAを活用することで、このような組織横断的な会話が加速されています。今後もこうしたセッションを継続することで、共創につなげたいと考えています。




目指すアプトプットを明確にし、
目的に合わせて場のあり方を変えていく

――昨今は、やりたいことを議論しないまま場をつくり、いざ、運用となるとどうすればいいかわからない、というケースも散見されます。そうしたなか、SYNERGYCAの運用がうまくいっているのは、この場でやりたいことが明確で、社内でコンセンサスをとったうえで場をつくり、近視眼に陥らないチームで運用されているからだと思います。運用するうえで大事にされていること、工夫されていることを教えてください。

一つは、案件ごとに、目指しているアウトプットを明確にすることです。とにかくたくさんアイデアを出したい場合もあれば、アイデアを出したうえである程度まで絞りたい場合もありますし、どのような時間軸のプロジェクトなのかにもよってもアウトプットは変わってきます。そこを事前に案件の担当者と相談してすり合わせ、場のつくり方をシミュレーションしています。すべてオーダーメイドで手間はかかりますが、場があってこそのセッションではなく、セッションの目的に合わせて場のあり方を自在に変えていくことが大事だと考えています。

もう一つは、SYNERGYCAの機能はあくまでも共創のためのツール、手段であり、SYNERGYCAの複数の機能性すべてをフル活用するのではなく、案件ごとにメリハリをつけることです。例えば、「体験する」は私たちSYNERGYCAのスタッフが案内することが多いのですが、お客さまの興味のある部分は厚く、そうではない部分はサッと済ませるなど、目的と関心に応じてフレキシブルに対応しています。SYNERGYCAのスタッフは、私を含めて全員が技術職のバックグラウンドをもつ人間です。必ずしも説明は上手ではありませんが、技術者として社会に役立つ技術を生み出したいというパッションを伝えるようにし、常に試行錯誤しながら共創を楽しんでいます。あるとき来訪者の方に「技術者目線で話が聞けてよかった」と言っていただき、とてもうれしく思いました。

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――今後、SYNERGYCAにはどのようなことを期待されますか?

集う・体験する・交わる共創の場としての機能が検証できたので、今後は社内外をつなげるハブとしてSYNERGYCAをさらに活用していきたいと考えています。そして、社外の人や組織との共創はまだグループ全体から見るとほんの一部に過ぎないので、共創がもっと当たり前になり、SYNERGYCAがその拠点になることを期待しています。
大企業の役割やイノベーションの在り方も大きな転換期を迎えています。社内と社外がフラットかつ有機的に対話・共創ができる場は、今後無くてはならない場所になると思います。

――働き方が流動化するだけではなく、思考や関係性も変えていく。そのためには場の構築から運用に至るまでのデザインが重要です。今日はありがとうございました。


クナップ カルロス

住友化学(株)技術・研究企画部 担当部長 SYNERGYCA共創ラウンジ ダイレクター。固体触媒の専門(博士(化学))。2000年から住友化学で15年間研究、2016年から事業部門とコーポレート部門での研究や技術開発関連の企画。

齋藤 敦子(Saitou Atuko)

コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事
設計部にてワークプレイスデザインやコンサルティングに従事した後、働き方と働く環境についての研究およびコンセプト開発を行っている。主にイノベーションプロセスや共創の場、知的生産性などが研究テーマ、講演多数。渋谷ヒカリエのCreative Lounge MOV等、具体的プロジェクトにも携わる。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 ワークプレイスの知的生産性研究部会 部会長など兼務。

文/笹原風花 撮影/高永三津子