組織の力

2023.04.19

組織の壁を超えた「共創」を考える

ダイバーシティを活かす創造的な組織・人づくりと場

新規事業開発や組織の壁を超えたオープン・イノベーションの創出が求められるなか、人や組織の創造性をいかに高めるか、創造の源泉ともいえるダイバーシティをどのように活かすかに、経営者の意識が向かいつつある。今回は、FCAJ理事で元豊田通商シニアエグゼクティブアドバイザーの山際邦明氏をゲストに迎え、「ダイバーシティを活かす創造的な組織・人づくりと場」についてコクヨのコンサルタント齋藤(FCAJ理事)が話しを聞いた。
※FCAJとは、オープン・イノベーションの場を通じて新産業の創造や新しい社会・経済システムを構想する”プルーラルセクター”です。

多様な人間がそれぞれの強みを
活かせば、おもしろくなる!

――山際さんと私が所属するFCAJでもよく議論されるのが、将来も含めた収益性向上のためには、業務改革のみならず、「人と事業」を強化することが急務ではないか、ということです。今日は、そんな問いから始めてみたいと思います。

往々にして「人」の強化と「事業」の強化というのは別のものと考えられがちですが、山際さんは豊田通商にてその両方に従事されました。海外でセールス&マーケティング事業に携わられたのちに、志願して人事部に異動されたと聞いています。まずは、その背景や理由についてお聞かせください。


豊田通商でアメリカに駐在していたときの私自身のある気づきが、原点です。当時、私は30代。アメリカで鉄鋼加工・倉庫事業の立ち上げをやっていたものの、うまくいっていきませんでした。

現地スタッフの意識や能力に不満を感じていた私は、あるとき「自分が5人いたらな」とついぼやいてしまったんです。すると現地スタッフの一人が、こう返しました。「寂しいこと言うなよ。我々でも、いろんな人間が20人いれば、なんとかなるだろう」。それを聞いて、現地スタッフたちを「ミニ山際集団」にしようと思っていた自分を恥ずかしく思い、同時に、多様な人間がそれぞれの強みを活かせばおもしろいよな、今後の課題だって乗り越えられるよな、と気づかされたのです。
彼からの率直なフィードバックがなければ、私は勘違いした天狗のままでした。

そこから反省し、私自身も変わりました。それまでは戦略を自分で決めたらそれをみんなに押しつけていたのですが、全員参加のミーティングの前に、スタッフ一人ひとりと話をする時間をもち、彼らのやりたいこと、強味について聞いたうえで、全員が集まってオフサイトミーティングを開催し、事業の戦略やビジョンを一緒に作成、共有するようにしました。

丁寧な双方向の本音のコミュニケーションを通してコンセンサスをつくれたことで、次第に事業もうまくいくようになりましたし、スタッフたちも、数年で大きく成長してくれました。「人」の潜在能力の開花・成長と「事業」の強化は両輪なんだということを実感した、アメリカ駐在時代でした。

その後、日本に帰国した私は、事業部からの誘いもありましたが、会社の人材育成の状況に危機感を感じたこともあり、それまで近寄ったことのなかった「人事」という領域に挑戦することを決めたのです。

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自己開示から始まるインクルージョン。
自分の中、組織の中の、多様性の発見へ

――人の多様性を活かすというお話がありました。昨今は組織運営においてもダイバーシティ&インクルージョンが重視されていますが、なかなか日本では進まない現状もあるようです。山際さんは、どのようにお考えでしょうか?

一般的にダイバーシティ&インクルージョンと言われますが、私は、インクルージョンが先、インクルージョンあってこそのダイバーシティだと考えています。
まずは所属している組織のすべての人を受け入れ、インクルージョンすることで、それぞれの能力(潜在能力含む)、経験、見識が認められ、活かされ、エンパワーされることで、相互の信頼関係も改善し、本音で本気で意見交換ができる心理的安全性も構築できると思います。

従来のいわゆる男性社会では、上司は、弱みや悩みは見せないもの、という空気がありました。実際、自己開示が苦手な人が多いと思います。でもそうではなく、失敗も悩みも弱みも率直に開示して皆さんの意見や本音を引き出すほうが周囲の協力を得られますし、相手も忖度せずに、勇気をもって、開示してくれるようになります。
インクルージョンにより心理的安全性が高まり、本音のフィードバックが双方向で交わされるようになりますし、未来に向けたヒエラルキーの少ない水平共創も可能になると思います。

また、この本音のフィードバックがあることで、アメリカ時代の私がそうであったように、自分が気づいていない自分に気づかされます。この自己開示とフィードバックにより、「ジョハリの窓」(下図)でいうところの、「隠された窓(自分は知っているが他者には見えない部分)」と「気づかない窓(自分では気づいていないが、他者には見える部分)」が開かれます。
つまり、自分自身の内部、組織の内部の多様性の発見につながるのです。

多様性を認め合ううえでは、感情も大事な要素です。多様性は、頭でロジカルに理解するものではありません。相手の感情まで想像し、自分の感性と直観も含めて一体的に理解するものだと、私は考えています。


1_org_168_02.jpg 上記のジョハリの窓は、左上、右下、斜め上にひらかれていくイメージにするため、上下を逆転しています。


――とはいえ、山際さんが言われるように、従来の男性社会では、本音で本気で意見交換をするのは簡単ではないと思います。何かよい施策はあるのでしょうか。

私が、人事に異動して最初に取り組んだのが、アメリカで経験したオフサイトミーティングのやり方を日本の本社や関係会社でも使えるようなマニュアルに作り直すことでした。そして、営業やコーポレートの各組織単位で、役員から若手社員(職掌に関係なく)が参加する1泊2日のオフサイトのファシリテーションを私と人事のメンバーで、50回以上やりました。

役職者や強い意見を持つメンバーがしゃべりすぎないようにルールを決め、いつも遠慮して発言しない若手メンバーの意見も天からの声のひとつと思って耳を傾けてもらいながら、進めました。できるだけ多様なメンバーの意見を掬い上げることで、組織の戦略や文化風土・メンバー同士の関係性を良い方向にシフトするきっかけになります。今の組織でしっかりとインクルージョンを高めると同時に、さらに新たに多様な人材にも参加してもらうことで、ダイバーシティ&インクルージョンが可能になると思います。




「垂直統合型」のマネジメントから、
みんなでつくる「水平共創型」へ

――インクルージョン、そしてダイバーシティが「共創」というステージに上がることが、新しい価値創造には不可欠です。一方、多くの組織はそこに課題を抱えていると思います。日本組織の課題とこれからについてはどうお考えでしょうか?

国内の組織の多くでは、日本人男性中心のハイコンテクストでロジカルな「垂直統合型」のマネジメントをやってきました。しかし、問題が複雑化するこれからの時代においては、この手法は通用しません。なぜなら、多様な要素が複雑に絡み合った問題を、さまざまな視点から総合的・俯瞰的に見て全体像をメタ認知したうえで、新しい解決策を模索していく必要があるからです。
そのためには、多様な人の多様な視点、さまざまな人の自由で柔軟な発想や切り口が不可欠です。縦割り的なものの見方では問題の一部、つまり氷山の一角しか見えず、問題の本質を捉えることができないのです。

これからのマネジメントは、「垂直統合型」ではなく「水平共創型」であるべきです。つまり、組織内の立場、ヒエラルキーを超えてフラットにつながり合い、多様なメンバーが新しい価値を共に創造する、というマネジメントです。

組織のリーダーは、高い山から見下ろしていてはいけません。自分から山を降りてきて、多様な人材と直接話し合い、彼らと一緒に未来をつくっていく必要があります。また、外部のステークホルダーとも謙虚に双方向の対話を通じて信頼関係を構築することが必須だと思います。私自身の経験からも、多様な人との接点を社内外にもつことで、人として、経営者としての学びも気づきも豊かになると感じます。

高い山の上に一人で居座り続けていると、下で何が起こっているのかわかりませんし、経営者自身が最終的には窒息しかねませんし、その場合は、組織そのものも窒息死することになります。


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メタ認知には、時間・空間的な俯瞰と、
リアルな「手触り感」が不可欠

――「問題をメタ認知する」とおっしゃいました。具体的にどのようにすれば良いのでしょうか?

メタ認知のためには、問題とその周辺を、時間的、空間的に広く俯瞰して捉えることが大事です。例えば、背景にはどんな歴史があったのか、その問題により誰・何がどのような影響を受けてきたのか、誰がどんなふうに感じてきたのか、ということを、丁寧に押さえていく必要があります。

一方で、メタ認知のためには「手触り感」も不可欠です。当事者の話を聞いたり、その場に足を運んでみたりしないと、見えないこと、感じられないことがあります。当事者に話を聞くのが難しければ、ロールプレイを取り入れてもいいでしょう。その立場になりきって考え、感じてみるのがロールプレイです。頭で論理的に考えるのではなく、リアルな感情まで想像することが重要です。
こうしたリアルな感覚が欠けたメタ認知では、本来の姿とはズレたものになってしまいます。


――問題意識はあっても核心が見えずにモヤモヤすることがあると思います。問題の解像度を上げるためにはどうしたらいいのでしょうか?

まずは問題意識のある人たちで議論することです。会社のポジションに関係なく、一人の人としてどう考えるかを率直に話し合うことで、だんだん問題の構造が見えてくるはずです。 例えば、私は人事部に移動したばかりのころ、問題意識を抱える仲間8人で「明日を考える会」という会を始めました。
全く異なる考え、経験、見識の仲間と本音で本気で毎週継続的に議論をするなかで、次第に問題の本質が見えてくるという感覚を味わいました。その後、その会の活動とネットワークはどんどん広がり、結果的に全社の構造変革やいろいろな人事制度の変革にもつながりました。




「水平共創型」組織の育成には、
事業と人を両輪で強化することが不可欠

――先ほど、「垂直統合型」ではなく「水平共創型」というお話がありました。日本の組織は確かにまだまだ縦割りの傾向が強いですが、強いリーダーシップで組織を引っ張るトップダウンのリーダーは少ないように感じます。そのあたりはいかがでしょうか?

リーダーシップの傾向を国別に比較すると、日本はかなり特殊であることがわかります(下図)。例えば、アメリカ、イギリス、カナダなどはトップダウンかつ組織の平等性を重視する傾向(当初はトップダウンで組織の階層重視だったのが環境変化の中でよりフラットな組織重視にシフトしたといえると思います)。北欧諸国は、組織のコンセンサス形成重視でかつ組織の平等を重視する傾向にあります(産官学民のオープン・イノベーションが実現している国がこの象限に多いことと関係があるように思います)。

一方、日本は、「ヒエラルキーが強く組織の階層重視、かつ、組織のコンセンサス形成重視」の極端な右下のポジションです。トップダウンの意思決定がされにくい状況下、意思決定のための日本独特の根回し、稟議、対立回避のための忖度というのは、まさにこの傾向を象徴しています。これは一概によくないわけではなく、垂直統合型の効率性が必要だった右肩上がりの成長時代にはマッチしていたのだと思います。

しかし、「水平共創型」のマネジメントが求められるこれからの時代には、ヒエラルキーの強さがネックになります。つまり、組織内では、これを平等重視の方向にもっていく取り組みが重要になるのです。


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――ヒエラルキーが強い「垂直統合型」を平等重視の「水平共創型」の組織にするためには、どのような組織改革が有効なのでしょうか?

「新規事業の実現」「既存事業の課題解決」をセットとし、加えて「個人・組織の成長」を両輪で考えることが重要です。
組織内では往々にして「既存事業部vs.新規事業部」という構造が生まれがちですが、ネットワーク組織化した新たな挑戦だけでなく、既存事業の強みを活かした新規サービスや顧客開拓など、既存事業を核にしたプロジェクトも同時に複数走らせることが大事です。事業部を超えた2つの分野の共創や人材の往来が生まれれば、相互リスペクトにもつながります。

そのようなプロジェクトの試行錯誤、実現の際には、タスクの遂行だけでなく、必ず、同時に、プロジェクトメンバーやリーダーといった個人の能力や組織の成長及び組織内の関係性の視点・目標をもつことも重要です。つまり、「事業」と「人」を両輪で強化することが、「水平共創型」組織・リーダー・メンバーの育成と心理的安全性・相互信頼感の確保に繋がるのです。


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一人ひとりが当事者意識をもつことが、
オープン・イノベーションにつながる

――組織内で横断的に共創することが新規事業につながる、ということですね。さらにこれからは、組織の枠を超えた「共創」が求められます。多様なステークホルダーがそれぞれの持ち味を活かしてオープン・イノベーションを起こすためには、どのような「場」が求められるのでしょうか?

組織内の技術やノウハウと、社会の資産・資源を融合し、共創を促すハブとしての「場」が大事になります。具体的には、フューチャーセンター、イノベーションセンター、リビングラボ(ユーザーや地域住民といったコミュニティを巻き込んで行われる実証実験の場)などがありますが、現状では十分に機能しているとは言えません。企業と社会の結節点を強化し、より大きな知の交流を生み出す必要があるでしょう。

社会の資産・資源には、市民、生活者、地域、大学などがありますが、里山、里海、動物、植物なども含まれます。今後、諸問題を考えるうえでは地球のサステナビリティの視点が不可欠ですから、こうした要素も重要なのです。これから人口が減少していく日本の未来を考えると、コミュニティベースで新しいあり方を創造していく必要があると感じています。

例えば、少し高価でも地域で生産されたものを購入して自給率を改善するなど、地域のリビングラボをハブにしてコミュニティ単位で思考や行動が変わっていけば、昔の里山のような循環型のエコノミーを再現できるのはないか、そんなことを考えていますし、都市でも、類似のアプローチが必要になってきていると思います。


――オープン・イノベーションを活性化させるには、どうしたらいいとお考えでしょうか?

組織の枠を超えてつながり合うというのはもちろんですが、私たち一人ひとりが、消費者として、市民としての属性を、もう少し強く意識する必要があると感じます。
日本でオープン・イノベーションが起こりにくいのは、「当事者意識」が欠如しているからではないかと思うのです。例えば北欧では、市民が地球のサステナビリティを自分ごととして受け止め、主体的に行動しています。
日本は組織も個人も、経済人属性に偏って「自分中心」になってしまう傾向が高いように思います。


――最後に、組織から一歩踏み出し、そのような「共創の場」に身を置いてみようとしている方々に向けて、アドバイスをお願いします。

共創の場での鉄則は、組織内の属性やヒエラルキーを持ち込まないことです。そこに縛られていると、いくら議論をしても本質、全体最適・将来最適に永遠に辿り着きません。一人の人間としてどう考えるか、この課題にどうかかわれるかを考えて発言することが大事です。

そして、共創の場では、本音で、忖度せずに、発言ができる関係性づくりが不可欠です。自分もその場をつくっている一人なんだということを意識し、主体的・能動的にかかわっていただきたいと思います。対話の場、出会いの場があってはじめて、スパークが起きます。ぜひ、共創する楽しさを体験していただきたいと思います。

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山際 邦明(Yamagiwa Kuniaki)

FCAJ理事。元豊田通商シニアエグゼクティブアドバイザー。東北大学法学部卒業後、1977年に豊田通商(株)に入社。1988年〜1995年にかけて、米国法人にて鉄鋼加工・倉庫事業立ち上げなどに携わる。帰国後は、人事部グループリーダー、部長として、制度変革と新規研修立ち上げなどを進める。その後、経営企画部長として長期戦略再構築などに従事。執行役員、取締役などを経て、2015年に取締役副社長に就任。退任後、2022年まで豊田通商シニアエグゼクティブアドバイザーを務める。

文/笹原風花