仕事のプロ

2022.08.26

人と人をつなぐ新しいアプローチ・NVC(非暴力コミュニケーション)〈前編〉

「どちらが正しいか」の先に真のコミュニケーションがある

コロナ禍によってオンラインの機会が急増し、組織におけるコミュニケーションのあり方が問い直されている今、注目したいのが人と人とをつなぐ新しいアプローチ「NVC(Nonviolent Communication:非暴力コミュニケーション)」だ。世界各国で採り入れられるNVCの魅力や、職場での実践方法について、アメリカに本部を置くCNVC (Center for Nonviolent Communication)認定トレーナーとして活動する今井麻希子さんに話しを伺った。

「間違っているものは正されるべき」
という固定観念が人を攻撃的にさせる

NVCとは、アメリカのマーシャル・B・ローゼンバーグ博士が1970年代に開発したコミュニケーション手法で、日本では「非暴力コミュニケーション」と訳される。ここでいう「暴力」とは、「間違っているものは正されるべき」という固定観念に裏づけられた行為を指す。
人は、この暴力をもって他者を「あの人は傲慢だ」などとジャッジし、自分のことも「なぜこんなこともできないのか」などと攻撃するとローゼンバーグ氏は紐解いた。




NVCの基本は
自分の内面で息づくものに目を向けること

NVCは、この固定観念から自由になり「自分の内面で何が息づいているか」に意識を向けることによって自分や相手とつながりをつくれる、という考え方だ。
具体的には、観察(起こっていることを客観的に観察する)・感情(自分が何を感じているかに目を向ける)・ニーズ(自分にとって大切なことや求めているものに気づく)・リクエスト(何をしてほしいか伝える)という4つの要素に着目しながら、自分や相手と双方向性を持ったコミュニケーションをはかる。

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「正しい・間違っている」の二項対立では
対立・葛藤から逃れられない

こう書いても抽象的でとらえどころがないので、例を挙げて説明しよう。例えばあなたが同僚から「ちゃんと進んでる?」という言葉を投げかけられたとしよう。あなたは「もちろん」と言いながらも、心の中では「そんな言い方をしなくてもいいのに。どうせ自分は信頼されていないのだろう」と考え、相手に対して心を閉ざしたくなるかもしれない。それは「負の強化ループ」にはまっている状態だ。

しかしNVCの視点を持つと、起きた出来事やそれによって起こった自分の反応に気づき、「ちゃんと進んでる?」と言う言葉を聞いたことによって浮かんできた思考や解釈を客観的に眺める(観察)ことで、一旦立ち止まることができる。

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そして「むっとする」「がっかりする」と感じている(感情)を受けとめ、自分に寄り添うことから、その奥にある「相互理解」「信頼」といった願い(ニーズ)に気づいていく。そこから、自分のニーズをしっかり伝えようと気持を切り替えて「お互い気持ちよく仕事ができたらと思う。進捗を確認するために10分ほど時間をもらいたいのだけれど、どうかな?」と伝える(リクエスト)ことができる。これが「変容のループ」だ。

このように「何を大事にしたいか(ニーズ)」という軸に立ち返るプロセスによって、対立・葛藤を越えて、互いにとって実りのあるコミュニケーションをつくることができる、という考え方がNVCの基本だ。

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CNVC認定トレーナーとしてNVCを軸にしたビジネスコミュニケーションに取り組む今井さんは、「個人の対立・葛藤は、その人個人の問題ではなく、社会に根づく『正しいものと間違っているものがある』という二項対立のとらえ方が影響しているというローゼンバーグ氏の視点にはっとさせられた」と話す。
「NVCの意識を持つことは、社会の構造的課題への気づきにもつながっているのです。これは画期的なことでした」

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「マーシャル(ローゼンバーグ氏)は、『人間の本質は何か』という問いから、世界のあらゆる対立・葛藤の背後には『何が正しく・何が間違っているか』という二項対立の視点があることに気づきました。そして、そういった状況にあってもなお、他者の幸福のために喜びから貢献するリーダーの姿を研究することを通じて『言葉の使い方』に特徴があることに気づき、互いの人生をより豊かにするための手法として、NVCを体系的に確立していったのです」




今井さんとNVCとの出合い

今井さんは2016年にNVCを知り、「結果的に人生を変えることになった」というほど影響を受けたという。当時の今井さんは環境関連のNGO活動に従事し、SDGs(国連持続可能な開発目標)の関連会合に参加し、政策提言活動などに携わっていた。

「たとえば東日本大震災後の復興に関しては、自然と共生する防災・減災こそが重要で、巨大防潮堤の建築は見直すべきだ、という立場をとってきました。するといつしか『あなたはどちらの立場ですか』と、相手を敵か味方かという目で判断するような感覚に取りつかれていったのです」

その頃に、被災地で活動する現地の男性から「僕は自然を守りたいからこそ、『賛成か反対か』の二項対立ではなく、何を大事にしたいか互いに聞き合える対話の場をつくろうとしている」と言う言葉を受け取り、今井さんは衝撃を受ける。人は情熱を持って立ち上がる。しかしその先には、情熱や正論のぶつかりあいによって起こる分断があった。『何を大切にしたいのかを聞きあえる場』という言葉に、活動の現場にある葛藤を紐解くヒントが見えた気がした。

とはいえ、そんな風に気持ちを切り替えるのは簡単ではない。人と人とが本当につながるにはどうしたらいいか、と悩む中でたまたま出合ったのが、ローゼンバーグ氏の著書を翻訳した『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』(日本経済新聞社)だった。
「一読して、NVCには本当に求めていたことを形にしていくヒントがあると確信したのです」

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自分の中の混沌に気づくことが
豊かなコミュニケーションの第1歩に

しかし、NVCを学び始めてもなかなか実際の対話に活かすことはできなかった。「とても素敵な考え方だけれど、日常生活でどう実践できるかわからない」と感じてしまったのだという。

「『NVCの本に記された通りに話さなくてはいけないのだろうか』とか、『このやり方であっているだろうか』という考えにとらわれて、コミュニケーションが窮屈に思えてしまったこともありました。また、NVCを学んでいても『他人をジャッジしてはいけない。相手の心に息づいているものを見ようとしなければダメだ』といった"べき思考"からなかなか抜け出せなかったのです」

シンプルだけれど難しい。そんな言葉で表現されるNVCを体得するためのアプローチが、世界各地のさまざまなトレーナーによって開発されている。今井さんが最初に大きな気づきを得たきっかけは、イギリスから来日したトレーナーの提供する「NVCダンスフロア」というワークだった。
このワークは、「観察」「感情」「ニーズ」「リクエスト」「評価」「思考」「手段」「強要」といった単語が記載された紙を床に配置し、その上をステップしながら行う。何か起こったとき、「自分は今どんなプロセスにいるのかな?」と自問しながら床の上の文字を踏み、動きながら心の状態を「見える化」していくのだ。

「観察・感情・ニーズ・リクエストはその順序通りに起こるわけではないし、いくつもの反応が同時に生じることも珍しくありません。例えばチームメンバーから『ちゃんと進んでる?』と言われたとき、怒りの感情を感じているつもりだったけれど、同じ瞬間に『期日より早くタスクを終えたことを伝えよう』と解決法を考えていたり、自分の中でさまざまなプロセスが同時に存在することを体感できました。心の中は混沌としているのが当たり前なんだな、と気づくことができたのです」

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NVCはコミュニケーション手法として考えられがちだが、今井さんは「まずは自分と対話できるようになったことが大きな収穫」と語る。
「周りの人との間でトラブルがあったときに、『あの人のせいだ』という考えが浮かんだら、『そう感じるのは何か自分にとって大事なことがあるからだよね』と受け止め直すことができます。自分には対応を選択する力(Response + Ability = Responsibility)があることを思い出すことができるのです」

まずは、他人とのやりとりで感情的になったときNVCのエッセンスを思い出し、自分の中にさまざまな思考や感情が息づいていることに目を向けること。そうすることで、自分の心を受け止めつつ相手と心を通わせる方法を探っていけるはずだ。
後編では、NVCを活かして相手とコミュニケーションする際の考え方や、組織にNVCを採り入れるメリットについて紹介する。





今井 麻希子

CNVC認定トレーナー、コーチ、ファシリテーター。一般社団法人日本NVC研究所代表理事。企業勤務を経て2009年株式会社yukikazetを設立。現在はNVCの精神性をベースに、個人や組織を対象としたコーチング、リーダーシップ開発や、チームビルディング、組織開発などのサービスを提供。共訳書に『「わかりあえない」を越える 目の前のつながりから、共に未来をつくるコミュニケーション・NVC』(海士の風)がある。

文/横堀夏代 撮影/高永三津子