仕事のプロ

2022.06.28

電通が考えるダイバーシティ&インクルージョンとは?〈後編〉

オフィスの価値を社会実験する「ダイバーシティ対応フロア」

株式会社電通の組織横断型タスクフォース「電通ダイバーシティ・ラボ」は、電通のダイバーシティ&インクルージョンに関する取り組みをリードする存在として、さまざまなプロジェクトを推進してきた。その一つが、東京・汐留にある電通本社ビル36階を「ダイバーシティ対応フロア」として整備する取り組みだ。引き続き、電通の林孝裕さんにお話を聞き、フロアを案内していただいた。

「ダイバーシティ対応=マイノリティ対応」ではない。
大切なのは、誰もが自分に合ったものを選択できること

2018年、フロアのリニューアルをきっかけに、3つある共有フロアのうち1つを「ダイバーシティ対応フロア」として整備することが経営陣の判断により決定。施設整備を担当する総務局のチームに加え、林さんをはじめとした電通ダイバーシティ・ラボのメンバーらも、プロジェクトに参画することとなった。

「視覚や聴覚に障害のある方、車椅子や杖のユーザーなどの当事者に話を聞きながら、設備や什器、内装などを選定していきました。例えば、車椅子でも通りやすいスライド式や折り戸式のドアを設置したり、壁に吸音パネルを採用したり、聞き取りやすい音に変換する『ミライスピーカー』や音声を文字化する『UDトーク』を会議室に配備したり、トイレを性別不問のユニバーサル仕様にしたり。

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ダイバーシティ対応というと、障害などのあるマイノリティの方に対応している...というニュアンスに受け取られがちですが、障害などの有無にかかわらず、多様な人々が自分に合ったものを選択できる、誰にとっても快適、というのがフロアのコンセプトです。
マイノリティもマジョリティも含めてみんなそれぞれ違う、多様だ、というのが本当の意味でのダイバーシティですから。万人にとって快適で使いやすい場所にすることは難しいですが、いろんな人の意見を聞いて、立場になって考えてみて、そこにより近づけていこうというのが私たちのスタンスです」


車椅子ユーザーの中での多様性を配慮し、「みんなの会議室」と名づけられた会議室などのドアには、スライド式と折り戸式の2種類を採用。通りやすいほうから出入りできるようになっている。

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音に敏感な人に配慮するため、壁には吸音パネルを採用。視覚障害者が空間を識別しやすいよう、壁の色を分け、かつ、明るくも落ち着いた色調にしている。


人の声を聞き取りやすく遠くまで届く音域に変換する「ミライスピーカー」(左)。電通グループも開発に携わり、実際に難聴の社員も協力した。発話した音声を自動で文字化する「UDトーク」(右)は、人工知能が学習するため、使えば使うだけ自動変換の精度が上がる。

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「36フロント」には障害者対応研修を受けたコンシェルジュが常駐(感染防止のため休止中)。利用者の希望に応じて案内をしたりサポートをしたりしている。

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カフェ(現在は休止中)のカウンターは、従来のものから高さを変えることが難しかったため、「車椅子ユーザーにとっては使い勝手の良いものではない」と林さん。不便を感じたときは、すぐ隣にある36フロントでコンシェルジュに声をかけてサポートしてもらう仕組みだ。

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フロアの中心にあるラウンジには、高さや硬さ、形状などが異なるさまざまな椅子や机、ソファなどの家具が設置され、自分が使いやすいものを選ぶことができる(他の部屋に持ち出すことも可能)。ラウンジは簡易的な仕切りにより区切ることもでき、ワーキングスペースのほか、イベントや展示などができる空間として設計されている。

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電通本社ビルのエレベーターには、「点字」と「墨字」(一般的な文字)を組み合わせた「Braille Neue(ブレイル・ノイエ)」を採用。開発者である高橋鴻介さんはプロボノ活動の一環としてBraille Neueを生み出したが、偶然にも電通の社員であることがわかり、「ダイバーシティ対応フロア」のプロジェクトにも林さんとタグを組んで参画した。




永遠に完成しない、進化し続けるフロア。
新しい価値を生み出すオープンな実験の場に

ところが、ダイバーシティ対応フロアがオープンになった直後に、コロナ禍に突入。感染防止のために、当初の想定とは大きく異なるかたちでのオープンとなった。

「コロナ禍のなかリモートワークが推進されるようになり、出社する社員は全体の1割程度になりました。ダイバーシティ対応フロアについては、せっかく作ったのにという想いもありましたが、今はむしろ価値が生まれたと考えています。リモートワークが前提になり、オフィスは『わざわざ行く場所』になりました。
一方で、やっぱり顔を合わせなきゃできないことってあるよねと、オフィスの意義や価値も再評価されています。そうしたなか、わざわざ来る目的は何かと考えると、普段会えない人、多様なバックグラウンドや知識、ネットワークをもっている人と会うためなんじゃないかと。そうであるならば、よりインクルーシブにしていかないと、オフィスとしての価値が下がってしまいます。だからこそ、ダイバーシティ対応フロアは、わざわざ行きたくなる価値のあるオフィスの実証の場になると思うんです。
一部の部署だけ、電通の社員だけが使う...という閉じたものにするつもりはありません。オープンな場にして、社内外のいろんな人を巻き込んでいきたい、この場所を実験台として使ってもらうことで新しい価値を生み出すことに貢献したい、そう考えています」

「このフロアは、永遠に完成しない。進化し続ける」と林さん。新入社員にも、「あとはあなたたちがどう進化させるかだ」と伝えているという。

「ダイバーシティ対応フロアは、みんなの実験の場なんです。できたので使ってください...ではなくて、実験中なので使ってみて意見をください...というスタンス。最初はミニマムでスタートさせて、多様な人たちの声を聞くことを大事にしています。
あくまでも実験の場なので、試してみたけどやっぱり違う、ここはもっとこうしたらいいんじゃないか...となったら、じゃあどうしたらいいだろうかとみんなで考え、次を試してみる。そんな場所です。社会的な実験の場であることを社内外のみなさんと共有し、コラボレーションしたいですね」

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「個」に着目し、セクションの枠を
壊して混ぜる、コラボレーションを

コラボレーションをする際に大事なのが、「個を見て、部署・部門横断で混ぜること」と林さん。何かプロジェクトを立ち上げる際は、「人の顔が浮かぶ」と言う。

「企業組織というのはその存在自体がエクスクルーシブなもので、仕事や領域を部署により線引きしてしまいがちです。プロジェクトをインクルーシブなものにし、新しい価値を発見したり創造したりするためには、その枠組みをいかに壊すかが大事。部署・部門横断で組織や部署を超えてメンバーを集めて、混ぜる必要があります。
プロジェクトベースで動くことが多い電通では、部署横断でチームを組むことが割と一般的ですが、R&D案件だけど人事や広告部門を入れようとか、そういうことがもっと必要になってくるでしょう。一方で、あの部署の人を入れよう...では不十分だと思うんです。社会同様、企業も個の集積です。個人のスキルや特性、バックグラウンドを常に引き出しに入れておき、"誰"をチームに入れるのか、その人の顔が浮かぶようにしておくことで、個を尊重し活かし合える多様性あるチームになるのではないでしょうか」

最後に、多様なステークホルダーとのコラボレーションについて、林さんはこう語った。

「電通はもはや広告会社ではなく幅広い事業を手がけていますが、共通しているのは、自分たちだけで作ったり売ったりする仕事ではないということ。常にクライアントやメディア、その他の団体や個人とパートナーになって、一緒に何かを世の中に発信する...というのが私たちです。今後は、電通がハブになって企業、行政、NPO、学生など多様な人たちを巻き込み、インクルーシブ・マーケティングをはじめダイバーシティ&インクルージョンの考え方をポジティブに導入し、化学反応を起こしていくことにも挑戦し、新しい価値を共創していきたいと考えています」

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林 孝裕(Hayashi Takahiro)

株式会社電通 電通ダイバーシティ・ラボ代表、インクルーシブ・マーケティングプロデューサー、DJNサステナビリティ推進オフィスディレクター、電通Team SDGs SDGsコンサルタント、一級建築士 コミュニケーション戦略、事業戦略、商品開発、ビジネス開発など戦略領域全般に従事。2011年に電通ダイバーシティ・ラボ参画し、戦略ディレクター、WEBマガジンcococolor発行人兼事業部門統括を務め、同ラボの戦略統括を担いながら多数のプロジェクトをプロデュース。2017年より「インクルーシブ・マーケティング」を提唱し、新しい戦略論として普及促進活動を行う。大学・各種団体での講演、執筆、コンサルティングなど実績多数。

作成/MANA-Biz編集部