仕事のプロ

2021.12.14

生産性低下やハラスメントなど、組織の機能不全は「男らしさを競う文化」が影響⁈〈後編〉

機能不全の根本原因となる組織文化を「ゆるめる」方法

組織の機能不全の原因ともなる「男らしさを競う文化」だが、組織の成果向上を支えている側面もあり、無自覚的に組織のあたりまえや慣習になっている可能性がある。企業成長を脅かすリスクにもつながる競う文化を「ゆるめる」、つまり改善していくために何が必要なのか。ジェンダーやセクシュアリティ研究が専門の東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任助教の飯野由里子氏に話を伺う。

無意識に競ってしまう「男らしさ」、その組織文化をゆるめるアプローチとは

2_bus_111_01.jpg 今なお暗に推奨されている仕事最優先、体力勝負な働き方は、仕事ができることと同意とみなされ、評価され、組織文化になってきた。また男性中心の組織の中では、仕事ができることが「男らしさ」とイコールになり、仕事で他者よりも成果を出そうとする行為が、無自覚的に「男らしさを競う組織文化」をつくり出している可能性がある。

競う文化によって組織の成果が上がるといった側面もあるが、生産性低下や不正・ハラスメントといった組織の機能不全を産んでしまう危険性も大きい。またそういった組織の存在が、女性が管理職になりたがらない、女性の活躍を阻害している要因の一つかもしれない。

ではどうすれば、組織に根づいてしまった競う文化を「ゆるめる」、改善していくことができるのだろうか。それには4つのアプローチ方法がある。

〈男らしさを競う文化をゆるめるアプローチ方法〉
・職場内に今の組織とは別の場や役割を持つ
・環境の変化を組織文化を変えるチャンスにする
・「組織のミッションを達成する」ために必要な行動なのか見直す
・評価と制度を見直す




職場内に今の組織とは別の場や役割を持つ

2_bus_111_02.jpg まず一つ目の方法として「職場内に今の組織とは別の場や役割を持つ」ことが効果的だ。

「まずは、当たり前だと思っているルールや習慣・慣習を最善として受け入れてしまうのではなく、見直してみる、疑ってみる意識をもつことです。その方法としてオススメなのが、職場内に今の組織とは別の場や役割を持つことです。例えばサークル活動に参加したり、ボランティアに参加するなど、業務に直接関係ないこと、小さなチームでもかまいません」

「今の組織とは違う場で異なる役割を担うことで、今いる組織のやり方がすべてではない、別のやり方でもうまく回るし、たくさんのアプローチがあるのだということを経験することが大事です」

「そうすることで、今の組織のやり方を絶対視することなく、少しでも違和感を覚えたら改善してみる、今よりももっといい方法を試してみるなど、凝り固まりがちな組織文化を状況に応じてアップデートさせていく原動力になります。また、自分自身にも場や役割によって違う側面があることに気づくことができ、自分の中にある多面性を知ることにつながります」

「気をつけるべきポイントとして、組織文化を大きく変えることには痛みを伴うため、企業としてはできればやりたくないという心理が働く点が挙げられます。個人レベルで多少の犠牲が起きていても、表立って大きな問題がなければ現状維持しようとしがちなので、注意が必要です。組織は常に変化するものです。組織外の活動の中で小さな変化を見る力を身につけ、今のやり方でなくてもうまくいくのだという新しい気づきを得ていくことが、組織の中の当たり前を疑い改善していくことにつながります」




環境の変化を組織文化を変えるチャンスにする

2_bus_111_03.jpg 新型コロナウイルス感染拡大による働き方の大きな変化は、「仕事第一主義」といったこれまでの価値観を大きく変えつつある。大企業では政府が推進する「働き方改革」の下にワークスタイルを変えようという動きもある。そうしたコロナを追い風とした「働き方改革」の加速を組織文化を変える好機と捉え、見直すことにチャレンジするのは効果的だ。

その一方で、より「男らしさを競う文化」が強化されてしまうリスクもある。

「『働き方改革』等による変化にキャッチアップする余力がなかった中小企業などの場合、急激な変化を求められるとそれに対する反動も大きくなり、『仕事第一主義』や『強さとスタミナ』などの規範が強化される危険性があります。例えば『出勤プレッシャー』と言われる、『コロナを怖がって出勤しないようでは仕事で評価されない』という無言の圧力により、必然性が高くないにもかかわらず毎日出勤することを求められるといったケースです」




「組織のミッションを達成する」ために必要な行動なのか見直す

2_bus_111_04.jpg 「男らしさを競う文化」をゆるめるもう一つのアプローチとして、自身の行動を今一度見直すという方法がある。具体的には、その行為・行動が組織のミッション達成のために本当に必要なものなのか、本当に正しい方法なのか、他のメンバーに無理をさせていないか、などに意識を向けるのだ。

「いまの会社や組織の中で比較的うまくいっているということは、無自覚的に『男らしさを競う文化』に沿った振る舞いをしている可能性が高い可能性があります。したがって、まずは『男らしさを競う文化」に共通する4つの要素(「弱さを見せるな」「強さとスタミナ」「仕事第一主義」「弱肉強食」)に照らし合わせて、自身の行為・行動を意識的に振り返ってみることが大切です」

「例えば、長時間動労働や休日返上を当たり前だと考え、周囲にもそうあるべきと暗に示したり、不正行為を自覚しながらも自分を正当化し、そうしないメンバーを低く評価していないか、などについて見直してみる」

「もしそうした行為・行動をしていたら、そこには仕事のためという目的以上に、自分の『男らしさ」や優位性を証明したい、それによって評価されたいという無意識の目的が隠れている可能性があります。ふだん自分が取りがちな行為・行動は『組織のミッションを達成するため』に本当に必要なことなのか意識的になることが、組織文化として形成されてしまった「男らしさを競う文化」をゆるめることにつながります」

仕事の目的は、本来、目標売上の達成や商品開発など組織のミッション達成のはずだが、「男らしさ」を証明したい、他の人よりも優位に立ちたいという欲求が無意識に強くなってしまった場合、周りを犠牲にしてもいいという思考が働きがちで、その結果ハラスメントや違法行為につながりかねない。働くことの目的を見失わないようにすることが大切だ。

「『男らしさを競う文化』の緩和策が表面的なものに留まってしまうことにも注意が必要です。例えば『弱さを見せるな』という要素に対して、それではダメだから1on1で上司に弱さを見せましょう、それが仕事ですよと強要したり、弱さを乗り越えタフに仕事を続けられる人を『レジリエンスのある人』として評価することは本質から外れています。職場で見せられる弱さはそもそも限られています。このような部分的で巧妙な組み換えを通して、『男らしさを競う文化』が逆に強化されないか、注意して見ていく必要があります」




評価と制度を見直す

2_bus_111_05.jpg さらに企業にできるアプローチとして、評価や制度を変えることも有効だ。

「仕事の目的を『男らしさ』の証明にしないためには、企業が従業員を評価する際の基準を見直すことも大切です。これまでは特定の男性が優位になりやすい働き方が基準となっていたと思います。これに対し、経営層が『長時間労働や仕事最優先で休暇も取らず家庭やプライベートを顧みない働き方は評価しない』という強いメッセージを発信できれば、競い合いをゆるめることへの一定の効果を期待できます」

「また、違法行為やハラスメントを起こした人を放置しないということも非常に重要です。日本ではハラスメントが起きてしまってもそのまま放置されるケースが非常に多いですが、放置することが『男らしさを競う文化』を許容することにつながってしまいます。
まずは問題があることに気づくことと、問題に気づいた人を責めず、むしろ『褒める』こと。そして気づいた問題に対してきちんと対応する制度をつくることが、背景にある『男らしさを競う文化』や風潮をゆるめていくことにつながります」




組織の「当たり前」を疑い、健全さを取り戻す

2_bus_111_06.jpg 「男らしさを競う文化」は、何も手を打たなければ組織文化に組み込まれやすく、男性本人も気づかないうちに競い合ってしまうことも。この文化には経済的合理性があり、組織全体にとってメリットを生んできたことも確かだろう。一方でハラスメントや違法行為、燃え尽き症候群やうつによる離職などの弊害も大きい。

今の組織文化を絶対視しすぎない、仕事の目的を組織のミッションと照らし合わせる、評価や制度を見直すなどのアプローチによって、「男らしさを競う文化」を少しずつ薄めていくことが組織の健全化につながり、より多様な個人が働きやすい組織へと変化していくはずだ。





飯野 由里子(Yuriko Iino)

東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任助教。一般社団法人OTD普及協会運営委員。専門はジェンダー/セクシュアリティ研究。「アカデミアの知をもっと身近に!」という思いから、ジェンダーと多様性をつなぐフェミニズム自主ゼミナール(ふぇみ・ゼミ)の運営にも携わっている。

文/中原絵里子