仕事のプロ

2021.12.13

生産性低下やハラスメントなど、組織の機能不全は「男らしさを競う文化」が影響⁈〈前編〉

「男らしさ」とは? 競争文化が根づく企業に共通する4つの要素

職場内でのいじめやパワハラ、違法行為を引き起こす原因の一つに「男らしさを競う文化」があることが最近の研究でわかってきた。では「男らしさを競う文化」とは何か? なぜ組織の機能不全を招くのか? ジェンダーやセクシュアリティ研究が専門の東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任助教の飯野由里子氏にお話を伺った。

「男らしさ」の定義は生物学と人文社会科学で異なる

2_bus_110_01.jpg 「男らしさを競う文化」とはあまり聞きなれない言葉だが、ここでいう「男らしさ」の定義は、一般的な意味での「男らしさ」(生物学的な意味での男性らしさ)と、人文社会科学で意味する「男らしさ」とでは捉え方が異なるという。

「生物学等の自然科学分野においては、例えば男性の攻撃性やアグレッシブさを、男性ホルモンや遺伝子との関係で理解しようとしたり、個人ではコントロールできないものと捉える傾向が強かったと思います。一方人文社会科学において、『男らしさ』は文化・社会によってつくられるものであり、変化するものと捉えられています。どういう行動を男らしいものと捉えるかは社会や組織によって違う、ということです」

例えば、教科書や絵本などのメッセージや物語の中に「男らしさ」や「女らしさ」がどう描かれているかによっても「男らしさ」の基準は異なってくる。また軍隊や結婚の制度が社会の中にどのような形で組み込まれているかも大きく影響するという。

「そして、『男らしさ』の定義は歴史的・文化的な背景によっても多様です。例えば現代と100年前や、アフリカと日本では『男らしさ』の定義は異なります。また同じ日本の中でも、Z世代と団塊の世代など年齢層が違えば捉え方も違いますし、どのような趣味やスポーツを好むかによっても違ってくるでしょう。グローバル企業かどうか、ホワイトカラーか肉体労働かといった労働環境や経済的階層によっても異なる可能性があります。『男らしさ』の内実は、国、文化、社会、組織によって異なるのです」




なぜ男らしさを競うのか?

2_bus_110_02.jpg 「男らしさを競う文化」と聞くと、前時代的な印象もあるだろう。また、多くの男性にとっては「男らしさ」を競っている意識もないだろう。しかし21世紀の今現在、「男らしさを競う文化」が一定数の企業・組織の中に存在し、組織の機能不全の要因となっている可能性があることが、2018年に発表された調査から見えてきた。

「一昔前の日本には、『男子たるもの...』や『男なのだから...』と、男らしくあることを強調する文化がありましたが、現在は、むしろ表立って男らしさを誇示したり、奨励したりすることが憚られる時代です。ただ、古くから読み継がれてきた物語の中で、悪を退治するのは強い男性ヒーローであるように、私たちの文化や社会には、無意識的に『男らしさ』を定義し、評価してしまう傾向があります。『男らしさ』は、文化や社会を構成する私たち一人ひとりが意識しないうちにつくり上げているものなのです」

男性は、そうした文化の枠組みの中でつくられた「男らしさ」の基準によって周りから評価されてしまう。そのため、少しでも評価を上げようと順応していくことが無自覚的に「男らしさ」を競うことにつながっているという。

「ただしこのとき、周りにも男性本人にも『男らしさ』を評価している・評価されているという意識はないでしょう。『男らしさ』は、その社会や文化において「好ましい」とされる特徴や能力と同一視されることで、無意識的に文化や社会の中に浸透してしまっているのです」




「男らしさを競う文化」を特徴づける4つの要素

2_bus_110_03.jpg 「『男らしさを競う文化』は一定数の企業・組織の中に存在し、この文化が浸透している企業には共通する4つの要素があることが2018年に発表された調査によってわかってきました。この調査はアメリカとカナダのさまざまな組織で働く数千人の従業員に対して実施されたものです」

〈男らしさを競う文化に共通する4つの要素〉
1.弱さを見せるな
2.強さとスタミナ
3.仕事第一主義
4.弱肉強食



1.弱さを見せるな

自信に満ちていることが大事であり、「失敗や間違いを認めたら負け」「軟弱と思われるような感情は見せてはならない」といった文化。


2.強さとスタミナ

ホワイトカラーの仕事であっても精力的に仕事ができたり、長時間働けたりすることを自慢し、それをよしとする職場文化。スタミナやタフネスが美点とされる、いわゆる体育会系の力学が働きやすい職場文化。


3.仕事第一主義

仕事以外、組織外のことが仕事の邪魔をしてはならず、家庭を顧みないことをよしとする職場文化。また、休暇を取ること以前に、仕事中に休憩することもコミットメントの欠如とみなされる。


4.弱肉強食

仕事は協力ではなく競争であるという考え方で、同僚は仲間ではなく競争相手であり誰も信頼しようとしない。自分が打ち負かすか打ち負かされるかという緊張感があり、「勝者」が最も男らしい人であるとみなされる職場文化。




「男らしさを競う文化」は企業や組織の中に生まれやすい

2_bus_110_04.jpg 企業や組織の中でなぜ「男らしさを競う文化」が生まれやすいのか。それは働くことや職場での成功と「男らしさ」が密接に関係しているからだ。「男らしさを競う文化」に共通する4つの要素、「弱さを見せるな」「強さとスタミナ」「仕事第一主義」「弱肉強食」は、日本の高度経済成長期には当然とされてきた働き方であり、今現在も暗黙裡に一定の評価を得ている働き方だ。

「職場で成功するために、成果と評価を手に入れるために、4つの要素にあるような『男らしさ』を誇示する働き方が暗黙裡に求められてきたことに加え、それが好ましい働き方として高く評価されてきたことも、『男らしさを競う文化』が生じやすい要因の一つです」

「また、職場はお金や人脈、情報などのさまざまなリソースを獲得しやすい場であり、それらのリソースは仕事の成果や評価に直結すると同時に、『男らしさ』にとって重要な要素である『他者に対する優位性』を証明する格好の材料にもなります。競争に勝てば仕事の成功と『男らしさ』の両方が得られるため、負けても次こそ頑張ろうという競争原理が働き、競争のループができ上がってしまうのです」

ただそれだけでは、優位な位置に立つことのできる一部の男性のみの競い合いはあっても、組織の文化になったり、ましてや組織にとって弊害になることはないのでは?とも思える。

「たとえいま優位な位置にいなくても、多くの男性は、社会や組織の中で高く評価されている男性を見ながら『自分もああなりたい。頑張れば少しでも近づくことができるのではないか』と、この構造を下支えしています。女性も例外ではありません。女性にとって不利な構造の中で生き延びるための生存戦略でもありますが、自らの社会的地位を維持するためのパートナーとして、優位な位置にいる男性を肯定的にとらえ、時に自らすすんでサポートする立場に立ったりします。こうして一部の男性を優位にするためのゲームに、女性も含めた全員が参加しているのです」

また、ほとんどの人にとっては不利なゲームだとしても、組織全体で見れば、その競争によって成果が上がり、優秀な人材(優位な男性)も育つため、経済合理性もあって変える必要がないと、課題感すら生まれていない可能性も高い。前時代的に聞こえるかもしれないが、4つの要素は2018年の調査結果であり、今まさに自分たちの組織で起こっているかもしれないのだ。




「男らしさを競う文化」が組織にもたらす弊害とは

2_bus_110_05.jpg 仕事ができることを示す手段として、「弱さを見せるな」「強さとスタミナ」「仕事第一主義」「弱肉強食」を実践することは、男性本人が無自覚であったとしても「男らしさ」を誇示しようとする行為に等しい。そしてそのことが、尊大にふるまったり、長時間労働を自慢したり、法外な物理的リスクや身体的リスクを負ったり、攻撃的な態度を取ったりしてしまうことにつながる可能性も高い。

「そういった行為や行動によって、職場にいじめやハラスメント、不正行為が発生しやすくなります。また、職場内に信頼関係が築けないため心理的安全性も生まれません。ミスを許容する空気がなく、過度なプレッシャーからうつ病やメンタル不調になるなど、結果的に離職率を高めてしまう可能性もあります。また、心理的安全性の低さによるイノベーションの低下という側面も内包しています。自分が受け入れられているという感覚を持てないと、リスクを取ることや自分を表現すること、新しいアイデアを共有することに不安を感じてしまうためです」

<男らしさを競う文化の弊害>
・部下や同僚に対するいじめやハラスメント、不正行為が起こりやすい
・過剰な競争による長時間労働の横行
・燃え尽き症候群や離職、うつや過度なストレスを誘発
・職場に心理的安全性やミスを許容する空気がない
・ワークライフバランスの悪化による幸福度の低下
・職場内のイノベーションが低下


「また、『男らしさを競う文化』が浸透した組織の中では、とりわけ女性やマイノリティは非常に不利になります。なぜなら、この文化の中で勝ち抜くためには、男性以上に4つの要素(「弱さを見せるな」「強さとスタミナ」「仕事第一主義」「弱肉強食」)を実践することが求められるからです。しかし、それらを体現すればするほど『女らしさ』を否定されるというジレンマを抱えることになります。ここに、女性が管理職になりたがらない理由の一端があるかもしれません」




「男らしさを競う文化」と相関する2つの要素

2_bus_110_06.jpg さらに東京大学バリアフリー教育開発研究センターが日本企業を対象に実施した調査結果の分析により、「男らしさを競う文化」と相関関係の強い職場の課題があることもわかってきた。

1.有害なリーダーシップが起きやすい

「有害なリーダーシップが起きやすい」かどうかと「男らしさを競う文化」の間に因果関係が見られた。とりわけ、「男らしさを競う文化」が有害なリーダーシップの原因になっている可能性があることがわかった。つまり、リーダーがもともとパワハラ体質だったからではなく、組織の文化に合わせて振る舞った結果としてパワーハラスメントが起きている可能性がある。したがって、パワハラをしたリーダー個人を罰すれば解決するわけではなく、原因となっている組織風土に目を向けなければならない。


2.組織風土の包摂性が低い

「組織風土の包摂性が低い」かどうかと「男らしさを競う文化」の間に相関関係が見られた。つまり、「男らしさを競う文化」が強いほど、その職場の包摂性(インクルージョン)は低くなる。職場の包摂性が低いことで、社員は違いを認められていない、受け入れられていないと感じて心理的安全性が低くなり、自分の意見を表明しにくくなる。




「男らしさを競う文化」の強制力をゆるめる

2_bus_110_07.jpg 「問題は『男らしさを競う文化』が組織文化としてどの程度根づいているかです。つまり、『男らしさを競う文化』が組織の中でどの程度強制力をもっているのか、どれだけのメンバーが従わなければならないものと認識しているのか、『仕事とはそういうものだ』という風潮としてどの程度当然視されているのかを見ていく必要があります」

「私たちが実施した調査でも、『あなたの職場にはこのような文化がありますか?』という問いに対しては『YES』でも、『あなたはそうあるべきだと思っていますか?』という問いに対しては『NO』と答えるといったズレが見られました。例えば『仕事第一主義』などは、自分はそうありたくはないけれど職場ではそれが求められる、といった認識を多くの従業員がもっているわけです。
すでに根づいている文化や規範をなくすことは難しいですが、職場に存在する『男らしさを競う文化』を全員がそうあるべきだと信じているわけではない、ということが明らかになるだけでも、『男らしさ』を良しとする組織文化にゆるみが生じる可能性はあると思っています。職場文化に過度に合わせようとせず、思い込みを捨てて、『本当にそれが必要か?』と考える姿勢が大切ではないでしょうか」


日本の大企業で働くビジネスパーソンは、求められた(期待された)役割に自分を合わせようと頑張ってしまう傾向があり、その頑張りが強さを示す(=男らしさを示す)行動や振る舞いを無自覚的に生んでしまっている面も大きいだろう。「男らしさを競う文化」は男性だけの問題ではなく、そうした組織文化をつくり出している社会や企業にあり、組織に属しているすべての人が無自覚的に容認してしまっていることにあるようだ。

前編では「男らしさを競う文化」とはどういったものかと、それが組織にもたらす弊害を見てきた。後編では、企業の機能不全を生みやすいこの文化をゆるめるためにどのようなアプローチができるのかをひも解いていく。





飯野 由里子(Yuriko Iino)

東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任助教。一般社団法人OTD普及協会運営委員。専門はジェンダー/セクシュアリティ研究。「アカデミアの知をもっと身近に!」という思いから、ジェンダーと多様性をつなぐフェミニズム自主ゼミナール(ふぇみ・ゼミ)の運営にも携わっている。

文/中原絵里子