レポート

2021.05.18

「進化思考」×「働く」

「人と組織の結びつき方」はどう進化できるか?

生物の進化の構造に創造性の法則を見出す「進化思考」。その学びの場としてオンラインスクール「進化の学校」がある。今回は「働く」をテーマに人と組織との関係性を再構築してきた、(株)リクルートHR統括編集長の藤井薫氏をゲストに迎えて、進化思考でとらえた「人と組織の結びつき方」をテーマに展開したセッションの様子をレポートする。

パネリスト

■太刀川英輔氏(NOSIGNER 代表・デザインストラテジスト)

■藤井薫氏(株式会社リクルート HR統括編集長)

司会・進行

■山田崇氏(塩原市役所企画政策部官民連携推進課)




「働く」を進化思考で
カオスにする

「進化の学校」のトークセッションでは、「進化思考」をもとに何を進化させたいか、社会でどう実装していきたいかについて、さまざまな分野で活躍するゲストと太刀川氏とが語り合う。

今回のゲストである藤井氏は、(株)リクルートで長くHR事業に携わり、人と組織の関係性を追求してきたHRのプロフェッショナルだ。『リクルートを卒業できない変なおじさん』、『秩序だったものをカオスにするのを大事にしているFUJII CHAOS』と自己紹介するなど、ユニークな人物でもある。

セッションは、太刀川氏が改めて進化思考のベースについて解説するところから始まった。

6_rep_008_06.jpg太刀川:「進化思考ってなんでしょう?と問われれば、生物の進化と同じように考えること、という答えになります。変異により変化し続け、適応により自然選択される。この変異と適応の繰り返しにより起こる生物の進化の仕組みは、実は、私たちが創造性を発揮する仕組みと同じだと。だから、この仕組みを学べば、誰でも創造的になれる...というのが、進化思考の根幹です。私が15年以上携わってきた創造性教育の集大成ですね」

「進化思考では、どのように変異するか(HOW)という9つのパターンと、なぜ適応するか(WHY)という4つの観点から、進化を、そして創造性を紐解いています。創造性は才能の有無で語られることが少なくないですよね。ともすればコンプレックスのタネになりがちです。この本を通して、創造性を発揮して世の中を更新する人を増やしたいというのが私の願いです」

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藤井:「まさに、太刀川さんの命が宿った命著ですよね。万物は流転する、時空と回転...というのが私の人生のテーマなんですが、『進化思考』ではそれを随所で感じるので、もう共感の嵐でした」

山田:「このトークセッションでは、ゲストの方が進化させたいもの「X」について進化思考で考えていくのですが、藤井さんが進化させたいXは何ですか?」

6_rep_011_05.png藤井:「人と組織の結びつき方、ですね。リクルートの創業メンバーの大沢武志さんが『心理学的経営』のなかで、まずは「あるがままの個の受容」があって、そのうえで「自律的な個の発現」があり、さらに「意図的なカオスの創成」がある...という組織のあり方を説いています。そして、「意図的なカオスの創成」とは、「環境変化への適応と自己革新のために、意図的なゆらぎを生み出す」ことであると述べているんです。まさに、太刀川さんの進化思考と同じなんです」

太刀川:「本当だ。おもしろいですね」

藤井:「進化思考からは実にさまざまなインスピレーションを感じています。「働」という漢字を分解すると「人+重+力=人の重なる力」となります。でも実際は、人の重なり方がうまくいっていない部分がある。だから、「働く」を進化させたい、もう一度カオスとコスモスを往還させたいと私は考えているんです」

山田:「進化思考の9つの変異パターンを「働く」にあてはめてみたということですが、例えば「擬態=アシカ給」というのはどういうことなんでしょうか? 擬態というのは、何かを真似てみる、という変異ですよね」

6_rep_011_01.png 藤井:「芸ができたらその場でエサをあげる、というアシカショーのアシカに対するご褒美の与え方を擬態したペイメント方式です(笑)。最近は、隣の人にボーナスをあげ合うピアボーナス制度などを取り入れている企業もありますが、月給制ではなくて、仕事上でいいことをしたとき、成果を上げたり誰かのサポートをしたりしたときにパッと報酬をあげるというのもいいなと思って書いてみました」

山田:「おもしろいですね。「変量=1分転職」というのは? 変量は、極端な量に増減するという変異ですね」

藤井:「転職しようと思ってから実際に新しい会社に入るまでの長いプロセスをギュッと圧縮して、「ちょっと話しません?」「おもしろそうですね、やりましょう!」と1分で決まるみたいな。「働く」の時空間単位革命ですね」




法人を擬人化して考えると
「就職」に必要なものが見えてくる!?

6_rep_008_06.jpg太刀川:「藤井さんのXは「人と組織の結びつき方」ということですが、そもそも組織、法人って一体誰なんでしょうね?法人って言うくらいだから、 疑似の人でしょう。働くことにおいて、働く個人が法人というヒトとどう付き合うかは、あまり語られないですよね。ブランディング上の企業イメージはあっても、働く人にとっては、入ってみるまでどういう感じかわからない。法人のヒトとしての性格やキャラが事前にわかるといいですよね。進化思考の変異で言うところの、擬態=ヒトのような会社で考えてみましょうか」

「外面はいいけど家族に対しては暴力的だとか、他人に対しては強面だけど家族には愛があるとか、先ほどのアシカ給なら、ご褒美に美味しいところに食べに連れて行ってくれるお父ちゃんキャラとか...法人を擬人化して捉えてみるといいかもしれません」

「さらに、その法人の人格的なパーパスがわかると、個人はその大いなるパーパスに照らし合わせて自己決定しつつ、指示系統にとらわれすぎずに組織の中で快適に働けるのかもしれないなと思いました」

藤井:「そうですね。創業者の精神は本人が亡くなっても生き続けるように、その法人、組織がどこへ行こうとしているのか、見つめる先やパーパスがわかっていると、法人もそこで働く人も意思決定がしやすくなって、人と組織との重なり方もうまくいくようになるんじゃないかな」

太刀川:「相手の性格がわからないと、適応の仕方もわからないですよね。法人って性格がよくわからないことが多い。だから相手に適応ができないと、そこで働く自分と本当の自分が分離して、さらにしんどくなってしまう」

6_rep_011_05.png藤井:「現状では、この会社に入ったらどうなるのか、この会社を卒業したらどうなるのか、つまり、この法人と付き合った自分はどうなるのかが事前に見えない。男女と同じで、付き合うまでわからないし、その後もわからないし...という感じなんですよね」

太刀川:「法人の擬人化からさらに踏み込んで、働く個人と法人を彼氏・彼女としての擬態で捉えるというのもおもしろいですね。そう考えると、正社員は結婚に近いところがありますよね。合わなければ離婚する選択肢もあるわけですし」

「ただ、付き合った先に結婚がある...みたいなプロセスが、就職にはありません。結婚前にお試しで同棲してみるとか、倫理的にはダメですが二股して他と比べてみるとか、そういうことが就職ではできない。このメタファーにはヒントがいっぱい詰まっていそうですね」

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藤井:「メタファーで言うと、かつてはCDアルバム単位で買っていた音楽が今では曲単位で買えるように、自分の能力をピンポイントで売りにできる時代になってきたと思うんです」

「例えば、遠隔医療の際に求められる手先の器用さだけで、地球の裏側からヘッドハンティングされるとか。先に挙げた私がワークした変異の図では「分離=小口化」としていますが、空間的・時間的に「働く」の単位を小さくした方がいいなと思っているんです。例えば、週1日だけ地元のビジネスを手伝う「ふるさと副業」といった働き方なども、今後は増えていくのかなと。彼氏・彼女にせよ音楽にせよ、メタファーから学ぶことはたくさんありそうですね」

太刀川:「彼氏・彼女から家族になっていくメタファーが個人と法人を考えるのに有効そうだと思ったのは、どちらも相性の問題があるから。世の中には完璧な会社も完璧な個人もいなくて、お互いが求めているものとお互いに与えられる価値の間にギャップがあるから、合わなくなってしまう。相手が求めていることにどうやったら気づけるのかなと...喧嘩してわかり合うとか?ともあれ生態的な適応も、就職と結婚はよく似ている気がします」

藤井:「求人広告に、うちはこういう喧嘩ができますとか、ツンデレタイプですとか、そういうのあるといいのかも?(笑)」

太刀川:「この会社はどういう人格ですというのをあらかじめ明確にすることで、反応の予測が可能になり付き合いやすくなるという面はありますよね。加えて、法人が目指す人格的なパーパス、達成したいと思っていることを、ワーカーが共感・共有できることが大事です」

「働くにおけるWhat(何をするか)とWhyは、会社が掲げる場合もあれば自分で掲げる場合もあると思いますが、WhatとWhyのつながりが見えなくなると、つまり、何のために今この仕事をしているのかがわからなくなると、法人に共感ができなくなり付き合い方もわからなくなってくるんでしょうね」

「ナイキ、アップル、パタゴニアのような創業者の顔が浮かぶ企業や明確なフラッグを掲げている企業は、対消費者だけでなく社内においてもロイヤリティを高めやすいと思うんです。制度設計などで会社を整えることから始めるのではなく、人格を設定してから制度を作る方が素直そうです。そうするとチーム内部でも共感を得やすくなるんじゃないかな」

藤井:「会社を擬人化して、どういう系譜があるか(系統)、どういう生態系があるか(生態)、内部がどうなっているか(解剖)、どこへ行こうとしているのか(予測)...という進化思考の適応の4つの観点で考えていくと、具体的に人格が見えてきますよね。その人と、一緒に旅をしたいと思えるかどうか...ですね。その際に、いきなり結婚ではなく同棲とか、つまり、副業とかインターンシップとか、そういうマージナルな部分が問われているんでしょうね」

太刀川:「付き合うとか同棲するとかいうお試しのステップが就職にはほとんどなくて、大学を卒業したらすぐに就職するというのが今も通例です。就活ではスーツに身を包んで自分を素敵に見せて、普段の姿より頑張らないといけないというのは、やっぱりお付き合いの始まり方としては、ちょっとまずいんじゃないかと思えてきますね。そう考えると、お試し期間をどう設定するか、ですよね。面接2回で判断するんじゃなくて、付き合っている二人なら、ラブレターやプレゼントを贈り合ったり、一緒に食事をしたり、遊園地の行列に並んだり...というさまざまなプロセスがスクリーニングになるように、相性をみる機会を多角化する必要があると思います」

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太刀川 英輔(Tachikawa Eisuke )

未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。

藤井 薫(Fujii Kaoru)

株式会社リクルートキャリア HR統括編集長。入社以来、人材事業のメディアプロデュースに従事し、『TECH B-ing』編集長、『アントレ』編集長などを経て現職。また、株式会社リクルートのリクルート経営コンピタンス研究所を兼務。現在、「はたらくエバンジェリスト」(「未来のはたらく」を引き寄せる伝道師)として、労働市場・個人と企業の関係・個人のキャリアにおける変化について、新聞や雑誌でのインタビュー、講演などを通じて多様なテーマを発信する。デジタルハリウッド大学と明星大学で非常勤講師。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)がある。

文/笹原風花