レポート

2021.04.23

ニューノーマル時代の研究やイノベーションに必要なこと

HONDA先進技術領域研究リーダーが語る意識と行動

コロナ禍のテレワークで研究や開発に苦戦しながらも、工夫を凝らして研究を続ける、本田技術研究所の長滝貴人氏を迎えてイベントが行われた。「ニューノーマル時代の研究・イノベーション(2021年3月26日)」の様子をレポートする。

登壇者

■長滝貴人氏(株式会社本田技術研究所 先進技術研究所 人研究領域主任研究員)

モデレーター:曽根原士郎氏(コクヨ株式会社 ワークスタイルコンサルタント)



イベント前半は株式会社本田技術研究所 先進技術研究所で主任研究員を務める長滝氏が、『これからの研究・イノベーション創出のポイント』というテーマで講演を行った。


運転行動を分析し
クルマの新しい価値を創出

6_rep_010_05.jpg私は入社から10年以上、ビークルダイナミクスといわれる領域に携わってきました。ビークルダイナミクスとは、自動車の運動性能の解析や制御、評価を行うことです。ハンドルを切った際のクルマの曲がり方や、路面からの振動を制御をするなど、いわゆる車の「乗り味」といわれる部分について調査・研究を行ってきたわけです。

仕事を続けていく中で、お客さまに運転の楽しさを味わっていただくには、クルマの性能向上だけでなくドライバーの運転技術も重要だと考えるようになりました。現在は、先進技術研究所の人研究ドメインという部署で、運転行動分析の研究を行っています。

具体的には、一般ドライバーの運転を深く理解するためにクルマに同乗させていただきながら観察したり、MRIを使って一般ドライバーとベテランドライバーの脳が運転中にそれぞれどう働くかを分析したりと、多様な研究を行っています。「なぜ、その運転行動をするのか」の真理に迫ることで、クルマの機能開発や、クルマから発展して新しい価値の創出につなげていければと考えています。




今できることを探したら
リアルな運転行動が見えてきた

6_rep_010_05.jpg2020年、コロナ禍によって、これまでの働き方は一変しました。2020年4月以降、会社は在宅勤務を基本方針として打ち出しています。私たちの部署でも、一般ドライバーのクルマに同乗して観察やヒアリングを行ったり、会社の設備を用いて運転データの計測を行ったりすることが難しくなりました。

社内コミュニケーションにおいても、対面の機会が減り、コミュニケーションはオンラインが基本となりました。我が社の従業員は、仕事をするうえで「三現主義」(現場・現物・現実を大切にする考え方)や「走りながら考える」という価値観を共有していますが、いずれも実現しにくい状況になってしまったわけです。

しかし私は、「今までの働き方が無理なら、違うやり方を試してみよう」とすぐに気持ちを切り替え、仕事の内容にも働き方にも新しい方法を取り入れました。

例えば仕事では、近所の歩道橋から道路を走るクルマを数時間眺めることにしました。すると、会社の試験設備とは違うリアルな交通環境で、人がどんな運転行動をするかが見えてきました。既存の手法にこだわらず新しいやり方に取り組んだ結果、渋滞が生まれるプロセスやイライラしていそうな人の運転のクセなどがわかってきました。つまり、今まで行ってきた研究開発の幅を拡げるような気づきを得ることができたのです。

6_rep_010_01.png




研究所ではできないコトが
新しい気づきと発見に

6_rep_010_05.jpgまた働き方も、在宅勤務では発想が浮かばないと感じたことから、広い公園などへ出かけて仕事をするようになりました。ここでも、「元気な高齢者は大型車に乗っていることが多い」「犬連れで来る人は軽ハイトワゴンを選んでいる」といった気づきがありました。

部下を数人呼んで合同アウトドアテレワークをしたこともあります。それぞれソロワークで考え抜いたことを一気にはき出すため、鋭い意見がたくさん出てきて、とても実のあるミーティングになりました。

6_rep_010_02.png
多くのコミュニケーションは基本的にオンラインで行っています。オンラインコミュニケーションに関して、周りのメンバーに意見を聞くと「うまくいかない」という人と『まったく問題ない』という人にきっぱり分かれます。その理由を考えて気づいたのは、コミュニケーションは「情報の伝達」と「意思・感情の伝達」の二つに分けられるということでした。そして、オンラインコミュニケーションがうまくいかない人は、「意思・感情の伝達」がうまくいっていないのでは、と感じたのです。

しかしオンラインには、冷静に反応を観察したり、表情を見たりすることができるというメリットもあります。そこで私たちのチームでは、自分たちのオンラインコミュニケーションを行動分析につなげようと画策し始めました。分析結果がまとまってきたら、いずれは人材育成につなげたいと思っています。

6_rep_010_03.png



長滝 貴人(Nagataki Takahito)

株式会社本田技術研究所 先進技術研究所 人研究領域主任研究員。1998年入社。四輪サスペンション研究開発部署に配属、基礎研究から新型車開発まで幅広く携わる。2005年よりドイツの研究所に駐在。高速域の車両挙動やドライバーフィールについて研究。2010年帰任後に電動車両の研究に着手し、電動車両がもたらす新価値を研究。2013年より運転行動の研究をスタートさせ、人の運転を良くするための技術を開発。現在は、運転行動からドライバーの状態や意思を読み解く技術開発に着手中。

曽根原 士郎(Sonehara Shiro)

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント
1989年の入社後すぐに新規事業(OA・ICT)営業・企画の部署に配属。2001年より研究開発部で、新規事業・新領域商材担当。結果、6本上市。2014年より企画部門で新たなコラボレーションクラウドサービスの開発・立上げに従事。2016年からはコンサルティング部門で「働き方改革」コンサルと同時に新規ITサービス開発に携わる。2017年より同部隊にて、さらに新たな「働き方改革」ITサービスを立ち上げ中。

文/横堀夏代