レポート

2021.04.19

「進化思考」×「スローイノベーション」

正解のない時代の社会課題解決

生物の進化の構造に創造性の法則を見出す「進化思考」。その学びの場としてオンラインスクール「進化の学校」がある。今回は京都のオーバーツーリズム問題に取り組む野村恭彦氏をゲストに迎え、「進化思考」を使って観光の進化を考えたセッションの様子をレポートする。

Whyにフォーカスを当てると
本質的な進化の流れが見えてくる

6_rep_009_05.jpg野村:「錦市場についても、何かしらの進化の方法があるのだろうとは思っているのですが、進化というのは、偶発的・必然的なものなのか、自分たちでこう進化させるんだと意志をもって行うべきことなのか、そのあたりはどうなのでしょうか?」

太刀川:「食べ歩きというのは体験ですね。ユニークな体験を得たいというインサイトをもった観光客と、どこかの店舗がお試し的にやってみた食べ歩き用の商品が、バチっとハマっちゃった。食べ歩きという変異が、いつしか適応してしまったんですね。進化って、未来のビジョンを描いてそうなるわけではなくて、まさにこうして偶然起こるんです。食べ歩きのカルチャーという過去の『系統』とは違う価値が入り込んだから、昔から商売をしている人には違和感があるわけですよね。そのあたりを紐解いていくといいと思います」

野村:「進化の視点で見ると、食べ歩きというのは樹形図の枝分かれの一つにすぎないと。そう理解するだけでも、対立している人たちの関係性が変わってくる気がします」

6_rep_008_06.jpg太刀川:「次に、観光客が求める体験について考えてみると、京都らしい文化を感じたいという思いが根源にはあるはずです。一方、地元の人も京都の伝統や文化に誇りをもっているはずで、実は双方とも同じものを願っているのに、そこに目線が行っていない。つまり観光客は、地元の人からすると系統的(歴史的)な文脈への敬意よりも刹那的に今の体験を求めているように思えるけど、実はそうではなくて、系統的な文脈があるからこそ、そこに京都らしい魅力を感じて観光客が来ている」

「じゃあ、系統的文脈の視点で食べ歩きを考えたらどうなるんだろう?ということです。 または食べ歩きではない方法で系統的文脈を感じられる体験が提供できないか?...と考えてみる。食べ歩きというWhatではなく食べ歩きや観光の本質であるWhyにフォーカスを当てると、どちらに向かうと両立するのか、進化の流れが見えるようになります」

「おそらく、食べ歩きを提供する側に、錦市場の系統(歴史)に対する意識や理解が足りないのだと思います。後から市場に参入してきた人を交えて系統的文脈の学び合いをすると、売るものがパイナップルの串刺しからもっと地域に根ざしたもの、例えば、400年前に秀吉が食べたと言われる○○、みたいに文脈的食べ歩きにアップグレードするかもしれません。食べ歩きをNGにするのではなく、系統的文脈とつながりのあるものを売るというのをルールにするとか、みんなが錦市場の歴史について語れるようにしておくとか...いろいろと考えられそうです」

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すべての課題は進化の過程の変異
大事なのはどう適応していくか

6_rep_009_05.jpg野村:「感動しています。系統的文脈という表現の仕方に、対立を解消する可能性を感じますね。食べ歩きをしていいのか悪いのかという表現とまったく違う。食べ歩きは進化の過程においては変異に過ぎなくて、良いも悪いもない。大事なのはどう適応していくかなんだと捉えると、見方がまったく変わってきますね」

太刀川:「こんな風に食べ歩きが提供している価値は何で、課題は何なのか。食べ歩きを嫌がる人は、なぜ嫌なのか。そこにフォーカスを当てると、問題の根っこが見えてきますよね。」

野村:「二項対立ではなくて、いろんなものが変化していくなかで何がどう適応しているのか。それをみんなで捉え直してみると、対話が進みそうです」

太刀川:「不易流行と言いますが、変えていいところと変わらないところがある。錦市場における変異していいものと、適応しなければダメなものをみんなで整理していけばいいと思います。変異と適応は進化の両輪であり、変異がなければ進化はできませんから」

野村:「確かにそこが整理されていないし、話し合いの場ももたれていないですね。伝統的な文化を残していきたいというのはみんなが思っていることなので、生き残るためにこそ、いかに変異を起こしていかに適応していくかを考えていく必要がありますね」

6_rep_008_06.jpg太刀川:「京都にとっての観光や歴史的な意味って何だろうと、深掘ってみるといいかもしれませんね。そもそも錦市場は、歴史的に観光によってその特殊性を獲得していた可能性もあるわけです。史料を調べたら、400年前から『観光客が邪魔だ』みたいなボヤきが出てくるかもしれない(笑)。もし昔からそうだったんだという事実が発掘できたら、本来的な錦市場を成立してきた要素の一つとして、改めて観光を捉えることもできるかもしれませんね。」

野村:「文化を見せようとするとテーマパーク化しやすく、誰かに見せるためにつくったものはもはや文化ではないので、その時点で進化が止まってしまいます。大きな進化の過程のなかで、これまでどうあってこれからどうなっていくかを捉えることは、私たちがめざす持続可能な観光を考えていくうえで不可欠です。進化思考のフレームワークを使ってやってみたらこうなった...みたいな事例をつくっていきたいですね」

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山田:「お二人とも、ありがとうございます。私が暮らす塩尻にも、信州に塩を運ぶための塩の道の終点だったとか、中山道の宿場町として栄えたとか、歴史的な文脈があるんですよね」

太刀川:「宿場町的な発想でいうと、京都が生き残るためには、余剰を周辺の街に分散するというのも有効かもしれません。生物の共生関係は余剰のシェアで発生します。京都にとって過剰な観光客は、周辺の市町村からすると欲しいものです。例えば、今は京都の次は大津...という発想はあまりないと思いますが、吐き出し先と連携をすれば、互いにとって良い共生の道が拓けるはずです」

山田:「なるほど。みんなでめざすべき上位目標は何かということ、そして、いろんな進化の可能性が見えてきたセッションでした。今日はありがとうございました」

最後に太刀川氏は、「既存の仕組みを変えたいのだけど変え方がわからない人、自分には創造的なことはできないと思っている人にこそ手に取ってほしい」と改めて訴えた。「進化思考」×「スローイノベーション」で、京都のオーバーツーリズム問題へのさまざまなアプローチの可能性が見えてきたように、進化思考の視点で考えれば、どんな問題も進化の過程とポジティブに捉えることができそうだ。



書籍紹介

『進化思考―生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)

6_rep_008_05.jpg進化思考―それは、生物の進化のように二つのプロセス(変異と適応)を繰り返すことで、本来だれの中にもある創造性を発揮する思考法。38億年にわたり変異と適応を繰り返してきた生物や自然を学ぶことで、創造性の本質を見出し、体系化したのが『進化思考』である。変異によって偶発的に無数のアイデアが生まれ、それらのアイデアが適応によって自律的に自然選択されていく。変異と適応を何度も往復することで、変化や淘汰に生き残るコンセプトが生まれる。https://amanokaze.jp/shinkashikou/




太刀川 英輔(Tachikawa Eisuke )

未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。

野村 恭彦(Nomura Takahiko)

Slow Innovation株式会社代表取締役、金沢工業大学(KIT虎ノ門大学院)イノベーションマネジメント研究科教授。博士(工学)。国際大学GLOCOM主幹研究員、日本ナレッジ・マネジメント学会理事、日本ファシリテーション協会フェロー、社団法人渋谷未来デザインフューチャーデザイナー。慶應義塾大学修了後、富士ゼロックス株式会社入社。2012年、社会イノベーションをけん引するため、株式会社フューチャーセッションズを創設。2016年度より渋谷区に関わる企業・行政・NPO横断のイノベーションプロジェクト「渋谷をつなげる30人」をスタート。2019年、地域から市民協働イノベーションを起こす社会変革活動に集中するため、Slow Innovation株式会社を設立。『イノベーション・ファシリテーター』(プレジデント社)など、著書・監修書多数。

文/笹原風花