ライフのコツ

2019.10.01

欧州最古の大学発祥の地、イタリアの教育観

世界の学び/人生最大の難関「マトゥリタ」とは

世界の教育情報第24回目はイタリアからのレポートです。あまり知られていませんが、イタリアは、欧州最古の大学と言われるボローニャ大学(1088年創立)を有する、高等教育において歴史と伝統のある国です。そんなイタリアには大学入試がなく、代わりに「マトゥリタ(Maturita)」という高校卒業資格取得のための国家試験があります。今回は大学入試のないイタリアで、いわば大学入試に相当する試験「マトゥリタ」に焦点を当てながら、イタリアの教育観について紹介します。

受験制度のないイタリア
の進路選択
イタリア義務教育の期間は6歳から16歳の10年間。小学校が5年間(6~11歳)、中学校が3年間(11~14歳)、高校は5年間(14~19歳)です(※高校は専攻によって年数が異なる)。 イタリアの教育では、小学校低学年から日常的に自分の考えを話す機会が多く設けられ、中学では自ら考えて答える口頭試験があるなど、早い段階で自分の考えを伝える、プレゼンテーション力を培う機会が多くあります。
またイタリアでは、受験制度が存在せず、偏差値に当たる学力判定システムもないため、中学卒業後の進路は、生徒の希望と成績を考慮しながら教師と相談して決めます。大学進学をめざすための高校(Liceo)や、職業的な専門知識や技術を身につける授業が中心の高等専門学校( Istituto tecnico/Istituto professionale )などがあり、将来なにを目指すかによって進む高校も違ってきます。さらに、「Liceo」 では、古典、科学、 芸術、語学などの選択コースがあり、高校生の時点で専門分野を学ぶことになるのも特徴的です。この選択コースは、途中変更も可能で、場合によっては転校することもできるのです。
また、希望すれば自分の成績よりもレベルの高い高校に入学することも可能で、日本と比較すると、中学卒業後の進路をフレキシブルに選ぶことができます。ただし、授業についていくには相応の実力と努力が必要となり、その点はシビア。レベルの高い高校に入ったものの、落第してしまう生徒もいます。
人生で最難関の試験!?
マトゥリタとは
高校5年生が受験するのが、高校卒業資格取得のための国家試験「マトゥリタ」です。マトゥリタは、受験が存在しないイタリアにおいて、"人生最大の難関"とも言われる試験で、大学入試に相当するもの。この試験に合格すれば、医学部や法学部などの専門的な学部をのぞいた、大抵の大学に入学することができるとあって、生徒も教師も保護者も一丸となって取り組みます。試験は、4日間に渡って筆記試験と口頭試験が行われますが、試験内容や試験科目は選択コースによって異なります。
マトゥリタの試験では、内容への深い理解が求められるため、暗記型のいわゆる受験テクニックは通用しません。マークシートなどといった選択式の試験とは違い、出題テーマに沿って解答する高度な考察力や応用力、理解力が問われ、一つの問題に1ページの記述解答を求められることもあります。また、全体の問題数が少ないため、一つの問題の配点が高くなり、出題テーマによって明暗がはっきりわかれてしまうことが、マトゥリタが"人生最大の難関"と言われる理由のひとつかもしれません。早期から個人の考えを発表させる教育が、まさに試される場となっています。
改定で試験はより難しく
イタリアでは、文化科学省(MIUR)が教育施策の見直しを定期的に行っていますが、政権が変わると、教育の改定が行われる傾向にあります。2018年11月にも、当時の政権が倒れた際に教育の見直しが図られ、この"人生最大の難関"といわれるマトゥリタが2019年6月より改定されることになったのです。
改定前は、高校在学中の成績や授業態度を加味した内申点が 25点、筆記試験 45点(15点×3)、口頭試験 30点の計100点満点だったのが、今回の改定により、内申点40点、筆記試験40点(20点×2)、口頭試験20点の計100点満点に変更となりました。
今回の改正で焦点となったのが、内申点の比重が大きくなり、筆記試験と口頭試験の比重が小さくなる点です。また、口頭試験の進め方も変わりました。これまでは生徒が事前に用意しておいた論文を読み上げ、それに対する質疑応答でしたが、今回はそれが廃止に。3つのテーマから1つを選んで質疑応答に答える形式となったため、テーマは予測できず、生徒の負担が大きくなることなども、懸念すべき点としてあげられます。
マトゥリタ改定は
賛否両論
マトゥリタ改定が発表されると、高校生たちの間で強い不満が出ました。試験の半年前というぎりぎりの発表だったこと、自分たちの学年が実験材料にされるように感じたこと、その他、教育関連への補助金が少ないなどの日頃の不満が一気に爆発し、2018年11月、イタリアの主要都市で数回におよぶデモにまで発展。高校生とはいえ、納得がいかないことがあれば、黙っていないで立ち上がるイタリア人の気質をよく表しているエピソードといえるでしょう。
教育現場では、このマトゥリタ改定に対して、「試験対策の準備が間に合わない」「正確な情報がなかなか出てこない」「教育水準が下がり、落第する生徒が増えるのではないか」という、教師たちからの批判や懸念の声もあがったそうです。
一方で、内申点の比重が大きくなることで、試験だけでは実力を発揮しにくい生徒にもチャンスが広がる可能性もあることから、この改定を評価する教師や、新形態の試験に合わせた対策を始める教師などもおり、学校側の反応は賛否両論といったところ。
これほどまでに、マトゥリタが重視される理由として、イタリアの個人主義や階級社会をはじめとする複雑な社会構造があります。勉学に専念する以上は高いレベルでなければならないと考えるイタリア人が多く、一定のレベルに達していないこどもは早い段階から進学コースは断念し、就職するという選択を強いられます。ただし、勉学で頑張ったとしても、失業率は10%を超え、希望する就職先が見つかる保証はないという現実もあります。
欧州最古の大学を生んだ国であり、ルネサンスの時代から普遍的な教養を身につけ、人間性の再興をめざしてきたアカデミックな土壌があるイタリア。一方で、日本と違って私立大学が少なく「学歴のためにとりあえずどこかの大学へ」ということもできず、学力の高い生徒しか大学に進学できないという現実のなか、イタリア人がマトゥリタを"人生最大の難関"として、まさに人生をかけて挑むのも必然ではないでしょうか。

ハモンド綾子

グローバルママ研究所リサーチャー。日本でメディア会社勤務後、1999年渡英。ファッション/ホテル業界勤務を経て、2006年よりライター/リサーチャー/翻訳者として活動中。イギリス人の夫、バイリンガルの息子2人と4人暮らし。


グローバルママ研究所

世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。