仕事のプロ

2019.06.05

ピークを過ぎた脳を「デキる脳」にするためには?

次世代脳トレで脳を鍛えて仕事に活かす

人間の思考や活動のすべてを司る脳。当然、働くうえでのパフォーマンスも脳の状態により大きく左右される。しかし、私たちは普段、脳の活動をあまり意識することなく生活し、仕事をしている。一方で、年を経るごとに記憶力や瞬時の判断力の低下を痛感している人もいることだろう。そこで今回は、東北大学加齢医学研究所所長で株式会社NeU(ニュー)のCTOを務める川島隆太氏に、最新の研究成果に基づく、ビジネスに役立つ脳の鍛え方について伺った。

脳の機能のピークは20代
意識的に鍛えなければ、どんどん衰える

「脳のほぼすべての機能は、20歳頃をピークに低下していく」。脳科学・加齢医学の第一人者である川島氏は、そう断言する。経験により蓄えられる知や知識については40代後半までピークが維持されるが、記憶、推論、知覚速度をはじめとする情報処理能力は「個人差はあるが、何もしなければどんどん落ちていく」という。

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「脳も体の一部であり、体力や筋力と同じです。鍛えなければ衰えますが、鍛えれば衰えを防げるだけでなく現状よりも脳の機能を上げることができます。ただし、社会人が普段の生活の中で脳を鍛えるのは容易ではありません。若い頃は勉強をしてたくさんの知識を覚えて、脳を常に鍛えている状態ですが、社会人になると限界まで脳を追い込む機会がなくなります。日々高いハードルを飛ぶ練習をしているうちは飛べるが、練習をやめてしまうと飛べるハードルがどんどん低くなっていく。そういう感覚で捉えていただけるといいでしょう」



2つのトレーニングで、
脳は何歳からでも鍛えられる!

一方、「脳は何歳からでも鍛えられる」と川島氏は言う。

「脳の機能の良し悪しを表す表現の一つとして、よく"地頭"という言葉が使われますが、地頭は生まれながら決まっているものではなく、環境で差がつきます。脳の感受性が高い時期、例えば前頭葉という部位は思春期から大学生になる頃まで成長するのですが、その時期にしっかりと脳を使った人、勉強をした人というのは、やはり地頭が良くなります。自分は地頭が悪いから...と自嘲的に言う人がよくいますが、成長時期のようにはいかずとも、何歳からでも地頭を鍛えることはできるのです」

では、社会人が脳を鍛えるためには、どうすればいいのだろうか。川島氏は、「やるべきことは2つ」と言う。1つは脳の回転速度を上げるトレーニング、もう1つは脳の容量を大きくするトレーニングだ。「高性能なコンピューターは、計算速度が速くてRAM(データ保管の容量)が大きい。それと同じ」と、川島氏はコンピューターになぞらえて解説する。

こうした脳のトレーニングのために、川島氏はこれまで多くのドリルやゲームソフト・アプリを執筆・監修し、いわゆる"脳トレ"ブームの火付け役となった。

「脳の回転速度を上げるトレーニングとしては、簡単なドリル的なものをとにかく速く解くことが有効です。また、脳の容量を大きくするトレーニングとしては、Nバック課題(※1)やスパン課題(※2)といった見たものを覚えておいて答える問題などが代表的です。ドリルやアプリなど脳のトレーニング用につくられたツールを使わずに脳を鍛えるのはなかなか難しいですが、文章の早読みは有効です。内容はなんでもかまいませんし、理解する必要もありません。簡単なものでいいので、とにかく速く読んで頭を回転させることが重要です。文字を目で追うだけでなく声に出すとより効果的です。ちなみに、読書は記憶を保持しながら理解する作業なので、脳の衰えを緩やかにするには有効ですが、読書だけで脳の性能を上げることは難しいでしょう」

「脳の回転速度を上げるトレーニングと容量を大きくするトレーニングをバランス良く行うことが重要」と川島氏はいうが、こうしたトレーニングには、いわば"副産物"とも呼べる興味深い効果もある。

「あるトレーニングにより本来の目的とは関係のない能力まで上がることを"転移学習"というのですが、回転速度を上げるトレーニングではこれが起こりやすく、記憶力、抑制力、注意力などが向上することがわかっています。また、容量を大きくするトレーニングでは、初めて出会うもの・シーンに対する認知能力や適応能力(流動性知能)が高まることがわかっています」

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※1:Nバック課題とは次々に問題(計算問題など)が出題され、いま提示されている問題に答えるのではなく、N個前に提示された問題に答えるトレーニング。1つ前の問題に答えることを「1バック」、2つ前の問題に答えることを「2バック」という。

※2:スパン課題とは複数のサインが提示される位置や順番を覚えておき、しばらく時間をおいてからその位置や順番を答えるトレーニング。


自分の脳活動を正しく認識し、
最善の対処法を見つけ出す

一方、いくら脳を鍛えて性能を上げても、それを必要なシーンで活用できなければ、仕事のパフォーマンスは上がらない。どのようなことを意識すればいいのだろうか。「まずは、自分の脳がどんなときにどれくらい活性化しているかを知ることが大事」と川島氏はいう。

「脳の活性度と自己認知について、興味深いことがわかっています。自分の状態を認識することを"メタ認知"といいますが、このメタ認知と実際の脳の活性度の間には乖離があります。自分では集中していると感じていても、脳はあまり働いていない...というのは、実は日常茶飯事なのです。私自身、毎朝、脳活動センサーで脳の状態を測りながら自作の脳トレをしているのですが、二日酔い気味の朝は、たとえ集中できていると感じ脳トレの成績もいつも通りの数字であっても、脳はあまり働いていないことがモニターからわかっています。アウトプット(成績)が同じなのであればいいのではと思うかもしれませんが、脳は使わなければ機能が低下し、使えば機能が高まるものなので、脳が活性化していないというのは脳にとっては大問題なのです。また、受験生で試してみても、同じように勉強に集中しているつもりでも、脳が活性化しているときとそうでないときがあります。自分の脳の状態というのは、感覚的にはつかめないものなのです」

ストレスについても同じことがいえる。自分ではストレスを感じていないと思っていても脳はストレスを感じていることがあり、この状態が続いた結果、ストレスを自覚する頃には手遅れだった...ということになってしまう。「重要なのは、自分の脳の状態を正しく把握し、良い状態にもっていけるよう自分でコントロール(ストレスコーピング)すること」と川島氏は述べる。

「どうすれば脳を働かせることができるか、ストレスを軽減できるか、雑念を払って集中できるか、という最善の対処法を自分自身で見つけ出すことが大事です。例えば、デスク周りを整理整頓してから仕事に取りかかったら脳がすごくよく働いたという発見があれば、それを習慣化すればいいわけです。逆に、これまでは音楽を聴きながら仕事や勉強をしていたけど、実は聴かないときの方が集中度が高いということがわかれば、その習慣をやめればいい。また、最近はリモートワークを導入する企業も増えていて、カフェで仕事をすると集中できるという人もいますが、本当に集中できているのかというのは脳の活動を見てみないとわかりません。脳はとても正直なんです」

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川島 隆太(Kawashima Ryuta)

東北大学加齢医学研究所所長。株式会社NeU CTO。1959年千葉県生まれ。東北大学医学部卒業。同大学院医学系研究科修了(医学博士)。脳機能を維持・向上するための手法を研究・開発する応用脳科学研究、人の心の動きを画像化する脳機能イメージング研究を行う脳機能開発研究などを専門とする。『脳を鍛える大人の音読ドリル』(くもん出版)など著書多数。監修を務めた「脳を鍛える大人のDSトレーニング」シリーズが大ヒットし、脳トレブームを巻き起こした。

株式会社NeU(ニュー)
東北大学加齢医学研究所川島研究室の「認知科学知見」と日立ハイテクノロジーズの「携帯型脳計測技術」を融合し、2017年8月に発足した脳科学カンパニー。脳科学の知見と技術を軸に、社会のさまざまな分野で人にフォーカスしたソリューションを展開し、脳科学の産業への応用を目指す。次世代脳トレ「ブレインフィットネス」、企業向けの「働き方改革ExBrain@Business」やコンサルティング、脳計測ハードウェア・システムの開発・販売、個人向け商品「Active Brain CLUB」などの事業を手がける。

文/笹原風花 撮影/荒川潤