組織の力

2017.12.06

健康経営推進をサポートする睡眠の「技術」〈前編〉

組織単位で睡眠改善に取り組むメリットは大きい

きちんと眠ることが大切だとわかっていても、ビジネスのさまざまな局面でスピードが求められる環境のなかで、睡眠時間を削って対応しようとする人は多い。しかし、企業に向けて睡眠改善のための研修サービスを提供する株式会社ニューロスペース代表取締役社長の小林孝徳氏は、眠りの質によって仕事の質が大きく変わることを説き、「リスクを回避するためにも、生産性を上げるためにも、組織単位で睡眠に取り組むことが重要です」と強調する。前編では睡眠のプロである小林氏に、「ビジネスパーソンにとってなぜ眠りは重要なのか」「個人としてだけではなく、組織としてよい睡眠をめざすことでどんなメリットが期待できるのか」をお聞きした。

睡眠障害による社会的損失は
年間数兆円との試算も
 20代半ばで株式会社ニューロスペースを起業した小林氏は、ご自身も深刻な睡眠障害に悩んでいたという。
「大学卒業後にIT企業に就職したのですが、毎日のように残業しなければならず、慢性的な睡眠不足に陥ってしまったのです。しばらくすると、上司から10秒前にいわれたタスクの内容を思い出せないなどの記憶障害が起きるようになりました。また、例えば上司が仕事のやり方に対してアドバイスをしてくれただけなのに、『人格を否定された』『私のことが嫌いなんだ』とネガティブな捉え方しかできなくなって......。この状態は普通じゃないな、と自分でも危機感を感じました」
 こうしたトラブルの根幹にあるのは睡眠不足ではないかと感じた小林氏は、眠りに関連する学術書やWEBサイトに当たり、集中的に情報収集した。すると、睡眠不足は脳の機能に大きなダメージを与えることがわかり、自分が感じていた問題とも合致していた。また周囲の言動をネガティブにとらえるのは、扁桃体が過剰反応することで怒りっぽくなったり責任逃れをしたりするためだと思い当たった。さらに、睡眠障害による経済損失の額が年間で数兆円単位ともいわれているとわかった。
「私は、眠りに関する情報を自分なりにかみ砕きながら実践していくうちに、睡眠障害を克服することができました。一方で睡眠障害のソリューションは広く知られておらず、睡眠改善に関するビジネスも、薬品や高級寝具に頼ったものが中心です。だからこそ、睡眠の悩みを根本的に解決するためにサイエンスベンチャーを起業し、大学や医療機関と連携して睡眠改善プログラムを開発したのです」

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健康経営推進に加えて
働き方改革につながる成果への期待も

 2013年に創業したニューロスペースは現在、ITや外食産業、流通など幅広い業種の企業に向けて睡眠改善プログラムの提供を行っている。あるビジネスプラングランプリで吉野家ホールディングスの社長に声をかけられて店長研修を行ったことがきっかけとなり、健康経営に取り組む企業から次々と研修の依頼が寄せられるようになったのだ。
 研修実施にあたり、ニューロスペースでは、まず対象となる企業の従業員に向けてアンケートを実施する。「入眠困難」(なかなか寝付けない)や「中途覚醒」(途中で目が覚める)、「起床困難」(起きられない)といった、ほぼ10項目に分けられる睡眠の悩みのうち、どの悩みを抱える人が多いのかを分析するためだ。例えば「シフトワークが多く就寝時間が不規則なため寝付きが悪い」といったその企業や部課ならではの傾向を把握したうえで、睡眠改善プログラムを企業や部課単位のオーダーメイドで作成し、研修形式で伝える。内容は、睡眠に関する行動習慣はもちろん、生産性向上に役立つワークスタイル、休日の過ごし方など、企業のニーズによって多岐にわたる。
 とはいえ、従業員は基本的に自宅で眠るため、睡眠はプライベートな要素が強いものと考えられる。にも関わらずなぜ小林氏は、個人向けではなく法人向けに睡眠プログラムを提供しているのだろうか。そしてなぜ多くの企業が導入しているのか。
「私自身も体験したことですが、睡眠不足が慢性的に続くと、脳にマイナスの変化が起こり、集中力低下によるミスを起こしやすくなります。また、睡眠障害によってメンタルヘルスにも問題が生じやすくなるため、人間関係のトラブルが懸念されます。多くの企業様は、睡眠障害が引き起こすリスクを回避するために、また従業員の健康を大切にするCSR的な観点から、私共の研修を導入して下さっています」
 例えばあるIT企業では、健康診断での問診から、約半数の従業員が睡眠に対して何らかの問題を抱えていることが明らかになり、ニューロスペースの睡眠改善プログラム導入に踏み切ったという。睡眠改善はもはや個人的なものではなく、健康経営推進の一環として組織全体で取り組むべきテーマになりつつあるのだ。
 さらに、「良質な睡眠が取れるようになれば集中力が上がるため生産性向上にも役立つはず」という期待から導入を決める企業もある。同じ仕事を短時間で終えられるようになれば、残業時間の削減など働き方改革につながる成果も期待できるというわけだ。

文/横堀夏代 撮影/石河正武