ライフのコツ

2015.12.07

コスタリカ発「地球市民」の授業に学ぶ

マインドフルネスと「Be Peace」が変える

「現代のこどもたちは膨大な情報に圧倒されて、自分を見失いがち。だからこそ、ありのままの自分を見つめたり、他者といい関係を築くための知恵が必要」。このように語るのは、中米のコスタリカ共和国で、現地の小学生に向けて「地球市民」と題する授業を担当する環境・平和活動家の丹羽順子さん。「地球市民」とはどんな授業なのか、これからのこどもたちに必要な知識やスキルとはどのようなものなのか話を伺った。

娘のために世界一の学校を探してコスタリカへ
北はニカラグア、東はパナマと接する中米の国・コスタリカ共和国。教育水準や社会保障制度の充実ぶりは中南米でトップクラスで、中米で最も安定した民主主義国家とされている国だ。
この国のノサラという村にある小学校では、2014年9月から「地球市民」と題する授業が行われている。有機農法から平和教育、火のおこし方から始まるサバイバルスキル、伝統文化まで、様々な要素が盛り込まれたこの授業は、学年を問わずこどもたちに大人気。地域の保護者間でも評判になり、「うちの子は他校に通っているけれどこの授業だけは受けさせたい」という声も上がっているほどだ。「地球市民」の講師を務める丹羽順子さんは、世界を舞台に環境・平和活動に取り組む、まさに地球市民を体現する人だ。「こどもたちに伝えたいありったけの内容を授業に詰め込んでいます」と語る丹羽さんは、自身の学びや経験からカリキュラムを創り上げたという。この授業には、丹羽さんが半生をかけて培った地球環境や平和に対する思いが込められている。
丹羽さんは日本で大学院を卒業後、NHKの報道記者生活を経てイギリスのミドルセックス大学院に留学し、「持続可能な発展とリーダーシップ」というテーマで学びを深めた。
「留学の1年間で得たものは大きかったですね。『地球規模で考え、地域に根ざして活動する』という生き方を教わり、自分も持続可能な社会をつくる活動を行っていこう、と決めたことがその後の生き方のベースになりました。留学前から環境問題に関心があり、ダウンサイズした暮らしを実践したいとぼんやり感じていたのですが、その思いを後押しされた感じです。学びの内容だけでなく、10か国以上から集まった同級生の存在も刺激的でした。自分にない発想や思考力、行動力をもった人ばかりで、オープンな環境で学ぶことがいかに大切かを改めて知りました」。
日本に帰国後、お子さんを出産してからの3~4年は、表だった活動はせず、専業主婦に近い生活を送っていたという丹羽さん。「留学が終わって、環境問題に正面から取り組んでいこう、と意気込んでいた矢先の妊娠でした。びっくりしたけれど、『これはきっと、自分の生活を見直しながら持続可能な社会をつくっていけというお告げかな』と納得しました。そこで生活の拠点を鎌倉に置き、野菜を育てたり、1日20リットルの水で生活するチャレンジをしたりして、自分にとっても地球にとっても心地よい暮らし方にトライしていました」
自分の信念や実践したことをブログで発信したり、地域のエコイベントなどに携わったりするなかで、丹羽さんの主張する「持続可能な生活」という考え方やフラットな語り口は少しずつ注目を集め始める。こうしてラジオ番組のナビゲーターや雑誌記事の執筆などを手がけ、順調にキャリアを積んでいたさなかに、東日本大震災が起こった。
「私のパートナーは原発に強い恐怖感があったため、震災が起こってからすぐに家族3人で鎌倉を離れました。西日本を転々とした後、彼が以前に東南アジアで貿易関係の仕事をしていた経緯もあってタイで暮らすことに。人生ががらっと変わりましたね。タイでしばらく生活した後に、現地へ残るというパートナーと別れ、娘と2人でコスタリカへ移住しました」
コスタリカへ渡った理由は、「自然豊かな非武装中立国であること」「原発を有していないこと」など様々。なかでも大きかったのは、タイでできた友人から「コスタリカに世界一いい学校がある」と噂を聞いたことだった。
「私たちが住んでいたタイの山奥は、子育てにはとてもいい環境でしたが、小学校がなかったんです。娘がちょうど小学校入学の年齢だったので、『世界一の学校』と聞いて魅力を感じ、思い切って移り住むことにしました。落ち着くまでは苦労もありましたが、平和で幸せに生きていける場所が見つかって、本当によかったと今は思っています」
こどもの心がザワザワしていたら言葉をかけながら一緒に深呼吸
こうしてお子さんは、コスタリカのあるインターナショナルスクールに入学した。当初予定した学校ではないが、環境や教育内容の満足度はかなり高いという。それでも丹羽さんに言わせれば、「世界一にはあと一歩」だった。では、どのような点が不十分だったのだろうか。「娘の入学した学校は、さまざまな国の生徒が学んでいるし、少人数教育が行われているし、起業家育成プログラムやサーフィンの実習などユニークな学び方もできるところが魅力的でした。一人ひとりの成長や個性に応じたカリキュラムも、ある程度は用意されています。でも、私は娘に、未来をつくるための知識やスキルをしっかり身につけてもらいたかったんです」
この思いが結実し、丹羽さんは「地球市民」の授業を担当するようになる。直接のきっかけになったのは、学校の校庭で有機野菜づくりを始めたことだった。「初めは1人でやっていたのですが、そのうちママ友が農作業を手伝ってくれるようになりました。次に好奇心いっぱいの生徒たちが休み時間に様子を見に来るようになり、先生たちも授業の一環として菜園を利用してくれるようになりました。そして校長先生から、『このようなスキルを教える授業を受け持ってほしい』とオファーをいただいたんです」
授業に組み込まれているのは、地球市民に欠かせないと丹羽さんが考える8要素。持続可能な社会の形成について学び、地域社会で実践してきたからこそ提案できる内容となっている。
  • 有機農業 (土作り、種、植物のはたらき、収穫、料理、薬草植物、パーマカルチャー)
  • 自然建築 (リサイクル素材をいかした建物、土壁づくり、雨水の再利用)
  • 持続可能性 (食、水、エネルギー、消費、教育、人口や貧困の問題)
  • 伝統的な文化と知恵 (地域に伝わる生活の知恵)
  • 社会起業家育成(課題の発見と解決策の提案、お金と新しい経済、自分の役割)
  • マインドフルネス (呼吸法、ヨガ、瞑想)
  • 平和教育と実践(BePeaceや非暴力コミュニケーション、気持ちの種類と多様さ、貿易・貧困ゲーム)
  • 自分とは誰か(身体知、チャクラ、レイキ、人権、リーダーシップ)
なかでも「マインドフルネス教育」は、すべての要素のベースとなっているという。「mindful」は「意識的な、心に留める」といった意味だ。気持ちを落ち着かせ、リラックスした状態でありのままの自分を見つめることがマインドフルネス教育の軸になっており、そのための手法として、瞑想や呼吸法、ヨガなどが使われている。近年、アメリカでマインドフルネス教育をカリキュラムの一部として取り入れる学校は多く、学級崩壊が改善された事例などもみられる。
「現代に生きるこどもは、たくさんの情報をいっぺんに押しつけられて、心が混乱しがちです。そんな時に、ストレッチや深呼吸をして自分の体と心に集中すると、すーっと心が鎮まることが多いんです。だから私は、例えば菜園をつくるクラスでも、こどもたちが落ち着いていないと思ったら、いったん授業を中断して深呼吸タイムをはさみます」
有機農業:目標は、エディブル・スクール・ガーデン(食べられる学校菜園)をつくること。牛糞や生ゴミ、落ち葉などで堆肥をつくったり、微生物の働きや炭素・窒素の割合など、自然科学のレッスンも含んでいる。
持続可能性:毎日使っている水の量の調査をおこない、どれだけ水に頼った暮らしをしているかを探ったり、自分たちは毎日何を食べているのか?その食べ物はどこからきたのか?健康にいいのか?など、身近な環境の中からテーマを選んでいる。
伝統的な文化と知恵:地域に根ざした古い慣習を学ぶよう心がけている。
平和教育と実践:自分たちの感情を見つめ、周囲に平和的に伝える「非暴力コミュニケーション」を学ぶ。
特に丹羽さんがよく用いるのは、水と砂を使った瞑想法だという。ペットボトルに砂と水を入れ、キャップを閉めてよく振る。舞い上がった砂がゆっくりと沈殿し、水がクリアになっていくのをこどもたちに見せ、「今はこの砂みたいに、気持ちがザワザワしているよね。でも、ちょっと深呼吸すると、こんなふうに気持ちが落ち着いてくるよね」と言葉をかける。するとこどもたちは、「なんだかリラックスする」とホッとした表情を見せるそうだ。
一対一のいい関係づくりを教えることが平和教育につながる
「地球市民」の授業には、平和教育の要素も盛り込まれている。非武装中立国であるコスタリカではもともと平和教育が盛んであり、丹羽さんも平和教育の第一歩として、「Be Peace」のスキルをこどもたちに伝えている。「Be Peace」とは、他者に自分の意見を主張しつつ相手の気持ちと折り合いをつけるための手法。「観察→感情の表現→ニーズ→要求」と順を追って対話することで、問題を平和に解決することができるのだという。この手法を使った具体例として、丹羽さんがお子さんと交わした会話を紹介しよう。丹羽さんが帰宅したら部屋が散らかっていた、という場面から会話は始まる。
1.観察
丹羽さん:「床に本が10冊と丸めた靴下が1足置いてあるわね」(「あなたはいつも散らかしてばかり」などと言わず、事実だけを伝えるのがポイント)
お子さん:「そうだね」
2.感情の表現
丹羽さん:「ママは悲しいな」
お子さん:「私だって悲しい」
3.ニーズ
丹羽さん:「自分で片付けられるようになってほしいのに」
お子さん:「きれいな部屋で暮らしたいけど、片付け方がわからないんだよね」
(1と2で相手を攻撃するモードに入らず、自分の感情をほぐしていくと、3で思いがけないニーズが出てくることも)
4.要求
丹羽さん:「片づけ方を教えようか?」
娘さん:「教えてね」(命令ではなく、相手に望むことを伝え合ったり、相手の要求を聞いたりする)
どちらの要求も満たした、平和的な解決法といえるのではないだろうか。丹羽さんが授業で数回に分けてこの手法を紹介したところ、回を追うごとにこどもたちの話し方が変わってきたという。
「自分を見つめ直してリセットできるようになったのがよくわかります。こうした話し方を習慣化すれば人間関係が変わり、ひいては平和につながると私は信じています。10年後、20年後に彼らが周りの人とどんな人間関係を築いていくか、とても楽しみですね」
マインドフルネス教育も「Be Peace」も、自分を見つめるという意味ではつながっている。
「こどもは自分を形成していく過程で、他人に対して劣等感を感じたり、迷ってモヤモヤを感じたりするもの。まして今は、全てのことにスピードが求められ、自分を見つめ直す余裕をなくしがちです。そんな時に、周りの大人が『あなたはそのままでいいんだよ、心の声に耳を澄ませば素敵な世界が広がっているよ』と伝えてあげることで、こどもは落ち着きや伸びやかさを取り戻すのではないでしょうか」

丹羽 順子

環境・平和活動家。イギリス・ミドルセックス大学院で「持続可能な発展とリーダーシップ」を専攻。帰国後は、J-WAVEの番組ナビゲーターやエコイベントの司会、講演会講師などを務め、環境に配慮したライフスタイルを提案する活動を展開する。古着の交換会「xChange(エクスチェンジ)」に携わるなど、新しい社会のデザインにも取り組む。その後、タイでの生活を経て中米のコスタリカ共和国へ。2014年に現地のインターナショナルスクールで「地球市民」の授業をスタートし、大きな反響を呼んでいる。著書に『「小さいことは美しい」シンプルな暮らし実践法』(扶桑社)がある。9歳の女の子の母。

文/横堀夏代 撮影/ヤマグチイッキ