ライフのコツ

2014.11.14

これからの時代を生きる力を育む教室

大人の“普通”に縛られず本物の“個性”を伸ばす

「学校の勉強についていけない」「先生の話が聞けない」「場所を問わず、かんしゃくを起こしてしまう」……。“普通”にみんなが出来ていることが自分のこどもは出来ない!そうなると、不安になり、なんとか出来るようにしたい、しなければ……と考える保護者は多いはず。「でも、大人が思う“普通”ってなんでしょう?」「“普通”を求めすぎて、こどもを苦しめていませんか?」とやさしく問いかけるのは、発達が気になるこどもたちの塾『Leaf』を運営している株式会社LITALICOの執行役員・玉谷祥子さん。“普通”に縛られず、今後、求められる豊かな“個性”を活かして、生きる力を育む方法を伺ってみた。

自己肯定感を育む新しい教育の場を
「これからは、多様化するニーズに応えられる人が活躍する時代。人とは違った個性を大切にする教育が、今こそ必要なんです」。そう力強く語ってくれたのは、発達が気になるこどもたちの塾『Leaf』や、ものづくりに特化した教育を行う『Qremo』など、ほかにはない教育事業を展開する株式会社LITALICOの玉谷祥子さんだ。
『Leaf』をはじめたきっかけは、障害のある大人の就労支援『ウイングル』での気づきだった。「精神障害を抱えている方の社会復帰をサポートしているなかで、心の問題を抱えている方々の多くは"幼い頃のつまづき感"を持っていることに気づきました」。
学校になじめない、保護者からの愛情を感じられなかった......。こども時代の"つまづき感"が、社会に出てから心の問題となって出てくる。多くの大人たちが自己肯定感を抱けないまま社会で働き、社会になじめずに心を病んでいく現実。そうなる前になんとかしたい。そんな思いで産声をあげたのが『Leaf』だ。
「『Leaf』は自分らしく生きる力を身につける場所です。学校ではみんなと同じことを、同じように出来ることが良いとされますが、『Leaf』は、その子がその子らしく社会と接する方法を身につける場所。こども自身が自分を知り、社会を知り、社会との接し方を学んでいけるよう、個々に対応した独自のプログラムをつくっています」
現在、『Leaf』は全国に36カ所。
身体を動かすことが苦手な子も、ボルダリングの壁などをつくっておくことで、自然と遊び出す。
生きる力をこどもと共に考え、育む姿勢が大切
これからは個性が大切とわかっていても、やっぱり「まわりと同じようにしてほしい」「学校についていけるように」と思うのも親心。そんなとき、玉谷さんが保護者にお話するのが "生きる力"を育む教育へ、思考をシフトしてもらうことだという。
「たとえば、計算が苦手な6年生のお子さんがいるとして、その親御さんが『分数をできるようにしたい』と話された場合、そのときすぐに『では分数を教えましょう』と答えるのではなく、まずその子が今と将来どう自信を持って自分らしく生きていくかを出発点にしてお話するようにしています。
その子らしく生きるためにはどんな計算の力が必要で、人との関わり方が必要で、生活スタイルはどうしていくと良いだろう?しっかりと話し合ったうえで、分数の習得が『今』必要となれば、その子にあった習得方法を見つけ、指導していきます」。
1990円の物を買って、ぴったりの額を出せなくても生きていける。1990円より大きなお金を出せる、お金の大小を知っていればいい。お金の大小の理解が難しければ、相手にお財布を渡して"お願いする"ことも可能だ。その場合は「相手に出来ないことを伝える、コミュニケーションが取れれば、その子らしい生き方がじゅうぶんにできるのであれば、それを目標にしていいと思うんです」と、玉谷さんは話す。
さらに、生きていくために必要なことを保護者だけが決めるのではなく、こどもと一緒に考えて決めていくことが大切とも。こども自身が、今の自分は何が出来て、今後何ができるようになれば自分が困らないのかを主体的に考え、行動していけるようにしていくのが『Leaf』流の教育なのだ。

「保護者の方々も悩んでいますし、困っているのは事実です。ただ、保護者が困っていることの多くは、こども自身は困っていないことも多いんです。そこに気がついてもらえると、少し大きな視点で、生きて行くために必要な教育を考えていけると思います」。
たしかに、漢字の書き順のテストで0点を取ってくることは保護者にとっては心配事。でも実際、生きていくのに「漢字の書き順」がどれほど重要だろうか。大人になったら忘れてしまうことがほとんどで、覚えている方が少ないということに気づくだけでも気持ちが楽になり、おおらかな気持ちで見守ることができる。
「その子にとって、その子が幸せになるために必要なことは何でしょうか?実は違うアプローチで学んだら、理解できる子もたくさんいます」。
その子に合った学習法は必ずある
「たとえば、目からの情報の方が理解しやすい子、耳からの情報の方が理解しやすい子といったふうに、大人(先生)が伝え方を変えていくと、理解して、勉強が出来るようになるお子さんもたくさんいらっしゃいます」。
「静かにして」と言葉で伝えるだけでは理解が難しい子に、声の大きさを5段階で示した紙を見せて「2ぐらいの声でお話しましょうね」というと、声を小さく出来る。また、運動が苦手な子も、元オリンピック選手を招いた運動会を開いて、有名な人との特別な体験をすることで、体を動かすことが好きになる。書道が嫌いな子も、お手本なしで、好きなことを書かせることで、書道の時間が大好きになる。そういったことが頻繁に起こるという。
「学校で苦手なこと、先生に注意されていること、悪い点数を取ってくることに、親であれば心配するのは当然ですね。でも、実は学び方を変えるだけで、出来るようになっていくこどもは多いんです。実は大人側の接し方の問題が大きい」。
教室の外には、保護者がこどもの様子がわかるようにモニターがある。
声の大きさを段階に分けたシートを使うことで、視覚優位の子に音の大きさを伝える。
また、学校で出来ないことに、保護者が落ち込みすぎないことも大切ともいう。こどもにとって、どの方法なら学べるのか?を一緒に探し出して、学校の先生とは違う関わり方をしてあげると、こどもは安心して、次第に能力を発揮していく。たしかに、大人だって同じ。みんなと同じ方法で仕事が早く出来るようになる人もいれば、いくつもの方法を試しながら、自己流の仕事術を身につけていく人もいる。自己流を見つけられる人の方が、起業したり、イノベーションを起こすことに向いているという話も聞きます。
「まずは、お子さんがどの方法で学ぶことに適しているのかを一緒に探してあげることです。歌うのがいいとか、踊るのがいいとか、絵で見せる方がいいとか......。いろんな手法があると思います。次に焦らずに目標設定して、小さく積み重ねていくことです。その中で、自分は社会とどう関わっていくのがよいのかを、こども自身が見つけ出していけるサポートをしています」
自分の特性を知り、社会を教えていくことで、自分と社会との距離感を身につけていく。これは、発達の心配の有無に関わらず、こどもたちの能力を最大限に引き出し、大人になってからも困らない技術のひとつ。
「たとえば、『電車』が好きで、『電車』の話しかしない子がいたとします。その子の"好き"はそれでいい。でも、その話に興味がない人もいることを教えると、いくつかの選択肢ができます。『電車』に興味がない人にも『電車』の話だけをする、『電車』に興味がないひとにはそもそも話しかけない、もしくは『電車』以外の世間話をできるようにするなどですね。それから、その子自身がどうしたい?を考えてもらうんです。大人が「世間話もするべき」と決めるのではなく、自分で考えて行動していくと、自分がどうすれば社会と関わっていけるのかを、こどもはきちんと身につけていきます」
ひとりで落ち着くためのスペースもある。
『Leaf』での先生とこどもの様子。2人ともとてもいい笑顔!
"好き"がその子の能力を全体的に引き上げてくれる
その子に合った学習法が見つかったら、すぐに学校の勉強についていけるとか、普通になるとか、やはり"普通"にこだわってしまいがち。でも、そこで大事なのが、苦手なことばかりを焦って学ばせないことだ。「苦手なことは、ほかの子と比べれば時間はかかります。でも、一歩一歩、積み重ねることが大切で、必ず出来るようになっていきます。さらに大切なのが、得意なこと、好きなことを引き出してあげることです」
たとえば電車が好き、音楽が好き、お絵描きが好き。そういった好きなことに紐づいて、算数や国語、英語を習得していく子も多いという。「電車が好きで、駅名だったら、どんどん漢字を覚えられるお子さんもいます。友だちをつくることに興味がなかった子が、実はものづくりが好きで、プログラムミングした作品が完成したとたんに、みんなに声をかけてまわって、自分の作品を見せている......なんてことも起こるんです」。
出来ないところを頑張らせることに必死で「好きなこと=遊び」と、保護者は捉えてしまいがち。でも、その遊びから、ほとんどのことが学べるし、苦手だったことを克服するチャンスも、"好き"にあるという。そして、現在は、ITとものづくりをメインに"好き"を引き出し、伸ばす教育を『Qremo』でスタートしている。
「"好き"は、もの凄い力を持っています。好きという気持ちが、いろんなことを簡単に乗り越えていくんです。生きて行くことに必要な能力で凹んでいる部分は、少しずつ底上げして、困らないようにしていく。同時に"好きなこと"から学習能力を引き出すことには、凹んだ部分も一緒に底上げできるチャンスが眠っていると思います」。
 学校教育や普通という言葉にこだわると、見えてこない"個性"。個性があるといっても、不安になる"親心"。これは当然だし、自分と比べて心配になる保護者も多いだろう。ただ、今後は時代が急速に変わっていく中で、自分たち親世代の"普通"は、こどもたちが生きていく糧になるのだろうか。「多くの保護者の方のたちが、同じような不安や迷いを感じていらっしゃいます。今後は、保護者に向けても一緒に思考を変えていけるような情報発信や、コミュニケーションの場をつくっていくような、何かが出来たら......と模索中です」
「画一化された教育だけでなく、個性を伸ばす教育を広めていきたい」と、現在は保護者向けの新しいサービスを考案中という玉谷祥子さん。

玉谷 祥子

上智大学在学中よりインターン生として『Leaf』事業部の立ち上げに携わる。2012年4月に新卒として入社し、「ふぁみえーる」の企画立ち上げや『Leaf』お茶の水教室の新規立ち上げを担当。2014年10月、執行役員に就任。現在は新規事業開発を担当。

株式会社LITALICOホームページはこちら
学習支援サービス『Leaf』ホームページはこちら
IT×ものづくり教室『Qremo』ホームページはこちら

文/坂本真理 撮影/ヤマグチイッキ