ライフのコツ

2014.11.05

アーティストがこどもと育てた知育玩具②

世界の学び/イタリアの創造性を発揮する玩具

世界の教育情報第8回目は、前回に引き続きイタリアからのレポートです。アーティストが企画書を提出し、学校ごとに導入されるワークショップについて前回ご紹介しましたが、今回はその中で、レポーターの関はるかさんが住む地域の小・中・高及び幼稚園合わせて約50校で採用されているワークショップで使われているおもちゃ「カルトーニ・アニマーリ」についてご紹介します。「カルトーニ・アニマーリ」は、大きさの違う丸と葉型の14色のパーツで構成された、カラフルな紙製の知育玩具です。

幅広い年齢層で使われる玩具って?
3~4歳のこどもたちにとっては、小さい紙のパーツをつまんでならべる作業そのものが新鮮で、指先をうまく使う訓練にもなります。
パーツは折り紙のように折ることもできるので、小学生になると箱などの立体作品などをつくることができます。
高校生になるとグループごとにテーマを決めて絵柄をデザインするなど、計画性とチームワーク力が要求されるようなプロジェクトへと発展していきます。
こういった単純な玩具が幅広い年齢層で支持されるのは、その年齢にあった遊びや創作ができるからだと思います。
大人も、こどもたちと一緒にパーツという「同じ言語」を使って遊ぶことで、物の形や成り立ちを見直したり単純化したりしながら、発想と表現のやりとりを楽しむことができます。私自身もこのおもちゃを使って幼稚園児のこどもとあそびながら、こどもの発想の豊かさに改めて気づかされ、アートというものが、本来大人がこどもに教えるものではなく、逆にこどもから教わることがたくさんあることを知るきっかけになりました。
写真右に見える"箱"は"カルトーニ・アニマーリ"を使った小学生の作品。
"カルトーニ・アニマーリ"を使ってテーマ性のあるデザインをする高校生。
"カルトーニ・アニマーリ"を考案した背景について、玩具開発者のファブリツィオ氏はこのように語ります。
「ワークショップでの活動を始めたばかりの頃、幼稚園の園児たちと一緒に、粘土で小さな球をつくるワークショップをしました。はしゃいで集中できず、なかなか球を作れない子には『目を閉じて、ゆっくり、そーっと両手を動かしてみてごらん』と話しかけながら。球をつくろうとしてもどうしても細長くなってしまう子、きれいな球形を難なくつくれる子など、『粘土で球をつくる』というごく単純な作業を通じて、こどもたちの個性をはっきりと見て取ることができました。"球"の次には両手の平をテーブルの上で前後に動かしながら"ヘビ"をつくってもらい、最終的には球とヘビを使って好きな動物などをつくってもらったのですが、想像力に富んだおもしろい作品がたくさん出来上がり、こどもが生まれながらに持っている(そして残念ながら成長と共に失われてゆく)純粋無垢な芸術性に心を揺さぶられる思いでした。
それが丸と葉型という二つの形を使った知育玩具の開発を考え始めるきっかけとなり、その後はこどもたちとのワークショップで実際にあそびながら試行錯誤を重ね、いわばこどもたちとのコラボレーションによって、"カルトーニ・アニマーリ"という知育玩具が完成しました」。
目を瞑って一心に粘土を丸める園児たち。
ワークショップでは、幼稚園児がアニメーション制作まで行う?!
スタートは、カルトーニ・アニマーリでカエルをつくったこどもたちが、「クラックラッ」と声を出して、カルトーニ・アニマーリのカエルを手で動かしたり、自分たちもピョンピョン跳ねたりしながらあそんだことでした。
「カエルがクラッて鳴くとき、カエルの口はどれくらい大きくなるんだろう?」という疑問が誰からともなく出てきました。その質問をきっかけに「じゃあ、クラッて鳴くときのカエルの口をつくってみよう」とあそびは発展。
以前に制作されたアニメーションを見たこどもたちが「じゃあ、このカエルもあんなふうに動く写真にできるよね?」・・・と気づき「カエルがクラックラッと鳴いているアニメをつくりたい」などとアイデアを出し、それを表現するためにはどうすればいいかをみんなで考えました。そして、口の形を少しずつ変えて写真を撮る...を繰り返し、アニメーションをつくりました。驚いたことに、園児たちはカメラのシャッターをリモコン操作するなどのアニメーション制作の手順をあっという間に習得。これはファブリツィオ氏も予想していなかったことでした。
こどもたち自らアニメーション制作に取り組む。
単純な形だからこそ
この玩具の形は2種類のみ。丸と葉型とどちらも曲線です。
ファブリツィオ氏にインタビューしたところ次のように話してくれました。
「大きさの異なる丸と葉型がそれぞれありますが、その大きさ比率は、すべて1:1.6の黄金比になっているんですよ。さらに丸と葉型の大きさの違いは対数螺旋を元に計算されているため、パーツを組み合わせて並べたときの視覚的なバランスがよく、幼児期から造形的なバランス感覚を育てるうえでとても有効だと思います」。また、色についても「どんな組合わせでも不快感のない、目に優しい色調を選び、紙の厚さもこどもたちの作業の様子を観察しながら決めました」
クリエイティブな感覚を養うと共に、出来上がる作品に調和を生みやすくしていることがとてもイタリアらしい配慮だと思いました。
"カルトーニ・アニマーリ"の形について、ファブリツィオ氏はあらゆる造形活動に必要な集中力やバランス感覚を養えるといいます。
「"カルトーニ・アニマーリ"には陰陽の理論が大きく関わっています。丸は陰を、葉型は陽を表し、その二つの形を使って自由に表現することを繰り返しながら、こどもたちの内面的な陰陽バランスも整えることが出来るのではと思っています。
ワークショップでこどもたちがどんな色のどの形のパーツを使って何を表現するかを、このような視点で見るのはとても興味深いものでした。当然こどもたち一人ひとりにも陰陽の個性がありますが、そのバランスを整えることは、あらゆる造形活動に必要な集中力、彫刻や粘土などにおける力加減、構図や色彩におけるバランス感覚などを養う手助けになるのではないかと思います」。
色・形すべてがこどもたちの創作活動へのこだわりでできた"カルトーニ・アニマーリ"
楽しむこと、それ以上に物事を上達させる方法はない
この知育玩具の製作過程でファブリツィオ氏の心の中にあったのは、こどもたちが楽しめるおもちゃをつくりたいという思いだけでした。
「『楽しむこと、それ以上に物事を上達させる方法はない』という言葉がありますが、"カルトーニ・アニマーリ"を使ったワークショップでは、幼稚園児から高校生まで、さらには教師や親たちが、まさに夢中になって楽しむ様子を目にすることができました。3~4歳の園児たちがアニメーション制作の手順をあっという間に習得したのも、その作業自体がきっと楽しかったからでしょう。絵を描くことにはちょっと苦手意識のある人も、パーツを選んで並べるだけの作業は難なくこなせるし、真っ白な紙の上にカラフルな色合いの丸と葉型を並べる作業は無条件に心地良く、動物などの形にすることにこだわらなくても、たとえば丸いパーツで水玉模様をつくるだけでも十分楽しむことができます」。
最後に、ファブリツィオ氏はこどもたちの成長への思いを語ってくれました。
「こどもたちには、"カルトーニ・アニマーリ"で自由に表現することの心地よさを感じながら、クラスメートや先生、そして家族とのコミュニケーションを楽しんでもらえたらと思います。楽しみながら、自分を表現する方法が無限にあることを知って欲しいし、それが心の成長へとつながっていくことを願っています」。
現在日本では"カルトーニ・アニマーリ"を販売していませんが、ファブリツィオ氏の問いかける「表現することの心地よさを感じながら、コミュニケーションを楽しんでもらう」ことは、他のツールでも実現できそうな気がします。
決して豊かとはいえない教育事情のイタリアですが、形にとらわれず、自由な発想で何かを創り出す力、自分の好きなことは自力で学んでいくというスタイルが、この国にはたしかに存在している気がします。そしてそれこそが、偉大なる芸術の国を作り上げたイタリアの底力なのかもしれません。
カルトーニ・アニマーリ公式サイトはこちら
カルトーニ・アニマーリに関するお問い合わせはこちらのアドレスまでお願いいたします。→icartonianimali@yahoo.co.jp
こどもたちの成長への思いを様々なかたちにしていくファブリツィオ氏。考案したボール紙製の機織りも人気だという。

関 はるか

桑沢デザイン研究所卒業後、設計事務所勤務。92年にイタリアのミラノへ移住後はインテリアデザイナーとして、和食レストランなどの店舗デザインの仕事に携わる。その後、陶芸による創作活動を始め、2007年以降はアブルッツォ州で楽焼のアクセサリーや自然灰釉を使った器などの作品を制作。現在は自宅兼アトリエでこどものための陶芸教室などの活動を行っている。