ライフのコツ

2014.10.30

アーティストがこどもと育てた知育玩具①

世界の学び/イタリアのアート教育事情

世界の教育情報第7回目は、イタリアから関はるかさんのレポートです。イタリア在住22年。ブーツ型をしたイタリアのアドリア海側、ふくらはぎの下あたりに位置する港町ペスカーラでイタリア人のパートナーと、4歳の男の子を育てている関さんにイタリアの教育事情について赤裸々に語ってもらいました。

イタリアのアート教育事情?!
パスクワ(復活祭、今年は4月20日でした)の連休に入る数日前、4歳半の息子が幼稚園でつくったペーパーナプキン製のヒヨコを持ち帰って来ました。イタリアではこの時期になると、町中のお店のウィンドウに復活祭にちなんだウサギやヒヨコ&タマゴのモチーフが並びます。
「ヒヨコかわいいね~。誰がつくったの?」と聞くと「ビアンカ先生!」、そして「お皿は、ボクが緑の絵の具で塗ったの」だそうです。ヒヨコが入ったプレートの裏には息子の名前が先生の字で記されていますが、それはやはりどこから見ても彼の作品とはいえません。
イタリアでは色鉛筆やクレヨン、ハサミなどは園のものをみんなで使うのが一般的で、予算の限られた公立の幼稚園でこどもたちが質の良い画用紙や水彩絵の具などを使う機会に恵まれることはまずありません。私立幼稚園はありますが、全体の10%以下で、教育内容に差はないといわれています。限られた数の共有の画材を使って園児たちが一斉に作業をするとなると、道具の争奪戦が繰り広げられることも想像に難くなく、先生たちはそういうストレスを減らすためにも、"パスクワのヒヨコ"などの持ち帰り用の工作は"先生主導"で行っているのでしょう。
息子が幼稚園から持ち帰ってきた"パスクワ(復活祭)のヒヨコ"と、小麦粉に塩と水を混ぜた生地でつくった母の日のプレート
「手づくりの日」にフェルトで初めてのお裁縫
イタリアの他の町に住む友人たちに話を聞いてみても、公立幼稚園ではおおむねどこでもこのような現状のようです。また小学校では、イタリア全土において美術の時間は週1~2時間(学校によって違う)。日本のように全国のこどもたちが共通の教科書に沿って学ぶシステムではないので、美術の時間にどんな活動をするかは地域によって変わり、おもに先生たちの判断によって決定されます。したがってアートにあまり関心のない学校および先生にあたってしまった不運なこどもは、小学校卒業まで一度も絵筆を持ったことがない、なんてことも有り得るのです。芸術の国とも呼ばれるイタリアなのにです。私の周りでは、こんな状況を嘆く私のような母親たちが集まって、お菓子づくりやお裁縫、おりがみ、水彩画など、こどもが自分の手で作業をするための"手づくりの日"を週一回ペースで企画するようになりました。週替わりで各家庭に集まり、季節行事にあったハンドワークを楽しんでいます。
イタリアでは2008年からの教育改革で全国の教員数が大きく削られ、以前はどの小学校でも1クラスにつき担任2人だったのが、今ではほとんど担任1人制になりました。地方では非常勤教師たちへの給与の遅れや、予算不足で必要な教材やコピー機などさえ買えない学校もあり、困難を極めている国勢同様、教育の場でもこどもをとりまく環境は決して豊かとはいえない状況です。
地域による差がとても大きいイタリアでは、北と南ではまるで国が違うほどのメンタリティや習慣の違いがあります。それは学校や幼稚園のカリキュラムなどに関しても同じで、こども主体の造形活動には消極的な幼稚園もあれば、地域によっては驚くほど充実した美術教育を実践しているところもあります。
ミラノのブルーノ・ムナーリによるワークショップや、レッジョ・エミリアでのレッジョアプローチなどはあまりにも有名ですが、その他の地方都市でも、たとえばある小学校では「今年はアートと音楽に力を入れよう!」という校長先生の意向で、小学生たちが数ヶ月間もの準備期間を経て自分たちの手による「ピノキオ」のミュージカルを実現したりと、日本ではあまり聞いたことがないような、大掛かりで本格的なプロジェクトが行われることもあります。そしてそのような、少数だけどクオリティの高い「個」の力が、イタリアという国を支えているのではないかと思います。
モンテッソーリやシュタイナー学園、その他の私立校へこどもを通わせられるだけの経済力のある家庭は別として、大多数のイタリア人の親たちは、学校に多くを期待せず、出来る範囲でこどもを音楽やスポーツ、そしてアートや料理教室など様々な習い事に通わせています。ワークショップや教室は、地域の非営利団体や図書館、美術館、また書店やおもちゃ店などが企画することもあり、その内容も様々です。
学校で行われるアーティスト企画のワークショップ
イタリアでは、学外で行われるワークショップだけでなく、アーティストが行政に企画書を提出し、学校ごとに導入されるワークショップもあります。その中の一つであるファブリツィオ・ディ・ジャコモのワークショップは、2000年の導入以降様々な学校で評判になり、地元アブルッツォ州ペスカーラ市内のおよそ50校にも及ぶ小・中・高校および幼稚園で継続的に行われています。
幼稚園と小学校では、粘土、クレヨンなどを使った描写、ボール紙製の織り機を使ったテキスタイルなどこどもたちの想像力を刺激する内容が盛りだくさん。中でも独自で考案した知育玩具"カルトーニ・アニマーリ"での表現やアニメーション制作は、教師や親たちからも大きな反響がありました。
"カルトーニ・アニマーリ"は、とてもカラフルな色調の、大きさの違う丸と葉型のパーツで構成されており、テーブルや画用紙の上にパーツを並べて、動物などの形を自由につくってあそびます。使用されている14色のカラー構成は鮮やかでありながら目に優しく、白い紙の上に無造作にパーツを広げただけで、なんだか楽しい気分になってきます。
"カルトーニ・アニマーリ"は、年齢を問わず様々な楽しみ方ができます。次回はそのカルトーニ・アニマーリを使った活動について詳しくお伝えします。
"カルトーニ・アニマーリ"を使ってあそぶこどもと母親たち

関 はるか

桑沢デザイン研究所卒業後、設計事務所勤務。92年にイタリアのミラノへ移住後はインテリアデザイナーとして、和食レストランなどの店舗デザインに携わる。その後、陶芸による創作活動を始め、2007年以降はアブルッツォで楽焼のアクセサリーや自然灰釉を使った器などを制作。現在は自宅兼アトリエでこどものための陶芸教室などを行っている。