組織の力
"「しあわせ」をつくる人"を育む新渡戸文化学園〈前編〉
信頼をベースに、児童・生徒に伴走する
子ども園から短大までを設置し、“Happiness Creator”を学園共通の願いとして多彩な教育活動を展開する学校法人・新渡戸文化学園(東京都中野区)。同学園では、児童・生徒の自律した学びを引き出すためにユニークな授業カリキュラムやプロジェクトを実施。生き生きと活躍する子どもたちの姿が全国的に注目を集めている。理事長の平岩国泰氏に、学園が目指す教育のあり方についてお話を伺った。
未来の社会人像と初代校長の思いを Happiness Creatorという言葉に凝縮
――新渡戸文化学園様では"Happiness Creator"という願いを掲げていらっしゃいますが、どのような意図でこの言葉を選ばれたのですか?
平岩:意図としては2つあります。1つは学園の初代校長である新渡戸稲造先生が生前に残した「世に生まれ出でたる大きな目的は、人のために尽くすことにある。自分が生まれた時より死に去るまで、周囲の人が少しでもよくなれば、それで生まれた甲斐ありというもの」という言葉で、「人生の大きな目的は他者の幸福に貢献すること」といったメッセージが込められています。 もう1つは、未来からバックキャストして「未来社会からはどんな人が要請されているのか」と考えたときに、自然と「誰かを幸せにする人になって欲しい、そのことで自分自身も幸せになってほしい」という思いが浮かびました。初代校長の意志と未来に求められる社会人像、どちらから考えても「大切な誰かを幸せにする人」という答えにつながったのです。 そこで新渡戸では、子ども園から短大まで、「"Happiness Creator"が育つという願いに基づいて、すべての授業や課外活動をデザインしています。
――"Happiness Creator"が育つために、意識していらっしゃることはなんですか?
平岩:学校が自分らしくいられる居場所であることが出発点ではないかと思います。ですので、子どもたちが楽しさや心地よさを感じながら、主体性を持って学べる環境づくりを目指しています。
教科を超えた探究的な学びで 「好き」を起点にした未来を描く
――児童・生徒が主体的に学べる環境とは、具体的にはどのようなものですか?
平岩:中高のカリキュラムで特徴的なのは、毎週水曜日に「クロスカリキュラム」を設けていることです。一般的に言われる「探究学習」に近い内容の授業で、生徒は自らテーマを選び、自分なりの方法で深めていきます。丸1日を充てているので、調べ物にまとまった時間をかけたり、校外へ調査やヒアリングに出かけたりすることも可能です。学習は自分ひとりで行ってもよいし、同級生や先輩・後輩と一緒に取り組むこともできます。 また、普段の授業以外に自ら選んだ旅先で、「スタディツアー」という旅も本校の特徴的な学び方ではないでしょうか。中学は全国4カ所、高校はコースごとに異なりますが探究進学コースでは20カ所以上 の行き先の中から行きたい場所を選んで出かけ、現地の方々にお話をうかがったり、就業体験をさせていただいたりしながら学ぶ旅です。また長期休暇を利用した海外を含めたスタディツアーもあります。
――スタディツアーは、修学旅行とは違うのでしょうか?
平岩:修学旅行は、学年全員が同じ観光地などに出かけるケースが多いのではないかと思います。しかしスタディツアーでは、自分の興味に基づいて行き先を選ぶことができます。どの行き先にも過疎化による産業の衰退など何らかのテーマがあるため、生徒は現地で活動しながら「自分の"好き"を原動力にして、困っている人の役に立てるかもしれない」という前向きな意識を持つことができるのです。まさに"Happiness Creator"の原点と言えると思います。
スタディツアーをきっかけに自分ならではの探究テーマを見つけ、クロスカリキュラムで深めていく生徒が非常に多いですね。
中高のスタディツアーでは、生徒は日本全国へ出かけ、現地の方々と交流しながら多様な経験をする
探究的な学びが他教科や 高校卒業後の進路に活きるケースは多い
――自分の見つけた探究テーマを、高校卒業後も追求する生徒も多いのですか?
平岩:たくさんいます。本校では、生徒の多くは総合型選抜(※1)を経て大学に入学するため、自分の探究テーマについてプレゼンテーションを行って志望大合格を果たし、大学でさらに学びを深めていく人が目立ちます。 本校では、高校を卒業する18歳という年齢をとても重要な時期だと考えています。生徒が進学や留学、就職などそれぞれの進路へ向けて主体的に歩み出せるよう、クロスカリキュラムやスタディツアーなどでさまざまな刺激を得て、自分の未来につながるきっかけを得てくれればと願っています。 ※1:いわゆる「推薦入試」の一種で、大学が求める学生像に合う人物を選抜するための入試方式。「その大学・学部で学びたい」という強い意欲や、入学後に学びたい内容などが重視される。選抜方法は大学・学部によって異なり、書類選考や面接、プレゼンテーション、小論文などさまざまな方法で、多面的な評価で合否が決まる。
――生徒がクロスカリキュラムに集中しすぎて、それ以外の教科がおろそかになることはないですか?
平岩:むしろクロスカリキュラムに力を入れることで、他教科の学びも引き上げられる可能性が高いと感じています。中高では、各学期の最初に「エンゲージ週間」という期間が1週間設けられており、全教科の教師が「その学期にどんな内容を学ぶか」という全体像を説明します。生徒はその説明をもとに、「自分が気になっている探究テーマとどんな関連があるか」「その学期を通じて、自分はどんな力を身につけたいか」を頭の中でイメージするのです。いわば、それぞれの教科と自分の興味を結びつけ、学びにエンゲージするわけですね。
小学校から授業や放課後を 通じて主体的な学びを促す
――小学生に向けては、どんな方法で刺激を送り、主体性育成を目指していらっしゃるのですか?
平岩:小学校では「プロジェクト型の学び」を基調としています。学習のゴールとしてワクワクするアウトプットがあるように設定し、そこに向けて子どもたちが自発的に学んでいけるようなカリキュラムデザインを行っています。 また、小学生にとっても旅は絶好の成長機会だと私たちは考えているので、3年生からスタディツアーを実施しています。行き先は1カ所ですが、現地で自分の興味に合うグループを選んで活動します。例えば6年生は、東日本大震災から復興を遂げてきた岩手県大槌村へ出かけました。2~3日目は「森林保全コース」、「修行体験コース」、「ジビエコース」の3コースに分かれ、現地の方々にお世話になりながら貴重な体験をさせていただいています。
――課外活動に関してはいかがですか?
平岩:本校の小学生は、放課後の「新渡戸文化アフタースクール」で活動しています。毎日全校生徒の約4割が活動に参加します。アフタースクールは学童保育の機能を備える施設ですが、20種類以上のプログラムを用意しており、自由に選択して参加できるのが大きな特徴です。子どもたちはサッカーや空手、チアリーディング、英語、書道、プログラミングなど、異学年の児童と一緒に思い思いの活動を楽しんでいます。もちろんこうした活動に参加せずにのんびり過ごすことも可能で、子どもが自分で過ごし方を決めることが大切だと考えています。
教師は「教育者」というより「伴走者」 子どもに信頼して寄り添う
――御校の先生方は、"Happiness Creator"が育つという観点からどんなふうに児童・生徒と関わっていらっしゃるのですか?
平岩:本校の先生方はいずれも、「教師は上から教える人ではなく子どもの伴走者」「信頼して任せることで、子どもは多くを学んでくれる」という考え方で児童・生徒と向き合ってくれています。「自分が教えなければ」という思い込みが強すぎない分、自分が詳しくない分野があれば、ほかの先生や外部の人に協力を求めるなどフットワークの軽い人も多いですね。 また、学校なのでルールや校則はありますが絶対的なものではなく、子どもたちの希望を聞きながら柔軟に変更しています。一緒にルールを作る取り組みも、常に進行しています。
――ルールや校則づくりにおいて、子どもたちと先生方はどんなふうに協働なさっているのですか?
平岩:小学校では、1つのテーマについて全校で考える「全校ミーティング」という取り組みを定期的に行っています。児童全員と教師、保護者の方々の意見を聞きながら、ベストな落としどころを決めていきます。これまでに「午前中の20分休みを30分に延長したい」「私服で登校したい」などの希望が子どもから出て、話し合いながら実現しています。 中高では、校内でWEBアンケートを実施し多くの要望があったものについて、生徒と教師で議論し、校則を変更するかどうかを一緒に決めていきます。「髪の毛をカラーリングしたい」「スマートフォンを教室に持ち込みたい」などの意見が定期的に上がるため、みんなで検討しています。 子どもたちは、ルールづくりに関わることで「いろいろな人の意見を聞かなければ決められないんだ」「自分の主張をわかりやすく伝えることが大切だな」などさまざまなことを学び、自分の思いを伝える力を伸ばしてくれているようです。こうした繰り返しで「自分が社会や国の主体者なんだ」と感じてくれると嬉しいですね。 後編では、新渡戸文化学園の教育指針を実現するための環境や空間構築について、平岩理事長にさらに詳しくお話を伺っていく。
【関連記事】"「しあわせ」をつくる人"を育む新渡戸文化学園〈後編〉学校法人新渡戸文化学園
1927年に、女子文化高等学院として創立。初代校長は新渡戸稲造氏。その後中野区に移転し、子ども園・幼稚園・小学校・中学校・高校と短大を設置して、学校法人新渡戸文化学園に。『月曜日に行きたくなる学校』を目指して ~生徒と先生のウェルビーイングが両立する未来の学校~が、第2回ウェルビーイングアワードでは、活動・アクション部門ゴールド賞を受賞。小・中・高で実施するスタディツアー「新しい教育のあり方 スタディツアー~地域と生徒の未来創造の旅~」が「2024年度グッドデザイン賞」(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)金賞・経済産業大臣賞をなど受賞歴多数。





