組織の力
顧客・社会・社員をむすぶ新オフィスで、京都から世界へ発信〈後編〉
日経ニューオフィス賞受賞・第一工業製薬(株)
2024年に新築移転した本社オフィスが「第38回日経ニューオフィス賞 近畿ニューオフィス奨励賞」に輝いた、第一工業製薬株式会社。当時のプロジェクトメンバーだった、管理本部 グループ統括部 事業管理部長の松吉健一さん、同本部 戦略統括部 広報IR部 広報グループ長の伊賀裕起さんに、新しいオフィスを案内していただき、そこに込めた思いをお聞きした。
地域・社会とのつながりを育む 「社外交流フロア」
――新本社オフィスの特徴である「社外交流フロア」についてお聞かせください。
松吉:新本社オフィスは、京都駅八条口(南側)を出てすぐの場所に位置する、8階建ての新築ビルです。1〜3階が社外交流フロア、4〜7階が執務フロア、8階が会議室フロアという構成になっています。 顧客や地域、社会との共創をコンセプトとした「社外交流フロア」は、吹き抜けになったオープンな空間です。1階には、巨大サイネージにより約3分間で各階の様子をドローン映像を通じて知ることが出来ます。また、誰でも使える「みんなのトイレ」を設置。男性トイレにもおむつ交換台やベビーチェアを設置するなど、多様性に配慮した仕様となっています。
社外交流フロア1階のトイレ。多様性に配慮した「みんなのトイレ」やおむつ交換台や乳幼児と一緒に入れる個室のある男性トイレを設置している執務エリアにはフリーアドレスを導入。 経営陣の席もフラットに
――4〜7階の「執務エリア」についてはどのような部分を工夫されましたか?
松吉:移転を機にフリーアドレスを導入し、キャビネット類も大幅に削減しました。それに伴い、社員には一人一台の個人ロッカーを配備。個人ロッカーは5階フロアに集約しており、社員は出社すると5階に寄ってから各フロアに移動する、という動線になっています。
社員が集まる5階にはキッチンカウンターを設けて、気軽に会話や飲食ができるようにしています。注文式のお弁当もここで受け取るので、お昼時は特に賑わいますね。キッチンの側にはコミュニケーションボードを置いて、その日の連絡事項やイベントを告知しています。
5階のキッチンカウンター。飲食ができるほか、ここで仕事もできる
キッチンカウンターの奥に飾られた暖簾。社員が会社の歴史を思い返すきっかけになるよう、創業当時の四神をモチーフにした商品ロゴを使用している
伊賀:執務エリアには、コミュニケーションエリア、ミーティングエリア、ファミレス席、ソロワーク席、クッション席、ライブラリーコーナーなどバラエティ豊かな空間を展開しています。7階にある経営陣のデスクもオープンにし、社員が気軽に話しかけられるようフラットな仕様になっています。
6階の執務スペース。新たにフリーアドレスを採用。社員は目的や気分に応じて思い思いの場所で仕事ができる
室内にはグリーンを取り入れ、明るくオープンな雰囲気の執務エリア(6階)。家具も明るく温かみのある色合いのものを選定
伊賀:生産性の向上、社員同士の交流やコミュニケーションの活性化に向け、集中して仕事がしたいときやチームでコミュニケーションをとりながら仕事がしたいときなど、目的やシーンに応じて働く場所が選べるオフィスを意識しました。実質、グループアドレスのような部署もありますが、フリーアドレスについては概ね好評です。
社員同士の交流イベントも定期的に開催しています。特に営業部門のメンバーと交流する機会が増えたことを実感しています。以前はお互いの状況が分からず、すれ違いが生じることもありましたが、営業部門と管理部門の理解や連携が進み、業務が円滑に進むようになりました。また、京都駅から徒歩圏という立地の良さが、各事業所をつなぐハブとしての役割を果たし始めています。情報や人材の行き来がこれまで以上にスムーズになり、全社的な協働を加速させるための土台が着実に整いつつあります。
最も大きな変化としては、顧客や取引先、メディアなど社外の皆様のご来場が各段に増加したことです。加えて、会社の認知度も向上していると感じています。
5階にはクッションのあるエリアを設置(写真奥)。壁面はホワイトボードになっており、アイデア出しなどにも有効
中階段の近くには、偶発的なコミュニケーションを誘発するベンチシート席を設置(5階)
伊賀:さらに、8階の会議室エリアには、和テイストの来客室を配備。受付カウンターや来客室への細道も、京都らしさやおもてなしの心を感じさせる仕様となっています。
会社の歩み、健康経営...「第一工業製薬らしさ」が 感じられるオフィスに
――テーマの一つにあった「第一工業製薬らしさの醸成」については、どのような取り組みをされたのでしょうか?
松吉:会社の成り立ちや歴史を社員により深く知ってほしいと、創業時の会社ロゴや当時発売していた商品のロゴをデザインしたオリジナルの暖簾を作成し、5階のフロアに掲げています。また、社章のもとになった北の聖獣「玄武(げんぶ)」に由来する六角形は、エントランスの柱にも採用しています。
さらに、7階のフロアの一角には、壁面にレンガ柱を設置。これには「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)※」の特別な思いが込められているのです。というのは、業績悪化のため2000年に京都工場を閉鎖した際に、工場の象徴である煙突のレンガを当時の経営者が一つ持ち帰って復活を誓い、保管していたという逸話があります。その時の悔しさを忘れず、さらなる企業成長をめざすという思いを社員と共有するべく、レンガ柱を作りました。
※臥薪嘗胆は、中国の春秋時代、呉王の夫差が堅い薪に臥し(臥薪)、その痛みに耐えることで復讐心を燃やし、越王の勾践は苦い動物の胆を嘗め(嘗胆)、復讐と国の再興を誓ったという、それぞれの復讐のために耐え忍んだ故事に由来。現代では、大きな目標や夢を達成するために、挫折や困難を乗り越えるための忍耐強い努力を指して使われる。
7階の一角にある壁面レンガ柱。「臥薪嘗胆」の熱い思いが込められている
――御社では以前から「健康経営」に取り組んでこられたと聞いています。具体的なお取り組みについてお聞かせください。
伊賀:当社では、社員の仕事のパフォーマンスや幸福度を高めるには心身の健康が不可欠だということで、社員ファーストをモットーにした健康経営に取り組んでいます。毎朝9時にはラジオ体操、15時にはアシックス社とコラボ開発したオリジナル体操に社員全員で取り組んでいるほか、全社ウォーキングイベントや、体力測定会など、100を超える健康施策を実施しています。体力測定会には経営陣も参加し、全社を挙げて健康経営に取り組んできました。また、社員の昼食費は過去から無料で、「同じ釜の飯を食う」精神は創業以来受け継がれているものです。 その結果、健康経営銘柄(従業員の健康を経営戦略として重要視している優良上場企業を選んだ銘柄。経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する。)に5年連続で選定されており(2024年は化学業種で1位)、健康経営優良法人にも8年連続で認定されています。健康経営の考え方や健康増進に向けた活動は社内にも浸透し、新しいオフィスにも「当社らしさ」が滲み出る工夫をしています。具体的には、カロリー消費量を明記して歩行を促す階段サインや懸垂マシンの設置といった健康増進の仕掛けをしています。
京都市との連携による取り組み ライトアップ、防災協定、そして子どもたちへの化学教育
――京都市との連携について、詳しくお聞かせください。
伊賀:第一工業製薬では、本社オフィスのライトアップを通じて健康啓蒙や防犯に貢献しています。通常は企業カラーであるブルーにライトアップしていますが、認知症支援のテーマカラーであるオレンジ、乳がん啓発月間には「ピンクリボン」カラーなど、季節やテーマに応じて色を変えています。こうした取り組みは、企業としてのメッセージを社外へ発信する大切な機会になっています。
2024年12月には、万が一の災害時に本社オフィスを帰宅困難者の一時滞在施設として提供する協定を京都市と締結しました。本社は京都駅からのアクセスが良く、社外交流エリア(1~3階)を一時的に開放することで、京都市と連携しながら円滑なサポートを行う体制を整えています。地域の安全・安心に貢献する企業姿勢を示す重要な取り組みだと考えています。
2025年8月には、京都市西京区、西京区民ふれあい事業実行委員会、公益財団法人京都高度技術研究所(ASTEM)と共催し、「親子ハンドソープ作り体験」を実施しました。自社の界面活性剤技術を活かしたこのイベントは、未来を担う子どもたちに化学の楽しさを伝えるとともに、企業として地域に開かれた存在であることを示す良い機会になりました。
親子ハンドソープ作り体験の様子
NO賞の受賞が、社外へのアピール、 社内の意識改革につながる
―新社屋は「第38回日経ニューオフィス賞 近畿ニューオフィス奨励賞」を受賞されました。応募の背景や準備についてお聞かせください。
松吉:さまざまな制約があるなか、ソフト・ハードの両面で第一工業製薬らしいオフィスが実現できたと自負しています。「日経ニューオフィス賞(NO賞)」は、当社を京都から全国、世界へと発信する機会であると捉え、オフィスの検討段階から応募に向けて準備を重ねてきました。 書類審査では、第一工業製薬らしさをいかにアピールするかを意識しました。審査当日は、経営陣と社員が一丸となって、当社の特徴を最大限表現し、お香や生け花、お茶など京都らしいおもてなしの心でお迎えしました。審査員の方からは、経営陣と社員の距離が近く一体感があった、何より社員がイキイキしていたといううれしいお言葉をいただきました。
――NO賞を受賞されたことで、社内外からの反響はありましたか?
松吉:NO賞受賞をきっかけに、地元のテレビ局から取材を申し込まれ、番組では健康経営の取り組みについて紹介いただきました。撮影時は、社員が以前に増して協力的でオフィスが注目されたことにより意識が変わったように思います。自分が働くオフィスや会社を誇りに思うことで帰属意識の向上につながったと感じています。番組の放映を機にオフィスの見学者や来訪者も増えました。 「利益を生むオフィス」をつくるというのが私たちプロジェクトメンバーに課せられたミッションでした。オフィスという非財務から利益を生み出すのは容易なことではありませんが、今は、非財務的なさまざまな施策が巡り巡って財務的効果につながることをめざしています。また、明確な数値化は今後の課題ですが、社員のエンゲージメント向上や第三者評価における効果も感じています。
――新社屋移転プロジェクトやNO賞への挑戦を振り返っての感想と、今後に向けた目標をお聞かせください。
松吉:プロジェクトメンバー、経営陣、そして社員が同じ方向を向いていなければ、オフィス改革やその先にあるNO賞受賞は実現できなかったと思います。一体感が欠如し、思いにズレが生じている状態では、どれほど優れたオフィスをつくったとしても運用はうまくいきません。受賞までのプロセスには多くの困難がありましたが、地域・社会への貢献や人的資本の重要性を掲げた経営方針を外部からご評価いただけたことを大変光栄に思っています。今後は、完成したオフィスをさらに活用し、地域・社会との調和、顧客・取引先との共創、企業価値向上に向けた取り組みをより一層推進していきたいと考えています。
【関連記事】顧客・社会・社員をむすぶ新オフィスで、京都から世界へ発信〈前編〉第一工業製薬
明治42年創業の化学素材メーカー。線香屋の納屋で、絹糸の原料である繭(まゆ)を洗う工業用薬剤の製造を始める。のちに「シルクリーラー」と改称されたこの製品は、紡糸の生産性を著しく向上させ、絹産業における量産技術の確立に貢献し、研究開発を重ねた。大正3年に合名会社負野工業製薬所となり、大正7年には第一工業製薬株式会社が設立。大正12年には上海出張所を設立し、初の海外進出を果たした。大正15年に本社と京都工場を下京区千本南に移転した際に研究部が誕生。以後、国内工場の増設、関係会社の設立、さらなる海外進出など事業拡大を続けた。平成21年には創業100周年を迎え、平成27年に四日市市霞に工場を新設した。





