仕事のプロ
企業は職場における孤独・孤立といかに向き合うべきか?
12人に1人が孤立感…は個人の問題ではない
コロナ禍を経てリモートワークが浸透し、フリーアドレスやABWを取り入れる企業も増えている。従業員間に物理的距離が生じるなか、職場における孤独・孤立に徐々に焦点が当てられるようになってきた。孤独・孤立は、本人の精神的・身体的健康はもとより、業務へのモチベーションや生産性の低下、組織への帰属意識の低下など、労働パフォーマンスにも悪影響を及ぼしかねない。企業はこの課題に対していかに対処すべきか、労働者を対象にした孤独・孤立の調査・研究に携わる東京大学大学院医学系研究科 特任研究員の関屋裕希さんとともに考える。
約12人に1人が仕事における孤独を感じる
――リモートワークやフリーアドレス、ABWが浸透し、働き方はコロナ禍前後で大きく変わりました。「オフィスの固定席で毎日顔を合わせる」のが当たり前だったのが、オンライン会議やチャットツールでのやり取りが増え、コミュニケーションの取り方も変わってきました。便利な一方、人材育成や組織としての一体感の醸成といった観点では難しさもあると感じています。 職場における孤独・孤立という観点で調査・研究をされるなかで、どのようなことがわかっているのでしょうか?
私は現在、川上憲人特任教授(東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野・デジタルメンタルヘルス講座)が研究代表を務めるプロジェクトにおいて、職場における孤独への認知行動アプローチの分野を担っています。
当講座では、新型コロナウイルス感染症の流行直後の2020年3月から、全国の一般労働者1,500名弱を対象に、追跡調査(新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査:E-COCO-J)を行ってきました。その質問項目にはメンタルヘルスに関するものも含まれ、推移を観察してきました。
この調査から、例えば、「対面のチーム会議は頻度が重要で、頻度が高ければ上司が支援してくれていると感じやすい」「在宅勤務で抱えるストレスは、オンオフのつけにくさ、物理的環境(机、椅子など)が整っていないことにある 」といったことがわかっています。また、川上先生が北里大学などと共同で行っている研究で、2万4千人あまりのワーカーを対象に調査を行ったところ、「約12人に1人(8.3%)が仕事における孤独を感じている」 ということや、「女性に比べて男性」「20代に比べて中高年者」「既婚者に比べて未婚者」「年収が400万円以下の人」 がより孤独を感じる傾向にあることが明らかになっています。また、週61時間以上働いている人は仕事における孤独感の頻度が特に高く15.8%でした。しかしながら、職場での孤独・孤立については、まだデータが十分でないのが実情です。
Kawakami et al., Journal of Occupational Health, 2024.をもとに作図
――データが十分ではないということですが、労働者を対象にした孤独・孤立の調査・研究は新しいのでしょうか?
はい。近年まで「孤独・孤立」というのは主に高齢者の課題とされ、労働者を対象にした調査・研究は世界的にもほとんど行われてきませんでした。
2018年にはイギリスが世界で初めて「孤独担当大臣」を任命し、高齢者に限らず幅広い世代の孤独・孤立に徐々に目が向けられるようになりました。その動きが加速したのは、やはりコロナがひとつのきっかけだと思います。イギリス赤十字社が労働者の孤独・孤立に関するレポートを出すなど世界的に注目されるようになりました。
さまざまな見方・考え方がありますが、孤独・孤立の背景には、インターネットやSNSの普及による人とのつながり方や人間関係の質の変化、働き方の変化、家族のあり方やライフスタイルの変化など、複合的な要因があるのではないかとされています。
日本でも2021年に「孤独・孤立対策担当大臣」が設置され、2023年には「孤独・孤立対策推進法」が成立。2024年にはWHO(世界保健機関)にも「社会的つながりに関する委員会」が発足しました。
ちなみに、「(社会的)つながり」と「孤独・孤立」は密接に関係しています。「孤独・孤立」という表現にはどうしてもネガティブな印象があり、企業などにアプローチする際も、「孤独・孤立を改善」よりも「つながりづくり」というコンセプトのほうが受け入れられやすいと実感しています。
リモートワークでは孤独・孤立しやすい...は本当?
――リモートワークなどが進むと同時に、リアルで会うことの価値も再認識されています。職場での孤独・孤立は、対面で顔を合わせる機会が減っていることが要因なのでしょうか?
在宅勤務者のほうが出社している人よりも孤独・孤立を感じている、という海外のレビューが複数あることからも、リモートワークは孤独・孤立のリスク要因の一つであるとは言えるでしょうが、一概に「出社するほうが良い」とは言い切れないと思います。 一例を挙げると、日立製作所で産業医を務める林剛司氏(日立製作所 安全衛生マネジメント推進本部健康経営推進部産業保健推進センター長)が同社のIT系グループ会社の従業員を対象に行った調査では、「出社している人のほうが孤独・孤立感が強い」という結果が出ています。ただ、これはあくまでも1社のデータですので、大企業や製造業の特色なのか、フリーアドレスなど社内コミュニケーションのあり方などと関係があるのかなど、さらなる調査・分析が必要です。 そもそも、「孤立」と「孤独(感)」も厳密には異なります。「孤立」というのは、週に1回しか人と話さないなど、社会的交流量が少ない状態のことを指します。一方、「孤独(感)」というのは主観であり、ずっと一人でいても孤独を感じない人もいれば、人と一緒に過ごしていても孤独を感じる人もいます。自分にとっての理想な状態と現実の間にギャップがある場合に、「孤独・孤立」は課題になります。
――感じ方には個人差があるということですが、一般的に言って、孤独を感じやすい・感じにくい職場環境というのはあるのでしょうか?
ニュージーランド・カンタベリー大学のサラ・ライト教授は、世界各国の調査・研究をもとにしたレビューで、労働者が孤独を感じやすい職場環境の要素を分析しています。彼女が要素として挙げたのが、「支援の少なさ」「一体感の欠如」「意見を言いにくい組織風土」「対人関係上の問題」の4つです。 一方、上司のリーダーシップのあり方が、パターナリズム・リーダーシップ(家長と家族のような関係性)やサーバント・リーダーシップ(上司が部下に尽くす関係性)である場合には孤独を感じにくい、という先行研究もあります。 これまで、職場における孤独・孤立は個人の問題とされがちでした。しかし、調査・研究が進むにつれて、職場における孤独・孤立は労働環境に影響されるという考えが主流になりつつあります。実際、先述のイギリス赤十字社のレポートでは、「労働者の10人に1人(約11%)が職場で孤独・孤立を感じており、従業員の孤独・孤立感は社会全体として年間25億ポンド(約5,000億円) の経済的損失を生んでいる」という分析結果が出ています。
大事なのは「つながるための場所・時間・機会」の提供
――さらなる調査・研究が必要ということですが、従業員の孤独・孤立を回避したり軽減したりするために、企業はどのようなことができそうでしょうか?
オンラインか対面かに関わらず、「つながるための場所・時間・機会」を提供することが大事だと思います。例えば、フリーアドレスではなんとなく居場所がない、出社したのに誰とも話す機会がない、オンライン会議では相手の反応が掴めない...といった話をよく耳にします。例えばですが、オンライン会議ではカメラオンを基本ルールにする、リアクションボタン を積極的に使うなど、ワークスタイルだけではなくコミュニケーションが生まれる仕組みとの組み合わせで考える必要があるのではないかと思います。
――「つながるための場所」も大事だということですが、従業員の孤独・孤立とオフィス空間の関係性でわかっていることはありますか?
世界的にモートワークが浸透するなか、先出のサラ・ライト教授はオフィスの役割にも言及し、「ただデスクワークをするための場ではなく、人と関われる場であることが重要である」としています。一方、ソーシャルな空間だけでなくプライベート空間の確保も必要であること、よくデザインされた空間だけでは不十分で、働き方とセットで考えていく必要があるとも述べています。こうした視点を踏まえると、例えば、動線上に休憩スペースや共有スペースを設置するなど自然に交流が生まれやすいような設計、フリーアドレスでもチームのメンバー同士が物理的に近い空間に集まるような設計など、協働のメリットを享受できるような設計が、有効なのではないかと思います。
――研究プロジェクトにおいて、関屋先生は「職場における孤独への認知行動アプローチ」の分野を担っていらっしゃるとのことですが、具体的にはどのようなアプローチなのでしょうか?
私たちのプロジェクトでは、組織、管理職、個人の3つのレイヤーで対策を考えており、私はそのうち個人向けのプログラム開発を担当しています。例えば「自分はどうせ相手にされない」といった認知パターンや、「そう感じたときに引きこもってしまう」といった行動パターンに対して、認知行動療法の観点でアプローチするプログラムになります。 孤独・孤立を感じている人は、そもそも孤独・孤立にネガティブなイメージをもっているケースがほとんどです。このレッテルや先入観を外すことも実は大事で、一人でいる楽しさや気楽さといった良い面に目を向けることも重要です。
――一方、最近は、職場において人と関係性を深めたくない、周囲からのサポートもチームとしての一体感もいらない、という人が増えているように感じます。必要最低限の業務しかこなさない、いわゆる「静かな退職者 」もジワジワと増えているようですが、孤独・孤立との関係性はいかがでしょうか?
自ら一人でいることを選ぶ「選択的孤立」状態にある人でも、精神的健康や仕事のパフォーマンスに影響するというデータがあります。また、静かな退職状態にある人は、適切な支援が受けられず、使えるリソースが少なくなる、その結果、孤独・孤立が深まる...という悪循環に陥りがちです。孤独・孤立に対する肯定的視点をもちつつ、過度な孤独・孤立を回避・軽減することが求められると言えるでしょう。
――最後に、今後に向けた課題や展望をお聞かせください。
自社の従業員の孤独・孤立を個人の問題だとして介入しないのか、つながりの希薄さを組織の課題として捉えて対処するのか、今後は企業によっても差が出てくるのではないかと思います。 繰り返しになりますが、職場における労働者の孤独・孤立については調査・研究が足りていないのが実情です。企業やワーカーの協力を得ながら、調査・研究、そして開発中のプログラムの実証を進めていきたいと考えています。
関屋 裕希(Sekiya Yuuki)
東京大学大学院医学系研究科デジタルメンタルヘルス講座特任研究員。心理学博士、臨床心理士、公認心理師。専門は産業精神保健(職場のメンタルヘルス)。業種や企業規模を問わず、ストレスチェック制度や復職支援制度などのメンタルヘルス対策・制度の設計、職場環境改善・組織活性化ワークショップ、メンタルヘルスに関する講演や執筆活動を行う。著書に『感情の問題地図』、『モチベーションの問題地図』(技術評論社)ほか。





