仕事のプロ

2026.01.16

「コミュニティ疲れの時代」に必要なワークプレイスとは?〈後編〉

街に開かれたオープンな“庭”がワーカーの感性を高める

批評家の宇野常寛氏と、コクヨのワークスタイルコンサルタントの坂本崇博が、「ワーカーがクリエイティビティを高め、高い成果を出すために、オフィスに必要な機能とは?」というテーマで議論を展開する。後編では、宇野氏のプロデュースで東京・大塚のオフィスビル内に開店した街の本屋「宇野書店」について説明をいただきながら、「今の時代に求められるオフィス」の要素を明らかにしていく。

街づくりを手がける企業と共に
創り上げた書店兼ワークスペース

坂本:宇野さんがプロデュースなさった「宇野書店」は、選書が個性的で、靴を脱いで上がるスタイルも面白いですね。どんな経緯で開店が決まったのですか?

宇野:この書店は、東邦レオ株式会社の東京支社の1フロアに入っています。同社は、「グリーンなライフスタイルの街づくり」の実現を目指して、外断熱システムの提供や都市緑化、集合住宅の植栽管理などに取り組んでいます。
僕はこの数年、都市開発や地域創生に携わる機会が多く、東邦レオの方々ともそのような仕事の中でたまたまお付き合いする機会がありました。その後、僕が以前から「書店をつくりたい」と発信していたこともあり、同社の吉川社長から「東京・大塚の自社オフィスビル内に書店を開店しませんか?」とご相談をいただいたのです。
そこで、「どんな空間をつくるか」「どんな機能を持たせるか」から議論し、床面積150平米のワークスペース兼書店を開くことができました。僕は選書と、イベントの企画をおもに手がけています。

2_bus_188_01.jpg 宇野常寛氏


坂本:街づくりなどを事業領域とする企業が、なぜ自社のオフィスビル内に書店をつくろうと考えたのでしょうか?

宇野:東邦レオの東京支社は、JR大塚駅北口から徒歩5分ほどの場所にあります。東邦レオは、「大塚エリアをよりよい街にするための一端を担い、資産価値を高めたい」という思いを持っているそうです。要するに古いオフィスビルに付加価値を与えるプロジェクトであり、そして大塚駅北口のエリアマネジメントの一環なんです。出版業界からはなかなか出てこない発想だな、と感銘がありました。
さらに面白いのは、東邦レオがフルリモートワークスタイルであるにも関わらず、この書店内には社員も働けるコワーキングスペースの機能も持たせていることです。

2_bus_188_02.jpg 宇野書店外観




書店×ワークスペースという
新しい"庭"

宇野:「宇野書店」の具体的な形態は、東邦レオの方々と議論しながら創り上げていきました。一度フルリモートに振り切った企業が自社ビルにワークスペースをつくるということは、「いま働き手が求めるオフィスとはなにか」という根本的な問い直しをすることを意味したんです。ですから僕らも、「自分たちが働きたいのはどんなオフィスか」と本気で考え、この書店兼ワークスペースという形態にたどり着いたんです。

坂本:書店であるからには、本を買いにくる人もたくさんいるでしょう。つまり、東邦レオの自社ビル内にあるワークスペースでありながら、多様な人が訪れる場所でもあるわけですね。

2_bus_188_03.jpg 宇野書店内のコワーキングスペース


宇野:まさにそこがポイントです。宇野書店には約6000冊の書籍を揃えてありますが、周辺に大学が多いことを踏まえて、学生にとっても価格の手ごろな文庫や新書を多めに並べています。また、ファミリー層にも来店してもらいたいので、「岩波少年文庫」の品揃えにはこだわりました。
この空間で仕事をしている社員は、学生やご家族連れなどのふるまいを目にできるわけです。特に独身の若手ワーカーは、ファミリー層と接する機会が限られていると思われるため、自分の仕事と社会とのつながりに思いを馳せるきっかけになるのではないでしょうか。

2_bus_188_04.jpg 宇野書店内の様子


坂本:そしてもちろん、本に囲まれながら仕事をするのもワーカーにとっては刺激的ですね。オフィス内にライブラリーを備える企業もありますが、仕事と直接関係のない、かつ知的好奇心を刺激したり視野を広げるキーワードが並ぶ書籍が揃っていれば、思いがけない気づきを得るチャンスもありそうですし、何より「気分が高まる」効果が得られそうです。
「最近の仕事は感情労働に移行しつつある」とお伝えしましたが、それは「感情が乗らないと進まない」ということでもあります。その意味で、気持ちが高まる場というのは非常に重要だと言えます。
また、オフィスビル内にあるので、街場のカフェより情報漏洩のリスクも少なく、ワーカーのサードプレイスとしてうってつけですね。宇野さんがおっしゃっていた「来たくなるワークプレイスの本質は、家より仕事がはかどり、仕事の成果を最大化できる場所である」という内容が具現化されていると思います。

2_bus_188_05.jpg 坂本崇博


宇野:著書『庭の話』で僕は、共同体から離れて、多様なモノ・コトから刺激を受けられる実在の空間が必要だと提案しました。そしてそのような空間を、植物や昆虫、鳥などが訪れる"庭"にたとえて表現しています。
「宇野書店」では、まさに"庭"を体現するワークプレイスをつくれた実感があります。この空間ではワーカーは、社内メンバーの承認を求めたり、評価を気にしたりする必要もなく、また自宅と違って周りのモノ・コトや来店者から刺激を受けながら、ひとりで真剣に仕事に集中できますから。




書店はオフィスビルの価値を高める
共用施設に最適

坂本:コクヨの品川オフィス「THE CAMPUS」も、街に開かれたオフィスをコンセプトに、オフィスの一部をパブリックエリアとして開放し、カフェやショップを設置しています。そのカフェで仕事をする社員ももちろんいて、街の方々から刺激を受けているようです。
ただ、当然ながらカフェとして利益を出すことも求められ、難しい部分もあると感じています。

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THE CAMPUS 1階のショップとカフェ


宇野:その点で言えば、社外との接点として書店をつくるのはお勧めですよ。もともと出版物の多くは委託販売(定められた期間内なら、書店は売れ残った商品を出版社に返品できる)なので、利益率としては低いものの、書店はカフェなどに比べてランニングコストを抑えて運営しやすい形態です。さらに宇野書店ではセルフレジを導入しているので、人件費も抑えることができます。

坂本:基本的に書店を訪れるのは本に興味がある人なので、知的な客層を取り込めるのもよいですね。そこにいるお客さんたちとコミュニケーションをとるわけではないですが、同じ知的刺激を受けに来た「共振仲間」として互いの存在を感じ合うことで、自分の仕事への没頭度も高まると思います。

宇野:しかも、書店に来る人は滞在時間が短いのもメリットの1つです。カフェだと長時間滞在していく人が多いけれど、書店はサッと立ち寄って去って行く人が多いので。ローカルな公共空間は、いわゆる常連的な人ができてしまうと居心地の悪い空間になりやすいので、その意味でも書店というスタイルはベストだと自負しています。




ワーカーが読書の快楽にはまれるよう
アクションを起こしていきたい

坂本:宇野書店では現在も出版関連イベントなどを開催していますが、今後のビジョンがあればお教え下さい。

宇野:まだ書店がオープンして間もないので、認知してもらうために新刊紹介などのイベントを行っていますが、イベントをひんぱんに開催していてはワーカーが仕事をしにくくなるデメリットもあります。イベントは月2回程度にして、「本と出会うための場所」という基本路線を強化するものを厳選していきたいですね。
具体的には、今後は人文社会系だけでなく音楽やアート、食に関するイベントを開催したり、古本交換会をやってみたりして、読書に興味はないけれどたまたまやってきた人が、本に出会う機会もつくっていきたいと考えています。
また、多くのビジネスパーソンは読書の快楽を忘れていますが、宇野書店をきっかけに本に没入する楽しみを思い出して欲しいという願いもあります。どんな形かまだ見えていませんが、朝の出社前や夕方の退社後に読書をしてもらうためのアクションも起こしていきたいと思います。

坂本:思いがけない出会いを演出してくれるのも"庭"の魅力ですね。街に開かれたサードプレイスをつくることでワーカーの感性やクリエイティビティを高める方法はないかと考えてきましたが、感性や気持ちが高まる書店兼ワークプレイスというスタイルはひとつの解になるな、と改めて感じました。
宇野書店のような"庭"的なサードプレイスが、これからさまざまな都市のオフィスビルに展開されていくことを期待したいです。

宇野:ワーカーを共同体の楔から解き放ち、1人ひとりが「自分」を取り戻し、かつ「社会」とつながりながら、自分の仕事の成果にこだわり、とことん集中できるワークプレイスを、どの組織・起業も考えていくことが大切ですね。


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書籍紹介

『庭の話』宇野 常寛 (著) 講談社 (2024/12/11)


2_bus_188_09.jpg プラットフォーム資本主義と人間との関係はどうあるべきなのか?
ケア、民藝、パターン・ランゲージ、中動態、そして「作庭」。一見無関係なさまざまな分野の知見を総動員してプラットフォームでも、コモンズでもない「庭」と呼ばれるあらたな公共空間のモデルを構想する。『遅いインターネット』から4年、疫病と戦争を経たこの時代にもっとも切実に求められている、情報技術が失わせたものを回復するための智慧がここに。
Amazon.co.jp




【関連記事】「コミュニティ疲れの時代」に必要なワークプレイスとは?〈前編〉

宇野 常寛(Uno Tsunehiro)

批評家。批評誌〈PLANETS〉〈モノノメ〉編集長。明治大学特別招聘教授。政治やサブカルチャー、メディアなど幅広い切り口で言論活動を展開する。著書に、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『庭の話』(講談社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)、『ラーメンと瞑想』(集英社)など多数。

坂本 崇博(Sakamoto Takahiro)

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント/働き方改革PJアドバイザー/一般健康管理指導員
2001年コクヨ入社。資料作成や文書管理、アウトソーシング、会議改革など数々の働き方改革ソリューションの立ち上げ、事業化に参画。残業削減、ダイバーシティ、イノベーション、健康経営といったテーマで、企業や自治体を対象に働き方改革の制度・仕組みづくり、意識改革・スキルアップ研修などをサポートするコンサルタント。

文/横堀夏代 撮影/石河正武