仕事のプロ

2026.01.23

VUCAの時代に求められる「両立思考」〈後編〉

「両立思考」は日本のビジネスシーンに馴染みやすい

アメリカの経営学教授2人による著書の日本語版『両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』で紹介されている「両立思考」の考え方について、監訳者の1人である関口倫紀氏(京都大学経営管理大学院教授)に詳しくおうかがいする。記事の後編では、両立思考やパラドックス・マインドセットを日本のビジネスシーンに活かすための考え方や手法についてお話をおうかがいした。

両立思考はアジアのビジネスパーソンの
肌感覚に合う

――「両立思考」やパラドックス研究は欧米において始まりましたが、日本などアジアのビジネスシーンに取り入れるのは難しいところもあるのでしょうか?


実は両立思考は、日本などアジアのビジネスパーソンにとって納得度が高い思考法です。両立思考はそもそも、論理的に組み立てるというよりは感覚的な要素が強いのが特徴です。ですから欧米の伝統的な発想だと、「一貫性がない思考法」という印象を受けることもあります。

しかしアジアのビジネスパーソンは、あいまいな状況の中で全体の流れを観察しながらアクションを起こしたり、周りを見ながら自分のポジションを決めたりすることを自然に行ってきました。日本でももちろんそうです。その意味では、両立思考は日本においても馴染みやすいと思います。




――むしろ欧米より日本のビジネスパーソンの方が、両立思考の考え方をすんなり理解できるということですか?


その可能性は高いと思います。例えば日本では、茶道や武道などについて「身体で覚える」という言い方をしますね。理屈を考える前に型を身につけて、いちいち手順を考えずともできるようにする、ということです。両立思考についても、優れた経営者は「論理的に考えて両立する」というよりは、身体感覚で次のアクションを選び取っているように思います。




組織のメンバー全員が
両立思考で考える必要はない

――ただ、近年、日本企業においては、ロジカルシンキングやクリティカルシンキングの習得を求められる傾向が強いのも事実です。これらの考え方は、両立思考とは一線を画しているように思われますがいかがでしょうか?


両立思考と同じく、ロジカルシンキングやクリティカルシンキングもビジネスにおいては必要な考え方です。先ほどもふれた通り、経営者は感覚的に両立思考でアクションを起こそうとする人が多いですが、「そうは言っても、感覚だけで重要な経営判断を行ってよいのだろうか?」と悩む場面もあります。
そのときにロジカルシンキングの観点からアドバイスをもらうことで、より納得度の高い判断ができます。
つまり、この2タイプの思考法も、一見対立するものに見えても、実は補完し合うパラドキシカルな関係にあるのです。

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――ワーカーの中には、両立思考のような考え方が苦手な人もいるのではないかと考えられます。このような人は、パラドックス・マインドセットを高める必要がありますか?


パラドックス・マインドセットを高めることは、確かにワーカーにとっても役立つでしょう。ただし、必ずしも組織の中で全員が両立思考の考え方をする必要はありません。ロジカルに考えるのが得意な人もいれば感覚的に行動する人もいる、そのような人々が自分の強みを発揮しつつ、組織全体として両立思考が体現されている方が、新しいモノを生み出すポテンシャルは大きいのではないでしょうか。
とは言っても、経営層が両立思考の考え方を活かして思い切った方向転換を行うときは、ロジカル型のメンバーが急な変化に戸惑いを感じないよう配慮する必要はあります。




「自律型人材育成」と「人材確保」の
両立に悩む企業が多い

――両立思考の観点から日本のビジネスシーンを俯瞰したとき、近年の日本企業における課題にはどんなものがあるでしょうか?


私自身はもともと、人的資源管理論を専門分野として研究活動を行っています。この分野において多くの企業が課題視しているのが、「自律型人材の育成」と「優秀な人材の確保」をいかに両立するか、です。自律型人材は「組織に依存せず自分でキャリアを築いていこう」と考えるため、スキルアップによって転職がしやすくなると退職してしまう可能性が高まります。「自律型人材は欲しいけれど、辞められてしまうのは困る」と悩む企業もあります。




――両立思考を実践するなら、企業としては「自律型人材に活躍してもらう」ことが大切になりますね。そのために企業はどんなことを意識したらよいですか?


重要なのは、企業としてどんなパーパスを掲げるか、ではないでしょうか。ワーカーが「自分の所属する企業は何を目的に活動しているのか」を理解し、そのパーパスに共感できたとき、「自分もこの会社にとどまって目的達成に貢献したい」というエンゲージメントを感じられるはずです。
この例からもわかる通り、パラドックスは「本当に大切なものは何か」をあぶり出してくれるメリットもあるのです。




日本にフィットする両立思考を
活かしたリーダー育成法を開発中

――書籍『両立思考』日本語版出版は2023年ですが、それ以降、両立思考やパラドックス・マインドセットに関してさらに研究を進めていらっしゃるとおうかがいしています。具体的には、どんな研究が進行しているのでしょうか?


書籍の刊行後、神戸大学経営学部准教授の吉田満梨さんやアルー株式会社などと共同で「エフェクチュエーションとコーゼーション」がパラドキシカルな関係にあると考える内容で探究をするなど、複数のテーマで研究を進めています。

ビジネス領域で注目されるエフェクチュエーションとは? | コクヨのMANA-Biz

その中のひとつが、「自分らしさとリーダーらしさをどのように両立するか」というテーマの研究です。リーダーには「力強い」「駆動力がある」「堂々と意見発言する」といったステレオタイプ的なイメージがあります。そのため、いわゆるリーダーらしさとは異なるキャラクターの人がマネジメント職になった場合、「自分らしさを活かしながらリーダーとして活躍するにはどうしたらよいだろうか?」と悩むケースが多いのです。リーダーのステレオタイプとは異なるリーダーだと、周りのメンバーが「この人についていっていいのか?」と戸惑う面もありますから。

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――まさにパラドキシカルな課題ですが、自分らしさとリーダーらしさを両立する方法はあるのでしょうか?


さまざまな事例研究をする中で見えてきたのが、「段階を踏んで個性的なリーダーになっていく」という方法です。日本の武道や茶道における「守破離」のようなプロセスを経て、階段を上がるようにリーダーらしさを獲得していくのが、日本ではうまく機能するのではないかと感じます。

具体的には、「守」(自分らしさはいったん保留し、まずはいわゆるリーダーらしい言動を身につける)→「破」(身につけたリーダーらしさを俯瞰的に眺めて不要なところを捨て、自分らしい部分を少しずつ出してみる)→「離」(リーダーらしさを身につけつつ、自分らしさも備えたリーダーとして振る舞えるようになる)といった感じです。

欧米における両立思考は「綱渡りのようにバランスをとっていく」というイメージですが、リーダー育成においては、このように段階を踏んでいくのが有効だと考えています。『両立思考』を共同監訳したメンバーと一緒に、この方法を世界に発信していくことも考えています。




オフィスに「両立思考を育む場」と
「両立思考を体現する場」があればベスト

――コクヨではこれまで、空間設計を通じてお客さまのオフィス構築をお手伝いしてきました。両立思考を実現するオフィス空間をつくることは可能でしょうか?


方向性としては、①両立思考やパラドックスマインドセットを育むような空間環境、②オフィスの機能としてパラドキシカルな関係が両立しているような空間環境を構築できるとよいのではないでしょうか。




――①と②について、それぞれ詳しくお教えいただきたいと思います。


まず①ですが、経営課題としてのパラドックスを大切にしたい場合、例えば両利きの経営の探索(新規事業人材)と深化(既存事業人材)が無理なく同居するようなオフィス空間をつくれれば理想的です。それぞれの人材が離れて作業するスペースを残しつつも、必ず両者が交わらざるを得ないような空間があるとよいですね。




――②についてはいかがでしょうか?


例えば企業としてワーカーの創造性を刺激したい場合、クリエイティビティには発散と収縮の両方が必要ですから、「静かにできる場所」と「賑やかな場所」が共存していると面白いのではないでしょうか。そのほか、効率的でありながらムダな空間の使い方もあるオフィスや、古さと新しさが共存しているオフィスも、両立思考を体現しているといえそうです。




――相反する要素をもつ場所が同じオフィス空間にある場合、二つの場所は、ある程度近い活動エリア内に両方あることが重要かもしれませんね。近くにあると、ワーカーも両方の場所を訪れてバランスを取れる気がします。


具体的な配置のアイデアはいろいろ考えられますが、「自律とコントロール」など一見トレードオフに見えるような対立関係にある要素を同時に実現するオフィスの形について、アイデアを出し合ってみるのもよいですね。




――取材の最後に、両立思考が秘める可能性についてコメントをお願いします。


これまで経営学においては長らく「二者択一」の考え方が主流でした。しかし、課題が複雑化し先行きが見えないVUCAの時代には、私たちはパラドックスに満ちた世界で生きていかなければなりません。そのときに、両立思考の考え方を持つことでパラドックスが乗りこなしやすくなり、さまざまな可能性が広がると私は考えます。




書籍紹介

『両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』(日本能率協会マネジメントセンター)ウェンディ・スミス、マリアンヌ・ルイス著、関口倫紀、落合文四郎、中村俊介監訳、二木 夢子訳


2_bus_190_03.jpg 相反するパラドックスをイノベーションの源泉として位置づける「両立思考」の考え方や得られるメリット、具体的なアプローチ方法などを解説した、経営学の話題書。 経営思想のアカデミー賞とも呼ばれるThinkers50で『Best New Management Books for 2023』に選出され、『Breakthrough Idea Award 2023』も受賞している。
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【関連記事】VUCAの時代に求められる「両立思考」〈前編〉

関口 倫紀(Sekiguchi Tomoki)

京都大学経営管理大学院副院長、大学院経済学研究科教授(兼任)。大阪大学大学院経済学研究科教授などを経て現職。専門は人的資源管理論、組織行動論。欧州アジア経営学会(EAMSA)会長、日本ビジネス研究学会(AJBS)会長、国際ビジネス学会(AIB)アジア太平洋支部理事、学術雑誌Applied Psychology: An International Review共同編集長等を歴任。『両立思考』の監訳者のひとりでもある。共編著書に『国際人的資源管理』(中央経済社)。

文/横堀夏代 撮影/佐伯亜由美