組織の力
新オフィス構築を通じて「One Merck」を実現する〈前編〉
チェンジマネジメントにも重点を置き、スムーズな移転を推進
350年以上の歴史を持つドイツ企業メルクの日本法人として、ライフサイエンス、ヘルスケア、エレクトロニクスと幅広いカテゴリーの製品・サービスを開発・提供するメルクグループ。2024年12月にオフィスを東京・目黒から麻布台に移し、新しく構築したオフィスが第38回(2025年度)日経ニューオフィス賞 関東ニューオフィス奨励賞を受賞した。メルクグループが移転を通じて実現したかった目標や、オフィス構築の工夫について、メルクグループジャパン取締役 最高財務責任者および最高管理部門責任者の岡本光治さんと、ファシリティマネジメントジャパンヘッドの大庭雅子さんにお話をうかがった。
写真左から)大庭雅子さん、岡本光治さん
旧オフィスでは新しい働き方が難しく グループの一体感を築きにくい環境だった
――メルクグループ様は2024年にオフィスを移転し、12月から業務を開始なさっていますね。まずは移転実施のきっかけからお教えください。
岡本:移転前には、JR目黒駅に近いオフィスビルに約30年間入居していました。オフィスの老朽化が目立ってきたこともあり、以前から新オフィス移転の検討を始めていました。 そこへコロナ禍が始まり、テレワークやフリーアドレスなど従来にはない働き方が浸透する中で、新しいワークスタイルを実現できる環境をつくるため、本格的にオフィス移転の検討を始めました。
――旧オフィスのリノベーションという選択肢も検討なさっていたのですか?
大庭:目黒のビルはフロアの形状的にリノベーションの限界があり、社員が4フロアに分かれていることも大きな課題でした。
メルクグループでは、ライフサイエンス、ヘルスケア、エレクトロニクスと、大きく分けて3領域の事業を展開しています。異なるフロアで働いているうえ、それぞれの事業会社の社員が交流できるコミュニティスペースなどもありませんでした。物理的な距離が心理的な距離を生むのか、領域横断型のプロジェクトを実施しても、メンバーが一体感をもって協力するのが難しい状況だったのです。
写真左から)大庭雅子さん、岡本光治さん
「One Merck」「フレキシブルな働き方」 「ウェルビーイング」を実現できる物件を探した
――旧オフィスの課題を踏まえて、どんな新オフィスの構築を意図なさっていたのでしょうか?
岡本:まず実現したかったのは、ワンチームならぬ「One Merck(ワンメルク)」です。メルクグループとしての一体感をもち、事業領域を超えて各社の社員が協力し、一緒に成長していけるオフィスを構築したいと考えました。 さらに、今の時代にフィットするフレキシブルな働き方と社員のウェルビーイングを叶える環境づくりも重要でした。 そこで新オフィスの姿を思い描くにあたっては、「One Merck」「フレキシブルな働き方」「ウェルビーイング」の3つをどう具現化するかを考えましたね。
――新オフィスの物件を探すにあたって重視なさったことは?
大庭:一番こだわったのは、旧オフィスで働いていた全社員が1フロアで働ける環境でした。700名を超える社員がいますので、かなりの広さが必要ですが、「One Merck」を実現するうえでは外せない条件でした。 さまざまな物件を検討する中で見つかったのが、現在入居している麻布台ヒルズ森JPタワーです。十分な床面積に加えて、26階から東京の景色を360度見渡せる眺望も魅力的でした。これなら3つの要素を実現するオフィスをつくれるとワクワクしました。 岡本:さらに言うと、麻布台の土地は地盤が強固で、災害危険度が低いことも重要な要素でした。地震をはじめとする自然災害が多い日本においては、BCP(事業継続計画)の観点からも理想的な立地だったのです。
綿密なチェンジマネジメントで 社員の納得感を高め、意識変革を促す
――オフィスを移転するにあたって、グループ各社のみなさんからはどんな声が多かったのでしょうか?
岡本:オフィスの老朽化は多くの社員が実感していましたが、長年親しんだ場所から新天地へ移ることに戸惑いの声がまったく なかったわけではありません。そこで、チェンジマネジメントの一環としてまずは新しいオフィスの環境を実際に見てもらうことが重要だと考え、数回にわたって「サイトツアー」を実施しました。
大庭:参加希望者を募ったり、部署別に社員を集めたりして、10回ほどツアーを行いましたね。移転決定の段階で懸念を示していた方も、素晴らしい眺望や恵まれた立地を実際に見ると、「こんな素敵なところで働けるなら」と一気に意識を変えてくれました。
さらに、新オフィスで使う家具を社員投票で決めるなど、社員を巻き込む施策には力を入れました。
新オフィスには2か所のカフェがあり、26階からのすばらしい眺望が楽しめる
――経営層のみなさまも、チェンジマネジメントに向けてさまざまな後押しをなさったとお聞きしています。具体的にはどんなアクションをなさったのでしょうか?
岡本:我々経営層としても今回のオフィス移転に込める気持ちは大きく、プロジェクトにフルコミットする意識で関わりました。そこで、忙しい中でも2週間に1回ずつマネジメント層でランチミーティングを行い、移転プロジェクトチームから提案してもらったトピックについてはクイックに意思決定を行いました。
大庭:トップから社員に向けてビデオメッセージで新オフィスの魅力を発信してもらったり、プロジェクトの進捗状況をニュースレターで定期報告したりして、オフィス移転を自分事として社員にとらえてもらえるよう、さまざまな施策を打ちました。特に好評だったのは、経営層と社員が直接意見交換するランチイベントでしたね。
経営層に後押ししてもらい、多くの社員を巻き込んでいく中で、「One Merck」を実現するための土壌を整えることができた実感があります。
受付エリアには、メルクのコーポレートカラーで描いた生命の基本単位であり「始まり」を意味するセル(細胞)のモチーフを壁一面に配している。また、和紙など日本らしい素材も取り入れて日本法人としてのアイデンティティも表現
席数やミーティングルームの室数は データに基づいて合理的に決定
――オフィスの移転にあたって、複数のフロアにグループ社員が分かれて働いていたのをワンフロアに集約したり、ワークスタイルをフレキシブルなものに変えたりと、さまざまな変革を敢行なさっていますね。スムーズに新しい働き方を始めるためにはオフィスというハードを適正な形に整えることも重要ですが、どんな工夫をなさったのですか?
岡本:ワークスタイルの面でいえば、これまで一部の部署でしか行っていなかったフリーアドレスをオフィス全体で実践することにしたのは大きな改革です。固定席でなくなること自体に関してあまり懸念の声はなかったですが、リモートワークを取り入れている中で、「社員が座れる席をどれだけ用意するか」「ミーティングルーム(会議室)を何室つくるか」といった具体的なファシリティについては、慎重に検討する必要がありました。
大庭:そこで、プロジェクトの初期段階でアンケートや各施設の利用率調査を行い、データに基づいて新しいオフィスの具体像を決めていきました。実際の利用状況から割り出していったため、反対意見などもなく、スムーズに決定できました。
写真左から)大庭雅子さん、岡本光治さん
岡本:新オフィスの床面積は、実は旧オフィスに比べて25%小さいのです。それでもレイアウトにはゆとりがあり、ミーティングルームの室数に関しての不満も上がっていません。データを重視したことで、面積効率のよいオフィスをつくれたと自負しています。
後編では、新しいオフィスのしつらえや運用の工夫、社員の変化などについて詳しくお話をうかがっていきます。
メルクグループジャパン
メルクは、357年の歴史を誇り、世界で最も歴史のある医薬品・化学品の会社で、現在、世界65か国で事業を展開。
日本法人は1968 年に設立され、化成品の輸入・販売を主たる業務としてスタート。ライフサイエンス、ヘルスケア、エレクトロニクスの3つの事業領域を持ち、それぞれの分野で革新的な製品とサービスを提供している非常にユニークな企業。
2024年12月にオフィスを東京・目黒から麻布台 に移転。新オフィスが第38回(2025年度)日経ニューオフィス賞 関東ニューオフィス奨励賞を受賞。





