仕事のプロ

2023.12.27

地域から生み出すイノベーション
分野横断型のスタートアップエコシステム

大熊インキュベーションセンターの事例から

現在、世界中で「地域からイノベーションを興す取り組み」に注目が集まっている。地域のリアルな課題に対し、企業の持つ技術やスタートアップによるアイデアを掛け合わせることでユニークなビジネスも生まれつつある。2022年7月にオープンした大熊インキュベーションセンターでは、1年で100社に迫る企業が集まり、分野を超えた共創に取り組んでいる。2023年11月30日に開催されたウェビナーでは、立ち上げや運営に携わるキーパーソンが、企業やスタートアップが集まる場のあり方や地域創生について語った。
左から)齋藤敦子、黒田敦史氏、石田祐一郎氏、児玉達朗氏、坂本崇博

登壇者

■石田祐一郎氏(大熊町企画調整課主幹兼課長補佐兼企業誘致係長)
■児玉達朗氏(大熊町企画調整課主幹 JFMAユニバーサルデザイン研究部会長)
■黒田敦史氏(ビジネスゲートウェイ株式会社 取締役)
■齋藤敦子(コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー 一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事)
モデレーター:坂本崇博(コクヨ株式会社 働き方改革アドバイザー)



福島第一原子力発電所がある町、大熊町は東日本大震災による原発事故で避難指示区域および警戒区域となり、全町民11505人が避難を余儀なくされた。大熊インキュベーションセンター(OIC)のある大熊町の避難指示が解除されたのは2022年6月30日。実に11年以上、人がいなくなったこの地域に、新たなにぎわいを生み出すための取り組みが喫緊の課題とされている。
ウェビナーの冒頭、インキュベーションセンターの設立にかけた思いや、人が集まる施設として新しい建物を建てるのではなく、旧大野小学校のリノベーションを選んだ背景について語った。



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2_bus_143_04.jpg 大熊インキュベーションセンターから車で20分ほどの距離にある福島県復興祈念公園と、震災遺構「浪江町請戸小学校」




スピードとふるさとの"目印"として
小学校の校舎を活用

坂本:避難指示解除に向けて急ピッチで大熊インキュベーションセンターの開設準備を進められたそうですが、街の復興にあたってなぜ、「インキュベーションセンター」を選択されたのでしょうか。

石田:最初からインキュベーションセンターありきで考えたわけではありません。避難指示は解除となりましたが、避難先で新しい生活を始めた人にとっては生活の基盤もできていて、解除されたからといってすぐに戻るというのはたやすいことではありません。それぐらい、11年という時間は長いものでした。
住宅の確保や風評被害対策など、大熊町は非常に多くの解決すべき課題を抱えており、復興には若さや新しい発想が必要だと考えました。
平成31年4月から少しずつ避難指示が解除され始めてからは大学の先生や企業の方が研究のために大熊町に来てくださるのも見てきたので、活動していただける場を用意した方がいいと考えました。

そこでインキュベーションセンターの設立を進めるにあたってなぜ小学校の校舎を利用することにしたのか、という理由は2つあります。

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石田:一つ目はスピード感です。最先端の新しい建物をゼロからつくった方がいいのではないかという意見も出ましたが、その場合完成まで2年はかかります。それでは全域解除のタイミングに間に合いません。小学校の校舎なら躯体もしっかりしていて、区切られた空間がたくさん備わっています。こちらをリノベーションする形で進めることで、住民の方が戻ってくるタイミングでオープンできるためです。

もう一つは、自分たちの町の"目印"として小学校の校舎を残したいという思いです。復興を進めるほど、元の景色がなくなってしまって寂しい思いをする方もいるでしょう。帰ってきた町の人がふるさとだと感じられないと、戻る必然性もなくなってしまいます。それを避けるためにも、人々の記憶に残る建物を活かしたい。卒業生も多い小学校はうってつけだと思いました。


大熊インキュベーションセンターの入り口。小学校の門や校章などがそのまま残されている


坂本:小学校は手洗い場など全体的に低くつくられていたり、こぢんまりとした放送室に落書きが残されていたりと、一般的な施設とは少し違ったつくりになっているのも、起業家の刺激になるかもしれませんね。


ミーティング室として活用されている旧放送室。相合傘などの落書きもそのまま残されている


石田:一方で、震災のつらい記憶を思い出してしまう方もいるかもしれないという懸念もあります。卒業式の予行演習をしている途中の震災で、ランドセルなども置いたまま避難して、そのままとなっていた場所です。残した選択が正しかったのかは、これからの判断になるとは思います。

児玉:ある意味、小学校は人生のインキュベーションセンターともいえるかと思います。そうしたコンセプトを活かすためにも、"小学校らしさ"をどこまで残すのか、一方でイノベーションを興すような企業にとって知的財産は最重要なものですから、きちんと守り、快適に使ってもらえるような機能性をどう担保するのかといったバランスは苦慮しました。

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児玉:例えば引き戸のスクールドアを残すのか。あえて引き戸を残す場合は、セキュリティの課題をクリアする必要があります。小学校の校舎を活かしつつ、都会の最先端のオフィスと遜色ないファシリティを両立するため、通信環境や什器、施錠、エレベーターなどを整えました。スケルトン(構造体)は元の小学校を活かしましたが、インフィル(構造体以外の内装や間仕切り、設備などのこと)はコクヨさんにも協力してもらい、"東京"(という文化)を取り寄せました。"小学校"の要素は手間をかけて、あえて残しているんです。

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近代的なデザインの大会議室と、バリアフリー化のために新たに導入されたスケルトンのエレベーター


児玉:また、インキュベーションセンターは新しく町に来られた研究者や企業の方と、もとから住んでいた方が集まり、混ざり合える場所にしたいと考えました。そこで、一部は住民の方にも利用いただけるように、もともと図書室だった(今配信している)この場所をコミュニティスペースとして、無料で開放しています。ここはかつて地震で本が散らばる、来訪者が見ると悲しくなってしまうような場所でしたが、今では未来に向けて希望を描ける場所になりました。
大熊町のこれまでの歴史を感じていただくためにも、小学校の校門の表札や玄関の校章、音楽室のピアノ、校歌の掲示などはそのままにしてあります。石田さんも言われていたようにあまりいい思い出がないという方もいらっしゃるかもしれませんが、2部屋だけ教室をあえてそのまま残して会議室にしたのですが、意外と好評です。
歴史を上書きするのではなく、それを踏まえて次の世代につなげていくという形にしたくて、ペンキが剝がれている部分などもあえて残しています。

2_bus_143_14.jpg 教室がそのまま残された中会議室


坂本:成功している場所って人が際立っているもので、イノベーションって人が興すんですよね。児玉さんはファシリティマネジメントの世界では有名な方ですし、町の復興や成長を自分ごととして考える石田さんのような町役場の方や、運営のプロである黒田さんがかなり早い段階から入られていますね。施設のコンセプトからあり方を考える時に、人と人が繋がっている感じがすごくあって、他にはないプロセスだったと感じています。

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伝えやすい"ストーリー"があると
人も資金も集まりやすい

齋藤:国の後押しもあってこうしたスタートアップの拠点をつくる自治体は増えていています。ただし、さまざまな事例を視察に行って"いいとこどり"をして施設はつくったものの、だれがどうやって運営していくのかまでは考えていないケースも多く見受けられます。実は海外でもこのような施設を含めてオープンイノベーションの場の8割はうまくいっていないという調査もあります。大熊インキュベーションセンターでは開所1年で100社を超える企業が参加されているとのことで驚いています。こちらの運営は、黒田さんたちビジネスゲートウェイ社に委託されているとのことですが、どのような形で運営されているのですか?

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黒田:主に企業誘致と事業支援を行うインキュベーションチームと、地域との関係構築を担うコミュニティチームに体制をわけて運営しています。
地域コミュニティチームは、混ざり合う機会をつくるためにランチミーティングやイベントなどを企画・運営し、それを外に向けて発信することで認知を上げていく活動をしています。先輩起業家によるセミナーや移住セミナーの開催や、お祭りにOICとして出展することもあります。
企業誘致では、最初は自分の懇意にしている企業への紹介から始まったのですが、あとは口コミで自然と広がっています。

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黒田:企業の方が大熊インキュベーションセンターに魅力を感じていただけるポイントは3つあります。
1つ目は、施設の魅力です。石田さんと児玉さんのお話にもあったように、小学校の校舎を活かしつつ、教室風の会議室もあれば最新のオフィス施設を丸ごと取り入れたスペースもあり、ほかにないユニークな環境で刺激を受けながら仕事に取り組むことができます。
県外から来た方がサテライトオフィスとして利用することを想定し、そうした利用者がリモートでも働きやすい環境だと感じてもらえなければ一度使っても二度と戻ってきてもらえません。私もコンセプト段階から、利用者の利便性やニーズという観点で一緒に考え、意見をお伝えしていました。特に通信環境については一番重視しましたね。

坂本:ブーメラン型のゆったりしたデスクや適度に仕切られたオシャレなコワーキングスペースなど、非常に快適な空間もある一方で、放送室の防音設計を活かしてWeb会議用スペースとして活用していたり、会議室では教室の黒板や木製の学習机を活用するなど、小学校であることを活かしたユニークなつくりになっていますよね。

黒田:2点目は、起業を志望する方や設立間もないベンチャー企業の方が入居された場合、地元との接点の持ち方から資金調達の方法まで、事業の立ち上げ・成長に必要な支援サービスを受けられること。
入居されている企業の8割は県外の会社なので、地縁がない場合がほとんどです。関係性づくりの部分を地域コミュニケーションチームと連携して担えるので、特にそこにメリットを感じていただけていると思います。場所を貸すだけならコワーキングスペースやサテライトオフィスという形になりますが、そこに支援サービスがついているのが付加価値になっています。


月額3000円で利用できるシェアオフィスと、1時間150円で利用できるコワーキングスペース


黒田:そして3点目は、"大熊町だから"という点です。大熊町は抱える課題も多いですが、スピーディーに変化し、復興していっている町です。ここまでのスピードで変化している町はなかなかない。これから新しいビジネスを立ち上げようという人にとって、変化を受け入れる土壌があることは非常に魅力的であり、重要です。変化に対して拒否反応のある場所では、自分たちのサービスは受け入れられません。
大熊町は歴史的にも複数の町との合併や福島第一原子力発電所の設立を受け入れ、成長してきた町。そしてこれから原発事故から復興しようとしている町です。そこに貢献することができれば、自分たちのイメージにもプラスに働くというメリットもあります。

例えば現状、町に飲食店や食べ物を購入できるお店はまだまだ少ない。そこで入居されている企業が、コミュニティスペースに「無人販売店」を試験的に設置してくれました。電子マネーでお弁当やカップ麺、ペットボトルなどを購入することができます。利用者にとっても町の人にとっても利便性は高く、企業にとっては実証実験の場になっています。

坂本:ベンチャーの99%は失敗する中で、それでもやり続けるにはお金儲けのためだけだと苦しく、「町に貢献できる」「喜ぶ顔が見える」という要素は非常に重要だと思います。ベンチャーキャピタルなどの投資家も、ドライに数字だけを見ているわけではなく、こうした非財務指標に注力しているかという点にも注目しています。なぜここでやるのか、という理由を伝えやすいという側面は確かにありますね。

齋藤:先日訪問したフィンランドのインキュベーションセンターは、現在200社のスタートアップが入居しているのですが、フィンランドはサステナビリティやウェルビーイングに関する起業家が集まりやすく、今後は規模をさらに広げるそうです。
公共の病院をリノベーションした施設なので、この場所でヘルスケアやウェルビーイングに関する取り組みを行うのはストーリーとして語りやすい。OICとも共通点がありますね。どちらも地域に根差した公共の施設ですし。

石田:黒田さんのおっしゃるように、大熊町には非常に多くの課題があります。そして行政の人間は、課題を提示してアウトソーシングするのは苦手です。町の課題を目の前にすると、自分たちでなんとかしなければならない、と思ってしまう。
でも今回この大熊インキュベーションセンターの運営に黒田さんたちに参画していただき、課題解決をアウトソーシングしたおかげで、我々は自分たちのリソースを別の課題解決に使うことができます。意識を変えるためには、こんな風に外部の方に一緒に考えてもらい、課題を外に提示したことでうまくいったという成功体験を積んでいく必要があるのだと思います。

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10年後に3社以上の上場を目標に
中長期で大熊発の起業の成長を見守っていく

坂本:現在の手ごたえと、今後に向けてそれらをどのように発展させていきたいと考えていますか?

児玉:企画段階からさまざまな活用シーンを想定しながら設計条件を出し、余裕を持たせてつくったところもありますが、そうした部分を活用していただけている様子を見るとムダではなかったと思えて、設計冥利に尽きます。今後はここでの知見を次の施設をつくる時に活かしていきたいですね。

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石田:避難指示が解除されたばかりで、まだまだ電気がついて人が活動している気配を感じられる場所が少ないのが現状です。そんな中で、この大熊インキュベーションセンターで人が集まっていることを表現できたことは、とても嬉しく思っています。
先日、高校卒業以来会っていなかった同級生が、リモートワークをするために来てくれて何十年かぶりに再会することができました。また、先日実施したイベントでは高校生や大学生といった若い人がこの場所で今後の目標を語ってくれました。
効果はすぐに出ないものだと思っていますが、こうした人の営みをつなげていく必要があると思っています。

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黒田:つい昨年まで人が住めない地域だった場所にインキュベーションセンターをつくってもうまくいくわけがないといった外野の声を跳ね返すべく、まずは企業を誘致して人を集めることに注力しました。おかげさまで想定以上の企業に入居いただき、地域の人とさまざまな形でつながっていただけたので、いったん目標を達成できました。

ただ、町の課題解決に貢献し、形になったものをモデル化して他の地域に広げるといった本当の意味での価値はこれからだと思っています。短期的な目標や収益ではなく、長い目で育てていくことができるのが自治体と一緒にやっている強みです。ここを卒業した会社で10年後に上場している会社を10年で3社以上生み出すのが次の目標です。そして「大熊インキュベーションセンターにいれば成長できる」と感じていただけて、またいい会社が集まってくる循環が生まれるといいですね。

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坂本:「インキュベーション」は「孵化」という意味で、スタートアップの立ち上がりを支援する場所ですから、数年で卒業してまた新しい企業を迎え入れていくという、インキュベーション施設ならではの課題もありますね。そういう意味でまさに児玉さんがおっしゃっていた「小学校は人生のインキュベーションセンター」というように、小学校という場所で取り組むことにストーリーを描くことができそうです。

大熊インキュベーションセンターは、復興のシンボルとして、町の人が戻ってきた時に明かりが灯る場所であり、新しいことに挑戦したいスタートアップの人たちにとってはここに来ると協力してもらえて成長できるという希望の光を感じられる場所でもある。そうした二つの意味での光を感じられる場所として、これからますます発展していってほしいですね。本日はありがとうございました。

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大熊インキュベーションセンター

大熊に戻りたいと思える、魅力的な場所にしたい。そんな想いが込められた大熊インキュベーションセンター。古くからさまざまな地域の文化が交流していた大熊町で、復興のためにも、安心して生活できる環境をつくるためにも、ここOICに集う研究者や企業が牽引する形で、町に活気と賑わいを取り戻す挑戦をしています。

作成/MANA-Biz編集部