ブックレビュー

2023.08.01

写真集『ぼろの美』から人間らしい感性を取り戻す

美のものさしになった一冊

美しさとはなにか? 一人ひとりが持っている価値観は、美意識や日々の暮らし、仕事のやり方に現れる。40年前に夫の故郷である島根県に帰郷、のちに株式会社石見銀山生活文化研究所を設立し、長年にわたり地域に根差した豊かな暮らしや生き方と、その素晴らしさを伝えている、松場登美さんの美のものさしになった一冊が『ぼろの美』。

島根県にある人口2,200人の離島・海士町(あまちょう)で生まれた出版社「海士の風」は、顔の見える関係性を大切に丁寧な本づくりをしています。連載「働く人の心に響く本」では、海士町と共感で繋がり、様々な分野で活躍する"人生の先輩"が選んだ一冊を「海士の風」の出版プロデューサーが紹介します。

感性を揺さぶる本

ぼろの美 額田晃作(著) 青幻舎20230207.jpg

今回の一冊を紹介いただいたのは、世界遺産・石見銀山に本社を構え、ライフスタイルブランド「石見銀山 群言堂」をはじめ、古民家宿を数軒運営する中で、まちづくりの分野でも一目を置かれるようになった、株式会社石見銀山生活文化研究所の相談役の松場登美さん。

30数年間変わらず豊かな暮らしを大切に会社経営をしてきた松場さんの美のものさしとなった一冊が『ぼろの美』。本書は作家がコレクションした日本の使い古された布の写真集。はぎれを組み合わせ、繕われた跡が無数に残る布は、貧しさと豊かさが同居し、見る人の感性を揺さぶる。

『ぼろの美--襤褸残照』(著者:額田晃作 青幻舎)




1mmの狂いもない美のものさし

松場さんは20年前日本に住むアメリカ人の友人からのプレゼントで、『ぼろの美』(2000年発刊)と出合い、魂が震えるくらい衝撃を受けたという。2022年に続編が刊行された『ぼろの美』。それらの魅力を松場さんはこう語る。

「著者の額田さんはコレクターとして襤褸(らんる)(※)を集め、この本をつくりました。ここに出てくる襤褸たちは、どんな才能をもったアーティストにも真似ができない代物。昔の人のもったいないという精神だけで出来上がったもの。
またここに出てくる襤褸たちは貧しさの象徴でもあります。ものがなく、布が貴重だった時代、人々は継ぎ接ぎをしながら大事に使っていました。何度も何度も繕ったものに、私は美しさを感じます。
ここでいう美しさは、醜さと表裏一体です。ただ、襤褸に記された無数の継ぎ接ぎから、繕うという行為に込められた想いや重ねてきた時間、昔の人たちの生きた物語を感じ取れる...。そこに美しさがあるのだと、この本は気づかせてくれました」
松場さんは20年前初めてこの本と出合ってから、この本が1mmの狂いもない「美のものさし」になったと教えてくれた。

※襤褸(らんる):使い古して役に立たなくなった布。ぼろぎれ




現代のビジネスや価値観への違和感

長年にわたり、暮らしに根ざしたものづくりを手がけてきた松場さんは、現代の「美しさ」をどう感じているのだろうか。

「文明が進化し次々に新しいものが生まれ、人は新しいものにこそ価値があると信じ、古いものが捨てられていきました。美しさに対する現代の価値観は、『ピカピカに磨くことが美しい、白い方が美しい、明るいほうが美しくみえる』というもの。表面的な美しさを言っているように感じます。
また、目先の利益のために、すぐに儲かるとか効率よくやるとか、合理的だというほうに走りがち。事業をするからには利益を上げることは大事ですが、そのせいで心を病む人もいます」

「自然のリズムが崩れ、悩み、病んでしまうのが現代病。人間はあくまでも自然の生き物だし、誰しもが本能的な感性をもっているはずなのに、その感性が弱まっていると感じます。
同時に、現代の人は日々の暮らしの中に楽しさをみつける力、感じる力も萎えています。昔の人は誰しもが暮らしを豊かにするための知恵をたくさんもっていました。足元にある物の価値に気づいて、季節の移り変わりも含めて自然の変化を感じて楽しむ力があった。 感じる力を人間は取り戻したほうがいい。『感動』は『感じて動く』と書く、行動するにも本当に心が動かないと人は動かないと思います」
と豊かに生きるための感性や力を取り戻す大切さを語ってくれました。




人間らしい豊かな感性を取り戻す

松場さんは御年73歳、自身が大切にしたい価値観を軸に、自然のリズムに合った人間らしい豊かな暮らしを長年大切にしながら事業をしてきた。そして今はやっと時代が追いついてきたと言います。

「ここ石見銀山は、人口減少の最先端だったとも言えます。30数年前に過疎のどん底の町で事業を起こし、その後十数軒の古民家を再生してきました。
今地方の時代だとか、古民家再生がブームみたいになってるけど、行き過ぎた社会になるとみんな地に足のついた暮らしや足元を大切にする暮らしに戻ろうとします。事業の在り方も生き方も、非効率なことは結局効率的だったとやっと気づきはじめたのだと思います」

最後に、この『ぼろの美』は問いを発している本だと松場さんは言う。
「この本からは現代よりはるかに厳しい時代を生き抜いてきた人たちの、暮らしへの執念が伺えます。貧しさと豊かさ、醜さと美しさの両方を同時に見ることができます。現代の人は片側だけをみる。この本が表現しているのは表裏一体ということ。その在り方に今の人はどう思うのか。そこに醜さを見出すか、美しさも同時に感じるか。美意識は人それぞれですが、いずれにしても感じる力を呼び覚ます手がかりにこの本がなることを期待しています」

松場さんの話の後、改めてこの本を開くと感慨深いものがあった。一針一針に込められた想いに胸を打たれ切なくなる。『ぼろの美』の美しさをぜひ感じてみてほしい。


松場 登美(Matsuba Tomi)

1949年三重県生まれ。「石見銀山生活文化研究所」相談役。結婚を機に、夫の故郷である石見銀山で暮らし始める。1994年にアパレルブランド「群言堂」を立ち上げ、現在は武家屋敷を改修した宿泊施設「暮らす宿 他郷阿部家」も運営。2021年には石見銀山の町を再生・活性化させた功績で総務省主催「ふるさとづくり大賞」内閣総理大臣賞を受賞。ライフスタイルブランド「石見銀山 群言堂」は、現在全国に31店舗を構え、5,000万円からスタートした年商は20億円にまで拡大し、195名ものスタッフを抱えるまでに。(2022年時)

萩原 亜沙美(Hagiwara Asami)

海士の風 出版プロデューサー。大学卒業後、京都にまちづくり系NPOを共同で立ち上げ、2010年に海士町へ移住。海士町のスローガン「ないものはない」を念頭に、島にないものを仲間とつくりだす。生きる力と幸福度が高い。

海士の風(あまのかぜ)

辺境の地にありながら、社会課題の先進地として挑戦を続ける島根県隠岐諸島の一つ・海士町(あまちょう)。そんな町に拠点を置く「海士の風」。2019年から「離島から生まれた出版社」として事業を開始。小さな出版社なので、一年間で生み出すのは3タイトル。心から共感し、応援したい著者と「一生の思い出になるぐらいの挑戦」をしていく。

作成/MANA-Biz編集部