レポート

2023.02.07

人と事業をつくるイノベーションの「場」

~社会に開かれたイノベーションセンターとは~

ビジネス環境や消費者の価値観が大きく変化する中で、多くの企業では、組織・企業の垣根を越えたオープンイノベーション創出に向けてアクションを始めている。2022年12月8日開催のウェビナー「人と事業をつくるイノベーションの『場』~社会に開かれたイノベーションセンターとは~」では、イノベーションの場の先駆的存在として知られるFUJIFILM Open Innovation Hubの館長を8年間務めた小島健嗣氏を迎え、オープンイノベーションの場をつくる意義を語っていただいた。

登壇者

■小島健嗣氏(designMeME合同会社代表、富士フィルム株式会社FUJIFILM Open Innovation Hub元館長)

モデレーター:齋藤敦子(コクヨ株式会社 シニアリサーチャー・コンサルタント/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事)




複雑化する社会的課題の解決に向けて
オープンイノベーションが求められている

セミナーの冒頭ではモデレーターの齋藤が、「今、オープンイノベーションの場が注目される理由」や「イノベーションの場が抱える課題」について解説を行った。

齋藤:私と小島さんが参画している、一般社団法人Future Center Alliance Japan(以下、FCAJ)は、イノベーションの実践に取り組む企業や自治体、官公庁、大学、NPOなどが相互連携するアライアンス組織で、オープンイノベーションのための場づくりやそれにかかわる人材育成の研究と普及、実践の推進を目的として活動しています。

現在の社会課題はさまざまな要因が複雑に絡み合っており、1社だけで解決に取り組んでも社会にインパクトを与えるようなイノベーションを起こすのが難しい状況です。そのため、「どんな未来をつくっていきたいか」といったビジョンを産学官民の垣根を越えてオープンに話し合い、社会を変えていけるような製品やサービスを共創するオープンイノベーションが不可欠なのです。
このような時代の要請から、コロナ禍以降は特に、オープンイノベーション創出のための場を新設する企業が増えており、注目を集めています。

一方で、企業でイノベーションセンターなどの運営に携わる方からは、「オープンイノベーションの場はつくったけれど、成果を出すことができていない」「活動しているのは社内の限られたメンバーだけで、社内外の人材を巻き込むことができない」といった声もよく聞きます。
そういった課題から、まずは現状を把握するために、FCAJでは、イノベーションの場を評価する指標としてEMIC(Evaluation Model for Innovation Centers)というフレームワークを開発し、2020年には、日本とヨーロッパで運営されている約90拠点のイノベーションの場を対象に、これらを活用した調査を実施しました。

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調査結果を分析したところ、日本におけるイノベーションの場には「場の目的が不明瞭(または浸透していない)」「人の巻き込みに苦労している」「リソース(人材や資金)不足」といった共通の課題があることが明らかになりました。

多くの企業は、SDGsやESGに対して「ビジネスを通じてソリューションを提案し、社会実装していく」というミッションを背負っています。このミッションに対して企業はどのようなアクションを起こしていけるのか。イノベーションの場はどのような役割を果たせるのかを、FCAJは今後も考えていきたいと思います。




自分たちの強みを知るために
社外の価値観と出会う場づくりが必要

続いてdesignMeME合同会社代表の小島氏が講演を行った。富士フィルム株式会社勤務時代、プロダクトデザイナーを経て、オープンイノベーションの場「Open Innovation Hub」の館長として運営を担ってきた小島氏が、「企業がイノベーションの場をつくる意義」などについて語った。

小島:私が2021年まで勤務していた富士フィルム株式会社は、2000年代以降にビジネス上の転機を迎えました。多くの人がスマートフォンで写真を撮るようになると予想され、祖業であるアナログ写真フィルムの売り上げ悪化が懸念されたため、新規ビジネスを生み出さなければ立ちゆかない事業環境に追い込まれたのです。
私はプロダクトデザイナーとして入社したのですが、その後に新規事業創出に向けて、社内の技術者同士をつなぐ役割を担うようになり、社内でさまざまなテーマの研究を行う人材が集まる研究施設開設のプロジェクトに参加しました。その流れの中で、新しい研究テーマや技術を社外の方々に評価していただくことが必要だと感じ、社外との接点をもつための場としてOIH(Open Innovation Hub)の開設を経営層に提案し、実現に至ったのです。

人と人がつながる「場」は、4つの要素から構成されるという考え方(※1)に私は共感しています。場というと空間(Place)に注目が集まりがちですが、場にはさまざまな人々(People)が集まり、時間(Program)軸の要素も加わります。そして活動にあたっては、どんな手間(Process)をかけたかが非常に大切です。
4つの「P」を日本語に置き換えると、すべての言葉に「間」という文字が含まれていることに気づきます。「間」とは関係性を示す漢字です。人と人、アイデアとアイデアなど、さまざまな関係性を紡ぐのが場の役割といえます。
4つのPのうち、「人間」「時間」「手間」について考察することで、イノベーションを起こすうえで重要な要素が見えてきます。

6_rep_028_02.png ※1:哲学者の西田幾多郎氏や経営学者の野中郁次郎氏、紺野登氏らの実践と研究領域を指す。

人間(People)

組織・企業では、社会からの要請や経営視点などを複合したうえでビジョンを設定しています。ビジョンを策定するのは経営層ですが、そのビジョン達成に向けてアクションを起こすのは、その組織・企業に所属して働く1人ひとりのメンバーです。経営側に言われたから取り組むのではなく、「自分はそのビジョンに向けて何ができるのか」を考えて新規事業をつくり、場を運営していくことが求められます。


時間(Program)

今の時代はDXがクローズアップされ、ICTやAIが注目されています。しかし、長い歴史を踏み固めてきたメーカーやサービス企業は、アナログ時代に培った技術やネットワークなどさまざまなアセット(財産や強み)を蓄え、レジリエンスを高めてきたはずです。長い時間軸で自社を俯瞰することによって、蓄積してきたアセットを今の時代に合わせて活用するためのヒントが見えてくるかもしれません。


手間(Process)

現業がうまくいっている場合、自分たちの強みを客観的に認識するのが意外に難しいものです。あえて「自分は何者であるか」を問い直すのは手間かもしれません。しかし、イノベーションの場を社会につくれば、自分たちだけでは気づきにくい個性を社外の方から指摘してもらえるうえ、「壁打ち」しながら自社のアセットを言語化できるようになります。手間をかけて自社の強みを知り、表出することによって、社外と共創するきっかけが生まれやすくなります。

イノベーションと聞くと、まったく新しいことを始めなければならない、と考える人が多いかも知れません。しかし、現業の延長線上で時代にフィットすることや、同時に今までのアセットを活かして新しい領域に出て行くことで、新しい価値を提供することが可能です。この2つの手法で成功事例を積み重ねていくことで自信が育ち、さらに新しい価値創造に向けてアクションを起こしやすくなります。最近この考え方は「両利きの経営」(※2)として注目されています。

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例えば富士フィルムではOIH設立の数年前から、新規事業として化粧品分野に参入しました。私たちが蓄積してきた技術による裏付けをもとに始めたわけですが、その先には「健康やウェルビーイングにどう貢献していけるか?」という問いがありました、
それまで長らく手がけてきた画像診断のビジネスに加えて、今後は予防や治療などにも取り組むことで、社会に必要とされる企業であり続けられるだろう、というビジョンを描いたわけです。そして、トータルヘルスケアカンパニーという最終目標に向けて、ビジネス戦略を持ちながらできることを1つずつやってきました。

ビジョンを描くには、自分たちの強みを見直すことも必要です。今まで接点のなかった人と交流しながら、自社のアセットを活かして価値を生み出していくために、オープンイノベーションの場は今後ますます必要になるでしょう。

※2:「両利きの経営」は2004年にアメリカのオライリー教授とタッシュマン教授がハーバードビジネスレビューに発表した理論。2019年に日本語版が出版され際、富士フイルムと経営破綻したコダックが比較されていたことでも注目を集めた。



多様な社会課題に向けて何ができるか
社外からの指摘で気づく場合も

セミナー後半は、オープンイノベーションに関する具体的な悩みについて、小島氏と齋藤によるトークセッションを行った。

齋藤:コロナ禍以降、社会課題をビジネスとして解決することがより強く求められるようになりました。企業にとってはプレッシャーという面もありますが、1つのチャンスと考えることもできるのではないでしょうか?

小島:その通りです。例えばSDGsという指標が普及したことで、私たちは共通の目標をもって活動できるようになりました。ただ、SDGsと一口にいっても幅広い内容が含まれているので、その中で「自分たちができることは何か」「課題解決に向けてどう関与していけるか」を考え、リアルなテーマに落とし込んでいくことが求められます。
イノベーションセンターなどの場は、自分たちが取り組むべきテーマを見つけるための場所として有効だと思います、社外の人を招いてさまざまな対話をすることによって、自分たちの強みを客観的に知り、できることを発見していけるはずです。

齋藤:社外の人材を巻き込むということは、社外で起こりつつある未来を社内に取り込んでいくことでもあります。その意味でも、イノベーションの場を運営することは大切ですね。




オープンイノベーションを加速させる
「共感」とは?

齋藤:オープンイノベーションを起こすにあたっては、たくさんの人を巻き込んでいくことが求められます。共創において大切なことはなんですか?

小島:私は以前、あるコンサルタントの方に「日本人はSympathy(同情)からアクションを起こすことが多いけれど、小島さんの場合はEmpathy(共感)を実践していますね」と言われたことがあります。Sympathyは「あなたが困っているから一緒にやりますよ」というニュアンスですが、Empathyの場合は「あなたがそこまで言うなら、私の専門性を提供しましょう」といった関わり方をしていきます。互いが自律的に自己の専門性をもって関わるEmpathyが、共創には不可欠です。
Empathyを持ち合うには、互いにリスペクトを忘れないことが大切です。人はどうしても、過去の成功体験に基づいた価値観を相手にも押しつけてしまいがちですから。

齋藤:日本企業には転職経験が少ない人が多いこともあり、1つの会社で成功体験があると、その人が声高に自分の価値観を強調してしまいがちです。その意味でも、自分たちの所属する組織の論理が通用しないメンバーと接点をもつための場が必要なのですね。

小島:自分たちの価値観を柔軟に保てるのはもちろん、社外の価値観を自分たちのそれとすり合わせる力を持った人材が育つことも、イノベーションの場をつくるメリットの1つです。




イノベーション創出には
効率を求めない方がよい?

齋藤:小島さんのお話に出てきた「手間(Process)」という概念はとても面白いと感じました。何事にも効率性が求められる時代ですが、イノベーションにおいては手間をかけてこそ育つものもあると感じます。

小島:例えば社外から情報を得ようとするとき、「この人なら有効な情報をたくさん提供してくれるだろう」と見込んだ1人に会うのは効率的ですが、私はそれより100人と会う手間をかける方がよいと思います。最初からフィルターをかけない方が、思いがけない情報に出会えるのではないでしょうか。

齋藤:100人に会うのに通常は3年かかるとして、イノベーションの場なら1週間で実現できるかもしれません。

小島:可能だと思います。社外の人を集めるのは大変ですが、場に魅力があれば「あの場所に行けばいろいろな人とつながれて、得られるものが多い」と感じて、たくさんの人が訪れるはずです。その組織や運営メンバーが場をどうつくり、どんな魅力を持たせるかで、イノベーションのあり方も決まってくるでしょう。

齋藤:企業が社会と双方向に関わっていく。今の時代は企業の発信だけで共感を得ることは難しいと感じています。場をつくって社外の刺激を取り込んでいくことで、より共感を得やすいイノベーションが生まれ、社内の人材も育っていくのではないでしょうか。いずれも長いスパンで見ていく必要がありますね。本日は貴重なお話をありがとうございました。



小島 健嗣(Kojima Kenji)

1986年にプロダクトデザイナーとして富士写真フイルム株式会社(現・富士フィルム株式会社)に入社。構造改革や事業改革に携わった後に、社内外の共創のための場「Open Innovation Hub」を2014年に立ち上げ、館長として運営を担う。2021年に退職後、2022年にdesign MeME(デザイン ミーム)合同会社を設立し、デザイン思考に基づく企業支援や講演などで活躍中。

齋藤 敦子(Saitou Atuko)

コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事
設計部にてワークプレイスデザインやコンサルティングに従事した後、働き方と働く環境についての研究およびコンセプト開発を行っている。主にイノベーションプロセスや共創の場、知的生産性などが研究テーマ、講演多数。渋谷ヒカリエのCreative Lounge MOV等、具体的プロジェクトにも携わる。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 ワークプレイスの知的生産性研究部会 部会長など兼務。

文/横堀夏代