レポート

2022.07.13

新生命産業を「共創」する

革新的技術を動かす主役と目的、エコシステムとは?

日本の経営学の草分けである野中郁次郎氏、紺野登氏が発起人となる「トポス会議」。第16回目のテーマは「新生命産業の共創~構想力が築く未来」だ。経済、社会規範が大きく揺らぐ劇的変化を迎える今、これからの産業構造の中核となると予測される「新生命産業」とは。ライフサイエンスを論じる際に避けて通れない倫理・パーパスをどう捉えるか、中心となって動かす存在は誰か。多摩大学大学院教授の紺野登氏を始め、横浜市立大学医学部と東京医科歯科大学の史上最年少教授に就任した武部貴則氏、ニューヨーク大スターン経営大学助教授でフューチャートゥデイインスティテュートの創設者であるエイミー・ウェブ氏などを迎え、新生命産業のあり方について議論した。

登壇者

■紺野登氏(多摩大学大学院教授、ECOSYX LAB代表、FCAJ代表理事)
■武部貴則氏(東京医科歯科大学・横浜市立大学・シンシナティ小児病院教授)
■エイミー・ウェブ氏(フューチャー・トゥデイ・インスティテュート創設者、ニューヨーク大学スターン経営大学院教授、多摩大学大学院グローバルフェロー)
■ステファン・ギュルテンバーグ氏(リヒテンシュタイン大学教授、ニュー・クラブ・オブ・パリ(以下、NCP)代表)
■ガレス・プレッシュ氏(ワールド・ヘルス・イノベーション・サミット創設者兼CEO)
■ラーダーキリシャナン・ナーヤ氏(P&G日本・韓国担当オープンイノベーションディレクター)
■レイフ・エドヴィンソン氏(ルンド大学名誉教授(スウェーデン)、NCP創設者)
■留目真伸氏(サンドレッド代表、前レノボジャパン代表)
■ワルトラウト・リッター氏(ナレッジダイアログ代表、NCPメンバー)
■トゥルルス・ベルグ氏(オープンイノベーション・ラボ・ノルウェー創設者)
■ルシア・シール氏(欧州委員会・欧州クラスター専門家グループメンバー)
■元橋一之氏(東京大学工学系研究科 技術経営戦略学専攻教授)
■ポール・イスケ氏(「輝ける失敗研究所」最高失敗責任者、マーストリヒト大学教授、多摩大学大学院グローバルフェロー)




新生命産業の共創

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従来の枠組みに捕らわれずに考える必要

紺野登氏:多摩大学大学院教授、ECOSYX LAB代表、FCAJ代表理事

紺野: VUCAという言葉では言い尽くせない劇的な変化の中、地球環境と人間生活の持続可能性が問われる一方で、革新的な技術も生まれています。合成生物学やIPS細胞といったライフサイエンス分野や、AI、ロボット、メタバースなどの人工的で仮想的な生命や知能、生活空間なども現実になりつつあります。
今後再生細胞が食卓に並ぶようになるとしたら、命に関する概念も変わります。そこには新しい倫理観が課題になるでしょう。

私は21世紀の産業は、従来の自動車や半導体といったものから、生命倫理や精神性を基盤にした、よりソフトな産業社会に変わるだろうと考えています。新生命産業というテーマは、人類の長寿化や高齢化といった課題にも関わってきます。
人間と動植物の世界との境界も含めて、地球と人類の未来を支えるために何が必要なのか。このような広いテーマを、従来の産業政策のように経済や産業技術市場の枠組みだけで考えていていいのか、という疑問が上がってきます。
そこで、従来の枠組みに捕らわれない人類の英知が必要になるのではないか、と考えたことが、今回のトポス会議の背景となります。




マイ・メディシン(私にとっての医療)

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インベンションがイノベーションの源泉になる

武部貴則氏:東京医科歯科大学・横浜市立大学・シンシナティ小児病院教授

武部:私は現在国内外4か所の研究室で活動しており、肝臓などの人間の臓器のミニチュアを開発するなど、将来の医療を変えるための研究を行っています。「My Medicine」とは、次の時代の医療における考え方として、だれかのために役立つ新しい技術をinvention(発明)し、それが多くの方に役立つものだという光明が見えてきたらより多くの方に届けるためにinnovation(革新)することだと考えます。

研究の多くは、基礎技術のインベンションまで至ったとしてもそこで終わってしまうことが多々ありますが、その技術をどうやって患者や社会に届けるか、つまりイノベーションにつなげることが重要です。
インベンションはイノベーションの源泉です。発見や発明や方法論があってこそ、世界を変えるようなイノベーションが生まれるため、インベンションをイノベーションにつなげることがとても重要なのです。


インベンションが生まれるために必要な3つのフレーム

しかし、大学で一定の立場になると提供される、お金や研究のための場所、メンター制度などを総称した「スタートアップパッケージ」が、日本の大学にはありません。ただ、大胆な挑戦や好奇心に応じた調査をする機会がなければ、革新的な発明にはつながらない...。だから日本の大学でインベンションはなかなか生まれないのです。
一方、日本はインベンションがある程度形になってきて、応用してイノベーションにつなげる段階ではサポートが充実しているという特徴があります。つまりいいインベンションがあればイノベーションが生まれやすい環境であるともいえます。

そこで日本的に欠けているイノベーションエコシステムを作るために、社団法人「The Stellar Model FOUNDATION」を立ち上げました。同法人ではインベンターと様々なステークホルダーをつなぎ、リソースの提供やコミュニティをつくる形で支援しています。 インベンションの連続的創出のためには、「人間の持つ創造力」「共鳴する様々な人の巻き込みから生まれる新しい視点」「多様な人々と共有できる価値」、この3つのフレームがベースになると考えています。



驚く早さで開発できたのはパートナーシップビルディングの賜物

例えば現在、父が呼吸器の病気を患ったことがきっかけで、お尻から酸素を液体の状態で届ける「EVA技術」を開発しているのですが、その実用化に向けてスピンアウトベンチャーを立ち上げました。お金も人もない中で速やかに開発を進めるために重視したのがパートナーシップビルディングです。様々な企業に声をかけてアライアンスを組むことで、今年から臨床試験に入ることができます。
一般的には論文が出てから患者に届くまで15年かかると言われている中で6分の1の早さで開発できたのは、インベンションをイノベーションにつなげるためのパートナーシップを作り込んだからだと考えます。

「スタートアップパッケージ」のない日本の基礎研究環境ではインベンションは生まれにくいので、学部や大学院にいる間(独立する前)にどんどん挑戦的な開発に取り組んでいくことをお勧めしたいです。同時に日本でもインベンションを支える新しい研究のロールモデルをつくっていく必要があると考えています。




生命創生機械

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世界で最も注目されている「合成生物学」

エイミー・ウェブ氏:フューチャー・トゥデイ・インスティテュート創設者、ニューヨーク大学スターン経営大学院教授、多摩大学大学院グローバルフェロー

ウェブ:今グローバル経済を変える潜在力がある技術として、世界で最も注目されている領域の一つが「合成生物学」です。これはコンピューターサイエンス、工学、デザイン、生物学などの多分野にまたがるものです。生命体を分子レベルで再設計して新しい目的を持たせ、異なる環境に適応できるようにしたり、新しい能力を与えることができます。究極的には生命を延長させるために使われるようになるでしょう。

例えば合成生物学を使って人工培養させたバイオ鶏肉は、すでにシンガポールのレストランで提供され始めています。これによって将来サプライチェーンが大幅に短縮され、鶏肉生産者や輸出業者のプレイヤーが変わる可能性があります。



合成生物学の進化で変わる、生命の誕生や医療の可能性

ウェブ:合成生物学が進むことで、生命の誕生や家族形成においても、あらたな可能性が見えてきています。

現在研究されているIBGというプロセスがあります。皮膚細胞や血液細胞などを使ってリバースエンジニアリングを行い、iPS細胞という特殊な幹細胞を作り直すプロセスです。
遺伝子的に初期化して胚の状態にすることで、筋肉組織や精子や卵子などあらゆる細胞になる可能性があります。それにより子どもを作る方法も変わるかも知れませんし、皮膚の手術も痛みを感じることなく行うことができるようになるでしょう。2018年には日本の科学者がIPS細胞を使って人の卵子を作ることに成功しています。
未来の医療が細胞を初期化して再プログラムするものになるとしたら、医療を受けられるかどうかの判断基準は年齢になるかもしれません。

また、臓器から採取した様々な細胞を組み合わせて細胞を作ることができれば、人間や動物に害を及ぼすことなく新薬の臨床テストをすることができるようになるでしょう。また、繊維を合成生物学によって生産できようになれば、大量の石炭や水を消費するこもなくなります。

様々なリスクもありますが、このように様々な産業を根底から変える可能性があるのが合成生物学なのです。




新生命産業共創のための目的論

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新しい産業を創り出すためになぜ「目的」が必要なのか

ラーダーキリシャナン・ナーヤ氏:P&G日本・韓国担当オープンイノベーションディレクター

ナーヤ:まず最初に、新生命産業共創のためになぜ目的(パーパス)が必要なのかについて話したいと思います。

社会における企業や組織の存在価値をはかるうえで、「なぜやるのか」「どのようにやるのか」といった目的が重要です。
よく混同されますが、ミッションは「やること」であり、ビジョンは「これから向かっていく先のこと」です。それに対して目的は「時間が経ってもリーダーが変わっても変わらないもの」であり、「倫理観が示されるもの」です。

例えばテスラ(アメリカの自動車メーカー)の目的は、電気自動車をつくることではなく「持続的な輸送手段を提供し、地球が変化するスピードを加速すること」であり、パタゴニアは単なるスポーツ用品をつくる会社ではなく「故郷である私たちの惑星を救うビジネスに携わること」を目的としています。

新しい産業をつくるためになぜ目的が必要となるかというと、目的は人と組織と政治をつなぐため、より志の高いゴール達成に向けたモチベーションを維持するために非常に重要となるからです。



目的や倫理観をプロジェクトの中心に置くことの重要性

ガレス・プレッシュ氏:ワールド・ヘルス・イノベーション・サミット創設者兼CEO

プレシュ:私は健康とウェルビーイングを目的とした事業創出を支援することで、人々の健康維持に寄与する活動をしていますが、そこで重要と考えているのが、倫理的背景と価値観です。
例えばヘルスケアサービスでは非常に多くのスタッフが必要ですが、ハードな仕事であるため退職者も多い。その人材不足を解消するためには「目的」が重要になります。つまり明確な目的があることで、新しい価値を創造することができ、新たな雇用を生み出すことにもつながるのです。

また、違法な活動は正し、持続可能な開発を支援し、それによって得た資金を健康領域に投資する...、循環型の社会を生み出す活動もしています。
こうした倫理を中心に置いたプロジェクトの仕組みは、新しい産業にも活かすことができると考えています。



社会のために何ができるか、成果を計測するKPIの設定も重要

ステファン・ギュルテンバーグ氏:リヒテンシュタイン大学教授、NCP代表

ギュルテンバーグ:私たち「ニュー・パリス・クラブ」では、世界の知的経済の発展のために、起業家や科学者、政治家、オピニオンリーダーなどと共に調査・研究を行ったり、世界的な研究活動や調査をコーディネートする役割も担っています。
例えば、気候変動や難民の問題など、国を超えて対処すべき様々な問題がありますが、私たちがコーディネートすることで、国際的な会議やラウンドテーブル等で多様な人が集まって議論することができるからです。

また、成功を計測するためのKPIを設定することも重要だと考えています。例えば「未来のCEO」という経済社会変革推進協会では、地球温暖化を止めるためのパリ合意を受けてコミットメットを出し、持続可能な世界の実現に向けて方向性を定め、天然資源の浪費を抑制するためのイニシアチブを取り、CO2排出に価格付けを行うことで、成果を計測可能にしています。
活動するにあたり我々は、ただ研究して論文を出すことを目的にするのではなく、より良い未来の社会のために何ができるか、責任を持って考える必要があるのです。



倫理的な境界線を守るためには対話が必要

武部貴則氏:東京医科歯科大学・横浜市立大学・シンシナティ小児病院教授

武部:(ナーヤ氏からの「目的と倫理観の関係性について」という質問を受けて)研究所でインベンション(発明)しているときにはまだ技術も物理的なモノもない状態なので、あまり倫理的なことは考えていません。倫理的なことを意識するのは、インベンションが形になってきてパートナーと一緒により具体的に進める段階になった時です。

例えば培養によって幹細胞をつくることは、人間のようなものをつくることになるので、倫理的な側面から課題を突きつけられることもあります。幹細胞の培養によって何ができて何ができないのか、科学的な知識がない人でも内容について十分理解できるように話し、倫理的な側面についても同じレベルで理解してもらうことが重要です。

物の見方には多様性があり、誰を助けたいのかによっても倫理観の境界線は違うかもしれません。例えばブタの心臓や腎臓など異種間の移植について抵抗を感じる人はいるでしょう。しかし、移植を必要とする患者や患者の家族は必死です。置かれている立場によっても捉え方は異なるので、できるだけ多様な人と倫理について話すことが大事だと考えます。

ナーヤ:倫理的な境界線をどのように定義するのか、どのように科学や技術を理解するのか、人間的なものとは何かといったテーマについて、これらすべてを抱合して長期的な視点で考えるべきだということがよくわかりました。
ヘルスケア全体について、医療、臨床、SDGsなど幅広い視点で理解することが重要ですね。




新生命産業共創におけるインタープレナー

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新生命産業共創の中心を担う"インタープレナー"

留目真伸氏:サンドレッド代表、前レノボジャパン代表

留目:新生命産業の共創は、単独では達成できないため、エコシステムをつくることが必要です。私はそのために「SUNDRED」という会社を創設しました。SUNDREDは様々なステークホルダーをつなぎ、世界観や目的を共有し、100の新産業を共創していくことをめざしています。

SUNDREDではリビングラボの実施のほか、"インタープレナー"の育成も行っています。インタープレナーとは、社会変化や課題に敏感に反応し、主体的に意思を持ってプロジェクトに参画して新しい社会価値を創出し、社会と価値交換を行っていく個人のことです。
新生命産業の共創において、中心となって動かしていく主役はインタープレナーです。古い組織の中にも、定義されていないだけでインタープレナーは存在しているはずです。
インタープレナーが組織の内側だけでなく、よりよい未来をつくっていくという意思を持って組織の枠を越えて対話を通じて社会とつながり、新生命産業のエコシステムをつくっていく必要があるのです。



次世代のインタープレナーを育成するための取り組み

レイフ・エドヴィンソン氏:ルンド大学教授、NCP創設者

レイフ:インタープレナーといえは、例えばイーロン・マスク氏やニコラ・テスラといった人が挙げられます。ニコラ・テスラは磁束密度の単位である「テスラ」にもその名を残した電気や電磁波を用いた技術の歴史を語るうえで非常に重要な人物であり、彼の発明がその後様々な技術に発展しています。
こうしたインタープレナーを育成するための取り組みは世界中で行われています。例えば言語リテラシーを最大化させる対話型学習ツール「ORACY LAB」は日本やEUでも活用され始めています。私たちの脳の97%は未知の領域であり、脳は自分の中だけでなく周囲にも存在しているともいわれています。その素晴らしい"脳力"を広げていくことが必要です。



イノベーションは境界線を越えた「交流点」に生まれる

ワルトラウト・リッター氏:ナレッジダイアログ代表、NCPメンバー

リッター:インタープレナーになるためには、新しいトレンドやリスクをデータ分析することも重要ですが、ランダムさやセレンディピティも重要です。
生物学や物理、建築、医学など、境界線を越えていろいろな分野が交流することで、自分の専門分野ばかりに特化して考えていては生まれないようなひらめきが生まれます。イノベーションは「交流点」に生まれるものです。

インタープレナーシップは大学のカリキュラムで身につけられるものではなく、経験から生まれてくるので、自分を常に様々な場面に遭遇させること、多様なプロジェクトに参加してチャンスをつかむことが大切です。

先ほどインタープレナーの例として名前の挙がったイーロン・マスク氏は新しいタイプの自動車を作り出しましたが、今後はさらに、未来に向けて持続可能な、新しい都市部の移動システムを考えるべきです。例えば歩くための環境を整備することで、ウェルビーイングやゼロカーボンに対してさらに貢献することができます。モビリティひとつとっても、新しい発想で考えてエコシステムを構築することが重要なのです。



これからのROIの定義は「Return On Innovation」であるべき

トゥルルス・ベルグ氏:オープンイノベーション・ラボ・ノルウェー創設者

べルグ:イノベーションは組み合わせによって生まれるもので、1+1=2ではなく11になることもあります。その際インタープレナーが非常に重要な因子となってきます。これから仮想空間、ソサエティ5.0といったイノベーションはまだまだ発展していくはずです。経営者はROIを、「Return On Investment(投資利益率)」ではなく「Return On Innovation」、つまりどれだけイノベーションの見返りが得られたかで見るべきだと考えます。

紺野:インタープレナーとは、単にいろいろなものをつなげる能力があるだけではなく、新しい目的や価値観、倫理観を理解して場をつくることができる人のことだと感じました。
日本語にしにくい言葉ですが"精神性"に根ざした新しいタイプの人材であり、そういった人材を探索して、能力の断片を引き出していくことが重要です。
日本のイノベーションに関する人材の問題意識はまだ低い。力強いイノベーションを起こすためには、もっと人材の問題を真剣に考えていく必要があると思います。




新生命産業共創にみる未来のエコシステム

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エコシステムを設計するために必要な観点

ルシア・シール氏:欧州委員会・欧州クラスター専門家グループメンバー

シール:既知の領域から新生命産業のような未知の領域に移行するためには、ビジョンと新しいエコシステムが必要です。
そしてエコシステムの設計には2つのアプローチが考えられます。1つは、自然発生し育っていくという可能性。それには時間がかかるでしょうし、どんな結果になるかはわかりません。もう1つは、整備し意図的に介入してつくっていくというものです。

この設計について考えるためには、エコシステムはどのようなところから発生するのか、インタープレナーのようなメインプレイヤーをどこから見つけて協力を促すか、彼等の原動力になり得るものは何か、どんな形でエコシステムを構築し、どのように長期的な持続可能性やレジリエンスを持たせるかといった様々なテーマについて議論する必要があります。



エコシステムの礎となるインタープレナーに必要な能力

元橋一之氏:東京大学工学系研究科 技術経営戦略学専攻教授

元橋:コンピューターサイエンスとライフサイエンスが融合するという合成生物学についての話は興味深く、そこに向けて準備しなければなりません。
しかし、現時点においては人体が相互にどのような作用を引き起こしているかすらわかっていないところもあります。何かが変わると、全身にいろいろな反応が起こります。人体とはかなり複雑なシステムなのです。
ですから新生命産業の創出は、ひとつの産業や一人のインベンター、インタープレナーだけで行うのは難しいわけです。

ビジネスエコシステムとは、政府や大学、NPOなどの中に場やプラットフォームをつくり、インタープレナーが礎となって指揮を取る。そこに人が引き寄せられ、行動が変わっていくことで形成されていくのだと考えます。
そのためインタープレナーには人を引き寄せる魅力やコミュニケーション力の他にリーダーシップや管理能力なども必要となります。



エコシステムに必要不可欠なのは「信頼」

シール:エコシステムのもとになるものとしてコラボレーションが必要で、これが燃料となってイノベーションを引き起こします。
交流を円滑化するために誰が主導権を握るかと同じくらい、信頼に基づいた関係性がエコシステムの中に必要です。信頼があるからこそ連携が生まれてきます。信頼から未来志向のコラボレーションが生まれるのだと考えます。



集団知で初めて「ゾウ」が見えてくる

ポール・イスケ氏:「輝ける失敗研究所」最高失敗責任者、マーストリヒト大学教授、多摩大学大学院グローバルフェロー

ポール:素晴らしい目的やイノベーションやアイデアがあっても、実際に形にする最後の段階が一番難しく、私たちは「最後の1マイル」と表現しています。そして実現にあたって重要なのが組み合わせです。

有名な例えに目隠しをした人たちにゾウの足や体などを触らせ、対象を当てさせるという話があります(「群盲象を評す」)。「壁だ」とか「木だ」とか、触る場所によって違う答えが出てきますが、ここでコンビネーションが必要になります。集団の認知によって初めてゾウが見えるようになるのです。

いかにバリアを取り払い、つながることができるかが重要なのです。またゾウ(対象)もまた変化していくものなので、動的に見ていく必要もあります。

組み合わせによるイノベーションでは、正しい目的を持ち、正しい場で集まって、一緒になることで何ができるのかを問うことが大切です。私たちには知性があります。「AI」とは「Artificial Intelligence」ではなく、「Augmented(拡大的・追加的な)Intelligence」であり、これがエコシステムの原動力だと考えます。




目的に向けてどんどん失敗できる 場をつくることが重要

紺野:新生命産業は医療だけでなく食の問題など、かなり広範囲に影響を及ぼすものです。
ヘルスケア領域では、病院をモデルとした医療は特にコストの面からも限界を迎えていることは明らかであり、個人向けのモデルにシフトしていく必要があります。
新しい技術は次々と誕生していますが、だれもまだ大きな絵は描けていません。ですからリスクがある中でも「目的」を定めて「場」をつくることが大切です。
1社だけでは実現できないので、どんどん失敗していけるような環境をつらなければ前に進めないということだと思います。




クロージングスピーチービデオ

野中郁次郎氏:一橋大学名誉教授、トポス会議発起人、FCAJ特別アドバイザー
我々はあらかじめ作られたシナリオは複雑な世界では役に立たないということを経験してきた。状況変化にどうやって対応を繰り出していけるのか。その差異が社会経済のその後に影響する。
新生命産業の共創とは、私たちの生き方や存在意義を問うことである。
科学技術よりも芸術や人間性が優先されるべき。
実践的な知恵、賢慮が重要である。
相互主観性、共感に基づく知的戦いの場(トポス)の重要性を認識して欲しい。



FCAJ

一般社団法人Future Center Alliance JapanFCAJ)は、フューチャーセンター®︎、イノベーションセンター、リビングラボなどの場を通じてイノベーションの実践に取り組む企業、自治体、官公庁、大学、NPO等が相互連携するアライアンス組織。

文/中原絵里子