組織の力

2021.08.23

凸版印刷の変革と挑戦〈前編〉

「人間尊重」に根ざした戦略的ダイバーシティ&インクルージョン

ダイバーシティ推進室を設置し、戦略的にD&I(Diversity and Inclusion)を進める凸版印刷株式会社(以下、凸版印刷)。歴代の経営者が掲げてきた「人間尊重」がDNAとして脈々と受け継がれるなか、さらなる持続的な成長のためにD&Iに取り組んでいる。その背景・経緯や、障がい者雇用や性的マイノリティへの理解促進などの具体的な施策について、同社人事労政本部人財開発センター部長 兼 ダイバーシティ推進室長の澤田千津子氏らに伺った。

凸版印刷のD&I推進を支える「人間尊重」

凸版印刷に「ダイバーシティ推進室」が設置されたのは、2019年4月。「ダイバーシティ推進チーム」という小規模なチームだったものを、一部署として組織のなかに位置づけ直し、現在は戦略的にD&Iを進めている。凸版印刷のD&I推進の大前提となるのが、「人間尊重」という考え方だ。この考え方について、澤田氏は次のように説明する。

「凸版印刷では代々、『人間尊重』に基づく経営を行なってきました。人間尊重は、組織にとっても従業員一人ひとりにとっても一つの指針になっており、経営方針や新規事業といった重要な意思決定のシーンでも、人間尊重に沿ったものかどうかという視点は常に意識されてきました。また、人事労政本部としても『企業は人なり』をモットーに、従業員一人ひとりが能力や個性を十分に発揮できる体制づくり、『やる気・元気・本気』をもって働ける環境づくりに注力してきました。互いを認め合い尊重し合うという人間尊重の文化や空気は、どの職場にもかなり浸透しているという実感があります」(澤田氏)




人間尊重の理念・社風を体現し、
早くから障がい者雇用を推進

「人間尊重」を体現した一つの例が、障がい者雇用だ。1993年に凸版印刷、東京都、板橋区の共同出資で特例子会社・東京都プリプレス・トッパン株式会社を設立。重度の障がいをもつ人も、その能力を十分に発揮できる雇用の場を創出することを目的とし、車椅子利用者も働きやすいよう、当時としては珍しかった完全バリアフリーの社屋を建設した。

「当時の業務は、製版など印刷の前工程の作業が主でした。パソコンで行う作業が主なので、車椅子の従業員も取り組みやすいのです。ペーパーメディア事業の縮小や精神・知的障がい者の雇用の増加など時代の流れもあり、現在では職域を更に拡大し、トッパングループのオフィス業務サポート事業も行っており、トッパングループの働き方改革にも大きく貢献してくれています」(凸版印刷株式会社人事労政本部人事部 兼 ダイバーシティ推進室 池谷奈津子氏)

同時に、トッパングループ内での障がい者雇用にも力を入れている。各事業部にて障がい特性に適した職域を開拓しており、工場での雇用も進んでいる。

「工場では、例えば、これまで外注していた作業工程を内製化するなど、業務全般の見直しと、障がい者の職域開拓を両輪で進めています。それが、皆が共生できる職場風土を生み出す工夫の一つではないかと思っています」(池谷氏)

例えば、エレクトロニクス事業本部の滋賀工場では、近隣の特別支援学校と連携し、定期的に障がい者を雇用している。当初は現場に指導員が入っていたが、今では障がいをもつ従業員のうち熟練者がリーダーとなり、職場を支えている。

「コミュニケーションが少し苦手なメンバーには、休憩時間に積極的に声をかけることなどを意識しているようです。障がいをもっている人が働く職場が、特別な環境ということではなく、チームのミーティングや、工場イベントにも皆で参加し、お互いアイデアを出し合い相乗効果を生み出しています。このような事例を全国に水平展開しながら、多様な人財がいきいきと働くことができる職場を今後も地道に増やしていきたいと思っています」(池谷氏)

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㈱トッパンエレクトロニクスプロダクツ滋賀工場




前向きの危機感から変革・挑戦へ
起爆剤になるのは、戦略的なD&I

このように、世間でD&Iが声高に叫ばれるようになる以前からその土壌が醸成されていた凸版印刷だったが、課題もあった。「思想も制度もあり社内に浸透もしているが、経営戦略的な意味合いは薄かった」と澤田氏。D&Iに戦略的に取り組むようになった背景には、「前向きの危機感があった」という。

「凸版印刷は120年の歴史のなかで主に印刷業を生業としてきた企業で、組織のあり方や仕組みも製造業を軸としたものになっています。ところが昨今では、従来型の印刷事業は縮小傾向にあり、DX(デジタルトランスフォーメーション)をはじめとした新たな事業領域へと拡張・シフトしています。そうしたなか10年ほど前から、経営トップのメッセージにより、従来のシステムのままでは立ち行かない、変革が必要だという危機感が生まれてきました。ピンチをチャンスに変えよう、今こそ新しいことに挑戦していこう、どんどん変わっていこうという、いわば前向きの危機感です」(澤田氏)

「前向きの危機感」に端を発し、凸版印刷の事業領域はこの10年間で大きく拡張した。顕著なのが、社会課題を解決するビジネス、いわゆるソーシャルイノベーションが求められる領域だ。澤田氏はこれを「さまざまな組織や人とのコラボレーションにより、世の中にないビジネスをつくり出していこうという変革と挑戦」と表現する。

事業領域の拡大に伴い、求める人材やスキルも多様化。BPO(Business Process Outsourcing)事業も拡大し、従業員の雇用形態も多様化した。事業の変容により採用や人事のあり方が変わるというかたちでも、D&Iが進んでいったのだ。

「事業面のニーズからもD&Iが進んだ状況を受け、また時代の潮流もあり、ESGやSDGsへの取り組みも含めてD&Iを戦略的に位置付けて加速させ、社外への発信も進めていこうということになりました。こうして設置されたのが、ダイバーシティ推進室です。D&Iをさらなる変革と挑戦の起爆剤にしようという期待感と覚悟をもって、戦略的に取り組んできました。2020年には企業としての推進方針を取りまとめて『サステナビリティー・レポート2020』に掲載しました」(澤田氏)



「Sustainability Report 2020」(2020年9月発行)1_org_152_02.jpg
トッパンでは、サステナビリティの考え方や取り組み姿勢、また各種パフォーマンスデータを含む幅広い情報をステークホルダーの皆さまにお伝えするため、「Sustainability Report」 を発行しています。




性的少数者への理解・配慮を促す施策を展開

近年、D&Iの取り組みとして新たに力を入れているのが、LGBTQなどの性的少数者への理解・配慮の促進だ。2020年7月には配偶者関連制度を一部改定し、同性パートナーや事実婚の従業員も各種手当や慶弔休暇などの対象とするなど、制度適用の範囲を拡張した。また、ハラスメント防止に関する協定書や行動指針にて、性的指向や性自認に関する差別などの禁止を明文化するなど、いわゆる『SOGIハラ』(「SOGI=性的志向・性自認」に対するハラスメント)の防止を徹底した。

制度面の改定に先立ち、3年ほど前から性的少数者への理解・配慮を促す活動に取り組んできた。きっかけは、代表取締役副社長で人事労政本部長でもある大久保伸一氏が、LGBTQをテーマにした外部のセミナーに参加し、感銘を受けたことだったという。社内でもすぐに取り組もうということになり、2018年には元宝塚歌劇団員で公認心理師・LGBT活動家の東小雪氏、2019年、2020年はダイバーシティ&インクルージョンコンサルタントの藤原快瑤(かよ)氏を招き、希望参加制のオープンセミナーを開催した。

「性自認や性的指向とは本来『グラデーション』であり、誰にとっても多様性のあるものである、ということをまずは社員に理解してもらうことに重きを置きました。そのうえで、ぜひ「ALLY(アライ)」(性的少数者の理解者・支援者)になってみてくださいと伝えています。『トッパンALLY(アライ)』のメンバーには、社員証やパソコンに貼れるような意思表明のシールを配布しています」(澤田氏)

更に今年度は、藤原氏のセミナー内容を40分ほどに纏めた研修動画を作成し、凸版印刷及び関係会社の全社員向け教育として配信をしている。

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研修動画の画面と『トッパンALLY(アライ)』シール


「全体として、とても関心が高まっているという印象があります。職場の人や部下がカミングアウトしたらどう接したらいいのかなど、不安もあるのでしょう。正しく知っておくことで、そういう状況になったときに戸惑わず、相手に不安感を与えずに接することができます。今後も、制度面の見直しも含めて取り組みを継続していきたいと考えています」(澤田氏)



澤田 千津子(Sawada Chizuko)

凸版印刷株式会社人事労政本部人財開発センター部長 兼 ダイバーシティ推進室長。1991年入社。経営企画部門にて100周年を機とした企業理念・経営信条・新事業領域(TOPPAN VISION 21)の策定・浸透、組織開発に従事した後、個人向けeラーニングサービスを立上げ第2回日本e-Learning大賞奨励賞受賞、秘書企画部門での取締役会運営等の業務を経て、現職に至る。2018年~2019年、日本印刷産業連合会及び印刷工業会の女性活躍推進部会長を務める。臨床美術士

文/笹原風花