ライフのコツ

2020.05.21

起業で就職難を乗り越える!

IT大国インドで活躍する若者起業家たち

2014年にモディ首相によって発表された「Make in India」は、インドを世界の研究開発・製造の拠点とし、経済発展と雇用創出を目指すものでした。しかしながら、2019年のインドの失業率は過去45年で最も高くなっており、特に知識やスキルを持った若者の失業率の高さは大きな社会問題となっています。ここでは、インドの厳しい就職事情のなか、起業によって自ら道を切り開いていこうとするインドの若者についてフォーカスします。(※コロナ禍以前に作成したリポートです)

インドにおける
就職難の現状
2019年のインドの失業率は7.2 %と前年の5.9%から悪化しており、求職者の数は3,100万人にも上っています。特に20歳から29歳の人口の失業率は約23.7%(2018年12月)となっており、同時期の日本の3.3%と比較してもかなり高いことがわかります。そして、読み書きができない若者よりも、高等教育を受けた若者のほうが失業率は高く、ディプロマ取得者では37%、学士や修士以上では36%が職に就いていないことが明らかになっています。
インドでは、給料の高さや安定性から、官僚、公務員、大企業の社員が人気となっているのですが、これらは非常に狭き門となっています。例えば、約6万人の政府関連の仕事の枠に1,900万人が応募するなど、300倍以上という高い倍率からもその厳しさがうかがえます。
インドといえば、IITと呼ばれるインド工科大学を卒業したエリートエンジニアには、世界の一流企業からオファーが殺到することが知られています。しかし、IITのような一流大学以外の卒業生の多くは、インド国内に残り専門分野とは無関係の単純労働に従事せざるをえないという現状があります。電気工学の学士を持っているものの、小さな家電修理店で日々の生計を立てている人や、博士を取得していて国連勤務の経験があっても、地方の小学校教員をしている人などもみられます。安価な労働力が簡単に手に入るインドでは、教育水準が高いほどコスト面から敬遠されることも多く、高度な知識やスキルを持った若者の仕事の機会が圧倒的に不足しています。
終身雇用から
「起業」という働き方へ
これまでのインドでは、教育や就職に関しては家族や周りの人の意見に従い、公務員や大企業での就職を選ぶのが主流でした。しかし、近年は自分の興味のある専門分野や就職先を選ぶ若者が増えてきており、働き方も多様化してきています。そのなかでも、目立ってきているのが、政府や企業にはこれ以上期待できないと、起業することで就職難を乗り切ろうとする中間層の若者の増加です。
インドの若者を対象とした最近の調査では、起業に興味があると答えた人の割合は回答者の3分の1にも上っています。起業家というと、シリコンバレーで最新のテクノロジーを駆使したスタートアップをイメージする人も多いかもしれません。しかし、2017年にインドで創設されたスタートアップの数は1,000社を超えており、インドの若者にとっても起業家という働き方はより現実的な選択肢になりつつあるといえます。
インドの代表的なスタートアップをみてみると、ミレニアル世代の起業家が活躍していることがわかります。起業を目指す若者の憧れとなっている起業家として、ホテルチェーンOYOを創設したリテッシュ・アガーウォール氏や配車サービスアプリOlaCabsを創設したバウィッシュ・アガワル氏が有名です。
OYOは、アガーウォール氏がバックパッカーとして世界旅行をした経験から19歳の時に立ち上げたスタートアップです。今年から日本にも進出しているこのサービスは、最新のAIを駆使した格安ホテルのチェーンのプラットフォームです。豊富なデータベースを活用し、物件の契約から価格設定、稼働率の把握といった一連のプロセスを効率化することで、急成長しています。創設から6年ですでに16ヶ国800都市に23,000のホテルを持っており、ホテル業界で現在世界1位のマリオットグループを抜くのも時間の問題ではないかといわれています。また、OlaCabsの創設者であるアガワル氏は、 IITの卒業生でマイクロソフトでのエリート職を辞めて25歳で起業しています。
2010年に設立されたこの配車サービスのスタートアップは、オートリキシャも呼べるなど、よりローカルなニーズにも対応しており、インド国内ではウーバーと肩を並べるまでに成長しています。現在、インド国内外250都市で利用が可能で、ドライバーの数は150万人を超えています。
起業政策をバネに
起業を目指す若者たち
起業気運の高まりを受け、インド政府も2016年に「Startup India」と呼ばれるスタートアップ支援政策を打ち出しており、国家が起業を後押しすることで、雇用確保につなげる方針が示されています。具体的には、資金調達支援、3年間の法人税免除、許認可手続きの簡素化などといった支援策が取られています。また、インドでは、女性起業家の割合は約13%と低いことから、無料でのコワーキングスペースの提供や法律家や投資家との相談会など、起業を目指す女性に特化した支援も行われています。インドでは、女性は外で働くべきでないという価値観が根強く、女性の起業に関しても家族の理解不足や資金調達の難しさなど、多くの課題が残されているのが現状だといえます。
豊富なIT人材と拡大を続ける国内市場、そして、国を挙げた支援体制を背景に、インドはすでに世界で3番目に大きいスタートアップエコシステムをもつ国となっています。起業を目指す若者たちの増加は雇用創出にも大きく貢献しており、スタートアップによるインドの雇用人口は約430,000人、2019年には60,000人分の雇用が生み出されています。現在、インドは20,000社を超えるスタートアップの拠点になっており、ユニコーン企業と呼ばれる評価額が10億ドル以上のスタートアップの数もアメリカ、中国に次いで多くなっています。これらユニコーン企業の増加により、2025年までには100万人分の雇用が生み出されると予想されています。
OYOやOlaCabsといったユニコーン企業の会社理念にも象徴されるように、インドでは、自分のアイデアやスキルを生かして、社会を変えたい、世界を相手にビジネスをしたいという大きな情熱と野心を持った若者が増えてきています。より若い世代では、シリコンバレーの起業家と同等に渡り合える才能と独創性を兼ね備えた人材も多いとされており、グローバル市場におけるインド人起業家の活躍が期待されています。起業文化の高まりやビジネス環境の成熟化を背景に、起業やスタートアップで働くことを選ぶ若者の存在は、公務員や大企業の終身雇用が主流であったインドの働き方を大きく変えようとしています。

斉藤悠子

グローバルママ研究所リサーチャー。出版社勤務を経て、2009~2015年まで台湾・台北に在住。在台中は大学の語学センターで中国語を勉強。帰国後はフリーライター兼編集者として、台湾情報やインタビュー記事、子育てやビジネス関連の記事などを執筆。夫と娘二人の4人暮らし。


グローバルママ研究所

世界35か国在住の250名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2019年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。