ライフのコツ

2020.04.21

急速に進む韓国の働き方改革と女性の現状

深刻な少子化をどう食い止めるかが今後の課題

合計特殊出生率0.98と、少子化問題が日本よりさらに深刻化している韓国。政府は「セロマジプラン」とよばれる少子化対策を打ち出したり、労働時間短縮などの働き方改革を推進したりして改善への布石を打っていますが、その効果はまだ見えていません。とくに、国の大半を占める中小企業では、長時間労働や妊娠・出産による女性の解雇など、多くの問題を抱えています。世界各国の働き方をご紹介する連載の第10回目は、そんな韓国の現状をリポートします。(※コロナ禍以前にまとめたレポートです)

仕事と子育ての両立は
依然として高いハードル
近年、韓国では働く女性が増えてきていますが、いまだに結婚や妊娠・出産を理由に会社を辞めさせられるというケースもよく見受けられます。とくに中小企業では、産休・育休や時短勤務といった制度が整っていないところも多く、子育てをしながら働くのは難しいというのが実状です。また、家事は女性がやるものという意識も残っており、とくに小さい子どものいる家庭では専業主婦が多くなっています。求人広告を見ると、採用条件のなかに「結婚・出産を終えた主婦」と記載している企業まであります。出産や子育てで休みを取る可能性のある女性は採りたくないということなのでしょう。
こうした状況下では、女性がキャリアを積みたいと考えていると、出産を躊躇せざるを得ず、それが高齢出産や産まない選択へとつながっていきます。第一子の出産年齢が上がれば、必然的に第二子以降の出産の可能性も低くなります。そうしたことが少子化の一因にもなっているのでしょう。少子化対策のためには、女性が働きながら子育てをしやすい環境を整えることが急務といえそうです。
一方、産後の女性が体を休め、体力を回復するための産後ケア施設が充実していたり、自宅に新生児の世話や家事をしてくれる産後サポート職員が派遣されるなど、出産した女性を支援する制度は整っています。また、ソウルでは地下鉄に妊婦専用座席が設けられるなど、妊娠・出産しやすい環境への配慮も見られるようになってきています。
さらに、韓国ではだれでも無償で保育園を利用できます。働いていなくても、0歳から預けることができるため、子どもを預けて資格取得を目指したり、スキルアップのための勉強をしたりして、復職や再就職の準備をする女性もいます。こうした働く意欲の高い女性が活躍できる社会の実現が望まれます。
不況が
少子化の引き金に
韓国は2000年以降、他の先進諸国では類を見ないほど急激な少子化が進んでいます。政府は2006年から出産・養育に有利な環境造成及び高齢社会対応基盤構築のための「セロマジプラン」を推進してきましたが、成果は芳しくなく、2006年に1.12であった出生率は2018年には1を切ってしまいました。
その背景には、1997年のアジア通貨危機に端を発する不況があります。経済的な不安から結婚に踏み切れない若者が増え、未婚・晩婚化により出生率が下がっているのです。また、超学歴社会の韓国では、家計に占める教育費の割合も大きくなっており、その負担が出産の足かせとなっています。そこで「セロマジプラン」では、保育費支援の拡大や放課後プログラムの充実(塾や家庭教師の代わりになるような教育サービスを学校で受けられるようにする)などにより、子育ての経済的負担の軽減を図ってきましたが、出生率の改善には至りませんでした。
働きやすく、子育てしやすい社会を
目指す「働き方改革」
少子化の一因として、長時間労働による若者の疲弊もあげられます。韓国では残業が常態化しており、夜10~12時頃にようやく帰路につくというサラリーマンも珍しくありません。上司や年長者が退勤しないと帰りづらい雰囲気もあり、会社に長時間拘束されるという話もよく聞きます。
そこで政府は、残業時間を含めた1週間の労働時間の上限を、従来の68時間から52時間に制限する「週52時間勤務制」を柱とする改正勤労基準法(日本の労働基準法に当たる)を2018年7月に施行しました。また、最低賃金の引上げを敢行し、経済的格差の是正にも乗り出しています。引上げ率は2017~2019年の2年間で29%と非常に高く、韓国政府が働き方改革を急速に推し進めていることが伺えます。
しかしながら、韓国で働く人々に聞いてみると、「状況はあまり変わらない。相変わらず残業は多いし、終電帰りもなくならない」という声も聞かれます。現状では「週52時間勤務制」が適用されるのは従業員300人以上の企業に限られるため、多くの中小企業で働く人々にまでは影響が及んでいないのでしょう。今後は従業員数の少ない企業も段階的に適用範囲に含まれるようになり、違反した事業主に対する罰則も設けられているので、ワークライフバランスの実現が期待されます。
大企業は働きやすく
福利厚生も充実
長時間労働や女性の働きにくさが目につく韓国ですが、大企業では労働組合や各種制度も整備されており、働きやすい環境が整っています。産前産後各90日間の産休、1年間の育休が認められており、月に1日、女性の生理休暇を設けている会社もあります。また、社内に保育施設を完備している大企業も多く、子育てとの両立がしやすくなっています。
政府主導の「週52時間勤務制」も大企業での導入は進んでおり、残業は一切禁止で、17時以降はパソコンも強制的にシャットアウトされるという会社もあるようです。給与水準も高く、福利厚生も充実しています。子どもが大学を卒業するまでの学費をすべて保障してくれるという驚きの制度を設けている会社まであるのです。
こうした手厚い制度の背景には、いい人材を確保したいという企業側の狙いがあります。実際、韓国では大企業への就職を求めて、熾烈な競争が繰り広げられています。高学歴を目指して加熱する受験戦争の様子は、日本のメディアでも取り上げられるほどです。しかも、そこまでして難関大学を卒業しても、大企業の門は狭く、高学歴失業者の増加が社会問題にもなっています。
こうした現状を打破するには、中小企業の待遇の底上げが望まれます。働き方改革による最低賃金引上げや長時間労働の是正がどこまでの効果をもたらすのか。そうした改革により、出生率は改善していくのか。今後の韓国の動きに注目です。

斉藤悠子

グローバルママ研究所リサーチャー。出版社勤務を経て、2009~2015年まで台湾・台北に在住。在台中は大学の語学センターで中国語を勉強。帰国後はフリーライター兼編集者として、台湾情報やインタビュー記事、子育てやビジネス関連の記事などを執筆。夫と娘二人の4人暮らし。


グローバルママ研究所

世界35か国在住の250名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2019年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。