レポート

2020.01.14

資生堂グローバルイノベーションセンター『S/PARK』から学ぶイノベーティブなオフィスづくりのAtoZ

WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS vol.1

2019年11月22日(金)に開催した「WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS」から、「資生堂グローバルイノベーションセンター『S/PARK』から学ぶイノベーティブなオフィスづくりのA to Z」の様子をレポートする。今年4月に開設した資生堂グローバルイノベーションセンター『S/PARK(エスパーク)』が日経ニューオフィス賞を受賞した。GIC設立プロジェクトに携わった株式会社資生堂の倉橋琢磨氏、小田康太郎氏の両名をゲストに招き、同プロジェクトでワークスタイルの浸透を支援したコクヨのコンサルタント伊藤毅とともに、4年にわたるプロジェクトの軌跡を振り返った。(モデレーター:コクヨ 泉智子)

資生堂がGIC設立に
至った理由とは

伊藤:『S/PARK』は資生堂様が設立された新開発拠点ということで、倉橋様と小田様は、このプロジェクトに参画される前は研究員でいらしたそうですね。今回、資生堂様で資生堂グローバルイノベーションセンター(以下、GIC)設立に至った背景について、教えてください。

倉橋:資生堂は1872年に国内初の洋風調剤薬局として設立されました。その後、1916年に研究所の前身である試験室ができたところから、資生堂の研究開発の歴史は始まります。

昨年度の売上高は1兆948億円ですが、現代表取締役社長の魚谷が就任した2014年の時点では、売上は7,000億円強で頭打ちになっていました。技術力はあるのに、お客さま価値に転換しきれていない。そのような状況の中で魚谷によって打ち出されたさまざまな改革の一つが、GICの設立でした。

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倉橋:今年4月のGICのオープンとともに、資生堂が打ち出した新たなミッションが『BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD -ビューティーイノベーションでよりよい世界を-』。資生堂は化粧品を中心に認知されていますが、化粧品に限らず、いろいろな形でイノベーションを起こし、世の中をエンパワーしていくことが、我々の使命です。

伊藤:だからこそ「都市型オープンラボ」として、従来の研究所のイメージとはまったく異なる、社内外の多くの方々との"知の融合"を目指した施設を目指されたんですね。



イノベーティブに働ける
オフィスのつくり方

伊藤:我々はオフィスづくりにおいてワークショップをよく行うのですが、その中で上がってきたさまざまなアイデアの中から、支持の高いアイデアから優先的に採用するのが従来の一般的な手法です。しかし、GICの場合は一般的な手法のみならず、できるだけ多くのアイデアを採用するという新たな手法を採りました。

次に、イノベーティブに働けるオフィスにするために行ったのが、強化したい行動の洗い出しです。300枚に及ぶワークシーンの写真の中から、48枚に絞り込みました。そこから導き出したコンセプトやワークシーンについてご説明いだけますか?

小田:たくさんのアイデアがある中で、本当に実現できるものなのかを確かめるために、我々が強化したい行動をワークシーンに落とし込んでいきました。一つひとつを絵にしながら、広さなどの具体的な要件を設定していったんです。このワークシーンを描いたことで、自分たちの未来の働き方が明確に見えてきたと思っています。

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小田:我々が立てたコンセプトは『Journey Style』です。以前の研究所では、自分の使用する機械のある実験スペースで一日の大半を過ごす働き方が主流でした。それでいい研究ができることも数多くあるのですが、もっといろいろな場所に行ってもらうことで、ひらめきのタネを得てほしいと考えました。さまざまな選択肢の中から自分で働く場所を選べる環境をつくることで、多くの気づきに出会えるようにしたかったんです。

具体的には、次の4つにポイントを置いて、我々のコンセプトを実現しようと考えました。

・わざわざ足を運びたくなる魅力的な目的地を作る
・豊富なバリエーションと数で、選択の余地を担保する
・目的地に行くまでの道中に、出会いや気づきを得られる仕掛けを作る
・所員が自らイベントや展示を開催できる余白を作る

泉:48ものワークシーンを描くのは、とても大変だったと思うのですが、どこからヒントを得られたのですか?

小田:実は、事前に約100件のイノベーティブなオフィスを、事例として見学していたんです。国内外を含めてコクヨさんのツアーにも参加させてもらいましたし。十分なインプットをしてから、ワークシートに落とし込んだので、そのプロセスが良かったと思っています。

倉橋:私は2015年1月のプロジェクトスタート時から参画しているのですが、最初の1年半をかけて、とにかくやりたいことを発散し続けていたんですね。だから伊藤さんに初めてお会いした2016年9月のタイミングでは、「アイデアがありすぎる」と言われたくらいで(笑)そこから伊藤さんの協力を得ながら、ギュッと収束させていきました。



"知の融合"を体現した
『S/PARK』

伊藤:ではあらめて『S/PARK』におけるワークプレイスの紹介をお願いします。

倉橋:我々が目指す"知の融合"には、我々の所員だけでなくお客さまも含まれますので、1-2Fはどなたでもお越しいただけるパブリックエリアになっています。そこにはベジセントリックをコンセプトにした『S/PARK Cafe』や、パーソナライズスキンケアサービスを提供する『S/PARK Beauty Bar』、美を感じられる体験型ミュージアム『S/PARK Museum』、アクティブビューティを体感できるスポーツ施設『S/PARK Studio』があります。

次に3-4Fは、ビジネスパートナーとコラボレーションする共創フロアです。取引先との商談スペースや外部研究機関とプロジェクト的に共同研究ができる実験室のほか、学会や新製品発表会を行う500人規模のホールもあります。

5-14Fには、我々の実験室とオフィスがあり、48のワークシーンに基づいた家具を配置しました。実験室はできる限り間仕切りを少なくしたのが特徴です。中には65平米の1LDKのマンションルームもあるんですよ。お客さまの生活する空間をリアルに体感したいということで、プロジェクトが立ち上がった2015年の初期からずっと残っていたアイデアを形にしたものです。

そして最上階はカフェテリア。とても開放的で景色の良いカフェテリアです。ここでは食事をするために必要な設備だけでなく、働く上で必要なインフラも備えてあります。

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泉:『S/PARK』が実際に完成して、計画段階の予想とは違ったなと思われるところはありますか?

倉橋:所員がオフィスフロアの中で自発的にポスターセッション(※1)を行なっているのを見て、とても驚きましたね。まさかそこまでするとは思っていませんでした。

小田:すごく面白くて、ワクワクしました。余裕をもった設計にしたのが、功を奏したと思います。

倉橋:家具のバリエーションを用意したのも良かったですね。フリーアドレスやABWを仕掛けても、結局同じところに座ってしまいがちですが、働く目的に応じてバリエーションを用意したことで、勝手に動いてくれるんですよ。

小田:いろいろ使ってみたくなりますよね。思いがけない効果が、あちらこちらで生まれていると思います。

※1:学術的な研究の成果を一枚のポスターにまとめ、学会などの会議の場で発表する方法。




プロジェクトメンバーに
求められる"巻き込み力"

伊藤:今回のプロジェクトで資生堂様が最も大切にされていたのは、「社員がイキイキと働けるオフィスにすること」でした。そこで私が提示させていただいた、社員を巻き込むための4つのアプローチをご紹介したいと思います。

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1. 現地見学会やワークショップを通じて、直接社員と語り合い、不安を取り除くこと。
2. 情報の差別をなくすために、イントラネットやポスターを活用して、何度も目にして記憶に残るような広報の機会をつくること。
3. レビュー会や朝礼など、高い位置から少しずつ動機づけや意識づけを行うこと。
4. マニュアルや説明会などを開き、具体的な使い方を伝えること。

伊藤:このフレームをもとに、実際どのようなことをされたのか、振り返っていただけますか?

小田:私が所員を巻き込むために仕掛けたアクションは、大きく分けて次の2つです。
1つめは、「所員参加型のワーキングチームをつくること」でした。3カ月〜半年くらいのプロジェクトベースで、インプットとアウトプットをしてもらうものです。全部で18個くらいのワーキングチームをつくったのですが、その中で「どこにどんな機能を持たせるのか」、「どの実験機器をどうレイアウトするのか」など、すべて所員自らに考えてもらいました。

2つめは、「スポットで参加できるイベントや投票を行うこと」。できるだけ多くの人にプロジェクトの状況を知ってもらう機会をつくりたかったんです。プロジェクトの進捗を社内共有するイベントを半年に一度のペースで行いました。その他にも、他社の人とワークセッションするイベントや、工事現場の見学会、新しい白衣の投票や、カフェテリアのコーヒーの試飲会などを開催しましたね。

伊藤:こうして多くの所員の方々の想いが詰まったGICが完成したわけですが、日経ニューオフィス賞を受賞されるなど、社内外からの反響も大きいと伺っております。

小田:4月13日にグランドオープンしてから10月31日までの来訪者実績は4万人。それ以外にも取引先などからの見学者累計が6,000人。また、国際会議を開きたいというお問い合わせも多数いただいています。

社内でも、ワーキングチームに入っていた人たちを中心に、他部門との交流会や展示会など、多数の自主企画が行われています。使ってみたくなるような魅力的な場所をつくったからこそ、所員のモチベーションが高まっていると感じています。

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泉:所員を巻き込むための仕掛けには、何名くらい参加されたのですか?

小田:累計で1,882名ですね。

倉橋:これだけいろいろなことをやってきたと言うと、そもそものプロジェクトメンバーも大勢いると思われるかもしれませんが、ワークスタイル・プレイスの設計を専任で検討してきたのは、我々も含めて5人ですからね。

泉:たった5人で! 小田様は研究員の頃からイベントの企画のようなものはお得意だったのですか?

倉橋:そうですね。彼はずっと基礎研究にいたのですが、基礎研究は日の目を見にくいという課題を感じていて、所内にアピールするイベントを仕掛けていたんです。そこに私が目をつけて、GICプロジェクトに入ってくれと声をかけました。

小田:そのときの経験は、GICプロジェクトに入って、とても活きていると思います。

伊藤:研究員がイキイキと働けるラボをつくる上で、研究員の視点をもったお二人の力は、なくてはならないものだったということですね。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

倉橋 琢磨

株式会社資生堂 GIC統括部 S/PARKコミュニケーションG 

小田 康太郎 
株式会社資生堂 GIC統括部 S/PARKコミュニケーションG 

伊藤 毅
コクヨ株式会社 ワークスタイルイノベーション部