組織の力

2019.11.20

駅×シェアオフィスが新たな価値を生み出す

「STATION WORK」のインフラ化で社会課題に向き合う

東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)は、数か月の実証実験を経て、駅を拠点としたシェアオフィス事業「STATION WORK」を本格始動させた。2019年8月から、東京・新宿・池袋・立川の4駅にブース型シェアオフィス「STATION BOOTH」を展開。2019年11月21日には、東京駅にソロワーク特化型シェアオフィス「STATION DESK」を開業予定だ。同社事業創造本部 新事業・地域活性化部門 シェアオフィスPT主席の中島悠輝氏に、同事業のねらいや今後のビジョンについて伺った。

 “移動の拠点で働く”という
新たな価値を創造する

JR東日本は、1年あまりの構想期間を経て、今年8月にシェアオフィス事業「STATION WORK」を本格始動させた。鉄道事業者であるJR東日本がシェアオフィス事業に着手した背景には、大きく2つの課題意識があったと、中島氏は言う。
 
「1つは、社会環境の変化です。数年前から、“働き方改革”や“生産性向上”といったキーワードが世の中に出てきて、こうした社会課題に対してJR東日本として何ができるかを考えるようになりました。そしてもう1つは、鉄道会社としての最大のアセットである“駅”における、新たな価値の創造です。近年は、駅の利便性を高めてお客様により高い価値を提供するために、駅構内で飲食や買い物ができる“エキナカ”を充実させてきましたが、エキナカの機能をさらに多様化させるには、どのようなサービスを開発していけば良いか。この2つの課題意識を掛け合わせたときに、シェアオフィスを駅で展開する、という事業案が浮かんできました。」
 
当時、シェアオフィス事業は世の中のトレンドとなりつつあり、JR東日本は後発組だった。「JR東日本も駅直結や駅近のオフィスビルを所有しているが、そういう場所ではなく“駅”でシェアオフィスを展開することが、当社だからこそ創出できる新たな価値だろうと考えました」と中島氏。さらに、“新たな価値”の本質を突き詰めていった。
 
「人口減少や少子高齢化の進行、働き方改革の一環として浸透しつつあるテレワークなどにより、今後、鉄道利用者自体は減っていくことが予想されます。そうしたなかで、駅での過ごし方を多様化させ、移動手段としての鉄道利用以外でも駅を利用していただく、という視点が必要になります。また、JR東日本の中長期戦略には“くらしづくり”というキーワードがあり、駅だけでなく周辺の街やそこに暮らす人々の生活をより良いものにしていこうというビジョンを持っています。こうしたことを踏まえたうえで、最寄り駅や乗換駅といった“移動の拠点で働く”という新しい価値を創造していきたいと考えました」
 
シェアオフィス事業の立ち上げにあたっては、戦略コンサルティングサービスを提供するコクヨと提携し、事業構想をスタート。当初はコワーキングスペースを想定していたが、多くの人が利用する駅で開設場所を確保することは容易ではなかった。折しも、コンパクトなブース型のオフィスを開発したメーカーとの出会いがあり、「いろんなピースが合わさるように進んでいった」と中島氏は振り返る。

 

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2018年6月には事業計画が固まり、同年11月から東京・新宿・品川の3駅にてブース型シェアオフィス「STATION BOOTH」の実証実験を順次実施。その結果を踏まえて、2019年8月1日に東京・新宿・池袋・立川の4駅にて正式にローンチした。
 
 
 

駅ナカのブース型シェアオフィスで、
利用者の1分1秒の時間価値を高める

「STATION BOOTH」は、既製品をベースにメーカーと共同開発したもので、鉄道事業者が採用して駅に設置するのは初めてのことだ。1人用のオフィスのほか、2人用のものもある。設置場所は駅により異なるが、「通路幅が狭くなったり導線を妨げたりしないよう、駅を利用されるお客様の安全を最優先した位置に設置した」という。ちなみに、ローンチ時の設置駅である東京・新宿・池袋は、乗降客数トップ3の駅だ(1位 新宿駅、2位 池袋駅、3位 東京駅)。また、郊外でのニーズを検証するため、立川駅にも設置している。
 
利用者には会員(法人・個人)と一般(会員登録なし)の種別があり、会員登録をすると、専用Webサイトから予約をして利用できる。会員登録をせずに利用することも可能で、ブースに空きがある場合は、交通系電子マネーさえあれば誰でも利用できる。利用は15分単位で、料金は1人用が15分250円(税抜)、2人用が300円(税抜)。現在は、キャンペーンとして1人用は15分150円(税抜)、2人用は200円(税抜)で利用できる(キャンペーン終了期限未定)。ブース内には、デスク、椅子、モニター、電源・USBコンセントなどの設備があり、Wi-Fiも利用可。まさに、“オフィス”だ。
 
「STATION BOOTH」のコンセプトは、「働く人の1秒を大切に」。「最大のメリットは、移動のロスが少ない駅という場所でクイックに利用できること。利用時間を選んで(予約して)、交通系電子マネーをタッチしたらドアが開く…と、30秒以内に執務が開始可能。1分1秒の生産性を上げることで、お客様の時間価値を高めることに貢献できる」と中島氏は言う。
 
「STATION BOOTHのコアバリューは、“駅で一人になれる”ということ。個室性を担保しつつ、安全かつ快適な空間にするため、ブースにはさまざまな工夫をした」と中島氏。
例えば、通路に面した部分はすりガラスになっていて、外から見て誰が何をしているのかはわからないが、人がいることはわかる、という絶妙な透け感になっている。「万一何かが起こったときに、中に人がいるかどうかがわからないと、声かけができず逃げ遅れなども起こり得る。プライバシーは守りつつも、安全性を重視したつくりにした」(中島氏)という。同様に、防音にもこだわっている。「完全に音を遮断すると非常放送などが聞こえなくなってしまう。また、完全な無音よりも少し生活音があったほうが集中度は上がる」(中島氏)ということから、絶妙な聞こえ具合いに設計されている。   
 
  • STATION BOOTH 内観
  • STATION BOOTH 外観(新宿駅)
 
また、「駅ごとに専任のスタッフを配置すると事業として成り立たないので、無人で運用ができ、かつ安全・快適に使っていただける仕組みをつくった」という。ブース内には防犯カメラや非常ボタンを設置し、万一の場合は自動でドアのロックが解除されるようになっている。さらに、狭いブース内で快適に過ごせるようデスクや椅子を配置し、空調に加えてアロマも採用。ラウンダー(巡回スタッフ)が見回りながら清掃を行っており、無人でも清潔な状態を保てるようになっている。
 
 
 

見えてきたユーザーの実態
仕事以外の目的で利用するケースも

STATION BOOTHの運用開始から2か月あまりが経った現在(2019年10月)の稼働率は3割ほど。利用者の約3分の2は会員で、法人会員が30社あまり、個人会員が16,000名あまりと好調に増加している。利用時間は30分~1時間がもっとも多いものの多様で、なかには延長をくり返した結果5時間ほど滞在した人もいたという。また、利用時間帯としては午後が多く、新宿駅では4つあるブースがすべて埋まることも。「朝活に使う方がいるのではと考えて利用時間を朝7時からとしたが、実際は朝の利用者は多くはない。今後は利用者の動向を見ながら、変えるべきところは変えていきたい」と中島さんは話す。
 
また、主要ターゲットはビジネスパーソンだが、実際の利用状況から、想定外のニーズも見えてきた。
 
「学生が自習をしたり、ちょっとした空き時間にオンライン英会話をしたり、2名用のブースでボードゲームをやっている方々もいたりと、仕事以外の目的で利用されているケースが意外に多く、とても興味深いです。“WORK”という言葉には本来、“働く”だけでなく“作業をする”、“活動する”という意味もあるので、まさに広義の意味で“WORK”に使っていただける場になると期待しています。今後は、利用者のニーズに合わせて内装の変更なども検討したいと考えています。例えば、最近盛り上がっているeスポーツの対戦場所として、コックピット仕様にしたブースなども、面白いかもしれませんね(笑)」

 

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東京駅にソロワーク特化型シェアオフィスを開設し、
2020年中に30拠点にSTATION WORKを展開

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今秋には、STATION WORK事業の第2弾として、ソロワーク特化型シェアオフィス「STATION DESK」が東京駅丸の内地下南改札外にオープンする。STATION BOOTHよりも長時間(2~3時間)の滞在を想定し、落ち着いてソロワークに集中ができる空間に設計。6つのタイプの席があり、ハイチェア型や囲いのあるポット型など、利用者が目的や気分に合わせて選べるようになっている。なかでも目玉となるのが、「HEAVEN(天国)」と名付けられた個室スペースだ。ベッドのマットレスのような素材が使用されており、靴を脱いで入る。座ってよし寝転んでよしのリラックス空間になっており、「寝られる、サボれる、ちょっと休める場所として、ビジネスマンだけでなく旅行客などにもニーズがあるのでは」と中島氏は期待する。

 
JR東日本では、2020年中に首都圏の主要駅を中心とした30拠点にSTATION WORK(STATION BOOTH/STATION DESK)を展開する計画だ。「中期経営計画のゴールである2027年までに地方主要駅にも展開し、ニーズを見ながら、ゆくゆくはJR東日本の事業エリア全体に広げていき、事業としても成長させていきたい」と中島氏は言う。
 
「目標は、STATION WORKをインフラ化して、鉄道利用者のライフスタイルのなかに入りこむこと。そのためにもまずは拠点をたくさん増やしていきたいと考えています。その一方で、STATION BOOTHやSTATION DESKのサービスや機能を拡充していくことにも目を向けていきたいと考えています。仕事をするだけでなく、例えば、遠隔で保険の相談ができたり、遠隔医療を受けられたりと、さまざまな可能性が考えられます。そして、STATION WORKでいろいろなことができるようになると、地方の活性化にもつながるかもしれません。JR東日本が持つ“駅”という強みを最大限に活かして、社会課題に向き合っていきたいと考えています」
 
“エキナカ”という言葉が定着し、今では駅構内の店舗での飲食や買い物は普通のことになっている。数年後には、駅は仕事をする場所の一つとしても、当たり前の存在になっているかもしれない。
 
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東日本旅客鉄道株式会社

1987年に旧国鉄から東日本エリア(関東・東北・甲信越地方など)の鉄道事業を引き継ぐかたちで発足。鉄道事業をはじめ、国内外で幅広い事業を展開する。発足以来、「鉄道の再生・復権」に取り組み、サービスの質向上や財務体質の改善を実現してきたが、2018年7月にグループ経営ビジョン「変革2027」を打ち出し、「ヒトを起点とした価値・サービスの創造」へと舵を切ることを発表。その一環として、シェアオフィス事業「STATION WORK」を始動した。

文/笹原風花 撮影/ヤマグチイッキ