レポート

2019.08.05

グローバルテクノロジートレンドから考察する
働き方の未来vol.2

第9回働き方大学
「都市ごとスマート化する社会」編 セミナーレポート

テクノロジーによってスマート化するにつれて、働き方はより柔軟で創造的になると期待されている。そしてそれを支える働く空間は流動的かつ統合的な「WaaS (Workplace as a Service)」 に向かっている。しかし行き過ぎたデータ管理によってつくられた社会は本当に便利といえるのか。人とテクノロジーとの向き合い方に注目しながら考えてほしい。今回は6月21日に虎ノ門ヒルズで開催された「グローバルテクノロジートレンドから考察する働き方の未来」のセミナーの後半の様子をレポート。

スピーカーは世界1000箇所もの現場を取材してきた「WORKSIGHT」の編集長・山下正太郎氏。後半はもはや働く場だけに留まらず都市づくりにまで発展したグローバルかつ最先端のスマート化ワークプレイスを紹介する。


こんなところまで?
あらゆる場所がワークプレイス化

近年の都市部には働く場所はオフィスだけでなく、カフェやコワーキングスペース、既存施設の一部や公共施設などさまざまな場所がワークプレイス化しています。

NYやサンフランシスコなどのレストランを、ランチやディナータイムを除いたいわゆるアイドルタイムに少しお金を払えばワークプレイスとして活用できるというシェア型のサービスです。コワーキングに比べ費用が1/5程度に抑えられるのでフリーランスを中心に人気を博しています。

ほかにもオランダの鉄道会社が通勤ラッシュ解消のためにコワーキング列車を計画しています。通勤時間も働くことができるので遅い時間に出社しても問題がなくなるだろうということです。鉄道以外にも将来的に自動車の自動運転技術が広く浸透すれば「移動するワークプレイス」として十分現実的になるでしょう。

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ワークプレイスから都市づくりへ
ヒントはプラットフォームに

競争力のある企業は今やオフィスだけでなく次の段階として「都市」に注目しています。読み解くためのキーワードとなるのが「エコシステム」です。元WIRED US編集長のクリス・アンダーソン氏は、自社の人間だけでなく外部のフリーランスやさまざまな企業同士がコミュニティーをつくりエコシステム(生態系)を構築することが重要であるという考えを述べています。

なぜエコシステムの構築のために「都市」が重要なのか。それは世界中でインターネットやモバイル技術が発展すればするほど、都心の豊かなライフスタイルやワークスタイルを求めて一つの都市に局所的に優秀な人材が集まる現象が起きているからです。つまりグローバルで優秀なワーカーの大移動が起こっているわけです。企業側も「自社のオフィスに人をどう集めるか」ではなく、「人が集まっているどの都市に向かうか」というように興味が逆転してきています。

大手金融機関であるバークレイズ銀行が設立したオープン・イノベーション・プラットフォーム。歴史ある銀行ですが、フィンテック(金融+テクノロジー)と新しいコミュニティーを構築するために世界の10都市ほどにRiseというコワーキングスペースやスタートアップを育成する施設をつくりました。

パリにある大規模なスタートアップ育成施設。周りに住宅や文化施設などを開発して、豊かなライフスタイルを武器に優秀な人材をかき集めようとしています。かつてFacebookも荒涼とした殺風景なシリコンバレーを豊かな街へ都市開発しましたが、そんな動きがまたみえ始めています。

前編ではオフィス内のデータを取得して最適化するという話をしましたが、同様にオフィスが外へ広がることで都市レベルでの最適化を目指す動きも見られます。

グーグルの姉妹会社であるサイドウォークラボの計画が話題です。彼らはトロントの湾岸エリアであるキーサイドにIDEAという都市開発を検討しています。ここで活動する人たちの行動データをビッグデータとして分析し、時間単位で街やワークプレイス、住む場所を最適化するモデルが検討されています。たとえば4車線の道路では、朝は4車線とも通勤に使い交通量が減ってきたら両端の1車線ずつを公園やお店などに活用するといった、利用状況に応じて空間を自在に変化させていくデータ駆動のプラットフォーム型都市です。

オフィスやコワーキングだけでなく公園や交通手段など都市を丸ごとスマート化し、包含できる傘を大きくしていこうという動きが起こっているわけです。データをプラットフォーム上に載せていくことがスマート化の本質ですが、プラットフォームについて研究者であるニック・スルニチェクは4つの特徴を述べています。

1. 集団のインタラクション(相互作用)を生むデジタルインフラである
2. ネットワーク効果を生み、それによって成長する
3. 無料サービスの提供を通じてユーザーを集める
4. ユーザーのエンゲージメントを高めデータをより多く集める

ただ単純にオフィスをつくるだけでは意味がなく、デジタルを通して人と人が繋がるような仕組みまでケアする循環をつくるということが大切であるということです。つまりユーザーにとってはさまざまな機能や複数の行動を統合して使える「体験的価値」や自分らしくいられる「主観的価値」が大きなポイントになります。



行き過ぎたスマート化は
幸せをもたらすのか?

ここまでスマートワークプレイスの行き着く先は「都市」のレベルまで進むとお話ししました。そこで皆さんに伺ってみたいのですが、そんな社会は本当に「幸せ」なのでしょうか?

たとえばコーヒーショップの前を通ったとき、スマートフォンに「あなた好みのコーヒーがありますよ」とメッセージが届いたとしたらどうでしょうか。一見便利に思えるかもしれませんが、監視されて自分の行動をコントロールされることがいい社会なのか改めて考える必要があると思います。

今もっともデジタルプラットフォームが発展している国のひとつである中国では、何か購入したりサービスを利用するとポイントが加算され個人の社会的スコアが可視化されるサービスが一般化しています。スコアが高ければ高いほどより良いサービスを受けられたり、国によってはビザの申請が簡易になったりと社会的なメリットを受けられます。逆に振る舞いが悪いとか買い物をあまりしない人はスコアが下がり、いろんなデメリットを被るようになっています。考え方によってはデジタルプラットフォーム社会とはある種のデジタル奴隷をつくることにもなりかねないとも言えるわけです。

アメリカでは過去の犯罪履歴を調べ、犯罪が多発する場所を予測するシステムがあります。実際に逮捕率が上がったり犯罪が減ったりした実績もあります。一方で過去のデータを使って学習するAI分析はフェアではないとも言われます。たとえば差別的な理由で白人警官による黒人の逮捕率が高いといった過去のデータをもとにすると、当然有色人種にとって不利な予測が出ます。つまり最適化しているように見えてもそれが本当にフェアな情報かどうかはまた別の問題なのです。

そうしたデジタルプラットフォーム社会に対して、ヨーロッパはいち早くNOと言いました。GDPR(General Data Protection Regulation)という個人情報に関する非常に厳格な法律を設けて「個人データの主権は個人が有している」と明確にしたのです。EUの社会実験であるdecode(デコード)では、アムステルダム、ロンドン、バルセロナの3つの都市で、個人データを個人の管理下に置きながら社会的にどう活用していくのかについて模索しています。

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プラットフォーム・コーポラティビズム(Platform Cooperativism)という考え方も出始めています。これは大きなプラットフォームではなく、個人でコントロールできる小さなコミューンを自分たちでもとうというムーブメントです。また住宅とワークプレイス、さまざまなイベントスペースなどが組み合わさった新しい集合住宅「Coliving(コリビング)」のムーブメントにもそうした価値観の一端がみえます。

中国のように情報が吸い上げられていく社会へ向かうのか、欧州のように個人のデータを個人が厳格に管理していく社会へ向かうのか、現在の日本の立ち位置は非常に中途半端です。これからの新しいワークプレイスにおいてどのように個人データを扱うのか、まさに考えなくてはいけない部分です。



データに使われるのではなく
人間が主導して街や未来をつくる

スマート化の次のステージとして新しい都市像をめざしている事例をご紹介します。意外かもしれませんがスペインの大都市・バルセロナは公害や騒音問題をテクノロジーの力で解消してきた実績があり、世界有数のスマートシティとして知られています。次のステップとして「スーパーブロック」というプロジェクトを実行しています。

バルセロナの街は碁盤の目のように大きなブロックで構成されています。このエリアから車をなるべく排除したり緑を多く植えたり遊び場を増やしたり、ストリートに人間らしい生活を取り戻す街づくりを行っています。当初は車を制限することで住宅価格が下がるのではと懸念する人もいたようですが、憩いの場が増え居住環境がよくなったことから、むしろ住宅価格が上がったという結果が出ています。

スマート化はあくまでも過去のデータを分析して最適化していきますが、将来どのようなライフスタイルを描きたいかという分析はデータからは導出できません。そういった人間の創造性、意志を活かすという意味ではスーパーブロックがいい例になっていると思います。データに使われるのではなく人間が主体的に働きかけて自分たちで新しいワークプレイスや都市、未来をつくっていくことがスマート化の裏側で始まっています



まとめ


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さまざまな事例をご紹介しましたが、いま起こっている動きはありとあらゆるもののデータを収集、最適化してそれらをアプリで管理してスムーズにつなげていくというのが基本的な流れになってきています。最終的にはオフィスだけではなく都市レベルでスマート化=大きな傘をつくって最適化をはかることが予想されますが、主観的な意味やメッセージを受け取れるような空間、体験デザインが重要になってくるでしょう。

そしてプラットフォーム社会に対して誰もが両手を上げて賛成というわけではなく、本当に幸せなのかどうか疑問に思っている人もいるということです。これから日本が人間の行動を隅々まで把握するデジタルプラットフォームに移行するのか、それとも人間性を重視したモデルに移行するのか非常に曖昧ですし、皆さんに主体的に考えていただきたいポイントです。

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山下 正太郎(Yamashita Shotaro)

コクヨ株式会社 クリエイティブセンター 主幹研究員 WORKSIGHT 編集長。コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサ ルティング業務に従事し、手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011 年にグロー バル企業の働き方とオフィス環境をテーマとしたメディア「WORKSIGHT」を創刊。2016 年‐2017年 ロイヤル・カレッジ・オ ブ・アート(RCA:英国国立芸術学院)ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任。世界各地のワークプレイスを年間100件以上訪れ、働く場や働き方の変化を調査している。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美