ライフのコツ

2019.03.01

科学の力でいじめ撲滅を目指す-後編

「いじめを黙認しない」姿勢を評価する

いじめが学校現場で起きやすいのは事実だが、いじめの予防や早期解決において家庭が果たす役割も決して小さくはない。公益社団法人子どもの発達科学研究所の主席研究員としていじめ問題の研究を行う大阪大学大学院特任講師の和久田学氏は、「私たちが開発したこどもの問題行動解決に向けた手法は、学校環境などでの調査・研究で得られた結果をもとに作成したものなので、実証的で論理的です。私たちは、いじめに対するこのようなアプローチ法を『科学の力を使う』と表現しています。科学的な方法は、同じ条件のもとで行えば同じ結果が得られやすいうえ、心理学などの専門知識やスキルがなくても実行できるため、ご家庭でも実践していただけます」と語る。いじめを減らすための基本的な考え方と、こどもとの向き合い方についてお聞きした。

いじめの加害者・被害者だけでなく
傍観者も影響を受ける
和久田氏によれば、何らかの形でいじめを経験した場合、こどもの成人後にも大きな影響を及ぼす可能性があるのだという。
「これまでの海外の研究では、『いじめ被害による自己肯定感の低下によって、学力や社会的能力が下がる』という報告が上がっています。また、被害者はもちろん、加害者・傍観者もいじめ問題によって負の影響を受けることがわかっています。ですから学校はもちろん、家庭でも、いじめが起こらない環境づくりをバックアップしていくことが求められているのです」
よい行動をほめることが
いじめを起こさない環境の土壌づくりに役立つ
同研究所では、IWA JAPAN B-creative agencyと共同で、いじめ撲滅のための『BE A HERO』プロジェクトを全国の小中学校で展開している。HはHelp 、EはEmpathy、RはRespect、OはOpen-mindの頭文字をそれぞれとったもので、「いじめられている友達を助けたり、自分が助けを求めたりすることは正しいことだ」といった、いじめの撲滅という観点から見た正しい行動を徹底的に指導している。
出典:『BEAHERO_PAMPH_B』より
このプログラムがもつ特徴について、和久田氏は次のように説明する。
「大きな特徴は、『行動を変える』に特化していることです。今までのいじめへのアプローチは、『いじめはよくないことだからやめよう』と、道徳心に訴える方法が多かったように思います。しかし、いじめがよくないことは多くの人がわかっていますが、それでもいじめ問題は深刻化する一方です。具体的にどんな行動をすればいいかを教えることで初めて、いじめの撲滅にアプローチできると私たちは考えています」
もう一つ特徴的なのは、正しい行動を評価する姿勢だ。
「こどもは潜在的に『保護者や先生に注目されたい』という気持ちを持っています。ですから、いじめなどの問題行動によって自分が注目されたことがわかると、同じ行動を繰り返します。それだけではなく、ほかのこどもまで問題行動を起こすようになってしまいます。ですから、問題行動をやめさせようとエネルギーを使うより、『正しい行動を評価して増やす』という手法に切り替える必要があるのです。保護者や先生にほめられることによってよい行動が増え、結果として悪い行動が減ります。そうするとよい行動をする子どもが増えるので、いじめなどが起こりにくい集団になっていくと考えられます」
正しいことをほめる手法は
家庭でも実践したい
『BE A HERO』における、「正しい行動を評価する」という手法は、子育てにおいても重要だという。
「例えば、学校から帰宅してから寝るまでの時間、こどもは家事の手伝いをしたり、宿題をしたり、よい行動もたくさんしているはずです。しかし保護者の目から見ると、『1時間もゲームをしていた』という、あまりしてほしくない行動ばかり気になってしまい、そこを叱ってしまいがちです。するとこどもは、大部分のよい行動に対しても『どうせ注目してもらえないんだから』と考えて億劫になってしまうのです。ですから、『宿題をちゃんと終わらせたんだね』『手伝ってくれてありがとう』と、よい行動をしっかり評価することが大切です。学校で起きているいじめ問題に対して、お子さんがどのような行動をとったか、ご家庭で知るのは難しいかもしれません。しかし、『正しいことやよいことをすれば評価される』とこどもたちがわかっていれば、いじめに対しても正しい行動をとりやすくなります」
科学が子育ての迷いに
こたえる時代に
とはいえ、「基本姿勢はわかっていても、その場になってみないと自分のこどもにどんな言葉をかけたらいいかわからない」という保護者は多いだろう。それは当然のことだと和久田氏は話す。
「近年は少子化が進み、保護者は子育てに対して生真面目に向き合う傾向が強くなっています。また、地域社会のつながりも薄いため、周りに子育てのモデルケースが見いだせず、保護者の方は一つひとつの場面で迷うことになります。でもそんな今だからこそ、研究から得られたエビデンスに基づいた『正しい行動を評価する』ことを実践してみてください。その第一歩として、普段できて当たり前と思ってしまいがちな普通の行動(良い行動)をほめることから始めてみてはいかがでしょうか」
育児書や限られた先輩ママからの情報だけを参考に子育てをし、いじめにつながる行動をなくそうとするのは難しい。子どもの発達科学研究所が主催する講座やweb勉強会に参加するなど、何らかの形で子育てに科学を活用するためのアクションを起こすのもよいだろう。でもまずは、こどもの「よい行動をほめる」を今日から実践してみてはどうだろうか。

子どもの発達科学研究所

大阪大学大学院と大阪大学、浜松医科大学、千葉大学、金沢大学、福井大学の「子どものこころの発達研究センター」による研究成果の普及を行う公益社団法人。こどもの発達やこころに関する調査研究を行うとともに、セミナーや講演会を通じて保護者や教師に向けて最先端の研究成果を発表している。教育関係者や保護者に向けたいじめ予防プログラム『TRIPLE-CHANGE』セミナーや、こどもを対象としたいじめ撲滅プロジェクト『BE A HERO』などを開催。

文/横堀夏代 撮影/荒川潤