ライフのコツ

2019.03.22

離島に見るグローカル教育最前線-前編

隠岐島前高校の“魅力化”とは?

本土からフェリーで約3時間。日本海に浮かぶ隠岐諸島のうち、西ノ島町、海士(あま)町、知夫村の3町村からなるのが島前(どうぜん)地域。海士町にある島根県立隠岐島前高校は、地域唯一の高校だ。約10年前、廃校の危機にさらされたところから、地域を挙げて高校の魅力化に着手。全国から生徒を募集し、生徒数は見事V字回復した。今では全国から多くの人が視察や講演に訪れる活気ある地域となっている。そんな島前の教育について、隠岐島前教育魅力化プロジェクト・コーディネーターの大野佳祐氏に伺った。

魅力的で持続可能な学校と地域をつくるため、
「島前高校魅力化プロジェクト」が発足
隠岐島前高校(以下、島前高校)は、もともとは主に島前地域の子どもたちが通う学校だった。平成9年度には77人の入学者がいたが、少子化や本土の高校への進学者の増加から、平成20年度には28人にまで減少。廃校の危機にさらされた。
高校が廃校になると、地域から高校生がいなくなるだけでなく、その家族ごと出ていってしまう。人口が減少し、地域の少子高齢化は加速。伝統行事や産業は担い手不足で衰退し、地域の活気は失われ、やがて島に住む人がいなくなる...。
そんな先細りの未来に危機感を持った島前3町村が協議し、見出した活路が、島唯一の高校である島前高校を魅力的な学校にする、というものだった。そして、初代コーディネーターで現・島根県教育魅力化特命官の岩本悠氏らと協力しながら「島前高校魅力化プロジェクト」を立ち上げ、行政、地域、学校と、まさに地域総出で学校づくりを進めていった。
掲げたのは、「魅力的で持続可能な学校と地域をつくる」というビジョン。島の暮らしにある幸せや豊かさが長く続くことに、教育分野から貢献することを目指した。地域と学校とをつなぎ、教員に伴走して授業を組み立てる「コーディネーター」職の設置、全国から生徒を募集する「島留学」制度やその島留学生を支える教育寮や「島親」制度の整備、公立塾「隠岐國学習センター」の設立、地域課題の解決に取り組む探究学習の構築...こうした施策が功を奏し、生徒数は順調に増加。平成20年度には89人だった全校生徒数が、平成28年度には倍以上の184人までになった。
高校の魅力化に取り組むようになってから、若い世代のIターン者が増え、若年人口も増加した。それに伴い出生数が増える、担い手が増えて地域の祭りで神輿が復活する、視察者や観光客数が増える...という好循環が発生し、教育を皮切りに地域全体に活気が生まれた。
少子化で全国的に高校の統廃合が進むなか、かつて島前地域が抱えていたような課題に直面している地域は少なくない。とくに離島・中山間地域の状況は深刻であり、島前地域の教育を核とした地方創生は、注目を浴びるようになった。
コンセプトは「島まるごと学校に」。
地域とかかわり合い主体的・協働的に学ぶ
「魅力的で持続可能な学校と地域をつくる」というビジョンに基づき、島前高校では「島まるごと学校に」を学びのコンセプトに定めている。それを体現したのが、プロジェクト型学習「夢探究」だ。授業は教員とコーディネーターとが協働で組み立て、地域の人とのかかわり合いを通して、地域を知り、地域の課題解決策を模索し、最終的には自分がどう生きるかということへつなげていく。具体的には、1年次には牛飼い、漁師など地域で働く人に話を聞き、2年次にはグループで『放置竹林をどうするか』といった地域課題の解決策を探究する。そして3年次には、各自が自分の進路や将来について深めていく。
高校の「夢探究」と同様のプロジェクト学習は、隠岐國学習センターでも行われている。隠岐國学習センターは島前高校と連携した公立塾で、島前高生の7割程度が通う。民間の塾がないこの地域のこどもたちの自立学習と自己実現を支援する学びの場として設立され、教科面の学力強化に加えてプロジェクト学習「夢ゼミ」を行なっているのが特徴だ。
1年次の「夢ゼミ」では、何をするか役割分担はどうするかなど、すべて自分たちで決めて実行していく。島前の人やモノを紹介する冊子を制作したり、自分たちの思いを発信する動画をつくったりと、学年によって内容はさまざまだ。また、2年次には地域の人たちを講師に迎えて共にプロジェクトを進め、地域とつながりながら学びを深めていく。いずれも、人と関わり合いながら進める、主体的・協働的な学びが軸となる。島外出身者の中には「夢探究」や「夢ゼミ」に惹かれて入学した生徒も多く、授業にも意欲的だ。その様子に触発され、最初はのんびりと構えていた島内出身の生徒の意識も次第に変わっていくという。
「高校の学びのキーワードの一つが"混ぜる"なんです。"境界を超える=越境"と言い換えることもできます。島内出身の生徒と島外出身の生徒を"混ぜる"、地域と学校とを"混ぜる"、科目と科目とを"混ぜる"...。夢探究や夢ゼミでは、1、2年次には仲間や地域の人と混じり合いかかわり合いながら、主体的・協働的に学ぶベースをつくります。関係性の質が成果の質につながるというのは、ビジネスも学びも同じ。いわば新人研修のようなものです。話し合うときの姿勢や人の話を聴くときにはメモをとるといった基本から、どうして協働が必要なのか、 "みんなは"ではなく"自分は"どう考えるのか・どうしたいのか、本当にそうなんだろうか、といった問いを立て、一人の人間として生きていくために必要な自立と協働について学んでいきます」(大野氏)
たくさんの大人の本気に触れ、
自ら問いを立て自分を掘り下げていく
3年次には「じぶん夢ゼミ」と題し、自分はこれまでどう生きてきたのか、これからどう生きたいのかについて、同級生やスタッフ、授業にやってきた地域内外の大人らと対話を重ねながら掘り下げ、自分の進む道を自分自身で見つけていく。「夢探究」でも「じぶん夢ゼミ」でも重視しているのが、「問いかけ」だ。教員やコーディネーター、スタッフが生徒に何かを押し付けることはなく、問いによって生徒の真意を引き出していく。
「今の時代は、生き方の選択肢が増えています。自分はどういう生き方がしたいのか、夢をどう実現したいのか、そのために何を学べばいいのか、そもそも大学に行くは必要あるのか...と、根底から問い直していきます。高校生の選択肢の幅って、触れている大人の数によって変わると思うんです。その点、島前の高校生たちは、とても恵まれた環境にあります。学校の先生、コーディネーター、学習センターのスタッフ、地域の人たち...と、都会の生徒よりもずっと多くの大人と日々関わっています。そして、その大人たちはみんな、高校生に本気で接しています。大人の本気に触れたとき、彼らの中に何かしら感じることがあると思うんです」(大野氏)
「夢探究」や「夢ゼミ」を通して、生徒は地域という社会とつながり、多くの人とかかわり合いながら、自ら問いを立て学びを深めていくという"学びの型"を習得していくのだ。

(後編へ続く)

隠岐島前教育魅力化プロジェクト

平成20年発足の「隠岐島前高校教育魅力化プロジェクト」以来、「魅力的で持続可能な学校と地域をつくる」をビジョンに、島前地域の教育の拡充に取り組む。隠岐島前高校の教育魅力化の取り組みを中心に、海士町、西ノ島町、知夫村の各小中学校でも、地域にとって、子どもたちにとって、持続的かつ魅力的な教育を探究し続けている。事業主は、島前3町村が出資して平成26年に設立した一般財団法人島前ふるさと魅力化財団。

文/笹原風花 撮影/WorMo’編集部