組織の力

2017.12.13

働き方改革を全行に浸透するための制度設計

メガバンク初の在宅勤務導入で見えてきたこと

“組織に活力を与え、さらに一人ひとりの生産性の向上を図る働き方改革”を実現すべく、2016年4月にメガバンクとして初めて「在宅勤務制度」を導入した株式会社三菱東京UFJ銀行(以下BTMU)。導入のきっかけや苦労した点、さらに制度導入後1年半経過し見えてきた課題や行員の意識の変化について、人事部ダイバーシティ推進室で働く上場庸江さんと村井珠理子さんにお話を伺った。

「家でやれる仕事はあるのか?」という議論からはじまった
お客さまと対面する窓口業務や情報管理が厳しいと言われる銀行で、在宅勤務制度をいち早く導入したBTMU。そのきっかけとは何だったのだろうか。
「日本経済全体で起こりうる事象と同じように、BTMUの従業員の人員構成においても大量採用世代が今後定年を迎え、多様な人材の活躍が益々必要とされる時代の到来が想定されます。ついては、育児や介護ニーズを抱える行員を含めた従業員一人ひとりが、主体性を持って挑戦できるような活力ある組織にするためにはどうしたらよいか、当行も今まで以上に真剣に考える時期がきていました。従業員が自然減という流れがある中で、次の時代を担う人材にいかに活躍してもらうか、またどのような人材を採用していくべきかを早急に考えなければいけない時期でした」と上場さんはいう。
契約社員や派遣社員を含めれば女性が90%以上というBTMUにおいて、子育てや介護は避けては通れない問題。そこで、2015年より在宅勤務制度を含めた柔軟な働き方の枠組みの整備、すなわち働き方改革に着手した。
「在宅勤務制度は、対象を子育てや介護に絞るという考え方もありますが、対象者が限られた従業員に特定されると、制度を使う側も肩身が狭くなりがちという意見を踏まえ、適用する業務軸での制限はあるものの、まずは働き方改革の一環として全行員を対象に考えることにしました。"組織に活力を生み出し、一人ひとりの生産性を向上させる方法"をテーマに試行錯誤した結果、いくつかある施策ラインナップのひとつに在宅勤務制度が加わったという認識です」(上場氏)
働き方改革について、トライアルという位置づけでワーキングマザーや介護を対象として新制度を導入する企業が多い中、BTMUでは全行員を検討対象にすることで、企業としての本気度を示し、何より対象となる業務を担う従業員が制度を利用しやすいというメリットにもなっている。
それでも、導入までには多くの課題があったという。
もっとも苦労したのは、どの仕事が在宅勤務にフィットするのかを検証することやマネジメントの理解を得ること。トライアルをしながら検証を重ね、現在は週1回を原則に、企画業務型裁量労働制の対象業務に従事する行員やシステム部に所属する行員、そして育児・介護ニーズのある国内本部行員などがその対象となっている。もちろんシステム面の整備にも相応に時間を要した。リスク管理部署やシステム系部署とよく協議を重ね、在宅用PCや利用システムのログ管理等が行える様にすることで、勤務管理や情報セキュリティの問題を一つ一つクリアしていったという。
実際に在宅勤務制度を活用した村井さんは
「私はこの春、育児休暇から復帰して実際に数回在宅勤務制度を利用してみたのですが、一番のメリットは、通勤時間がない分、終業時間も早くなり、こどもをいつもより早く保育園にお迎えに行けること。一方で、その日の作業内容や所要時間を事前に明言し、結果を報告するシステムなので、その日の仕事の成果を確認されるというプレッシャーもありました」(村井氏)
また、普段の仕事に対しても、かかる時間を見積もるようになり、生産性に対する意識の向上が見られるようになった、というメリットもあったという。
「在宅勤務をスムーズに利用するためにも、日頃から在宅でできる仕事を切り出す意識や、作業にどのくらい時間を要するのかという見積もり意識をもって業務に取り組んでいる様子が見られるようになってきました」(上場氏)
写真左/村井珠理子さん、 右/上場庸江さん
在宅勤務はツールのひとつ。
全行員の生産性UPが最大のミッション
在宅勤務制度以外にBTMUが導入した働き方改革の施策として、2016年7月から実施している"セレクト時差出勤"と"退社時刻の見える化"とはどんなものなのだろうか。
「セレクト時差勤務は、翌日の出勤時間が4~5パターンから選べるというもの。定時が8: 40~17:10なのですが、30分単位で最大1時間~1時間半前後にずらせます。これは働くママに限らず全行員に支持されている制度です」(村井氏)
「退社時間の見える化というのは、その名の通り退社する時間を明記したカードを出社したら見えるところに掲げる、というもの。部署内で業務を依頼する目安にもなりますし、また残業が継続しがちになっている部下とは優先順位を一緒に考えるなど、上司と部下のコミュニケーションのきっかけにもなっています」(上場氏)
対象を育児や介護者に制限せず、あくまで"全行員を対象"とすることにこだわることで、制度の利用しやすさと組織や会社全体の意識改革につながっている。
全行員が一丸となって意識改革に取り組むことの重要性
これらの制度は実際に使われることで初めて意味を成す。そのためには、制度利用者とマネジメント、同僚を含めた全行員の意識改革やモチベーション維持が何よりも大切になってくる。
現在の育児復帰率が93%というBTMUでは、数年前からワーキングマザーを対象にした意識改革への取り組みが行われている。
「力を入れている施策の一つに、復職後半年以内のママを対象とした"復職後研修"があります。今抱えている悩み(仕事やキャリアのこと、仕事と育児の両立のこと、夫との役割分担など)を付箋に書いて心のモヤモヤをすべて吐き出し、一つずつ検証していきます。参加者の多くが似たような悩みや不安を抱えているので、共感してもらえるだけでも気持ちが楽になりますし、お互いの悩みに関する解決策を考え、それを共有することで、これからの仕事や両立生活にとても役に立つと好評です」(村井氏)
「研修の中では同時に、中長期的なライフイベントを記載する人生年表も作成します。日々子育てに追われているときは誰でも近視眼的になりがちです。年表にして可視化し、中長期的な視点を持ったうえで、今の働き方を見つめ直すということをしています。そのステップの中で、少しずつ目標や目指すところが明確になっていきます」(上場氏)
こうした取り組みを数年行っていく中で、ワーキングマザーの将来のキャリアプランに対する意識も変化するなど兆しが見え始めている。このようなサポートと昨年度から始まった在宅勤務制度も相まって、より生産性高く働く意識が高まっているのではないか。
これからも、マネジメント等当事者の周囲を含めた「全行一丸となっての改革」を継続して推進していくことが肝要だと上場氏はいう。
最後に在宅勤務制度を導入して1年経った今、見えてきた新たな問題点や今後の課題を聞いてみた。
「全行員を対象にした働き方改革に対するアンケートでは、回答数も着実に増え、関心は強くなってきました。まだまだスタートラインに立ったばかり。今後は制度をわかりやすく伝えながら、制度利用者を増やしていくことが課題です。同時に利用者の声も集めながら、更なる制度改善を進め、一人ひとりが自分の働き方や生産性をより意識してもらえる様な活力ある組織になっていけばと思っています」(上場氏)
「女性の活躍支援を考えるにつれ、女性だけでなく男性行員の意識改革も必要だと感じています。男性行員の10日間の短期育児休業制度もそのひとつ。男性育休は特に、自分からは言い出しにくいといわれています。対象者がいる拠点に対しては人事部長から各拠点長宛に積極的な取得推奨をメールで推進したところ、H28年度の取得率は約60%になりました。話題の"イクボス"も行内でどんどん増えていくことを願っています」(村井氏)
「これからの世代は共働き、共育てが当たり前の時代。管理職は部下個人の事情をよくわかったうえで一人ひとりを活かすための工夫が求められているということを忘れてはいけないのだと思います」(上場氏)
"従来、当たり前と考えられがちだった、時間制約がないことを前提とした働き方・コミュニケーションは、もはや成り立たなくなりつつあります。今後、誰もが限られた時間の中で働きがいを持って生産性高く働くための環境作りを"。そのためにできることを全行員で考え実行していくBTMUの働き方改革は、これからますます加速しそうだ。

株式会社三菱東京UFJ銀行

1919年(大正8年) 設立。三菱UFJフィナンシャルグループのひとつとして、「世界に選ばれる、信頼のグローバル金融グループ」を掲げる金融機関。主なグループ会社に、三菱UFJ信託銀行、三菱UFJ証券ホールディングス、三菱UFJニコスなどがある。

文・撮影/加藤朋美 取材協力/株式会社グローバルステージ