ライフのコツ

2017.03.22

現代っ子の体づくりのために-後編

身体感覚の発達が豊かな心と知性を育む

前編では、こどもの体づくりに欠かせない姿勢について、足裏の安定と深い呼吸の重要性を紹介した。呼吸と姿勢を安定させ、体力や運動能力を高めるためには、親としてどのようなことに気をつければ良いのだろうか。また、心や知性にはどのような影響があるのだろうか。日常的な遊びの中で実践できる手法も合わせて、アスレティック・トレーナーの山本邦子さんに引き続きお話を伺った。

日常生活や遊びの中に
多様な動作や刺激を取り入れる
こどもは本来、生活や遊びの中で体を動かしながらさまざまな動作を習得し、体力をつけていく。しかし現代は、都市部を中心に、自由に体を動かせる時間も空間も限られており、こどもの運動能力や身体感覚がどんどんと低下している。幼い頃からスポーツ系の習い事をするこどもも増えているが、それだけでは十分ではないと、山本さんはいう。
「必要なのは、大人にコントロールされていない状態での遊びです。言われたことを言われた通りにやる動きだけでは、多様性が限られてしまいます。走ったり跳んだり、木に触れたり登ったり、自分の興味のおもむくままに動く中で、こどもは自ずと自分の体の枠や軸、多様性というものを学んでいきます。広い空間も大切です。人間は主に平衡感覚と視覚からの情報をもとに体を動かしており、目の動きは非常に重要です。狭い範囲しか見ていないと、体も動かなくなるのです」
「毎日のように広い場所に行かなくても、ちょっと工夫をすれば、体を動かす遊びを日常生活に取り入れることができます。例えば、階段を登るときに、片足で、後ろ向きで、横向きで、両手を挙げながら登ってみる、四つん這いで部屋の中を動き回ってみる、親子でボディタッチをしてみるなど、動きや感覚にバリエーションを持たせるのがポイントです。目を動かすためには、白いものを見つけよう、などとお題を決めていつもの通学路を歩くのも楽しいですし、食卓に座る位置を変えるだけでもいい。とにかく日常生活にいろいろな動作や刺激を入れることが大切です。それによって、できる・できない、得意・不得意など、子どもの体や動作の特徴が見えてきます。できないからダメ、ではなく、どうすればできるようになるだろう、より自由に体を使えるようになるだろうと、工夫をすることが大切です」
親からの問いかけが、こどもの
自発性を伸ばし、身体感覚を磨く
前編では呼吸の重要性を紹介したが、まずはこども自身が浅い呼吸と深い呼吸がいかなるものかを知ったうえで、深い呼吸を習得することが大切だと、山本さんはいう。
「ハッハッハッと短く吐いたりジャンプをしたりすると、浅い呼吸がどういうものか体感できます。深い呼吸は、ゆっくり長く吐くことが大切です。寝転がって深呼吸をして、お腹の動きを観察したりお腹に触れたりしてみる、お腹から息を吐いて風船を膨らませてみる、お風呂の中でブクブクと息を吐いてみるなど、親子で呼吸を感じてみましょう」
山本さんのおすすめが、魚釣りゲーム。紙や段ボールで作った魚を、ストローで吸って釣り上げ、移動させるというものだ。最初は右から左へと移動させ、慣れてきたら移動距離を伸ばしていく。魚を釣り上げて遠くまで運ぶためには、息を吸い続けなければならない。長く吸うためには深く吐き切っておく必要があり、深い呼吸のトレーニングになるのだ。
「体を使った遊びをするときには、『今のどんな感じだった?』などと意識的にこどもに問いかけてみてください。こどもの感想や意見は否定せずに承認し、『どうしてそう感じたのかな?』『前やったのとはどう違った?』と一緒に深めていきます。自発性を引き出す問いかけは、コーチングでも大切です。問いについて考え、表現しようとすることで、こどもの身体感覚が育っていくのです。私はこれまで多くのアスリートを見てきましたが、一流のアスリートは皆、身体感覚の鋭さに加え、感覚を言葉にする表現力にも長けていました。自分の体を知り、感じ、表現することは、こどもの運動能力の発達にも大きく影響するのです」
体の認知、体づくりは、
心や知性の発達の土台となる
体を動かし、姿勢や呼吸を整え、身体感覚を磨くことは、さまざまな面から心の状態や知性にも大きく影響する。一例を挙げれば、深い呼吸や安定した姿勢により副交感神経が優位になり、脳への血流も増えることから、心が落ち着き集中力も高まる。また、「中枢神経からの発達のピラミッド」(Williams & Shellenberger『Pyramid of Learningn』)では、学術的な学びや日常活動、行動・振る舞いといった「認知・知性」が発達の頂点にあり、その下には視覚空間認知や姿勢調整といった「認知行動」、さらに下には身体感覚や姿勢の安定といった「知覚行動」、そして底辺には五感に平衡感覚と深部感覚を加えた7つの「感覚システム」が存在することが示されている。これはつまり、発達の土台となる感覚システムが未熟だと、その先にある発達にも影響があることを意味している。
『伸びる子どもの、からだのつくり方――「かけっこ一番」をめざす前に、知っておきたい60のこと』より
「この図から、感覚システムや知覚行動の発達がいかに重要かがわかります。乳幼児には、同じ動きをくり返す時期が何度もあります。ずっと飛び跳ねていたと思ったら、それがピタッと止んで次はずっと転がっているなど、親から見ると不可解かもしれません。でも、これは発達段階で意味のあることで、納得するまでやらせることが重要です。持って生まれたたくさんの箱があり、一つの箱をいっぱいに埋めては次の箱へと移っていると考えれば、理解しやすいかもしれません」

昨今は早期教育の情報も場もあふれ返り、親の目は我が子にいつからどこで何を習わせるかばかりに向きがちだ。目の前にいるこどもの動作を、姿勢を、呼吸を、そして存在そのものを、ゆっくりと見つめ直すときが来ているのかもしれない。

山本邦子

全米アスレティック・トレーナー協会公認アスレティック・トレーナー。有限会社トータルらいふけあ代表。『Aヨガ』主宰。日本とアメリカとを行き来しながら日米のトップアスリートや劇団四季の舞台俳優などの心身のケアに従事し、2009年からは宮里藍選手と契約。現在は活動拠点を日本に移し、Kyoto MBM Laboを拠点に子どもからお年寄りまで幅広い世代の体づくりをサポートする。

書籍
『伸びる子どもの、からだのつくり方
――「かけっこ一番」をめざす前に、知っておきたい60のこと』
森本貴義、山本邦子著、ポプラ社発行。
姿勢が悪い、転ぶとすぐに怪我をする――スポーツ教育熱が高まるいっぽう、基礎体力に不安のある子どもたちが増えている。本書は、姿勢、呼吸、動作、感覚、能(脳)力の5つの観点から、将来的に強いからだをつくる、60のヒントを紹介。足裏チェックや、触れて確かめる正しい呼吸の方法など、遊び感覚、親子で楽しめるプログラムも紹介。今日からあなたがお子さんのコーチ役、可能性を引き出しましょう。

文/笹原風花 撮影/ヤマグチイッキ