ライフのコツ

2016.11.10

現代社会で求められるSTEM教育-後編

日本におけるSTEM教育の実態

教育界からだけでなく、産業界ひいては国策としても注目されているSTEM教育。世界的な注目度の高さに比べ、日本ではあまり馴染みがなく、ロボットのプログラミング教育などをイメージされることも多い。では、STEM教育とは具体的などのような教育手法なのか、またそれによってどんな力を身につけることができるのか、埼玉大学STEM教育センター代表の野村泰朗先生に引き続きお話を伺った。

迷いながらじっくり向き合う
プロセスがSTEM教育には必要
学生時代は東京工業大学で制御工学を学んできた野村先生は、ロボットコンテストへの出場経験もあり、「目的を持ってものづくりをすることによって、こどもはさまざまな力を身につけることができる」とかねてから考えてきた。STEM教育を知ってその理念に共感し、STEMの概念を取り入れた教育手法を自分の研究テーマに加えようと決めた。そこで、ものづくり活動を通した教育方法に関する研究や、STEM教育の指導者育成を行うための拠点として、埼玉大学内にSTEM教育研究センターを設立。同センターでは現在、企業との共同研究を進めたり、小・中学校との連携プロジェクトを手がけたりと、多彩な活動を行っている。
なかでも中心的な活動は、ものづくりに興味をもつ地域の小学生や就学前の児童を埼玉大学のキャンパスに呼んで行う「ロボットと未来研究会」だ。この研究会では、こどもたちは研究員となり、自分たちでテーマを設定してものづくり活動や研究に取り組む。ここには埼玉大学の学生も参加し、こどもたちと一緒に活動しながら、STEM的な学びを実践的に身につけている。仮説・検証を繰り返しながら正しい答えを導き出すというプロセスを実践する学び方も特徴だ。2015年度には、こどもたちは二足歩行ロボットやドローン、飛行機、ペットボトルロボットをテーマに、独自の研究、開発を行った。
「ロボットを研究の素材とすることが多いのには理由があります。ロボット開発は総合学問といわれており、機械工学や電気・電子工学はもちろん、化学や医学、芸術、哲学まで、あらゆる学問の要素を含んでいます。ロボット開発というとプログラミングの教室などをイメージする人が多いかもしれませんが、研究会の目的はあくまでもSTEM教育の実践。より幅広い分野に目を向けられる視点を提供し、思考力や実行力を育み、こどもたちに主体的な学びを促すことが研究会の使命と考えています」
研究会での活動で野村先生らが心がけているのは、こどもが研究の手順などで迷っていても、自ら質問してくるまでは助け船を出さないことだ。
「わからないこととじっくり向き合って解決策を探したり、どんなふうに質問すればいいか考えたりすることも、STEM教育には必要と私たちは考えています。初めはすぐに答えを求めていた子も、自分で考える力を次第に身につけていきます」
保護者が"科学的"な姿勢を
見せることが第一歩になる
STEM教育は世界で注目されつつあるが、残念ながら日本の学校ではSTEM教育として取り上げられることはまだほとんどない。しかし日本の小学校には、理科・社会・家庭科の学習内容を統合した「生活科」という授業がある。また、小学校3年生から高校までに「総合的な学習の時間」という時間を必修として設定しており、日本独自の総合学習の考え方を浸透させてきている。ただ、世界的にみてもユニークなこの総合学習という枠組みは、学校現場で試行錯誤を続けるも、実際には英語教育や受験といった、より関心の高い分野の陰になってしまい、社会全体でその価値が認められているとは言いづらい状況である。しかし、この日本的総合学習の考え方こそが野村先生が考えるSTEM教育そのものであり、日本はある意味ではSTEM教育先進国でありながらそれを世界に発信できていないという。
では、学校での総合学習の経験を生かし、家庭でもSTEM教育の一端を担うにはどうしたらいいだろうか。野村先生は「保護者が科学的に行動することが第一歩です」と断言する。
「例えば買い物へ行くにしても、近所のスーパーへ行く、少し遠いけれどタイムセールをしている隣町のショッピングセンターへ行く...などさまざまなチョイスがあります。そのときに大切なのは、それぞれの選択肢を客観的に検討することです。そして、例えば『隣町へ車で出かけるとガソリン代がよけいにかかるから、だったら近所のスーパーで買っても同じだね』といった具合に、なぜその行動をするのかという根拠をこどもに説明することが大切です。自分がなんとなく行動していては、こどもに科学的な態度が身につくはずがありません」
根拠をもって行動したり、真実を探求したりする姿を見せることで、こどもも無意識のうちに科学的な姿勢を身につけ始めるのだ。
そして、「問題の解決のためには、常識を捨ててあらゆる可能性を探ろうとする態度が大事です」と野村先生は続ける。「賢い買い物の仕方を考えるといった日常的なことであっても、経験や勘だけに頼るのではなく時には計算することも必要だし、直接店で買った方がよいものが買えるという思い込みを捨ててネットショッピングといった新しい技術を駆使する選択肢も考えてみることが必要です。例えば、今日は日曜だから夕方の時間は道が混むから昼間に買い物に行った方が時間を無駄にしなくていいかも、といった地域の人たちの生活、社会について関心を持っていることも大事だったりします。合理的に判断するためには、いろいろな角度からさまざまな情報を集めることができなければいけません。」
さらに野村先生は、「興味を持ったテーマにじっくりふれる時間をつくってあげてほしい」とも語る。
「せっかくロボットと未来研究会に参加してくれても、たくさんの習い事と掛け持ちをしているため、なかなか関心を深める時間をもてないお子さんもいます。『自分はどんなものがつくりたいのか』『目指すものをつくるためには、どんな技術を用いたらいいか』といったことは、ある程度時間をかけないと見えてきません。保護者の方もどっしり構えて、STEM分野を日常的なものにしていく子育てを実践していただければ、と願っています」
多様な情報が錯綜する現代社会では、何事も意志をもって一つずつ吟味し、選択していく力が必要になる。こどもの頃からSTEMの概念に基づいて物事を理解していくことは、主体的に生きるための拠り所になるはずだ。

野村 泰朗

埼玉大学教育学部准教授。研究分野は教育工学・授業設計論・情報教育など。ものづくりの活動を通して科学技術教育を体系的に行うSTEM教育の考え方に共感し、埼玉大学STEM教育研究センター(2002年の設立当初は、埼玉大学ものづくり教育研究センター)の代表を務める。著書に『情報の基礎・基本と情報活用の実践力』(共著・共立出版)など。

文/横堀夏代 撮影/中林正二郎