ライフのコツ

2016.10.31

現代社会で求められるSTEM教育-前編

今後の社会を担うのに必要な力とは?

STEM教育を理解する
キーワードは"科学的"
ヨーロッパの教育界では10年以上前から、技術や工学と理数系学問を横断・体系化した新しい学問の領域として「STEM領域(STEM Field)」という分野が注目され、STEMの考え方を軸にさまざまな学問を統合した教育が行われてきた。
一方、アメリカでSTEMが注目されるようになった一つのきっかけは、オバマ大統領の演説にあった。オバマ氏はさまざまな場面で、「今後の国際社会でアメリカが競争力を発揮するためには、STEM領域の知識を活用できる人材の育成が優先課題である」とたびたび発言しているのだ。その流れから、STEM領域に精通する人材を育てるための教育が政策として始まり、「STEM教育」という言葉が市民権を得るようになった。
つまり、STEM教育には、教育界からこれからの教育として注目されている側面と、産業界ひいては国策として注目されているという側面があるわけだ。
STEM教育センター代表であり、埼玉大学教育学部準教授も務める野村泰朗先生は、STEM教育について、自らの考えを次のように語る。 「私は教育方法の研究を専門としており、複数の教科を横断・統合した学び方に関心を抱いてきました。ですからヨーロッパでのSTEM教育の実情を知るにつれ、さまざまなものを吸収できるという点で魅力的だと感じました。個人的には、産業界からの要請で盛り上がっているアメリカの様子よりも、ヨーロッパでの地道な実践の方が、私たちの考えるSTEMという概念に近いと思っています」
そして野村先生は、「STEM」の定義について、さらに踏み込んで語る。
「ポイントは、学ぶ対象に対して"科学的"であることです。科学的というと日本では理系のイメージがありますが、本来は『根拠をもって真実かどうかを実証する態度』を指し、あらゆる学問で科学的なアプローチが求められます。文学や歴史学など、日本では文系に分類される学問でも同様です。欧米ではそもそも文系理系といった区別はなく、どのような学問であっても、科学性を持たせるには根拠の基となるデータや現象を解析する必要があり、理科や数学の知識が欠かせません」
野村先生は「科学的であること」の具体例として、以前に出席した教育系の学会でのできごとを挙げる。その学会では、ある研究者が「こどもたちの集中力を高めるためには、授業やテストの前に爆竹を鳴らすことが有効である」という発表を行ったという。このとき、学会の司会者はこの研究発表を「あまりにも突飛だ」「そもそも爆竹を教育現場で使うのは危険」などと決めつけず、「爆竹を鳴らしたときと鳴らさないとき、他のものを鳴らしたときなど複数の条件でデータを比較したうえでの結論かどうか」について冷静に質問したそうだ。 「このように、個人の思い込みで判断せず、客観的な根拠から真実を明らかにしようとする態度が『科学的』な態度といえます。特にものづくりの分野では、科学的根拠が求められる場面が近年、急速に増えたため、理科や数学と技術・工学が深く結びついてSTEMという概念に発展しました」
STEM的な能力がないと
現代社会では生きづらい?
「STEM」という考え方が知られるのに伴って、「今後の社会を担うのは、STEM領域の知識を活用できる人材である」といった考え方が広まってきた。この流れに呼応する形で、欧米各国ではそれぞれ独自の手法で、STEM領域に強い人材を育てるための教育としてSTEM教育を推し進めている。
特に顕著な例がイギリスだ。イギリス政府は、国内の小・中学校に通う12~15歳全員にマイクロコントローラー(超小型のコンピュータ)を支給し、できるだけ全教科でこの機器を使った授業を展開するよう学校側に要請している 。まだ事例は少ないが、機器を使った気象観測や植物観察などの実習がすでに行われている。理科や数学だけでなく、国語などの授業でも機器を使って科学的に学ぶ方法が模索されている。
ではなぜ近年、STEM教育が注目されているのだろうか。その理由を、野村先生は分析する。
「現代社会には情報があふれています。たくさんの情報から正しいものを選び取って活用し、自分の人生を主体的に生きるには、数学や理科の知識を駆使して、物事を科学的に検証する力が求められます。また、科学技術が現代社会において一つの核であることを否定する人はいないでしょう。科学的検証が苦手で、周りの意見や感情に流されてばかりだと、主体的な人生を送ることが難しいのが今の世の中です。複雑な現代社会で納得感をもって生きるために、STEM分野により親しみ、積極的に活用していこうとする態度を育むSTEM教育が必要だと考えられているのです」
後編では、野村先生が埼玉大学で行っているSTEM的な学びの実践について、また、家庭でできるSTEM的アプローチについて紹介していきます。

野村 泰朗

埼玉大学教育学部准教授。研究分野は教育工学・授業設計論・情報教育など。ものづくりの活動を通して科学技術教育を体系的に行うSTEM教育の考え方に共感し、埼玉大学STEM教育研究センター(2002年の設立当初は、埼玉大学ものづくり教育研究センター)の代表を務める。著書に『情報の基礎・基本と情報活用の実践力』(共著・共立出版)など。

文/横堀夏代 撮影/中林正二郎