組織の力

2016.08.10

保活から復帰後の働き方まで継続的に支援

三井住友海上火災保険による産休育休取得者支援事例

三井住友海上火災保険株式会社は、産休育休取得社員の職場復帰を支援するための2つの新制度「保活コンシェルジュ」と「ワーキングママ支援プログラム」を2015年1月からスタートさせた。産休育休前・中・後のそれぞれ段階で社員の声を反映させてつくったプログラムは、スムーズな復帰に向けたさまざまな工夫が凝らされている。人事部能力開発チーム課長の矢野佳子さんに、この制度を作った背景と利用状況を伺った。

保育園探しが
復帰の時期を左右
毎年、200名を超える社員が育休を取得する同社では、「スムーズに職場復帰ができるように支援してほしい」という声が年々高まっていた。その中でも切実だったのが、「保育園を探すのが大変」という声だったという。人事部の矢野さんは「保育園に入れるかは職場復帰の時期を左右します。見つからなくて1年の予定の育休が1年半に延びるということもよくあります」と話す。
三井住友海上火災保険の産育休取得者数の現状
そこで、まず始めたのが株式会社ベネフィット・ワンと提携した「保活コンシェルジュ」。育休中の社員に電話連絡をし、保活の進み具合を確認しながら、希望するエリアの保育園情報を提供するというサービス。復帰6ヶ月前と3ヶ月前に電話をして、保活が順調に進んでいない場合は、希望する地域の認可・認証・無認可保育園の空き状況、自宅からの所要時間、営業時間、保育料などを案内する。
より早い保活を実現するための
「保活4ステップTo Doリスト」
このように保活を手厚くサポートするものの、現在の保育園の逼迫状況ではなかなかスムーズにはいかないのも現実。保育園は最も空きが出るのが4月入園で、それを逃すと入園が難しくなるため、結局、予定通りの職場復帰ができなくなるケースが多かった。
保活に成功した人の話を聞くと、早くから情報を集めて動き始めている。そこで、人事部では、保活コンシェルジュのアドバイスや経験者の声を聞き、より具体的なサポートツールをつくることにした。こうしてできたのが、「保活4ステップTo Doリスト」だ。4ステップとは具体的に、
STEP1: 自治体の保育所申込方法・スケジュール等の現状を確認
STEP2: 保育所の選定
STEP3: 認可保育所に入れなかった場合のプランを検討
STEP4: 復帰後の"もしも"に備えて体制整備
(病児保育施設の確認や、予防接種のスケジュールの確認など)
という内容だ。
このリストは、産休に入る前の社員に案内している。あえて保活の時期を細分化せず4ステップに分けた理由は、業務の引き継ぎなどかなり忙しいタイミングで渡されるので、とにかく短時間で保活のすべてを包括的かつ具体的にイメージしてもらうため。休暇中に自宅の冷蔵庫などに貼っておけるよう、A4用紙1枚にまとめてあることもポイントだ。「このリストによって、どの時期に何をするのがベストなのか明らかになれば、漠然とした不安はなくなり、具体的に行動を起こしやすくなります。」
育休中のスキル向上や職場との連携維持を支援する
「ワーキングママ支援プログラム」
社員が希望する復帰時期が実現するためのサポート「保活4ステップTo Doリスト」とともに、もう一つの大きな支援が「ワーキングママ支援プログラム」。育休明けに戻ってくるママたちが戸惑いなく職場復帰することを大きな目的としている。
この「ワーキングママ支援プログラム」は、産休前から始まる。まず、産休を申請した社員は産休育休制度に加え、復帰後に利用できる短時間勤務制度を理解し、『面談シート』に産休育休中の過ごし方や復職予定を記入する。記入した面談シートを元に上司と面談を行い、産休育休中の情報を共有する。
さらに、『面談シート』では、産休育休中の自己啓発のプランも策定する。初めての育児でどのような生活になるかわからない時期でのこの策定には、ハードルが高いとも感じられるが、矢野さんいわく「産休に入る前に、復職後どうありたいのか。それを実現するためにどう自分をブラッシュアップしていくのかを描き、実践することがキャリアの中断を最小限にし、スムーズな職場復帰につながります」とのことらしい。
育休中の支援として用意しているのは、家庭にいながらビジネススキルの維持・向上を図ることができたり、会社の動向を把握できたりするというプログラムだ。
これは、近年のビジネス現場の変化が驚くほど早いため、復帰したママたちからは「思った以上にブランクが大きかった」、「産休育休中にもう少し有効に時間を使っておけばよかった」という声が多く聞かれるためである。「支援策として、家でスキルアップが図れるように、eラーニング講座、著名人による講義を受けられるオンライン大学講座、京セラ丸善が提供する電子書籍などを好きな時に閲覧できる電子図書館などのプログラムを用意しました。また、社内のイントラネットや商品改定情報等の動画を自宅のパソコンやスマートフォンなどで視聴できようにして、復帰後の戸惑いを減らしてもらおうとしています」(矢野氏)
こうしたプログラムの受講は決して義務ではなく推奨となっているが、現在、eラーニングは産育休取得者300名のうち約100名、電子図書館にいたっては、ほぼ全員が登録している。「eラーニング講座は専門的なものもあるのですが、意外だったのはエクセルとかワードの機能を学習する講座が人気なことです。復帰したらこれまで以上に効率よく働くことが求められるため、もっと効率的な使い方を学びたいということでしょうか。この動向は人事でもとても参考になりました。今後、これらの分野をもう少し手厚く準備しておくことも検討しています」
また子育て中の忙しい時期の受講を推奨するのは、「時間コントロール」の感覚を身に付けてもらうのも、もうひとつの目的だと言う。「復職後の苦労として、家庭と仕事の両立が難しいという意見が多いです。受講することで自分の時間をつくる習慣ができていると、復職した後の両立もしやすくなります」(矢野氏)
産休育休中でも月に1回の連絡で
職場との距離感を保つ
さらに産休育休中でも、月に1度は上司が連絡をとって互いの状況の確認をする。「弊社は産休育休期間中に上司が異動することがよくあり、連絡がとりづらくなるのが課題でした。そのときに役に立つのが産休前に記入してもらった『面談シート』です。育休中の社員の状況、復職の予定がわかり、上司が変わっても同じ情報を共有できるようにしました」と矢野さん。しかも、通信手段の欄にはメールか電話か希望する手段も書いてあるので、上司も臆さず連絡が取れるなど、細かいところへの配慮も怠らない。
ちなみに同社は、上司を対象に「女性のライフイベントと働き方」について解説したハンドブックも用意し、自分のラインの女性社員から妊娠したという報告を受けたら、どういう対応すべきかがわかるようにしているという。
そして、「ワーキングママ支援プログラム」で最も力を入れているのが、復帰後の支援プログラムである。「本当に育児と仕事の両立ができるかと不安になっているママに対して、それをサポートする支援策を考えました」(矢野氏)
まず基本となるのが職場の環境づくり。上司が復帰してきた社員の個人的な事情を知っているか知らないかで、働きやすさはずいぶんと変わる。そこで、同じ『面談シート』に、保育園の送迎体制の家族内役割分担、時間外保育の無・延長可能時間、家族等の協力状況などの項目を入れた。これらの項目は復帰前に追加して記入する。「上司は、近くに家族のどういう支援体制があるかなどプライベートなことを聞きたいけれど、どこまで聞いていいかわからない。聞くととがめていることになるのではないかとパワハラやセクハラに気を遣うところでした。その点、面談シートがあることで互いにストレスなく復帰後の状況について情報を共有することができるようになったのです」と話す。
さらに復職した社員を強力に勇気づけてくれるのが、人事部が指定した4人程度のメンバーによるママグループのWeb会議。「このときのメンバーは、人事部で営業部門、保険金お支払部門、本社・支援部門と、復職月をベースに関連ある業務でメンバーを組むようにしています。仕事の内容が似ていると苦労も似ているので、初対面でも話が弾みますし、時短で働くうえでの工夫なども参考になります。みんな同じ環境で頑張っているんだと、すごく励みになったという声が寄せられています」。会議は人事部から指名された社員が司会役になって進み、討議項目は1時間程度で濃い話ができるよう、人事部が考えた項目に沿って行われる。人事からは、最低1回の実施を必須としているが、グループによってはその後のやりとりも続いていると報告もあり、この取り組みが確実にワーキングマザーの業務に対するモチベーションアップの一端を担っているといえる。
参加者に配布される資料より、ママグループのWeb会議の流れと内容
時短勤務が終わった後の
サポートも課題
「マーキングママ支援プログラム」はスタートしてまだ1年半。これからその効果が表れていくとともに、改善点も見えてくるだろう。矢野さんは次のように話す。
「会社は育休を取る社員には、なるべく1年で戻ってきてもらい、いきいきと職場で活躍してほしいと考えています。そのための支援は惜しまないです。また、弊社では時短勤務は子が3歳の年度末で終わり、その後は基本的にフルタイムで仕事をすることになります。もちろん子育ては続いているので、その変化に対応するのは大変です。ママが働きやすい職場環境を実現するための「3年後のサポート」をどうするかなど、今後の課題もまだまだあります。それらを解決しながら、さらに女性が働きやすい職場を考えていきたいですね」

三井住友海上火災保険株式会社

大正7年(1918年)設立。自動車保険、火災保険、傷害保険などを取り扱い、世界トップ水準の保険・金融グループを目指し、グローバルに事業展開を行っている。

文/イデア・ビレッジ 撮影/白木裕二