ライフのコツ

2015.02.20

赤ちゃんはお母さんの顔が一番好き?

赤ちゃんの「顔認知」力と「視覚」を活かした子育て

産まれたばかりの赤ちゃんの瞳に初めに映るのは、たいていの場合、家族の顔ではないだろうか。赤ちゃんにとっては、世の中とつながる第一歩となる親しい人の顔。この顔が、赤ちゃんの成長と深い関係があるのをご存じだろうか。赤ちゃんの「顔認知」や「視覚」を通した脳や心の発達について研究している中央大学教授の山口真美先生に、顔が与える赤ちゃんの発達への影響、さらに顔認知の能力や視覚を活かした赤ちゃんとのコミュニケーション法を伺った。

赤ちゃんはどんな世界を見ているの?
「産まれてまもない赤ちゃんは、大人には想像できないような不思議な世界にいるんですよ」と、山口先生は話す。これは、赤ちゃんは生後8か月頃になるまで、モノの形や空間、奥行きなどを察知する能力が眠っているため。つまり、立体が存在しない。赤ちゃんが見ている世界は、すべてが真っ平らに近いイメージなのだという。
「赤ちゃんは生後8か月頃までに、いつも見ている"顔"を誰かの顔として認識できるようになります。その頃には、横顔と自分のまわりの空間に気づき、やがて空間の奥行きがわかるようになっていきます。それに応じて視野も外界へと拡がっていくのです」
顔認知や視覚に関しては、3、4歳頃になると、発達はまた新しい段階へ移る。生まれてからこの頃までは、基本的に新しいものが大好きであった。そのため一つのことを持続することよりも、いろいろなものを見たがる傾向がある。親から見れば、赤ちゃんから3歳児くらいまでの子は集中力が持続しないように見える場合もあるが、これはこの時期のこどもに共通してみられる発達の特徴である。これはあきっぽいのではなく、順調な成長の印なのだ。
この新しいもの好きの段階を経て、3、4歳になると大人と同じように、懐かしい古いもの好きとなる。大好きなおもちゃやぬいぐるみを懐かしんで好むように、記憶が定着するようになるのである。
新しいもの好きは、発達途上の脳を刺激するために働く。そのためこうした発達は、段階を経て進んでいく。たとえば、最初は動いているものに注意がいっていたのが、今度は形に注目し、次には空間や奥行のあるものに注目がいくようになる。このように、好みは視覚の発達に寄り添うように変化していく」。
赤ちゃんと「顔」のフシギな関係
「顔認知」とは、顔からさまざまな情報を読み取ること。目の前の人がどんな人か、あるいは表情を通して、喜びや驚き、怒り、悲しみ、恐怖といった心の動きを読み取ること。誰もが生まれながらに持っている能力で、この顔を見るのに欠かせないのが「視覚」となる。
「嗅覚や味覚など古い感覚は、妊娠期からも働いていますが、視覚は発達が遅いです。なぜなら、お腹の中は真っ暗だったから、光を必須とする視覚は働きようがなかったのです」。
その分、出産後に受ける環境からの影響は著しく、成長のスピードも目覚ましく速い。その状態は生後8か月頃まで続き、外からの刺激をたくさん受けながら発達していくという。人は視覚が特に発達しているため、視覚とつながっている脳はその構造も複雑になり、多くのことを吸収して学習していく必要がある。
赤ちゃんは大切な研究パートナー。
「たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんの視力は0.02くらいしかありません。近くに寄っても遠く離れても、ぼんやりと見える程度です。これは、目とともに視覚分野を処理する脳が未発達なため。でも、生まれてから8か月頃までの間にいろいろなものを見せると、目も脳もダイナミックな発達ぶりをみせてくれます。そのなかでも『顔』は、赤ちゃんが特別に注目するところなのです」。
生まれたばかりの新生児でははっきりとした輪郭や髪型しか見えていなくても、目の前に顔らしいものがあったら注目する。これはある意味で本能の働きによるものといえて、注目に値する顔というのは、目がふたつでその下に鼻や口があるという、顔の基本構造が鍵となるのである。
動くものをよけるのは、本能で防衛反応が働くから
では、顔の次に赤ちゃんが注目するのは何だろう。
「それは『動き』です。動くものに対して赤ちゃんはとても敏感。さまざまなものを見せていくと、おもしろい反応を見せてくれるようになりますよ」。
たとえば、赤ちゃんに向かってボールが迫ってくるような状況では(もちろん実験では、赤ちゃんに危険のないようなバーチャルな状況をつくります)、大人と同じように目を閉じる。これは、生き残るために身を守ろうという防衛反応が働いたことによるもの。『動き』は赤ちゃんの注目を引く効果があるので、形を動かしたり、顔を動かしたり、さまざまな対象に動きを加えることによって、対象を学習しやすくするという効果がある。
「ちなみに、お母さんの顔を覚えたり、顔を見てにこにこしてみせるのも、赤ちゃんの生き残りの手段なんですよ。長い赤ちゃん時代を親にしっかりと養護してもらうために、親を引き付けるためのしぐさです」と山口先生。
赤ちゃんは能動的に周りの情報を使いこなしているのである。また防衛反応は、赤ちゃんの視力の発達を促すことにもつながるという。
「生まれたばかりの赤ちゃんは視力が悪いため、形はよく見えていません。でも、よく赤ちゃんをあやすとき、何か動かして見せてあげることも多いと思います。動かすことによって、赤ちゃんに気づかせることができるのです。こうして周囲の対象に注目させることは、赤ちゃんにとっては、視力を鍛えるのに効果的な働きとなっているんですよ」。
たとえば、母親が赤ちゃんに対する時は、黙って座っていることはない。にぎやかに話しかけたり、いないいないばあをしたりして、赤ちゃんの注目をひこうと、動きや音声をつけて対応する。表情やにぎやかな音声によって、赤ちゃんは母親の顔に注目し、自然とその顔を覚えていくこととなる。こういう観点からすると逆に効果がないのは、無表情や写真など動きのないものだ。赤ちゃんとの対応には自然な動き、表情を見せることが何よりも大切だ。
「赤ちゃんは、生後4か月頃から生後5、6か月頃にかけては、お母さんの顔をしっかりとわかるようになります。それ以前は髪型や眼鏡といったわかりやすい特徴でおぼえていたのが、お母さんの顔を明確に記憶できるようになり、イメージチェンジをしてもお母さんとわかるようになります。動かすことによって形の認識も発達し、生後4か月頃には視界に入るものの形が認識できるようになっていきます。
その後、生後6か月から生後8か月にかけて奥行きのある空間世界へと発達は広がり、奥行きのある立体感を感じられるようになっていくのです」。
接する時間の長い人が「大切な人」に
ここまで、顔認知と視覚の働きによって、顔は、赤ちゃんとふれあうための大きな役割をもっていることがわかったが、そのなかでも「母親の顔は、赤ちゃんにとって特別」と、山口先生は語る。
「赤ちゃんとのコミュニケーションは、まず、顔を通して、『この人、お母さん』『この人は大切な人』と赤ちゃんが認識することから始まります。ある研究結果では、早くて生後4日から、生後2、3か月くらいにはお母さんの顔がわかるといわれています。あらゆる顔の中でもお母さんの顔は特別で、赤ちゃんが社会とつながるための重要な根っこの部分ともいわれています。でも、赤ちゃんにとっていつもお母さんが一番なのかというと、それは違います」と山口先生は続ける。
「"顔"は人と人との間にたって相手のことを理解するために重要なものなのです」と山口先生。
「社会的なつながり以外に、赤ちゃんがお母さんを一番好きな理由は、抱っこや授乳など赤ちゃんと接する時間が長いから。出産後の関わり方次第で、一番好きな人の顔は変わってきます。イギリスの研究では、お父さんがメインで育てている場合はお父さんの顔が好きという可能性を示す結果も出ています。一番多い時間、赤ちゃんと接した人が、赤ちゃんにとって一番馴染みのある、好きな顔となるわけです」。
つまり、一番良く見る顔がお母さんの顔の場合が多く、お母さんの顔が特別になるケースが多いのだ。
さらに、人見知りが始まる頃には、普段、馴染みの薄い顔に対しては拒否反応を示すように。そのため、地域で会う機会の多い女性の顔にはにこにこと笑顔を見せる傾向にあるが、父親や祖父母など見る機会が限られている人の場合、泣いてしまうことも少なくないという。
「特に祖父母からは、『里帰り出産などで何か月か一緒に過ごしたのに、久しぶりにあったら泣かれた』という話をよく聞きます。でも、それは赤ちゃんの発達上、仕方のないこと。頻繁に会わないと顔は覚えてもらえません。(先に示した、3、4歳までは記憶が定着しないに注目のこと)赤ちゃん時代は寂しい思いをするかもしれませんが、大切な孫の成長だと思って、たくさんの経験をして成長したのだねと喜んでもらえるとうれしいですね。長い目でみれば一時期のこと。記憶の仕組みも発達したころに定期的に顔を見せれば、大切な人、と認識してくれるようになります」。
赤ちゃんはビビッド系が好き
赤ちゃんの視覚については、赤ちゃんの色を見る力について興味深い話もある。山口先生によると、赤ちゃんは目の網膜が発達するのにともなって、生後2か月頃までを目安に、しっかりと色を認識するようになるという。
まず最初に見えるのは、赤系と緑系の色。次に認識できるのは、生後4か月頃に青系や黄色系の色、この頃にはほかの色もわかるようになっていく。ちなみに、「赤ちゃんの好きな色ベスト5」は次の通り。
1位 青色
2位 赤色
3位 紫色
4位 オレンジ色
5位 黄色、緑色
赤ちゃんが初めて色を認識したとき、好みやすいもの特徴としては、目を刺激しやすいビビッドな色の傾向が強い。逆に、ピンクや黄色など淡い色にはあまり関心を示さない。また、白黒のコントラストがはっきりしたもの、ギザギザした形など特徴的な色や形に赤ちゃんは興味を持ちやすいそうだ。
山口先生の著書の数々。赤ちゃんの発達に関するものがたくさんある。
「わんわん」「にゃんにゃん」の使い方
「こどもが成長して社会の中に生きていくうえで大切な能力は、顔から人を、声から言葉を理解して覚えること」と、山口先生は言う。視覚と聴覚をともに生かして、言葉の発達と社会性の発達を考えることが大切といえる。
多くの家庭で、赤ちゃんへの愛情表現として使われている「赤ちゃん言葉」も大切なもののひとつである。赤ちゃん言葉で話しかける人は、そうでない人よりも顔を記憶されやすいともいわれる。また赤ちゃん言葉は、赤ちゃんを言葉に注目させ、言葉を覚えてもらいやすい話し方だという。
「ただ単に『犬』と言うより、『わんわん』や『にゃんにゃん』など擬音語を使ったほうが、耳に入りやすく、結果的に言葉を習得しやすいといわれています。最近、赤ちゃん言葉を教えると、後から大人の言葉も教える必要があって二度手間になるから赤ちゃん言葉は不要だ、という考え方もあるようですが、これは根拠のない間違いです」。
「逆に、言葉を覚えるときは、まず、赤ちゃんがその言葉に注目しなければ何も始まりません。最初に覚えてほしいのはものの名前です。『ねえ、わんわんだよ』『にゃあにゃあだよ』と言えば、聞き取りやすいために、対象の名前である『わんわん』に注目します。平坦な話し言葉では、どこに覚えるべき名詞があるのかがわからなくなりますが、赤ちゃん言葉であれば、会話の中の名前に気づき、覚えるというしくみになっています。まずは対象の名前を覚えれば、わんわんから犬への移行は、とても簡単にできてしまいます」。
笑ったり、怒ったり、いろいろな表情を見せて
実践編として、限られた時間でも実践しやすい、赤ちゃんの顔認知の能力や視覚を活かしたコミュニケーションのポイントをまとめてみた。できるところから試してみよう。
1.大人からたくさん話しかける
こどもの方を向いて話しかける。「この子とふれあいたい、話したい」と思えるときに、無理なくたくさん話しかける癖をつけることで、自分にとっても負担がなくできる。
2.真正面から目を見て語りかける
目を見て話しかけることで、赤ちゃんが顔を覚えやすくなる。新生児の赤ちゃんでも、目に敏感です。4か月になると、そらした視線にも気づきます。そして、生後5か月頃の赤ちゃんは正面の顔しか認識できません。横向きの顔を顔として見ていない可能性があることがわかっています。また、よそ見の視線では、顔を記憶しにくいこともわかっています。そうなると、何かをしながら赤ちゃんに横顔を見せてコミュニケーションしても、顔として認識してもらえなかったり、関心を示さなかったりなど、せっかくのコミュニケーションも残念な結果に終わってしまう。時間の量より質、心のゆとりをもって楽しみながら対応することが大切。
3.こどもとのふれあいは、短時間でも毎日続けて
表情を使ったコミュニケーションは、生後間もない頃から蓄積していくことが望ましい。なぜなら、顔は赤ちゃんに注目されやすい特徴を持っているので、顔はそこにあるだけで刺激となる。
4.いつも笑わなくて大丈夫
生後6、7か月頃には、笑った顔や怒った顔など表情の区別ができるようになる。この頃の表情の区別は、普段あまり見ない珍しい表情と、よく見る表情の区別からはじまる。「いないいないばあ」でびっくりした表情を見せると赤ちゃんは大喜びするように、珍しい表情を見たがったりもする。表情の学習には、さまざまな表情を見ることが大切で、いつも笑っていなくても大丈夫。ときどき怒ったり、泣いたり、いろいろな表情があることがとても大切だからだ。ただし、無表情では学習が成立しないことも気を付けないといけない。
さらに、生後10か月頃には、表情の意味が分かるようになる。これはよい表情、ネガティブな表情など、表情をその意味によってカテゴリー分けができるようになる。大人たちがどんな反応をするのか、まわりの様子をうかがいながら行動しはじめるきっかけになる時期でもあるといえる。
5.お父さんは役割を決めてアピールを
赤ちゃんが顔を覚えるのに大事なのは、赤ちゃんとの関わり方。男性は、関わる時間が少なくても、赤ちゃんが喜ぶような、父親ならではのあそびやふれあいを担当してみてはどうだろう。動きがやんちゃなあそびは父親、まったりしたいときは母親など、親同士がメリハリをもって関わることは、赤ちゃんの脳や五感などでよい影響を発揮する。
6.赤ちゃんは母親を通じて社会と繋がる
いろいろな顔を見る経験は、赤ちゃんの学習にもつながるので、外へ出て多くの人と接することは好ましい。でも気を付けたいのが、わが子への思いから母親が頑張りすぎてしまうこと。最も大切なのは、母親がリラックスしていること。また、信頼できる相手と会うこと。無理をせず、一緒にいて楽しい気持ちになれる人との時間を過ごすこと。生後10か月頃の赤ちゃんは、母親の様子をうかがって、自分が置かれた状況を受け入れるべきか拒絶すべきかを判断している。そういう意味で赤ちゃんは母親を通して、ゆるやかに社会と豊かなつながりを増やしていく。
≪山口真美先生の新刊・近刊≫
※他にもたくさんのご著書があります。是非、読んでみてください!

山口 真美

中央大学文学部心理学研究室教授・博士(人文科学)。中央大学文学部卒業、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻博士後期課程単位取得退学。現在、放送大学客員教授。日本赤ちゃん学会事務局長を務める。研究室では、主に1歳未満の赤ちゃんを対象に「世界を見る能力」(視知覚能力)を研究している。「赤ちゃんに学ぶ 「個性」はどこから来たのか」(講談社)、「赤ちゃんは顔をよむ―視覚と心の発達学─」(紀伊国屋書)ほか著書多数。

山口真美研究室(中央大学文学部 心理学研究室)

文/高梨莉己 撮影/野村一磨