ライフのコツ

2014.07.25

「私はこれが好き」を表現できる子に

日本の学び/ドルトンスクール日本独自プログラム

閑静な住宅街の中にあるドルトンスクール東京。一歩足を踏み入れると、たくさんの絵やオブジェが目に飛び込んできた。「雨のしずく」や「海を泳ぐ熱帯魚たち」などのモチーフでつくられた作品は、どれも色鮮やかで伸び伸びとしている。このすぐれた作品を生み出す感性は、教育先進国アメリカで約100年前に生まれた「ドルトン・プラン」に、日本独自の観点や文化・風土も織り交ぜて開発したプログラムによって引き出されたものだ。「THE DALTON SCHOOL」(アメリカ・ニューヨーク)と提携し、実践しているドルトンスクール東京。その日常生活を見学させていただき、魅力的なプログラムの概要やこどもの才能を引き出す方法等を、星合英二校長先生(写真右)と年長クラス担任の松田直子先生(写真左)に話を伺った。

教育先進国アメリカで生まれた「ドルトン・プラン」とは
1919年、パーカースト女史自らが「ドルトン・プラン」を本格的に実践するために創設した「THE DALTON SCHOOL」は、現在では、キンダーガーテン(幼稚園)から高校までの一貫教育を行う名門私立学校として全米にその名を知られている。日本でも1976年にその歴史をスタートし39年が経つ。
「ドルトンスクールは、"自由と協同"という2つの原理をもとに、こどもたちが持つそれぞれの個性と可能性を引き出し、よき社会の一員を育てることを目的としています。"自分"というものをきちんと確立しているからこそ、周囲を思いやる気持ちが持てる...というわけですね。
教育プランの柱としては、3つのことを掲げています。ハウス(家庭的な教室)、アサインメント(自主性や意欲を引き出すために、先生とこどもの間で交わす約束)、ラボラトリー(専門教科について、より深く学ぶ機会)です」と言う星合校長先生は、次のように続ける。 「よく、入学を検討している保護者の方から『ここに通うと何をしてくれて、こどもは何ができるようになりますか』と問われますが、一言で説明するのは非常に難しい。あえて言葉にするなら、人としての底力をたくわえ、自身で未来を切り拓いていける人間になれるよう様々な経験や体験の機会を用意し、個々の能力を見ながら成長をサポートしていきます」。
「その子」の成長を伸ばすためのラーニングスタイル&教材とは?
たくさんの経験が重要であることは理解できるが、早期教育に対しては「こどもらしさを失うのでは」等、ネガティブなイメージを持つ人もいるだろう。しかし、ドルトンスクールのこどもたちを見ていると、それは杞憂だとわかる。どの子の表情も学ぶ喜びで輝いていて、はつらつとしている。一体どのようにすれば「学ぶ楽しさ」を引き出してあげられるのか。年長クラス担任の松田先生にお話を伺った。
「『ラボ』と呼ばれるグループ授業では、20名程度のクラスを、さらに4~5名に分け、毎週2回、同じメンバーで行っています。ものごとには様々な考え方や解決方法があることを知るのはとても大切なことなので、教材は約200種あり、これらを3年間で使用するので、教材は毎回変わり、ほとんど手作りです」。
日々過ごす教室の中にも様々な工夫がこらされていると言う。
「例えば、"毎日教師が投げかける質問に対し、YES・NOどちらかに一票を投じるボード"は、自分の意見を持ち、自分で決めることができる独立心を身につけることを促します
100という大きな数を経験するために"登校日を100日数えるマトリックス表""1日1円入れていく貯金箱""10個の単位でつなげるチェーン"などを用意しています。100日で貯まった100円で買い物をすると、買い物に行くときに100円で買えるものの組み合わせも考えることもできます。また、100日のお祝いパーティーもします。その日までの時間やたまっていく1円玉の分量で100と言う数字を概念的に捉えていくことが学べます。このようにあそびの要素を交えつつ学習を進めて、年齢があがるに連れて、少しずつ専門的な内容になっていきます」。
少人数だからこそ理解がすすむラボの時間。
さまざまな方法で「100」という数を捉える。
ひとつのものから、いろんな関心を引き出すプログラムの中身
 
授業スタイルや教材だけでなく、ドルトンスクールはカリキュラムも非常にユニークである。中でも「プロジェクト」と呼ばれる、ひとつのテーマに基づいて、絵画や工作などのアート、数学や言語等の学問、社会問題への関心など、多岐に興味を広げる方法は、他ではなかなか聞けない類のものだ。
「プロジェクトでは"実体験"をとても大切にしています。実際に見て感じた体験を軸にして学習を広げていくと、物事が自然につながりますし、関心が拡がりやすいんですね。
ドルトンにはシティ アズ ア クラスルームという考え方があります。学校内だけでなく街全体が教室になるという意味です。先日も遠足で水族館に行きました。こどもたちには『好きな魚を一匹選んでよく観察してきてね』と事前に課題を与えておくので、水族館でも真剣に観察してきます。そして戻ってからは、自分が選んだ魚をモチーフにアート作品をつくったり、魚についてのワークシートにチャレンジしたり、魚をテーマに様々な課題を行いました。
ことばだけで理解するのではなく"体感"も重要視しているので、『サメの全長が4メートル20センチ』といった数字が出てきたら、紙テープでその大きさを測って壁に貼るなんてこともしました。サメの実際の大きさはもちろん、ものの大きさや単位の概念なども自然に学べたことでしょう」。と松田先生は笑顔で語る。
ユニークなところでは、元魚屋の方に依頼して、マグロの解体をしてもらい、最終的には刺身や手巻き寿司にして食べる...なんてことも行ったそう。
壁に貼られた紙テープ。4mを超える魚もいれば、10cmに満たない魚もいる。こうすることで、実際的な大きさを理解するだけでなく、長さの概念も捉えていく。
 
なお、これらに使われる教材は、ほぼ手作り。各クラスやグループによって、内容を変えて用意することもあるという。聞けば、先生方もニューヨークに研修へ行ったり、ニューヨークの先生を招いて研修を受けるなど、学びの日々だそうだ。
身近にある「教材」。大切なのは、興味を持つための導き
目的に応じてカスタマイズされた手づくりの教材と聞くと、とてもマネできないと思ってしまうが、松田先生によれば、実は身近なところにも学びの材料がたくさんあるという。
「毎年、梅干を漬けていますが、それも立派な教材のひとつ。漬ける梅の数を予想したり、水分量の変化を観察・計測したり、それが科学への興味につながることもあれば、洞察力を鍛えることにもなります。その他にも、校内の各所で水中生物を飼育していたり、庭では野菜をつくったりと、学んでいる意識がないままに興味を拡げられる環境を整えています。
『熱が出てもドルトンに行きたい!』なんて言う子も多いので、こどもにとって楽しく知的好奇心を満たせる場所なんでしょうね」。
また、時事の話題や季節の行事を積極的に取り入れている様子も印象的だった。取材の日はちょうどワールドカップの真っ最中だったが、壁には対戦表や出場各国の特徴をまとめたポスターなどが貼られていて、まさに旬なネタがいっぱい。こどもたちの興味に直結しているから受け入れやすいし、スクールでの生活だけでなく、社会の動きを知るきっかけにもなる。
梅干の水分量は昨日と今日で違うなど、観察することがたくさん。
ワークは無理強いせず、その子一人ひとりの興味と理解力に応じて進められる
「私は、これが好き!」そう言い切れる強さが社会を豊かにする
日本人は主張することが苦手だといわれる。しかしグローバル社会といわれる現在は情報も選択肢も多く、『私は、これが好き』と言い切れる強さと、他者が自分とは違うことを受け入れる度量が必要不可欠なものであることは間違いない。星合校長に、その力を育むため、親が心がけるべきことと具体的な方法とポイントを伺った。
「自分の個性を形成する幼児期に、『自分を表現してもいいんだという実感を持つこと』、『幅広くたくさんの経験を積むこと』そのふたつは特に大事ですね。 自分が生涯をかけて取り組んでいくテーマや職業などを決めるのは、小学校高学年以上ですが、幼児期の体験がその時に生きてきます。あんなことをして楽しかった、こんなものを見て興味を惹かれた...そのひとつひとつが礎となるのです。人は、未知のものを選べませんからね。
廊下一面に貼られた「My very own poster all about me.」は、 "私"について描かれたポスター。おもちゃやお菓子、かわいがっているペット、憧れのキャラクターなど、こどもたちが自由に"好きなもの"を絵や写真、言葉などで表現している。大人でも自分が何を好きか、どんな人かを明確に伝えるのは難しい。制作の過程は、まさに自分に向き合い表現する体験だったことだろう。
ドルトンスクールではこうして自己と向き合う活動を年齢に応じて取り入れている。社会の中の1人の人間として、自分と他者の違いを認め、受け入れる基礎になっていくだろう。 「ドルトンスクールの卒業生を見ていると、実経験を通していろんな能力を身につけているので、環境の変化にとても強いですよ。世の中は素晴らしいところばかりではありませんが、その中でもたくましく生きていける力を身につけていると実感しますね」。と星合校長先生。
そのせいだろうか。ドルトンスクールの卒業生は医師、弁護士、研究職からアナウンサー、バイオリニスト、ミュージカルスターと多彩だ。それぞれの環境で自分を表現していく強さが彼らの活躍に繋がっているのかもしれない。
 
好きなものの写真を貼ったり、実物をそのまま貼っていることもある「 My very own poster all about me.」("私"について描かれたポスター)
ドルトン・プランのエッセンスを取り入れる3つのポイント
どんな環境でも生きていけるたくましさ。その力を育むため、親として意識すべきこととポイントを星合校長先生に聞いてみた。
「ドルトン・プランでは、ひとつの事柄から多面的に学ぶことを重視して、プロジェクトのような学び方を取り入れていますが、それを実践する際に、忘れてはならない3つのことがあります。
まず一つ目は、日常の小さなことでも、自分で決めさせること。どの絵本を最初に読む?何色の折り紙を使う?そういった小さな選択の積み重ねで、こどもは感覚を磨き、自分の好きなものを自覚します。こども自身に決めさせるためには、2択でもいいので枠を作ってあげること。選択肢が多すぎてもだめです。たとえば洋服を自分で選びたいと言ったときには、タンス全てのものから...ではなく、親がいくつかピックアップしてあげて、その中で決めさせると朝の忙しいときにもスムーズにできます。
二つ目は、表現する機会を多く与えること。自分がどんな人間で、どんな考え方をするのかを人前で表現する機会は、非常に重要です。ドルトンスクールでは、年少にあたる年齢から「シェアリングタイム」と呼ばれる発表の場や、自分の考えを披露するプレゼンテーションの機会を設けています。上手に説明できないときには声をかけて誘導するなどサポートしてあげています。
三つ目は、目標を設定し、達成する経験をさせること。これは、ドルトン・プランの3つの柱のひとつ"アサインメント"に類することですが、その子にとって必要な目標をともに設定して、それを達成するプロセスを踏むことは、責任感や自主性、独立心を育むことにつながります。ポイントは、少し努力すればできるレベルの目標を設定すること。あまりに難解だと、やる気を奪ってしまいます。達成までのプロセスを親が見守り、進捗に対して働きかけてあげることも大切ですね。
そして、これらを実践する中で忘れてはならないのが、否定しないことです。チャレンジングなことをしているのだから失敗しても、怒ったり責めたりしてはいけません。まずは、チャレンジしたことをほめてあげてください。結果をこども自身が受け入れられるよう、保護者は、こどもの気持ちに添い、励ましてあげてくださいね」
こどもひとりひとりの能力を開花させるドルトンスクールの教育法。人生の土台となる幼年期に、その信念や目線を取り入れ、日常で実践してみてほしい。
校内はこどもたちの作品で溢れていて、とても美しい空間になっている。
 
≪ドルトンスクールのご紹介≫
1976年、子どもの能力開発にいち早く取り組んできた河合塾が、ニューヨークのドルトンスクールと提携し、東京と名古屋に開校。以来、その教育理念を継承しながら、日本の文化や風土に適した独自の教育を作り上げてきた。3~5才児を対象とした全日制(週5日)の「ファースト・プログラム」のほか、成長の基盤を築く1、2才児のための「プレイグループ」、週1~2回参加の「アフタースクール幼児」や「アフタースクール小学生」などのプログラムも用意している。
ドルトンスクールはこちら

≪ドルトン・プラン≫
今からおよそ100年前、アメリカの教育家ヘレン・パーカースト女史が考案した、一人ひとりの興味を出発点に据える新しい教育法。その後、マサチューセッツ州ドルトンにある高校に採用され、「ドルトン・プラン」として広く知られるようになる。1919年、パーカースト女史自らがドルトンプランを本格的に実践するため「THE DALTON SCHOOL」をニューヨークに創設。現在では、キンダーガーテン(幼稚園)から高校までの一貫教育を行う名門私立学校として全米にその名を知られている。
≪ドルトンスクールからのお知らせ≫
ドルトンスクールでは、2015年度の東京校のファーストプログラム、プレイグループの説明会が9月に開催されます。また、10月にはアフタースクール公開教室(無料体験)もありますので、下記サイトにて情報をチェックされてはいかがでしょうか。

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星合英二(写真右)
学校法人河合塾学園 ドルトンスクール東京 校長。ファーストプログラム担任、サイエンス・コンピュータ専科教員、THE DALTON SCHOOL(アメリカ・ニューヨーク)での研修等を経て2005年より現職。現在も、年長児と小学生のサイエンスの授業を担当。
松田直子(写真左)
学校法人河合塾学園 ドルトンスクール東京 ファーストプログラム年長クラス担任。年少・年中クラス担任、THE DALTON SCHOOL(アメリカ・ニューヨーク)での研修等を経て現職。 チーフ(主任に相当)としてファーストプログラム全体の運営にも携わる。

 

文/田中社(田中青佳) 撮影/石河正武