ライフのコツ

2019.12.18

働くママ支援で、変わりゆくドイツの小学校

世界の学び/自然に親しむ教育と全日制導入

世界の教育情報第28回目はドイツから。ドイツでは、2000年代に入るまで、ほとんどの小学校が午前中で授業が終わり、児童たちは下校後、自宅で昼食を摂り、午後は母親と過ごすことが一般的でした。しかし、そうした伝統的な母親像のあり方にも、近年変化が訪れつつあり、2002年以降、働く母親をサポートする目的も含めて、全日制の導入が進んでいます。また、ドイツは、日本でも注目を浴びるシュタイナー教育の発祥の地であり、公立の幼稚園や小学校においても、自然との関わりを深める教育が取り入れられています。今回は、変わりゆくドイツの教育事情と、全日制導入による小学校の取り組み、ドイツ連邦政府の狙いについて、紹介します。

ドイツの自然に親しむ教育と
シュタイナーの実情
ドイツでは、幼少期から個人のレベルや興味に合わせた教育が行われているため、幼稚園でも、全員そろっての朝の集まりの後は、こどもが主体性をもって自由に過ごします。お絵描きができる美術室、ノコギリや金槌で木工をする技術工作室、おままごとがしたいこども向けの人形が置いてある部屋など、テーマごとに部屋がわかれており、先生のサポートのもと、年齢の枠を超えてアクティビティを行います。例えば、絵が苦手なこどもに、先生が声がけをして参加を促すことはありますが、決して強制はしません。また、自然に親しむことを重視するドイツだけに、外遊び時間は全員参加となっていまが、自由に体を動かすだけで、いわゆるスポーツ競技は教えません。
また、ドイツと言えばシュタイナー教育(現地ではヴァルドルフ教育)発祥の地として知られています。シュタイナー教育では、自然や農作業に触れる機会がひんぱんにあり、家庭においても、その理念に沿った生活を送ることが推奨されます。そのため、自然と対局にある人工的なプラスチック製品やテレビ、コンピュータゲームの使用を一切禁止するなど、現代の一般家庭ではなかなか徹底することが厳しい面もあります。そのためか、ドイツ全土の小中高の学校32,995校に対して、シュタイナースクールはわずか226校(2017年調査)と、シュタイナー教育がドイツ人全般に幅広く支持されてわけではありません。
ただ、シュタイナースクール以外の一般的な公立校でも、自然に親しむ教育に力を入れているのがドイツの学校の特徴です。多少の雨なら外遊びや遠足は決行しますし、工作の素材として木を使ったり、理科の授業では年間を通して畑に出かけ、りんごの観察やじゃがいもの栽培を行うなど、自然とふれあう要素がふんだんに入っています。また、授業開始のチャイムには本物の鈴を鳴らし、授業を始める前には、心を穏やかにし集中力を高めるための瞑想時間があったりします。
半日制の小学校と
ドイツ人女性の抱えるジレンマ
驚くことに、ドイツの小学校では、2000年代初頭まで、午前中で授業が終わる半日制が一般的でした。ここで、半日制に通うこどもの典型的な過ごし方を見てみましょう。
午前7時50分~8時00分に登校、朝礼やホームルームの時間はなく、先生が連絡事項を告げると、早速授業に入ります。授業時間は45分で、1時間目と2時間目の授業が続けて行われると、30分の休み時間があり、各自持参した果物やパンを食べた後に校庭で遊びます。3時間目と4時間目も続けて授業が行われ、11時30分にはすべての授業が終了。下校後のこどもたちは、自宅で母親や家族と昼食を食べ、宿題をしたり、習い事に行ったり、母親や友達と遊んだりして過ごすのが一般的です。ドイツの半日制では、体育や音楽の授業が少ないこともあり、スポーツ系や音楽系の習い事が人気です。
また、ドイツの小中学校では、夏休みと冬休み以外に、6週間おきに1~2週間の休暇があります。2月〜3月のカーニバル休暇(南ドイツで主流)、春のイースター休暇、5〜6月の聖霊降臨祭休暇、秋休み。木曜日が祝日の場合は金曜日も休みになることも*。学校の休みが多いドイツは、小学生以上のこどもを持つ女性にとって、厳しい環境だと言えます。
実は、欧米諸国の中でもドイツは、「家庭は女性が守るもの」という概念が強い国です。ドイツ人女性の就業率は高いものの、こどもが小学生のうちはワークシェアや週3回8:00-14:00などの時短勤務や在宅勤務などの制度を利用し、フルタイム率は低くなっています。
さらにドイツは、女性であるメルケル氏が現首相にも関わらず、雇用均等が浸透しておらず、2017年のジェンダーギャップ指数調査において男女の所得差は21%と、欧州において、男女格差が最も大きい国のひとつだという社会課題も抱えています。ドイツ連邦政府は、ここ10年ほど、保育園や託児所、学童保育の施設数を増やすことを公言していましたが成果はあまり上がっていません。また、保守的な考えが残るドイツでは、学童に預けることに抵抗を感じる女性が多いことも、女性の就業意欲に歯止めをかける要因となっています。
小学校における取り組みと
全日制導入の狙い
こうした状況を改善すべく公立小学校に導入されたのが、『全日制(Ganztagsschule)』です。2002年度の開始当初は、ドイツ全体の16.3%に当たる4,951校に留まっていたものの、2017年度には約68%に当たる18,686校にまで増加。ただし、州によって導入率にかなりのバラつきがあり、例えばバーデンビュルテンベルク州では2015年の導入率はわずか23.7%に留まっています。全日制は、学校単位ではなく、クラス単位で導入しており、その生徒数で見ると、導入当初はわずか9.8%だったのが、2017年度には43.9%にまで増加、約3,200万人の生徒が全日制を利用している計算になり、両データから、近年、全日制導入が確実に進んでいることが読み取れます。
全日制の導入における、ドイツ連邦政府の狙いは、次の3点です。
1、働く母親のサポート、および、男女の雇用格差の解消。
2、教師による役割の拡大と、教師と生徒間の関係を強化。
3、すべての人に教育を与え、恵まれないこどもにも進学チャンスを提供。
「家庭は女性が守るもの」という意識があり、学童には抵抗のあった母親たちも、学校の制度ということで比較的利用しやすいようで、前述のデータからもわかるように、近年、全日制が支持を集めてきています。女性の社会進出と就業時間の拡張による経済の活性化も、政府は見込んでいると思われます。
また、半日制では、教師は専門教科を教えるのみで、日本のような生活指導などは行わず、授業が終わると教室の鍵を閉めて早々に帰宅しまうため、生徒が教師との信頼関係を築けないという問題を抱えていました。しかし全日制では、課外活動などを通じて教師と生徒が一緒に過ごす時間が増え、生徒とのより密接な関係を築くことが期待されます。
加えて、授業時間が増えたことにより、社会的に恵まれない環境にいるこどもにもさらなる教育の機会が与えられ、家庭でのサポートが少ない貧困層や外国人のこどもが進学するチャンスも増えると予想されています。
全日制に通う小学生の過ごし方も、見てみましょう。
午前中は半日制とほぼ同じで、4時間目終了後に給食と昼休み。午後は、1時間ほど担任教師や補助教員とともに宿題に取り組み、その後は音楽、美術、体育、図書などの授業。半日制のこどもとの主要科目における学習進度の差を広げないよう、算数や国語の授業はありません。また、校外から音楽の特別講師を招いての授業や、図書館での読書会、地元テニスクラブでのテニスの授業などを行うことで、地域とこどもとの新たな関わりも生まれています。
ドイツ連邦政府は、2023年までに導入の遅れている州についても全日制をさらに浸透させていくことを目指しています。そのためにも、現時点ですでに不足している教員をどのように確保するのかが、今後の課題となっています。

ハモンド綾子

グローバルママ研究所リサーチャー。日本でメディア会社勤務後、1999年渡英。ファッション/ホテル業界勤務を経て、2006年よりライター/リサーチャー/翻訳者として活動中。イギリス人の夫、バイリンガルの息子2人と4人暮らし。


グローバルママ研究所

世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。