仕事のプロ

2019.05.16

夜間授乳の2か月で妻の大変さを実感

「男性の育休」のリアル1:主夫生活の苦労

厚生労働省の発表によれば、2017年度に育児休業を取得した男性の比率は5パーセント台とまだまだ低く、期間的にも短期休業が中心だ。そんな中でハウス食品株式会社に勤務する豊田陽介さんは、1年間の育休に踏み切り、主夫として家族とじっくり向き合った。今後増えていくと予想される「男性の育休」に迫るため、豊田さん自身と家族、職場のメンバーが過ごした1年間を4回シリーズでお届けする。第1回は、豊田さんが体験した主夫生活の苦労についてお聞きした。

育休生活の始まりは
戸惑いの連続だった
「育休前も、育児は自分なりにやっていたつもりでした。『イクメンと言えるんじゃないかな』と自負していたのも確かです。でも、専業主夫として家事・育児全般を自分でやりたいと宣言した手前、専業主婦である妻に代わって1日3回の食事はもちろん、掃除と洗濯、子どもの宿題をみるところまで担当するようになると、最初の2か月はとにかくしんどくて......。その頃の記憶は半ば飛んでいるくらいです。その後、掃除と洗濯は妻が担当するようになって少し楽になりましたが......」
第3子となる娘が生まれるのをきっかけに育児休業を申請し、2018年1月からの1年間、専業主夫として過ごした豊田さんは、育休当初の2か月をこんなふうに振り返る。
「仕事をしていたときは、オフィスを出れば自然とオンとオフが切り替わりました。でも家にいると、オンともオフともつかない日々が流れていく。会社は休んでいるわけですから休日には違いないのですが、休んでいる感じがまったくなく、落ち着かない毎日でした。正直、会社に通う生活の方が楽だと感じましたね」
家族とじっくり向き合いたい!
強い意志をもって1年間の育休取得を決断
男性で1年間の育休を取得するのは、ハウス食品では豊田さんが最初のケースだという。豊田さん自身も、第1子と第2子の出生時に育休を取得したが、それぞれ5日という短期間だった。そもそもなぜ、長期間の取得を思い立ったのだろうか。
「中学生のときに父母が離婚し、寂しい思いをしたこともあり、自分は温かい家庭をつくろう、と心に決めていました。長男と長女が生まれたときも育休を取得したのですが、5日間だけでは、育児に参加した実感が持てませんでした。その後も会社員として朝から晩まで仕事をする毎日で家族と向き合う時間がつくれず、理想と現実のギャップは拡がるばかり。だからこそ3人目の子どもができたら、どんな状況にあっても、まとまった時間を取って家族と過ごそうと決めていたんです」
主夫生活の経験を
食品やサービスの開発に活かしたい思いも
原点にあったのは「家族との時間をつくりたい」という思いだが、豊田さんの頭にはさらなる目的もあった。

「育休にあたっては、ぜひ主夫業を経験したいと考えていました。主夫として家事や育児を経験することで、実体験に基づいたリアルな開発が出来るようになると思ったためです。また、男性社員の長期育休は社内であまり例がなかったので、後に続く男性社員が育休を取得しやすいよう、自分が最初のケースになりたい思いもありました」
当時の上司である新領域開発部の黒田英幸さんは、豊田さんから初めて育休の相談を受けた日を思い出し、「正直驚いた」と話す。

「僕自身が育休を取らなかったこともあって、『男性が1年間もの育休』という事態は想定していませんでした。ただ、彼から理由を聞いて、今後の業務に活かしたいという意図があるのはすばらしいな、と期待が高まりました」
左:黒田英幸さん
夜間授乳の大変さを経験し
妻の苦労を腹の底から実感
家族に「1年間の育休を取りたい」と話したのは2017年の夏。喜でくれると思っていた妊娠中の妻が、まず口にしたのは「そんなに休んで生活は大丈夫なの?」という心配。

豊田さんは、育児給付金制度についてていねいに説明し、「主夫として、育児も含めた家事全般を担当したい」という意志も伝えた。これに対して、妻は『夫に挑む思いもありました(笑)なんでしょう、この気持ち。やれるもんならやってみなさいよ!のような』と当時の心境をSNSにつづっている。
妻の予想通り、そして豊田さんが予想していた以上に、毎日休みなく降りかかってくる家事と育児は大変だった。特に苦労したのが、第3子が誕生してから2か月間の夜間授乳だ。2時間おきにミルクを用意して飲ませるため、当然ながら豊田さんの睡眠時間も細切れになる。
「午前1時の次は午前3時と時間を決めていても、ミルクを飲んですぐに眠ってくれるわけではないですよね。1時20分に飲み終わって、ベッドに寝かせようとしたらすぐに泣き出して、ようやく寝ついて2時30分。意識がもうろうとしたまま3時の授乳に備える、という感じで。上の子2人のときは、夜間授乳は妻に任せきりだったのですが、こんな大変な思いをしていたんだと気がつくことができて、『本当にごめんな、任せっきりにして大変だったよね』と心の底から感謝することができました。妻は、『わかってくれたんだ、ありがとう』と涙ぐんでいました」
親の価値観の押しつけ?
お祝いに用意したすき焼きが
1日3食の調理にも苦労した。育休前にも休日にカレーをつくるなどして、料理をする機会はあったという豊田さん。しかし毎日となると、週末の気分転換とはまったくニュアンスが異なってくる。

「一番困ったのは、用意した食事を子どもが食べてくれるとは限らないこと。当初は、『栄養のバランスを考えて、もう1品ゴマ和えもつくろうかな』なんて自分なりに工夫しても、野菜の副菜って子どもはまず食べないんですよね」
食事をきっかけに、子どもとの価値観の違いを見せつけられる場面もリアルに体験した。
「長男がプールの進級テストに合格したので、すき焼きを用意したんです。お祝い事があるときは、すき焼きで祝うのが我が家の定番だったので。でも長男からは、『すき焼きなんて好きじゃない、僕はカップラーメンがよかった』と言われて、思わずカチーンときてしまい「せっかくお祝いですき焼きにしたんだから少しは食べろ!」と大ゲンカに。

でもこれ、冷静に考えてみると、親の価値観の押しつけ以外のナニモノでもないですよね。親たるもの、こどもを思って何かをすることって多いと思いますが、この「こどものために、せっかく●●したのに」という思考が浮かんだら危険だなと思い至るようになりました」
自分でやってみて初めてわかることは多い。豊田さんは家事に育児に悪戦苦闘しながら、主婦(主夫)の苦労をリアルに体感した。次回は、育休生活を通じて豊田さんと一家が得たものに迫っていく。

豊田さんの育休前のある1日(平日&休日)


育休前の平日
5:30 起床 朝風呂、自分・こどもの身支度、食事
7:00 こどもを保育園に送り、出勤
8:30 業務開始
新規事業企画関連業務
※市場調査、コンセプト磨き、社内外関連部署との打ち合わせ、経営答申資料作成、メンバー面談、等々
19:00 退社。社外交流・自己研鑽
22:30 帰宅し、食事。自分が食べたごはん類の片づけ・お皿洗い。入浴
23:30 就寝

育休前の休日
7:00 起床 朝ごはん
10:00 こどもたちと遊ぶ(公園他)
12:00 帰宅、昼食
13:00 こどもたちと遊ぶ(公園他)
16:00 帰宅、夕飯
17:30 こどもとお風呂
18:30 夕食
20:00 こどもの宿題サポート
21:00 こども寝かしつけ、その後自由時間
23:00 就寝

ハウス食品株式会社

1913年創業の食品会社。「おいしさとやすらぎを」をキャッチフレーズに、「バーモントカレー」をはじめとするカレールーからスパイス類、スナック菓子まで、幅広いラインナップの食品製造加工、販売を手がける。育児勤務制度をはじめとする育児休業からの早期復帰支援や、男性育児休業取得促進やテレワークなどの働き方変革に取り組み、ダイバーシティ施策を推進。

文/横堀夏代 撮影/ヤマグチイッキ